《100日後に死ぬバーガー》
——世界線CΩ∅:未完食記録——
◆ 第一層 出現
女は毎朝、同じバーガーを食べた。
七時十五分に起きる。シャワーを浴びる。着替える。同じ店の同じ席に座る。同じバーガーを注文する。食べる。出勤する。
四十一歳、独身、勤続十八年。
変わらない朝だった。変えたことがなかった。変えようと思ったことも、なかった。
ある朝、バーガーの包みに見慣れない印字があった。
小さく、白い文字で。
「あと100」
数字が何の単位かは書いていなかった。
女は三秒見た。それから食べた。
出勤した。
◆ 第二層 カウントダウン
▼ Day 99
翌朝、包みに書いてあった。
「あと99」
女は首を傾けた。昨日の続きだった。
食べた。出勤した。
▼ Day 87
部署の後輩が言った。
「先輩、最近顔色いいですね」
女は少し考えた。そうかもしれない、と思った。
毎朝バーガーを食べる前に、包みの数字を確認する習慣ができていた。数字を見て、今日も続いていると確認して、食べる。それだけだったが、何かが変わった気がした。
何が変わったかは、わからなかった。
▼ Day 50
折り返しだと気づいた。
五十日間、続けた。あと五十日ある。
女は初めて、五十日後のことを考えた。
五十日後、何が起きるのか。「あと0」になったら何が起きるのか。包みに書かれた数字の意味を、五十日目に初めてまともに考えた。
考えながら食べた。
いつもより、少し時間がかかった。
▼ Day 31
夢を見た。
夢の中で、誰かに言われた。
「百日後に死ぬよ」
夢の中の女は答えた。
「知ってる」
それだけだった。
目が覚めて、女は少し驚いた——夢の中で動揺しなかったことに。
▼ Day 14
有給を取った。
理由は書かなかった——書ける理由がなかった。
十四日間、どこへも行かなかった。でも部屋を片付けた。押し入れの奥から、二十年前の写真が出てきた。若い頃の友人たちが写っていた。今どこにいるか、わからない人間がほとんどだった。
捨てなかった。
テーブルの上に置いた。
▼ Day 3
三日前だった。
女はバーガーを食べながら、窓の外を見た。
いつも見ていた景色だった。変わっていなかった。
でも今日は、電線に鳥が三羽止まっていた。いつもはいなかった。
女は鳥を見た。
鳥は何も知らなかった。
それがなぜか、良かった。
▼ Day 1
前日の夜、女は珍しく眠れなかった。
怖かったのか、考えていた。
違う気がした。
怖いとは、少し違う感覚だった。
明日で終わる。何かが終わる。でも「何が終わるのか」がわからなかった。百日間、毎朝バーガーを食べ続けた習慣が終わるのか。それとも、何か別のものが終わるのか。
朝まで、天井を見ていた。
◆ 第三層 百日目
▼ Day 0
七時十五分に起きた。
シャワーを浴びた。着替えた。同じ店の同じ席に座った。
バーガーを注文した。
包みに書いてあった。
「あと0」
女は包みを開けた。
見た目は、いつもと同じバーガーだった。
食べた。
何も起きなかった。
いつもの味だった。いつもの時間だった。窓の外に鳥はいなかった。電線は電線だった。空は曇っていた。
食べ終わった。
包みを畳んだ。立ち上がった。
出勤した。
何も起きなかった。
女は職場に着いた。いつも通り仕事をした。昼に後輩と食堂に行った。夕方に会議があった。終電一本前で帰った。
部屋に戻った。
テーブルの上に、二十年前の写真があった。
女はしばらく見た。
それから、スマートフォンを取り出した。
連絡先を探した。まだ残っていた番号に、メッセージを打った。
「久しぶり。元気にしてる?」
送った。
シャワーを浴びて、眠った。
◆ 第四層 翌朝
▼ Day 0+1
七時十五分に起きた。
シャワーを浴びた。着替えた。
店に行った。
バーガーを注文した。
包みに書いてあった。
「あと100」
女は三秒、見た。
それから食べた。
出勤した。
◆ 第五層 研究員の記録
後にこの世界線を調査した研究員が、記録を残している。
> 調査記録:CΩ∅ / 研究員所見
>
> 本個体の異常性は、当初「死の予告」として分類された。
>
> しかし長期観測の結果、本個体が引き起こす現象は
> 「死の予告」ではなく「終わりの可視化」であることが判明した。
>
> 摂食者は百日間、毎朝カウントダウンを確認する。
> その行為の中で、多くの摂食者に共通の変化が起きる。
>
> 窓の外を見る時間が増える。
> 眠れない夜が出る。
> 古い写真を見る。
> 連絡していなかった人間に連絡する。
> いつもより少し時間をかけて食べる。
>
> そして百日目、何も起きない。
>
> 何も起きないことを確認した摂食者は、翌日また食べる。
> 包みには「あと100」と書かれている。
>
> また百日が始まる。
> 追記
>
> 本個体を「死のバーガー」と呼ぶことは正確ではないかもしれない。
>
> 本個体が削るのは「命」ではなく「惰性」だ。
>
> 百日という締め切りを与えることで、
> 摂食者は「どうせ変わらない」という前提を一時的に失う。
>
> そしてその百日で、何かが少しだけ動く。
>
> 動いた後、また百日が与えられる。
>
> これが永遠に続く。
>
> ——これを「不死の契約」と呼ぶべきか、
> 「百日ごとの生き直し」と呼ぶべきか、
> 私には判断がつかない。
◆ 第六層 圧縮の試み
バーディが来た。
女の部屋の外から、この世界線を観察した。
完食の条件を確認した。
条件:世界線の生命体が全滅すること。
この世界線は全滅していなかった。
むしろ——
バーディは女の部屋の窓を見た。
明かりがついていた。スマートフォンの画面が光っていた。誰かからの返信だった。
女が笑っていた。
バーディは報告書に何かを書きかけて、止めた。
少し考えた。
それから書いた。
> 回収記録:CΩ∅
>
> 本世界線の回収は不可能。
>
> 理由:完食されていない。
> 世界線が終わっていない。
>
> 本バーガーは「死のバーガー」として設計されたが、
> 機能が設計意図と異なる方向に作用している。
>
> 担当:バーディ
> 備考:(空白)
備考欄は空白のままだった。
何を書けばいいか、バーディにはわからなかった。
◆ 補遺
この世界線は、今も続いている。
女は今日も七時十五分に起きた。
包みには、数字が書いてある。
「あと」何日かは、ここには書かない。
女が食べながら確認することだから。
ふと、思わなかったか。
「最近、毎日が同じな気がする」
それは正常だ。
変わらない朝は、安全だ。
でも確認してほしい。
今日、窓の外を見たか。
電線に鳥はいたか。
連絡していない人間の、番号はまだ残っているか。
包み紙の文字を、最後に確認してほしい。
We Lovin' It
「I'm」ではなく、「We」だ。
女と——
百日を共に数えた、何かと。
〔世界線CΩ∅ 未完食記録——了(まだ終わっていない)〕
〔本バーガーはパンデモニウム店頭には並んでいません〕
〔We Lovin' It.〕
「100日後に死ぬバーガー」は、食べた者は必ず100日後に何らかの要因で死ぬという恐るべきバーガーです。
以下はM社による調査結果をまとめた報告書です。
発売当初、その危険性は認識されず、SNSで広まり、YouTuberが挑戦し、都市伝説として消費されました。
しかし100日後、最初の死者が出た瞬間に笑いは止まり、事態は国家安全保障案件となりました。
国連は緊急会合を開き、WHOは「Class Omega」の危険食品に指定。しかし時既に遅く、既に全世界で100億人以上が「記念」として口にしていました。
バーガーは感染型でした。咀嚼した時点で、「カリッ」と鳴った音が脳神経を通じて特定の死の暗号を刻み、不可逆的、そして驚異的な伝播性を持つ「音声型終末プログラム」…
これらの特徴から、バーガーは自然発生したのではなく、人為的に開発された可能性が指摘されています。開発元は不明ですが、一説には、食の自由を掲げる狂信的な匿名グループが開発したとも、かつて世界をバーガーで支配しようとした古代種族が再臨したとも言われています。
終末が迫る中、人々は「100日目」を神のように崇め始めます。
国家は崩壊し、教会は閉鎖され、代わりにM社跡地に建てられたバーガー寺院が日々群衆で埋まります。宗教、政治、経済、すべてが「バーガー死信仰」に収束しつつありました。
その少年は、無意識に口にしたバーガーのせいで、死まで残り72日を切っていました。彼は死の運命を覆すため、かつて死を免れた唯一の者を探し、世界各国のバーガー学者と調理僧たちが、死の回避に向けて最終手段「アンチパティ」を錬成する、伝説の地下シェルター「ラスト・キッチン」にたどり着きますが、既に彼は消息不明。
しかし99日目の夜、BURGEΩの尖兵デリバリー・ドゥームズが現れ、ラスト・キッチンは陥落。《ドナルド》こそがBURGEΩの大首領であり、死を超越した存在でした。
「お前が最後の一口を噛めば、全人類は等しく終末に包まれる。それこそが救いだ」
100日目の朝、少年は静かに、震える手でバーガーを噛みました。
そして世界は、時を止めました。
時計の針は動かず、ただ「100」という数字が浮かび続けました。
終わった、そう思われました
が、しかし…
冷えたバーガーの包み紙。
人類最後の研究員が、絶望の中で残された実験記録に目を通します。
「被験者14号、2度目の摂取によりカウントが再設定された。
これは…上書き可能?」
震える手で、その研究員は小さく囁きました。
「もう一度食べれば、100日後に死ぬ。その100日以内にもう一度食べれば、さらに100日…」
その瞬間、世界の構造が反転しました。
「死のバーガー」は、「永遠に生き続けるバーガー」へと変貌したのです。
記録はこう締めくくられています。
> 「死の呪いではなく、不死の契約だったのだ。
…100日ごとに、ただ、また一口食べるだけで。」
包み紙に刻まれた文字。
「We Lovin’ It」
彼の口元に、かすかな笑みが浮かび…
そして、再び世界は動き始めました。




