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《一ルク終末バーガー》


午前零時。


鐘が十三回鳴った。


十三回目だけ、音が下から響いた。


王都の人々は窓を閉め、カーテンを引いた。


今夜は《大競り》の日だった。


百年に一度。


この国では、


神様が競売にかけられる。



---


王宮地下には、直径二百メートルの競売場がある。


中央の壇上。


そこに巨大な透明瓶が置かれていた。


中には、


雨雲が入っている。


瓶の内側で稲妻が走る。


競売人が金槌を上げた。


「第一号。東部降雨神」


スクリーンに数字。


開始価格 二億ルク


貴族たちが札を上げる。


「三億!」


「五億!」


「七億!」


落札したのは穀物商だった。


瓶を受け取る。


翌朝から、


彼の所有する農地だけに雨が降る。


次。


小さな木箱。


蓋を開けると、中で炎が燃えている。


「第二号。炉火神」


製鉄会社が落札。


次。


黒い鳥籠。


中には何も見えない。


しかし耳を近づけると、


まだ生まれていない赤ん坊の泣き声が聞こえる。


「第三号。安産神」


医療組合が買った。


神は信仰するものではない。


所有するもの。


それがこの国の常識だった。


競売場の最上階で、


十九歳のセナは父の隣に座っていた。


父は国内最大の葬祭会社を経営している。


「今年は何を買うの?」


セナが訊いた。


「死だ」


父は即答した。


壇上へ、


棺桶が運ばれてきた。


古い木製。


釘が一本もない。


競売人の声が少し震えた。


「第十九号」


会場が静まる。


「死神」


開始価格。


一ルク。


誰も札を上げなかった。


安すぎるからだ。


セナの父だけが手を挙げた。


「一ルク」


金槌。


コン。


「落札」


それだけだった。



---


棺桶は自宅地下へ運ばれた。


父は社員を全員帰した。


セナだけ残す。


「開けるぞ」


「危なくない?」


「所有権は私にある」


蓋を開ける。


中には、


十二歳くらいの少年が寝ていた。


裸足。


白い髪。


首には商品札。


《死亡管理権 一式》


少年が目を開けた。


「買ったの、あなた?」


父が頷く。


「そうだ」


「じゃあ命令して」


父は笑った。


最初の命令は、


「私を死ななくしろ」


だった。


少年が父の額へ触れた。


「終わり」


「これだけか?」


「うん」


父はナイフを取った。


自分の喉を切る。


セナが叫ぶ。


大量の血。


父が倒れる。


しかし十秒後、


傷口が閉じた。


父は立ち上がった。


笑った。


翌日。


父は会社役員全員を不死にした。


一週間後。


不死契約の販売を開始。


富裕層向け。


一人五千万ルク。


契約者は殺しても死なない。


病気でも。


老衰でも。


事故でも。


二か月で四万人が契約した。


そして、


最初の異常が起きた。


墓地から電話が鳴った。


埋葬された老人からだった。


『すみません』


棺桶の中から、


『まだ生きてるみたいなんですが』


不死契約をしていない人間だった。


次の日。


火葬場から女性が歩いて出てきた。


身体は黒焦げ。


それでも生きている。


三日後。


病院から死者が消えた。


心臓が止まっても、


死なない。


脳が破壊されても、


身体が動き続ける。


父は少年を呼びつけた。


「何をした!」


少年は床で菓子を食べていた。


「命令どおり」


「私は私だけを不死にしろと言った!」


「違うよ」


少年は首を傾げた。


「あなた、死を買ったでしょう?」


「だから?」


「買ったものって」


少年が笑った。


「他の人が勝手に使ったら、泥棒じゃん」


父の顔から血の気が引いた。


死が私有財産になった。


つまり、


父の許可なく、


誰も死ねない。



---


政府が動いた。


死亡管理権を国有化しようとした。


父は拒否。


軍隊が屋敷を包囲した。


銃撃。


爆発。


屋敷は吹き飛んだ。


父の身体も千切れた。


しかし肉片が地面を這い、


再び一つになった。


兵士も死なない。


頭部を失った身体が歩き回る。


戦場は終わらなかった。


死者が出ないからだ。


負傷者だけが増える。


一か月後。


国土の半分が、


死ねない負傷者で埋まった。


事故で潰れた人。


病気で腐敗した人。


百三十歳を超えて動けない老人。


全員、


意識だけが残っている。


人々は父の屋敷へ押しかけた。


「死なせてくれ!」


父は料金表を作った。


通常死亡 十万ルク


即死 十五万ルク


苦痛なし 二十五万ルク


希望日時指定 三十万ルク


死は、


この国で最も高価な商品になった。


セナは父を殴った。


「最低」


「商売だ」


「みんな苦しんでる!」


「なら払えばいい」


「お金がない人は?」


父は答えた。


「生きればいい」


その夜。


セナは死神の少年を連れて逃げた。


「死を返したい」


「どこに?」


「競売場」


少年は首を振った。


「無理」


「なんで?」


「売った人がいないから」


「じゃあ誰が出品したの?」


少年が指を上へ向けた。


空。


「みんな」


意味が分からなかった。


少年は続けた。


「神様は、人間が作ったんだよ」


雨が怖い。


火が怖い。


出産が怖い。


死が怖い。


理解できないものへ名前をつけた。


形を与えた。


祈った。


何千年。


何万人。


何億人。


信じられた概念は、


少しずつ実体を持った。


やがて捕獲できるほど濃くなった。


人間は自分たちで作った神を、


自分たちで売り始めた。


「じゃあ」


セナは訊いた。


「誰も死を信じなくなったら?」


少年は黙った。


「消える?」


「僕は消える」


「死は?」


「それも」


セナは笑った。


「もう消えてるじゃない」


少年の顔が歪んだ。


「違う」


初めて怯えた。


「死がなくなったら、生き物だけじゃ済まない」



---


その意味は翌朝わかった。


太陽が沈まなかった。


夜九時。


まだ昼。


深夜。


まだ昼。


地球が自転を止めたのではない。


一日が死ななくなった。


昨日が終わらない。


時計は二十三時五十九分五十九秒で止まる。


一秒が永遠に伸びる。


川が海へ到達しない。


火が燃え尽きない。


果物が腐りきらない。


音が消えない。


一度鳴らした鐘の音が、


空中に残り続ける。


物事の「終わり」が消えた。


死とは生物だけの現象ではなかった。


燃焼の死。


音の死。


運動の死。


星の死。


時代の死。


すべて同じ神が管理していた。


終われなくなった世界は、


瞬く間に詰まった。


消えない音が重なり、


轟音になる。


消えない光が重なり、


空が白く焼ける。


食べた料理が消化を終えない。


呼吸した空気を吐き終えない。


人間は膨らむ。


世界中が、


終わらない途中経過で埋め尽くされる。


セナは少年の手を掴んだ。


「どうすればいい!」


少年が叫ぶ。


「僕を殺して!」


「死神を?」


「死を死なせる!」


矛盾だった。


だから可能性があった。


セナはナイフを握った。


少年の胸へ突き刺す。


血が出る。


しかし少年は死なない。


「権利!」


少年が叫ぶ。


「所有者じゃないと僕を殺せない!」


父。


セナは走った。


屋敷へ戻る。


父は金庫に囲まれていた。


世界が壊れているのに、


死亡許可証を売っている。


「権利をちょうだい」


「いくらで?」


セナは答えなかった。


父の金庫を開けた。


一ルク硬貨を取り出す。


「これで買ったんでしょう?」


「だから?」


硬貨を床へ置く。


「返金する」


父が笑う。


「誰に?」


床が割れた。


巨大な手が現れた。


人間の手ではない。


骨でも肉でもない。


無数の人間の影が重なってできた手。


神を作った、


すべての人間の恐怖。


それが硬貨を摘んだ。


返金が成立した。


父の所有権が消える。


同時に、


世界中で人々が倒れ始めた。


死が戻った。


百三十歳の老人。


焼けた人。


潰れた人。


数か月間死ねなかった者たちが、


静かに息を止める。


父も倒れた。


しかし異変は止まらない。


死神の少年が崩れ始める。


「まずい」


「何が?」


「返された」


少年の身体が黒い粒になる。


「所有者がいない」


「自由になったんじゃないの?」


「神は自由にならない」


少年は笑った。


「信じられなくなった神は、元の概念へ戻る」


身体が完全に砕けた。


黒い粒が空へ舞う。


世界中へ広がる。


そして、


あらゆるものが同時に死に始めた。


人間。


動物。


植物。


炎。


波。


音。


国。


言葉。


記憶。


重力。


色。


距離。


時間。


太陽が黒くなる。


海が動きを止める。


大陸から意味が抜け落ちる。


宇宙そのものが、


「終わり」を迎える。


セナの指先が透明になる。


怖くなかった。


終わることが、


ようやく普通に戻った。


最後に見えたのは、


一ルク硬貨だった。


それも錆び、


崩れ、


消えた。


宇宙が死んだ。


その死骸が、


巨大な黒い鉄板へ落ちた。


じゅう。


死んだ大地が挽かれ、


黒胡椒を効かせた厚いパティになる。


止まった海は塩気の強いピクルスへ。


燃え尽きた太陽は濃いチェダーチーズへ。


消えた森林は細切りレタスへ。


人々が最後に吐いた息は燻煙になり、


肉へ深い香りをつける。


そして、


死そのものだった黒い粒は、


甘苦い焦がしオニオンソースへ変わった。


最後に、


宇宙の始まりと終わりが二枚のバンズになる。


始まりを下に。


終わりを上に。


その間へ、


一度存在したすべてを挟む。


中央には、


一ルク硬貨ほどの丸いピクルスが一枚。


皿の脇に札が立った。


《一ルク終末バーガー》


その下には、


価格ではなく、


短い注意書き。


お召し上がりになった時点で、完食とみなします。


食べ残しという概念は、


もう死んでいた。

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