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《七日目の映像バーガー》


――世界線コード:RNG0714VX

分類:視覚感染型・観測連鎖性世界線崩壊

危険度:回収済

備考:本世界線では「映像を見た者が七日後に死亡する」という現象が確認された。

   しかし、死亡原因は映像そのものではなかった。

   最後まで誰も気づかなかったのは、

   映像を見た人間が「次の誰かに見せる」ことで、世界線そのものを増殖させていたことである。




◆第一層 一本のテープ


 午後十一時四十七分。


 大学生の美緒は、友人の部屋で古いビデオテープを見つけた。


 ラベルはなかった。


 黒いカセット。


 側面に油性ペンで数字だけが書かれていた。


«7»


「何これ?」


 友人の奈々が答えた。


「さあ。前の住人のじゃない?」


「見てみようよ」


「やめた方がいいって」


「なんで?」


「なんとなく」


 美緒は笑った。


 テレビにテープを入れた。


 映像が始まった。




 古い井戸。


 白黒の画面。


 風もないのに木が揺れている。


 画面の中央に、女が立っている。


 顔は見えない。


 女が井戸を覗き込む。


 突然、画面が反転する。


 黒。


 白。


 黒。


 白。


 次に映ったのは、ベッド。


 誰もいない。


 時計だけが置いてある。


 針が逆向きに動いている。


 次に、鏡。


 鏡の中だけ、部屋が違う。


 最後に。


 白い壁。


 そこに手書きの文字が現れた。


«七日後に、見つけてください。»


 映像が終わった。


「……何これ」


 奈々が笑った。


「怖くないじゃん」


 美緒も笑った。


 その夜は、それで終わった。




◆第二層 死ぬまでの七日間


 二日目。


 美緒のスマートフォンに、知らない番号から電話が来た。


「もしもし?」


 無言。


「誰ですか?」


 無言。


 切った。


 三日目。


 大学の講義中。


 ノートの端に、見覚えのない文字が書かれていた。


«あと四日。»


 美緒は自分で書いた覚えがなかった。


 四日目。


 洗面所の鏡を見ると、鏡の中の自分だけが笑っていた。


 美緒は笑っていなかった。


 鏡の中の美緒が、指を一本立てた。


 四。


 五日目。


 部屋のテレビが勝手についた。


 映像入力には何も接続されていない。


 画面に井戸が映った。


 その井戸の前に、美緒が立っていた。


 今の服を着ていた。


 美緒はテレビの前で固まった。


 画面の中の自分が、ゆっくり振り返った。


 そして。


 テレビのこちら側を指差した。


 六日目。


 奈々に電話した。


「テープ、もう一回見た?」


「見てないよ」


「絶対?」


「うん」


「じゃあ、なんで——」


 奈々の声が途切れた。


「美緒」


「何?」


「今、後ろに誰かいる?」


 美緒は振り返った。


 誰もいない。


「いない」


「そう」


「何で?」


「今、あなたの後ろに立ってる女の人が、電話の向こうから見える」


 通話が切れた。


 美緒はテレビを見た。


 画面は真っ黒だった。


 そこに、自分の部屋が映っている。


 自分が立っている。


 その背後に。


 長い髪の女が立っていた。




◆第三層 七日目


 午前二時。


 美緒は眠らなかった。


 時計を見ていた。


 午前二時十三分。


 テレビがついた。


 井戸。


 午前二時十四分。


 画面の中の女が井戸から出てきた。


 午前二時十五分。


 女が画面の中を歩く。


 井戸から。


 林へ。


 道路へ。


 街へ。


 美緒の大学へ。


 美緒の部屋へ。


 そして。


 テレビ画面の内側まで来た。


 女が画面に手をついた。


 美緒も反射的に画面に手をついた。


 指先が重なった。


 その瞬間。


 テレビが消えた。


 美緒は倒れた。




 午前二時十六分。


 目を開ける。


 部屋は静かだった。


 何も起きていない。


 美緒は笑った。


「……何もないじゃん」


 しかし。


 テレビ画面の端に、小さな数字が表示されていた。


«6»


 美緒は首を傾げた。


「……六?」


 数字が変わった。


«5»


 さらに変わった。


«4»


 美緒は時計を見る。


 午前二時十六分。


 数字はさらに減った。


«3»


«2»


«1»


 そして。


«0»


 テレビの画面に文字が出た。


«七日目、完了。»


 美緒は生きていた。




◆第四層 死なない


 翌朝。


 美緒は普通に大学へ行った。


 何も起きなかった。


 ニュースを見ても、自分の死亡記事などない。


 病院に行っても異常なし。


 奈々も生きている。


「死ななかったじゃん」


「うん」


「怖がって損した」


 二人は笑った。


 だが、その日の夜。


 美緒の母親から電話が来た。


「美緒、昨日あなたの部屋に行った?」


「行ってないよ」


「じゃあ、誰がいたの?」


「誰って?」


「あなたが部屋に立ってたのよ」


 美緒は黙った。


「お母さん、それ何時?」


「午前二時十六分」


 美緒の顔から血の気が引いた。


「私、その時、テレビの前にいた」


「そうなの?」


「うん」


「じゃあ、部屋にいたあなたは誰?」


 電話が切れた。


 美緒は部屋を見回した。


 何もない。


 テレビだけがある。


 画面には映像が映っていた。


 美緒自身の部屋。


 その映像の中に、美緒がいる。


 そして。


 画面の中の美緒がこちらを見ていた。




◆第五層 映像の正体


 美緒は大学の映像研究室を訪れた。


 古いテープを解析してもらった。


 研究員が映像を確認する。


「妙ですね」


「何が?」


「この映像、撮影日時がありません」


「古いから?」


「違います」


 研究員が画面を拡大した。


「これは映像じゃありません」


「え?」


「フレームが存在しない」


「どういうこと?」


「普通の動画なら、一秒間に何十枚かの画像があります。でもこれは違う」


 研究員が画面を指差した。


「見る人間がいる時だけ、次の画像が生成されています」


 美緒は黙った。


「つまり、この映像は——」


「見られることで作られる」


 研究員が再生を止めた。


 画面が真っ黒になる。


「もう一つあります」


「何?」


「このテープ、最初から七日間の映像が入っているわけじゃない」


「じゃあ?」


「最後の映像だけが存在しています」


「最後?」


「あなたが七日目に見た映像です」


 美緒は画面を見た。


「じゃあ、最初に見た時は?」


「最初に見た瞬間に、最後の映像から逆算して過去の映像が作られたんでしょう」


「そんなこと……」


 研究員が言った。


「つまり、このテープには最初から未来しか入っていない」




◆第六層 七日間の逆転


 美緒は自分のスマートフォンを取り出した。


 撮影した覚えのない動画が一つあった。


 再生する。


 映っていたのは。


 奈々だった。


 奈々が泣いている。


「美緒、これを見たら——」


 映像の奈々がカメラの向こうを見る。


「お願い。誰にも見せないで」


 そこで映像が終わった。


 美緒は奈々に電話した。


「これ、どうしたの?」


「何?」


「動画」


「知らない」


「あなたが映ってる」


「そんな動画撮ってない」


 美緒は再生した。


 今度は奈々ではなかった。


 美緒自身が映っていた。


 泣いている。


「これを見たら、誰にも見せないで」


 美緒は震えた。


「私、こんな動画撮ってない」


 奈々が電話越しに言った。


「美緒」


「何?」


「今、その動画を見てる?」


「うん」


「じゃあ——」


 奈々の声が震えた。


「私のスマホにも、同じ動画がある」




◆第七層 感染


 翌日。


 大学の学生三百二十一人が、同じ動画を持っていた。


 その翌日。


 市内の高校生にも広がった。


 さらに翌日。


 動画は動画サイトに投稿された。


 タイトルはない。


 説明もない。


 再生すると。


 必ず井戸が映る。


 そして七日後。


 見た人間は死ななかった。


 代わりに。


 その人間の「一番古い記憶」が映像になる。


 赤ん坊だった頃。


 母親の腕の中。


 初めて歩いた日。


 初めて泣いた日。


 初めて誰かを好きになった日。


 死んだ人間の記憶。


 生まれていない子供の記憶。


 存在しなかった家族の記憶。


 動画を見るたびに、新しい人生が映像になった。


 そして。


 映像を見た人間は必ず、別の誰かに送った。


 理由は一つ。


 怖かったから。


「自分だけが見たくない」


 それだけだった。




◆第八層 誰が増やしていたのか


 半年後。


 世界人口の八割が映像を見ていた。


 しかし死者は一人もいない。


 代わりに、街中のテレビ、スマートフォン、監視カメラ、電光掲示板に同じ映像が流れ始めた。


 井戸。


 林。


 白い壁。


 人間。


 そして大量の記憶。


 政府は全ての画面を停止した。


 電源を切った。


 ネットワークを遮断した。


 放送局を閉鎖した。


 それでも映像は止まらなかった。


 最後に残った一台のテレビに、井戸が映った。


 研究者が画面を破壊した。


 テレビは消えた。


 研究者が安心した瞬間。


 自分の目の前に井戸が見えた。


 テレビはない。


 壁もない。


 空中に映像が浮かんでいる。


 研究者は理解した。


「画面が必要なんじゃない」


 誰かが答えた。


「見る人間がいればいい」




◆第九層 最大の逆転


 美緒は一人で井戸へ向かった。


 映像に何度も出てきた井戸。


 実在する場所だった。


 井戸の底を覗く。


 水がある。


 水面に自分の顔が映る。


 だが。


 水面の自分は、こちらを見ていない。


 水面の中の美緒は、井戸の底を見ている。


 その手に。


 ビデオカメラを持っていた。


 美緒は息を呑んだ。


 水面の中の美緒がカメラを向ける。


 映像が始まる。


 そこには、今の美緒が映っていた。


 井戸を覗き込んでいる。


 水面を見ている。


 そして。


 水面の美緒が言った。


「やっと来た」


 美緒は叫んだ。


「あなたは誰!」


 水面の美緒が笑った。


「私」


「違う!」


「じゃあ、あなたは誰?」


 答えられない。


「七日前、誰がこの映像を見たの?」


 美緒は答えた。


「私」


「違うよ」


 水面の美緒が首を振った。


「七日前のあなたは、まだこの映像を見てない」


「……」


「だから、見たのは私」


「あなたは誰?」


「七日後のあなた」


 美緒の顔が凍った。


「じゃあ、私は?」


 水面の美緒が答えた。


「あなたは、七日前の私」




◆第十層 井戸の中身


 美緒は井戸の中を見た。


 水がなかった。


 あるのは。


 無数のビデオテープだった。


 何千本。


 何万本。


 全てに同じ数字が書かれている。


«7»


 その中の一本を取り出した。


 再生した。


 映像には。


 世界が映っていた。


 街。


 海。


 山。


 人間。


 そして最後に。


 巨大な黒い円形の穴。


 穴の中に、全ての人間の顔が並んでいる。


 その中心に。


 一つだけバーガーが置かれていた。


 美緒は映像を止めた。


 しかし画面は止まらなかった。


 バーガーが少しずつ大きくなる。


 人間の顔が一つずつバーガーに吸い込まれていく。


 美緒は気づいた。


「この映像……未来の記録じゃない」


 誰も答えない。


「世界がバーガーになるところを撮ってる」




◆最終記録 七日目


 世界中の画面に、同じ映像が流れた。


 井戸。


 林。


 白い壁。


 そして。


 バーガー。


 人々は見た。


 八十億人が同時に見た。


 その瞬間。


 全ての画面から人間が消えた。


 死んだのではない。


 映像になった。


 人間の身体が一枚の画像になった。


 画像が重なった。


 画像が圧縮された。


 圧縮された画像が、さらに圧縮された。


 街が消えた。


 海が消えた。


 空が消えた。


 井戸が消えた。


 最後に。


 一個のバーガーだけが残った。


 バンズの表面には、細い黒い線が円を描いている。


 パティの内部には、無数の小さな白い点。


 それぞれが。


 一人分の「見た」という記録だった。




◆回収記録 RNG0714VX


 バーディがバーガーを拾った。


「これ、映像が入っています」


 グリマス博士が確認した。


「何の映像です?」


「全部です」


「全部?」


「この世界線で誰かが見たもの、全部」


 バーガーを半分に切った。


 切断面に、井戸が映った。


 もう一度切る。


 今度は美緒の部屋。


 さらに切る。


 奈々。


 研究者。


 知らない老人。


 赤ん坊。


 最後に。


 一人の少女。


 井戸の前に座っている。


 少女がこちらを見る。


 そして口を動かした。


«「見てくれて、ありがとう」»


 映像が消えた。


 バーディが言った。


「……これ、誰ですか?」


 グリマス博士は答えなかった。


 バーガーを調べる。


 重量は二百七十一グラム。


 内部温度は三十六・五度。


 人間の体温とほぼ同じ。


 そして。


 包装を閉じようとした瞬間。


 バーガーの表面に文字が浮かんだ。


«あと七日。»


 バーディが固まった。


「博士」


「はい」


「七日後に何が起きるんですか?」


 グリマス博士は答えなかった。


 ただ。


 バーガーを裏返した。


 裏側には別の文字があった。


«七日後ではない。»


 その下に。


«あなたが次に見る時。»


 バーディは、ゆっくりバーガーから目を離した。


 だが遅かった。


 工場の全ての監視カメラが、一斉に井戸を映し始めた。


 そして。


 誰もいないはずの画面の中から。


 一人の少女がこちらを見ていた。


 少女が笑う。


 口を動かす。


 音は出ない。


 それでも、二人には何を言ったのかわかった。


«「見つけた」»




《七日目の映像バーガー》


別称:

「見た人が死ぬんじゃない。見たことが残る味」


製造記録


バンズ:古い映像の白黒ノイズ

パティ:七日間にわたって蓄積された全観測記録

ソース:恐怖によって次の人間へ渡された記憶

チーズ:誰にも見られなかった最後の映像


特徴:

一度見ると、映像の中に必ず「見ている自分」が映る。


備考:


このバーガーは、まだ誰にも食べられていない。


理由は不明。


ただし、包装紙の内側には毎日違う文字が増えている。


初日:


«見てください。»


二日目:


«まだです。»


三日目:


«もう少し。»


四日目:


«あと三日。»


五日目:


«あと二日。»


六日目:


«あと一日。»


七日目:


«食べてください。»


そして八日目。


包装紙は白紙になった。


バーガーだけが残っていた。


その断面には。


井戸ではなく。


誰かがバーガーを食べている映像が映っていた。

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