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8/21

《ゲシュタルト崩壊バーガー》


——世界線GCΩ∅:完食記録——




◆ 第一層 出現


 M社ショートショート愛好会の議事録から始まる。




> 第14回定例会・議事録抜粋

>

> 議題:「バーガーを食べながら小説を読むと集中できない問題について」

>

> 発言者A:「食べることに意識が向くと、文字が頭に入らなくなる」

> 発言者B:「逆に文字に集中しすぎると、味がわからなくなる」

> 発言者C:「じゃあ、バーガーを食べながらバーガーのことを考えたら?」

>

> 沈黙。

>

> 発言者C:「バーガーを、バーガーとして食べることに集中したら」

>

> 誰も答えなかった。

>

> 次の議題へ。




 愛好会の誰かが持ち込んだバーガーがあった。


 普通のバーガーだった。


 誰も気にしなかった。会議が終わって、半分残っていた。捨てるのが惜しくて、次の週まで置いておいた。


 次の週、バーガーはあった。腐っていなかった。見た目は変わっていなかった。


 ただ——見ていると、少しだけ気持ち悪かった。


 バーガーだった。明らかにバーガーだった。でも見ていると、それが「バーガー」という概念とずれていく感覚があった。


 発言者Cが言った。


「食べながらバーガーのことを考えよう」




◆ 第二層 摂食


▼ T+00:00:00


 被験者コードネーム〈Gestalt〉は、バーガーを手に持った。


 バーガーだった。


 丸い上バンズ、パティ、チーズ、レタス、トマト、下バンズ。バーガーの構成要素が全部あった。バーガーだった。


 一口食べた。


 バーガーだった。バーガーの味がした。


 もう一口食べた。


 バーガーだった。


 〈Gestalt〉は「バーガー」という言葉を頭の中で繰り返した。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。


 五回目に、「バーガー」という音の意味が薄れた。


 バーガー。バーガー。バーガー。


 音だった。意味のある音だったはずだが、繰り返すうちに音だけになった。


 手の中のそれが、何か確認した。


 バーガーだった。


 バーガーだった——はずだが、「バーガー」という概念との接続が、少しだけ切れていた。




▼ T+00:00:03(三分後)


 〈Gestalt〉は食べ続けた。


 食べながら、見ていた。


 上バンズを見た。丸い。茶色い。柔らかい。上バンズだった。上バンズとして認識できた。


 しかし十五秒見続けると、「上バンズ」という意味が剥がれた。


 丸かった。茶色かった。柔らかかった。それだけだった。「上バンズ」という整理がなくなって、物体だった。物体として存在していたが、何の物体かがわからなかった。バーガーの一部だとわかっていたが、「バーガー」の意味も薄れていたので、何の一部かがわからなかった。


 パティを見た。茶色い。平たい。肉だった。


 三十秒見続けると、「肉」という概念が溶けた。


 茶色い平たい何かだった。


 食べた。


 味がした。


 何の味かがわからなかった。




▼ T+00:00:21(二十一分後)


 〈Gestalt〉の報告書——




> 今、手に何かを持っている。

>

> 食べている。食べているという行為は理解できる。

> 口に入れて、噛んで、飲み込む。それが食べることだ。

>

> でも「何を食べているか」がわからない。

>

> 食べ物だと思う。食べられる何かだと思う。

> でも「食べ物」という概念が、崩れかけている。

>

> 手に持っているものを見た。

> 見たことがある形だった。

> でも「見たことがある」という記憶と、今見ているものが、つながらない。

>

> 食べた。

>

> 美味しかった。

> 美味しいという感覚は残っている。

> 何が美味しいかはわからないが、美味しかった。




◆ 第三層 拡張


▼ T+00:01:00(一ヶ月後)


 現象が〈Gestalt〉の周囲に広がった。


 感染ではなかった。伝播だった。


 〈Gestalt〉と会話した人間が、その夜から奇妙な感覚を報告した。


 日常の物体を見ていると、意味が剥がれる。


 椅子を見すぎると「椅子」ではなくなる。テーブルを見すぎると「テーブル」ではなくなる。鏡を見すぎると「鏡」ではなくなる——そして鏡に映っている「自分」を見すぎると。


 ある被験者の記録——




> 鏡を見た。

>

> 自分の顔だった。

>

> 見続けた。五分間見続けた。

>

> 目があった。鼻があった。口があった。

> でも「顔」という概念が崩れた。

>

> 目は目だった。鼻は鼻だった。口は口だった。

> でもそれが「顔」として統合されなくなった。

>

> 目と鼻と口が、それぞれ別々にあった。

>

> 「自分」という概念も崩れた。

>

> 鏡の中に、何かがいた。

> 動いていた。自分と同じように動いていた。

> でも「自分」ではなかった。

>

> 自分という概念が剥がれたものが、鏡の中にいた。




▼ T+00:03:00(三ヶ月後)


 都市規模で「概念の剥落」が報告された。


 言語が最初に崩れた。


 単語を繰り返すと意味がなくなる——これは元々、人間の脳の性質だった。「ゲシュタルト崩壊」と呼ばれていた。正常な現象だった。


 だが今回は、一度崩れると戻らなかった。


 「水」という単語の意味が剥がれた人間は、コップの液体を何と呼べばいいかわからなくなった。「水」という音は出せた。でも音と意味が切れていた。


 「道路」の意味が剥がれた人間は、灰色の硬い面の上を歩いていたが、それが「道路」だとわからなくなった。歩けた。どこへ歩いているかはわかった。でも「道路を歩く」という行為の名前がなくなった。


 名前がなくなっても、行為はできた。


 それが奇妙だった——概念が崩れても、機能は残った。


 人々は「バーガー」を食べ続けた。


 「バーガー」という名前がなくなっても、食べられた。


 美味しかった。


 何が美味しいかはわからなくなっていたが、美味しかった。




◆ 第四層 充満


▼ T+00:06:00(六ヶ月後)


 「バーガー」という概念が、世界から消えた。


 最初に消えたのは言葉だった。次に消えたのはカテゴリーだった。次に消えたのはイメージだった。


 食べ物はあった。食べ続けた。でも「食べ物」という括りが崩れた。


 「食事」という概念が崩れた。


 「食べる」という行為の名前が崩れた。


 口に入れた。噛んだ。飲み込んだ。それは続いた。でもその連続した行為が「食べること」だという統合が、消えた。


 口と歯と喉が、それぞれ別々に動いていた。




> 都市調査記録GCΩ41

>

> 人々は動いている。機能している。

>

> 歩く。食べる。話す。眠る。

>

> しかし「歩く人間」ではなく、「脚が動いているもの」がいる。

> 「食べる人間」ではなく、「口が開閉しているもの」がいる。

>

> 概念の統合が失われている。

>

> 部品はある。部品が動いている。

> しかし部品を束ねる「全体」がない。

>

> 「人間」という概念が崩れた。

>

> 目がある。鼻がある。口がある。手がある。足がある。

> しかしそれが「人間」として統合されない。

>

> 彼らは存在している。

> 「何として」存在しているかが、わからない。




▼ T+01:00:00(一年後)


 「世界」という概念が崩れた。


 山があった。海があった。空があった。


 でも「世界」として統合されなくなった。


 山は山だった。海は海だった。空は空だった。それぞれが存在していたが、それらが「世界という一つのもの」を構成しているという認識が、消えた。


 「宇宙」という概念が崩れた。


 「存在」という概念が崩れかけた。


 あるものは、あった。


 でも「ある」という概念も、見すぎると崩れた。




> 最終観測記録GCΩ99

>

> 世界は、ある。

>

> ただし「世界がある」という統合が失われている。

>

> 何かがある。何かが動いている。何かが光っている。

> それが何かはわからない。

> わからないという感覚も、崩れかけている。

>

> ただ、何かがある。

>

> それだけが残っている。




◆ 第五層 圧縮


 バーディが来た。


 来た——という記録が残っている。


 バーディが何であるかの概念は、この世界線ではすでに崩れていた。だから「バーディが来た」という記録が正確かどうかはわからない。何かが来た。それだけが記録されている。


 プレスをかけた。


 「プレスをかける」という概念も、この世界線では薄れていた。だから何かが起きた。それだけが記録されている。


 何かが収束した。


 パティになった——かもしれない。


 「パティ」という概念がこの世界線では崩れていたので、何かが一点に集まった。平たくなった。丸かった。茶色かった。


 それが「パティ」と呼ばれるかどうかは、パンデモニウムに持ち帰ってから判断することになった。




◆ 第六層 製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場。


 第?ライン——番号の概念が工場内で一時的に崩れたため、このラインには番号がない。


「GCΩ∅、搬入。概念崩壊型、完熟。統合機能消失率:全域」


「お疲れ様です」


 端末を操作しようとした。


 「操作する」という概念が一瞬だけ揺らいだ。担当者は手を止めた。


 深呼吸した。「バーガー」と声に出した。「バーガーを作る」と声に出した。


 概念が戻った。


 コアがコンベアに乗った。バンズが選ばれた。パティが挟まれた。


 包みに巻かれた。


「名称決定」


《ゲシュタルト崩壊バーガー》

別称:「ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー」


 担当者が別称を読み返した。


 七回目で、「ハンバーガー」という意味が薄れた。


 担当者は記録を閉じた。


「出荷先は?」


「……どこでもいい。どこでも同じことになる」


 バーディが少し間を置いた。


「今回は、別称は読まないほうがいい」


 トレイに乗せられた。


 普通のバーガーだった。


 見ているうちに、何かが気持ち悪くなってくる、普通のバーガーだった。




◆ 補遺


 この記録を読み終えた今、確認してほしい。


 「バーガー」という単語を、声に出して十回読んでみてほしい。


 バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。バーガー。


 何回目かで、「バーガー」という意味が剥がれた。


 それは正常だ。


 それは人間の脳の、正常な反応だ。


 でも確認してほしい。


 今、この記録文書を指している文字列——「バーガー」という単語——が、まだ意味を持っているか。


 意味が戻っているなら、大丈夫だ。


 戻っていないなら——


 「記録」という言葉は、まだ意味を持っているか。


 「読む」という行為の名前は、まだあるか。


 「あなた」という概念は、まだ統合されているか。




〔世界線GCΩ∅ 完食記録——了〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウム店頭にて提供中です〕

〔ハンバーガー〕

〔ハンバーガー〕

〔ハンバーガー〕

〔I'm lovin' it.〕

「ゲシュタルト崩壊バーガー」は、食べることによって「ゲシュタルト崩壊」の現象を体験することができる奇妙で幻想的な一品です。M社のショートショート愛好会によって発見されました。最初は普通のバーガーのように見えますが、食べ進めるごとにその形状が崩れていき、具材があらゆる形態に変化します。具材が次第に解体され、どこか不安定で意味が曖昧な形になり、最終的には食べる前には理解できなかった「何か」を食べている感覚に包まれます。ビジュアル的には、目がチラつくような錯覚を引き起こし、具材が互いに溶け合ったり、無限に続くように見える層のようになったりと、感覚が混乱する様子を表現します。食べ終わると、現実感が薄れ、まるで幻を食べたような感覚に陥ります。全体的に崩壊した形状や不安定で曖昧な形に変化し続ける感じや、錯覚を引き起こすようなビジュアル、食べるごとに解体され、無限に続くように見える層とゲシュタルト崩壊を体験する感覚、混乱した視覚、幻想的で不安定さに溢れた雰囲気を放ちます


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