《次の世界の粗大ごみバーガー》
怪獣が東京湾から上陸したのは、火曜日の午前七時十三分だった。
全長七十八メートル。
六本脚。
背中に半透明の突起が並び、口から青白い火を吐く。
怪獣は防波堤を踏み潰した。
倉庫を三棟壊した。
コンテナを百個ほど蹴散らした。
それから湾岸道路へ出て、
赤信号で止まった。
三分待った。
青になった。
横断歩道を渡った。
「……ずいぶん行儀いいな」
清掃局職員の乾サトルは、収集車の中から怪獣を見上げていた。
怪獣の足元にパトカーが集まっている。
警官が拡声器で叫んだ。
「そこは大型生物通行禁止区域です!」
怪獣は、
グオオオオオオオ。
と鳴いた。
そして道路脇へ移動した。
サトルの端末が鳴る。
《未分類大型廃棄物を検出》
「は?」
位置情報を見る。
目の前の怪獣。
分類判定中。
数秒後。
《資源ごみ》
サトルは端末を二度見した。
「これを?」
助手席の後輩が怪獣を見上げる。
「収集車、七十八メートルないですよ」
「知ってる」
端末に新しい表示。
《回収してください》
「無茶言うな」
怪獣がこちらを見た。
目が合う。
そして、
頭を下げた。
---
怪獣の体表からは大量の希少金属が採れた。
鱗一枚で、スマートフォン二千台分。
背中の突起は高性能蓄電体。
血液からは航空燃料より高密度のエネルギーが抽出できた。
政府は怪獣を駆除しなかった。
保護もしなかった。
回収した。
巨大な解体施設へ運ぶ。
怪獣は抵抗しなかった。
切断機の前で伏せた。
「痛くないのか?」
サトルが訊いた。
怪獣は目を細めた。
言葉は通じない。
右前脚が切断された。
血ではなく、
銀色の液体が流れる。
作業員が歓声を上げた。
一リットル三百万円。
怪獣は鳴かなかった。
翌週。
二頭目が来た。
今度は大阪湾。
三頭目。
鹿児島。
四頭目。
北海道。
半年で世界中に怪獣が出現した。
どれも都市を少しだけ壊す。
しかし人間を積極的には襲わない。
そして必ず、
回収施設の方向へ歩く。
人類は怪獣を恐れなくなった。
待つようになった。
「今月まだ来てないな」
「電気代上がるぞ」
「去年は三頭来たのに」
ニュース番組では怪獣上陸予報が流れる。
《関東地方 大型怪獣発生確率70%》
企業は怪獣資源を前提に製品を作った。
発電所。
自動車。
航空機。
住宅。
食料生産。
世界経済の三割が、
怪獣で動くようになった。
怪獣肉も売られた。
最初は非常食だった。
ところが、
旨かった。
牛肉に似ている。
それでいて脂は軽い。
焼くと甲殻類のような香りがする。
高級店が扱い始めた。
怪獣フィレ。
怪獣リブ。
怪獣舌。
サトルも食べた。
一口目で、
泣いた。
理由は分からない。
懐かしかった。
食べたことなどないはずなのに。
子供の頃の夕飯。
母親の台所。
夏休み。
そんな記憶が一瞬だけ蘇った。
「変な肉だな」
それで終わった。
その年の冬。
怪獣が来なくなった。
---
一週間。
一か月。
三か月。
世界中で一頭も出現しない。
怪獣資源価格が高騰した。
発電所が停止する。
工場も止まる。
政府は海底探索を開始。
太平洋中央部。
深度八千メートル。
無人探査機が、
巨大な穴を発見した。
直径四百キロ。
海底に開いた、
完全な円。
探査機が降下する。
海底地殻を抜けた。
その下にマグマはなかった。
巨大な空洞。
そして。
棚。
どこまでも続く金属製の棚。
その一段一段に、
怪獣が並んでいた。
数百万頭。
眠っている。
身体には番号札。
製造年月日。
成分表示。
そして、
《地表環境再生用生体資源》
サトルは調査映像を見ていた。
「再生?」
研究員が次の映像を出す。
棚の奥。
巨大な壁画。
人間が描かれている。
高層都市。
工場。
煙。
枯れた森。
汚染された海。
そして、
人類が絶滅する。
次の絵。
海から怪獣が出る。
怪獣が死ぬ。
身体が分解される。
大地へ。
海へ。
大気へ。
何千年。
何万年。
やがて森が戻る。
魚が戻る。
鳥が戻る。
最後に、
人間が戻る。
研究員が呟いた。
「怪獣は侵略者じゃない」
誰も答えない。
「清掃員だ」
怪獣は、
人類が文明を滅ぼすたびに現れる。
身体へ汚染物質を吸収する。
都市を壊す。
死ぬ。
その死骸から生態系を再構築する。
そして新しい人類が生まれる。
それを、
何度も繰り返してきた。
サトルは怪獣肉を食べた日のことを思い出した。
懐かしかった理由。
あの肉には、
前回の人類が入っていた。
都市も。
森も。
海も。
人間も。
一度怪獣へ回収され、
次の世界を作る材料になった。
「じゃあ今回は?」
サトルが訊いた。
研究員は青ざめた。
「私たちが怪獣を先に食べ尽くした」
---
その日の午後。
世界中の清掃局端末が鳴った。
《資源不足を検出》
続いて、
《代替資源を選定しています》
数秒。
《選定完了》
サトルの端末に、
自分の顔が表示された。
分類。
《資源ごみ》
街中で悲鳴。
人間だけではない。
ビル。
車。
道路。
公園。
犬。
猫。
街路樹。
すべてに黄色い回収シールが浮かび上がった。
地面が開く。
巨大なベルトコンベアが現れる。
人々が吸い込まれる。
「待て!」
サトルは街灯へ掴まった。
街灯にも回収シール。
根元から抜ける。
二人まとめて落下。
地下。
巨大な解体施設。
怪獣を切断していた機械が、
今度は人類へ向いている。
だがサトルは途中で止まった。
目の前に、
あの怪獣がいた。
最初に東京湾へ来た個体。
右前脚がない。
まだ生きていた。
「お前……」
怪獣がサトルへ顔を寄せる。
そして初めて、
言葉を発した。
「オソカッタ」
低い声。
「何が」
「キヅクノガ」
怪獣は残った脚で、
非常停止ボタンを押した。
機械が止まる。
人々が歓声を上げた。
助かった。
そう思った。
怪獣は首を振った。
「チガウ」
床が開く。
さらに下。
赤熱した巨大な空間。
「ツギヲ、ツクル」
怪獣が自分から落ちた。
サトルも。
人々も。
都市も。
大陸も。
海も。
惑星全体が、
巨大な処理槽へ崩れ落ちる。
怪獣と人類が、
初めて同じ材料になる。
ビルは砕かれ、粗挽きの黒胡椒へ。
森林はレタスへ。
海は強い塩味を持つソースへ。
人間と怪獣の肉は混ざり、
巨大なパティになる。
怪獣の銀色の血液は脂へ変わり、
肉の内部で光る。
背中の蓄電器官は黄色く溶け、
濃厚なチーズになる。
高速道路は細く縮み、
カリカリのベーコンへ。
最後に地殻が粉砕される。
小麦粉。
海水。
酵母。
混ざる。
膨らむ。
上下二枚の巨大なバンズ。
鉄板へ。
じゅうううううう。
人間と怪獣が混ざった肉から、
大量の脂が噴き出す。
不思議な匂いだった。
新しいのに、
懐かしい。
誰も食べたことがないのに、
知っている味。
やがて一個のバーガーが完成した。
肉厚のパティ。
銀色に光る肉汁。
濃いチーズ。
レタス。
黒胡椒。
細いベーコン。
横には、
黄色い回収シール。
だが分類欄だけ、
書き換えられていた。
《廃棄物》
ではない。
《原材料》
その下に商品名。
《次の世界の粗大ごみバーガー》
賞味期限の欄には、
数字ではなく、
こう書かれていた。
文明が、また自分を捨てるまで。




