《採点対象外バーガー》
その国では、人間の頭上に数字が浮いている。
生まれた瞬間は、
0点。
そこから増える。
初めて笑えば、三点。
歩けば、五点。
字を書けば、十点。
誰かを助ければ、二十点。
試験に合格すれば、五十点。
仕事で成果を出せば、百点。
逆に減ることもある。
遅刻、マイナス二点。
喧嘩、マイナス十点。
犯罪なら数百点。
だから誰もが、
自分が何点の人間なのか知っていた。
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高校三年生の瀬尾ミナは、
18,422点。
平均より少し高い。
母は32,106点。
父は41,770点。
弟は9,301点。
そして祖母は、
6点。
「おばあちゃん、また下がった?」
ミナが訊く。
祖母は味噌汁を飲みながら笑った。
「昨日、薬を飲み忘れたからねえ」
マイナス五点。
「ちゃんと飲まないと」
「忘れるものは仕方ないよ」
祖母は八十七歳。
最近は同じ話を何度もする。
財布をなくす。
鍋を焦がす。
家族の名前も、ときどき間違える。
そのたび点数が減った。
「ゼロになったらどうなるの?」
弟が訊いた。
食卓が静かになった。
父が言う。
「失格になる」
「失格って?」
「知らなくていい」
祖母だけが笑っていた。
「卒業みたいなものよ」
翌朝。
祖母の点数は、
0点
になっていた。
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午前八時。
玄関のチャイム。
灰色の制服を着た二人が立っている。
胸には、
国民評価院
の徽章。
「瀬尾フミ様ですね」
祖母が手を挙げた。
「はいはい」
「最終評価が確定しました」
銀色の箱を開く。
中に、
赤いボタン。
「お待ちください!」
ミナが割って入った。
「昨日まで六点あったんです!」
職員が端末を見る。
「今朝、歯磨きを忘れた。マイナス一点」
「それでも五点!」
「朝食後、ご家族へ同じ質問を四回。各マイナス一点」
あと一点。
職員が祖母を見る。
「そして午前七時五十三分」
映像が表示される。
祖母が庭にいる。
植木鉢の陰。
蜘蛛が巣を作っていた。
祖母は箒を持っていた。
だが、
殺さなかった。
「ここじゃ踏まれるよ」
そう言って、
蜘蛛を庭の隅へ移した。
ミナが叫ぶ。
「だったらプラスじゃないの!?」
職員は無表情。
「蜘蛛は害虫指定です」
マイナス一点。
ゼロ。
祖母が笑った。
「蜘蛛に負けちゃった」
職員が赤いボタンを押した。
祖母の身体から、
色が抜けた。
肌。
服。
髪。
すべて真っ白になる。
次に、
平らになった。
紙のように。
最後には、
一枚の答案用紙になった。
床へ落ちる。
ミナは動けなかった。
紙の上には、
祖母の人生が細かな文字でびっしり書かれていた。
一番下。
赤い文字。
0点 不合格
職員が答案を回収する。
「返して!」
「答案は返却されません」
「おばあちゃんだよ!」
「いいえ」
職員は紙束へ祖母を挟んだ。
「評価済みです」
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ミナはその日の夜、
国民評価院へ侵入した。
祖母を取り返す。
それだけだった。
地下へ。
答案保管庫。
扉を開ける。
そこには、
人間の答案がなかった。
町があった。
白い紙でできた町。
紙の道路。
紙の住宅。
紙の学校。
そして、
紙の人間たち。
ゼロ点になった人々が、
普通に暮らしていた。
「おばあちゃん!」
祖母がいた。
紙の椅子に座り、
紙の蜘蛛へ餌をやっている。
「ミナちゃん」
「生きてるの?」
「たぶんねえ」
祖母は笑う。
「こっちは楽よ」
頭上に数字がない。
誰も採点されない。
失敗しても減点されない。
転んだ子供を、
知らない老人が助ける。
プラス二十点は出ない。
それでも助ける。
「戻ろう」
ミナが祖母の手を引く。
祖母は動かなかった。
「戻ってどうするの?」
「どうするって」
「また点を取るの?」
ミナは答えられない。
そのとき。
地下全体が揺れた。
紙の空が破れる。
巨大な赤鉛筆が突き刺さった。
町を横切る。
人々が逃げる。
赤い線。
×
家々が切断される。
放送。
『答案整理を開始します』
紙の住民が次々に裁断機へ吸い込まれる。
「何してるの!」
ミナが叫ぶ。
職員が現れた。
「保管期限です」
「人間でしょ!」
「元人間です」
「なんで採点するの!」
職員は、
奇妙な顔をした。
「採点?」
「そうでしょ!」
「違います」
男が壁へ触れる。
紙が剥がれる。
その向こう。
真っ黒な空間。
無数の光。
ミナは息を呑んだ。
国民評価院の地下ではない。
宇宙だった。
巨大な紙が、
何兆枚も浮かんでいる。
一枚一枚に、
星々が描かれていた。
「採点されているのは人間ではありません」
男が言う。
「世界です」
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文明は、
試験だった。
人間一人一人の点数は、
採点項目。
優しさ。
知性。
協力。
効率。
繁殖。
暴力。
服従。
反抗。
創造。
破壊。
どんな社会を作るか。
どこで戦争を起こすか。
誰を救うか。
何を美しいと思うか。
全部が、
一つの世界の答案を構成する。
ミナが訊く。
「合格したら?」
職員は黙った。
「不合格なら?」
「廃棄です」
「合格したら何になるの?」
職員は、
もっと長く黙った。
「次の問題になります」
ミナは理解できなかった。
職員が壁を指す。
そこには過去の合格世界。
第一問。
生命を発生させよ。
第二問。
知性を発生させよ。
第三問。
文明を成立させよ。
第四問。
文明を自己破壊させず存続させよ。
そして現在。
第五問。
《価値を数値化した文明において、数値化されない価値を発生させよ》
ミナは、
祖母を見る。
蜘蛛。
ゼロ点。
「……おばあちゃん」
職員が頷く。
「あなたの祖母は、正解でした」
「じゃあなんでゼロ点なの?」
「正解だからです」
この世界の評価制度では、
害虫を助ければ減点される。
利益にならない行動。
評価されない優しさ。
報酬のない善意。
それを選ぶ人間が現れるか。
それが、
試験だった。
祖母は正解した。
だから、
答案から切り離された。
ミナは笑った。
「じゃあ合格じゃん」
「はい」
職員が答えた。
「世界が」
警報。
《第五問 正答確認》
《採点終了》
「待って」
ミナが言う。
「採点が終わったら?」
宇宙中で、
赤鉛筆が動いた。
地球を丸で囲む。
巨大な、
○。
人々が歓声を上げた。
世界初の満点。
ニュースが流れる。
花火。
祝賀。
誰も気づかなかった。
試験は、
終わったら提出する。
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空から巨大な手が降りてきた。
指が宇宙の端を掴む。
地平線が持ち上がる。
海が傾く。
大陸が滑る。
「何これ!」
ミナが叫ぶ。
職員が初めて、
少し笑った。
「回収です」
宇宙は、
一枚の答案だった。
四隅から折られる。
銀河が折れる。
星座が重なる。
太陽と別の恒星が紙越しに接触し、
一瞬で燃え上がる。
地球が潰れる。
人々が紙になる。
都市が印刷された模様へ変わる。
最後に、
巨大な赤鉛筆が、
答案の上へ文字を書いた。
100点
だが。
その赤いインクが、
じわりと滲んだ。
祖母が助けた蜘蛛。
小さな八本脚が、
答案の端を歩いている。
採点対象外。
記録対象外。
世界が紙になっても、
蜘蛛だけは立体のままだった。
蜘蛛が答案を噛んだ。
小さな穴。
そこから、
世界の中身が漏れ出した。
海。
森林。
都市。
人間。
歴史。
全部が、
採点不能の穴へ吸い込まれる。
答案が破裂した。
赤い100点が飛び散る。
数字が砕け、
真っ赤なトマトソースになる。
紙になった大地は細かく挽かれ、
小麦粉へ。
文明の成果は肉へ練り込まれ、
厚いパティになる。
何億人分もの成功と失敗が脂になり、
鉄板の上で弾ける。
学校の黒板は焦げ目。
答案の赤線はトマト。
正解の丸は、
輪切りのオニオン。
祖母が助けた蜘蛛は、
最後まで食材にならなかった。
鉄板の隅へ逃げていく。
上下のバンズが閉じる。
一個のバーガー。
ところが商品札には、
名前がない。
採点者が赤鉛筆を持つ。
しばらく考える。
何点をつければいいのか、
分からない。
蜘蛛が札の上を歩いた。
八本の脚にソースがつく。
偶然できた赤い跡が、
文字のように並んだ。
《採点対象外バーガー》
採点者は赤鉛筆を置いた。
そのバーガーだけは、
食べていいのかどうかすら、
誰にも決められなかった。




