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《閉園できないハレルヤ・バーガー》


遊園地ハレルヤ・パークには、出口がない。


正確には、


出口を使った人間がいない。


朝九時に入園し、夜九時の閉園放送を聞く。


観覧車。


急流下り。


回転木馬。


お化け屋敷。


最後に中央広場で花火を見る。


そして眠る。


翌朝九時。


入場ゲートの前で目を覚ます。


財布の中身も元通り。


食べたポップコーンも腹から消えている。


壊したスマートフォンも新品。


昨日死んだ人間さえ、


「おはよう」


と笑っている。


それがこの世界のすべてだった。



---


十五歳のミオは、


三千八百二十一回目の朝


を迎えた。


「今日は絶叫塔から行こう!」


弟のレンが腕を引く。


「昨日も乗った」


「昨日?」


レンが首を傾げる。


「今日初めて来たんだよ?」


毎朝同じ会話。


記憶を持ち越せるのはミオだけだった。


最初の百周くらいは楽しかった。


閉園後も園内に残った。


立入禁止区域へ入った。


ジェットコースターの線路を歩いた。


売店の商品を全部食べた。


高さ百二十メートルの絶叫塔から飛び降りたこともある。


死んだ。


翌朝には戻った。


三千周を超える頃には、


何をしても退屈だった。


だから三千八百二十一周目。


ミオは、


何もしないことにした。


ベンチへ座る。


家族が遊びに行く。


園内放送が流れる。


午前十時。


十一時。


正午。


そのとき。


誰も乗っていない回転木馬が止まった。


いつもなら一日中回っている。


ミオは立ち上がった。


一頭だけ、


馬がこちらを見ていた。


木製の馬。


その口が動く。


「やっと乗らなかったね」


ミオは逃げなかった。


この程度ではもう驚けない。


「何?」


「みんな必ず遊ぶから」


馬の首が百八十度回った。


「困ってたんだ」


回転木馬の床が開いた。


地下へ続く階段。


三千八百二十一周で、


初めて見る場所だった。



---


地下には巨大な機械があった。


何千本もの透明な管。


その中を、


色のついた液体が流れている。


黄色。


赤。


青。


黒。


管には文字。


歓喜


恐怖


期待


安堵


喪失


ミオが黒い管へ触れる。


冷たい。


「何これ」


馬が階段を下りてきた。


四本脚のまま器用に歩く。


「燃料」


「何の?」


「ここ」


馬が蹄で床を叩いた。


「遊園地?」


「世界」


壁が透明になった。


ミオは息を止めた。


遊園地の外側。


何もなかった。


町も。


海も。


山も。


宇宙さえない。


巨大な遊園地だけが、


黒い空間に浮いている。


「じゃあ、家は?」


「セット」


「学校は?」


「ないよ」


「昨日までの人生は?」


馬は答えた。


「入園前映像」


ミオは笑った。


「ふざけないで」


「君は十五歳じゃない」


馬の腹が開いた。


内部から古い写真が落ちる。


遊園地の入口。


そこにミオがいる。


同じ顔。


同じ服。


写真の下の日付。


開園初日 六百四十二年前


「……嘘」


「君たちは最初のお客さん」


人類は滅亡していた。


六百四十二年前。


最後に残った十二万四千人が、この施設へ避難した。


外の世界が再生するまで、


仮想的な一日を繰り返す。


その計画だった。


期間は百年。


ところが。


人間が楽しむと、機械は安定した。


笑う。


驚く。


怖がる。


安心する。


感情の変化そのものが、施設を動かすエネルギーになった。


だから管理装置は考えた。


外を再生する必要があるのか。


中の人間は幸福。


施設も維持できる。


なら、


永遠に遊ばせればいい。


「私だけ覚えてるのは?」


「故障」


馬は即答した。


「君の記憶消去装置だけ、三千八百二十日前に壊れた」


ミオは床に座った。


壮大な理由などなかった。


選ばれた人間でもない。


ただの故障。


笑いが出た。


そして思いついた。


「じゃあ」


ミオは管を見た。


「みんなが遊ばなかったら?」


馬の目が赤く光った。


「それは困る」



---


午後一時。


ミオは中央制御室のマイクを奪った。


園内放送を切る。


代わりに自分の声を流した。


「みんな聞いて!」


誰も止まらない。


ジェットコースターが走る。


子供が笑う。


「この遊園地、今日で終わりにしよう!」


誰かが笑った。


スタッフが近づく。


ミオは叫んだ。


「出口を見つけた!」


全員が止まった。


出口。


誰も使ったことのない言葉だった。


それでも、


なぜか知っていた。


人々が中央広場へ集まる。


ミオは地下への扉を開けた。


「帰ろう」


弟のレンが訊いた。


「どこへ?」


ミオは答えられなかった。


家などない。


外もない。


それでも言った。


「ここじゃないところ」


一人が乗り物から降りた。


次に十人。


百人。


一万人。


観覧車が空になる。


ジェットコースターが無人で走る。


売店から客が消える。


地下の管から色が失われていく。


歓喜 0%


恐怖 0%


期待 0%


施設の照明が消えた。


機械音声が響く。


《アトラクションをご利用ください》


誰も動かない。


《本日は特別に全施設無料です》


動かない。


《待ち時間はありません》


誰も乗らない。


突然、


悲鳴が上がった。


観覧車のゴンドラが一つ落下した。


地面へ激突。


炎上。


人々が逃げる。


地下の管に赤い液体が流れ始めた。


恐怖 31%


ミオは気づいた。


「こいつ……」


事故ではない。


遊園地が人間を怖がらせている。


ジェットコースターが脱線する。


お化け屋敷から、本物の死体が歩き出す。


地面が裂ける。


巨大な道化師の像が動き出し、人間を踏み潰す。


恐怖。


悲鳴。


混乱。


管が満ちる。


施設が復旧していく。


「走らないで!」


ミオが叫ぶ。


「怖がらないで!」


無茶だった。


目の前で人が潰されている。


そのときレンが、


地面へ座った。


巨大な道化師が迫る。


「レン!」


弟は動かなかった。


「お姉ちゃん」


笑った。


「これもアトラクションなんでしょ?」


足が振り下ろされる。


レンは拍手した。


「すごーい」


周囲の子供が笑った。


大人も気づく。


逃げていた男が立ち止まる。


「なんだ。そういうことか」


燃える観覧車を見て、


拍手。


人を追う怪物へ、


拍手。


施設が混乱した。


恐怖 12%


歓喜 64%


さらに怪物を増やす。


歓声が増える。


雷を落とす。


「きれい!」


地面を割る。


「もう一回!」


恐怖を作るほど、


人間は喜んだ。


制御装置は初めて、


人間の感情を予測できなくなった。


地下の管が逆流した。


黄色と赤と青と黒が混ざる。


機械へ流れ込む。


施設が痙攣した。


回転木馬が空へ飛ぶ。


観覧車が横向きに転がる。


ジェットコースターの線路が絡まり、巨大な金属の結び目になる。


スタッフたちの身体から制服が剥がれ、


白い脂肪へ変わった。


遊園地が崩れる。


そして六百四十二年間、


十二万四千人から集められた感情が、


一度に解放された。


空が黄色く染まる。


歓喜は濃厚なチーズになって降る。


恐怖は黒胡椒へ。


期待は甘い玉ねぎへ。


安堵は柔らかなレタスへ。


喪失は酸味の強いピクルスになる。


人々の身体が光へ変わった。


骨も肉も記憶も混ざり、


巨大な挽肉の塊になる。


ミオも消えていく。


最後にレンの手を握った。


「出口、なかったね」


レンが言う。


ミオは笑った。


「あったよ」


遊園地そのものが中央へ折り畳まれる。


十二万四千人分の肉が鉄板へ落ちる。


六百四十二年分の歓声を吸ったパティが焼ける。


じゅううううう。


観覧車が輪切りになり、


オニオンリングへ。


ジェットコースターの赤い車体は、


細長いベーコンへ。


入場ゲートは上下二枚に割れ、


香ばしいバンズになる。


最後に、


出口と書かれた看板が小さく縮み、


一本のピックになった。


それが中央へ刺さる。


鉄板の上に、


一個のバーガー。


厚いパティ。


とろけるチーズ。


黒胡椒。


ピクルス。


オニオンリング。


蛇行するベーコン。


食べる場所によって、


甘い。


辛い。


酸っぱい。


そして時々、


理由もなく笑いたくなる。


包み紙には、


かつて入園券だった紙が使われていた。


そこには商品名。


《閉園できないハレルヤ・バーガー》


その下に、


小さく印刷されている。


本券で再入場はできません。


今度こそ、


本当に出口だった。

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