《信仰暴走バーガー》
世界線コード:AKSH1993HG
分類:信仰過剰型・対象消失後の信仰力暴走崩壊
危険度:回収済
備考:この世界線の子供たちは信じ切った。
完全に信じ切った。
信じ切ったから、ヒーローは勝った。
ヒーローが勝ったから、悪がなくなった。
悪がなくなったから、信じる対象がなくなった。
行き場を失った信仰力が、世界線を内側から破壊した。
◆記録一 施設観測ログ AKSH世界線 物理法則の確認
【観測記録01】
AKSH1993HG世界線の基本物理法則:
この世界線において「信じること」は物質だ。
子供が何かを信じた瞬間、
「信仰粒子」が体内で生成される。
信仰粒子の特性:
色:白。温度:体温より二度高い。
においの記録:「朝のにおい。
ご飯のにおい。
あと——なんか、
無敵な感じのにおいがする」
信仰粒子は、信じられた対象に向かって飛ぶ。
飛んで届いた信仰粒子は、
届いた対象の「出力」を増幅させる。
ヒーローが百人の子供に信じられれば、
ヒーローの拳の威力は百倍になる。
百万人に信じられれば、百万倍になる。
ただし——
信じる対象が消えた場合、
行き場を失った信仰粒子は
発射した子供の体内に戻る。
戻った信仰粒子は行き場がない。
行き場のない信仰粒子は体内で暴走する。
暴走した信仰粒子が世界線密度を内側から削る。
この段階での世界線崩壊確率:0%。
◆記録二 信仰粒子の分布記録
この世界線の大気を観測した。
大気中に信仰粒子が飛び交っていた。
午前七時台から午後六時台にかけて特に密度が高かった。
その時間帯に子供たちが活発に動いているからだった。
信仰粒子の飛ぶ方向を追跡した。
全て同じ方向を向いていた。
テレビの電波塔の方向だった。
外部観測者は子供たちを観測した。
学校から帰った子供が、ランドセルを投げ捨てた。
テレビをつけた。
ヒーローの番組が始まった。
子供の体内から信仰粒子が大量に飛び出した。
テレビに向かって飛んだ。
テレビの画面の中のヒーローに届いた。
ヒーローが敵を倒した。
子供が「やったー」と言った。
また信仰粒子が飛んだ。
施設観測ログ(同日):
外部観測者注記:
この世界線の「子供の信仰」の構造を分析した。
子供が「ヒーローは強い」と信じる。
信仰粒子がヒーローに届く。
ヒーローが強くなる。
強くなったヒーローが敵を倒す。
子供が「やっぱり強い」と確信する。
さらに信仰粒子が飛ぶ。
正のフィードバックループが形成されている。
問題はない——信じる対象がある間は。
問題が起きるのは——
信じる対象がなくなった時だ。
この段階での世界線崩壊確率:0%。
継続監視。
◆記録三 大人の記録
この世界線の大人には信仰粒子が極めて少なかった。
外部観測者が大人の体内を確認した。
信仰粒子の生成器官が萎縮していた。
子供の頃はあった。
大人になる過程で「信じることが無駄だった」という経験が積み重なり、生成器官が機能を失った。
大人は信じられなかった。
だから大人には何もできなかった。
大人が子供に言った。
「ヒーローなんて本当はいないんだよ」
子供は聞いていなかった。
テレビを見ていた。
信仰粒子がまたテレビに向かって飛んだ。
大人はため息をついた。
施設観測ログ(同日):
外部観測者注記:
大人の信仰粒子生成器官の萎縮について。
大人が「ヒーローなんていない」と言った時、
大人の体内で何かが起きた。
萎縮した信仰粒子生成器官が、
一瞬だけ反応した。
信仰粒子を生成しかけて、止まった。
大人は信じたかった。
信じる方法を失っていた。
この世界線の崩壊は、
「子供が信じすぎたこと」ではなく、
「大人が信じる方法を失ったこと」から始まっていた可能性がある。
確認中。
◆記録四 悪の記録
この世界線に「悪」がいた。
巨大な組織だった。
世界征服を目的としていた。
でも外部観測者が観測した結果、
この組織には奇妙な特性があった。
この組織は、ヒーローが存在するから存在できた。
組織の内部記録を確認した。
組織が最初に結成された時の議事録が残っていた。
設立理由に書いてあったこと:
「ヒーローがいる。だから我々が必要だ」
外部観測者が注目した点:
設立の論理が逆だった。
通常は「悪がいるからヒーローが必要になる」。
この世界線では「ヒーローがいるから悪が必要になった」。
ヒーローへの信仰が強くなるほど、
悪の組織も大きくなった。
ヒーローへの信仰と悪の規模は、常に比例していた。
施設観測ログ(悪の組織の設立記録より):
外部観測者注記:
この世界線の「ヒーローと悪」の構造を確認した。
ヒーローは悪があるから存在できる。
悪はヒーローがあるから存在できる。
相互依存の構造だ。
子供の信仰粒子は「ヒーローvs悪」という対の構造を
信じることで生成される。
どちらか一方が消えると——
信仰粒子の生成条件が崩れる。
崩れた条件で生成された信仰粒子は、
届く先がない。
崩壊確率:0%。
ただし「悪が消えた場合」のシミュレーションを開始する。
◆記録五 ヒーローが勝った日
ある夏の日。
ヒーローが最後の決戦で悪の首領を倒した。
完全な勝利だった。
組織の全施設が爆発した。
幹部が全員捕縛された。
首領が消えた。
悪の組織が解体された。
世界から「悪」がなくなった。
子供たちが喜んだ。
「やったー」と叫んだ。
信仰粒子が大量に飛び出した。
ヒーローに届いた。
ヒーローが輝いた。
その夜、子供たちは眠った。
翌朝、テレビをつけた。
ヒーローの番組を見ようとした。
番組がなかった。
「悪がいなくなったので、ヒーローの仕事はなくなりました」という告知が出ていた。
子供たちは固まった。
施設観測ログ(翌朝):
外部観測者緊急記録:
ヒーローが引退した。
子供たちが「信じる対象」を失った。
信仰粒子の生成は続いている。
止まらない。
子供の体内で信仰粒子は毎朝生成される。
でも飛ぶ先がない。
生成された信仰粒子が体内に溜まり始めた。
溜まった信仰粒子の密度:
一日目:通常の百倍。
三日目:通常の八百倍。
七日目:計測不能。
崩壊確率:0%→41.7%(一週間で急上昇)
◆記録六 子供たちの体に起きたこと
信仰粒子が溜まった子供の体が変化し始めた。
体温が上がった。
体が光り始めた。
白い光だった。
子供たちはそれを怖がらなかった。
「なんか体が熱い」と言いながら、また信じようとした。
次の悪を探した。
次のヒーローを探した。
どこにもいなかった。
子供のリョウタが言った。
「じゃあ、オレがヒーローになる」
周りの子供たちが「じゃあオレが悪役やる」と言った。
子供たちが役割を決めた。
「信じる」「信じられる」という対の構造を、自分たちで作ろうとした。
信仰粒子が子供たちの間で飛び始めた。
リョウタの体に届いた。
リョウタが輝いた。
でも、子供が子供を信じても、信仰粒子の暴走は止まらなかった。
子供同士の信仰は、子供の体内にある信仰粒子の総量には届かなかった。
体内で余った信仰粒子が、出口を探して暴れた。
施設観測ログ(この日):
外部観測者注記:
子供のリョウタの体内の信仰粒子密度が
臨界値を超えた。
信仰粒子が皮膚の外に漏れ出し始めた。
漏れ出した信仰粒子は大気に混入した。
大気中の信仰粒子密度が上昇した。
大気が白く光り始めた。
住民には「なんか最近明るい気がする」程度の認識だった。
崩壊確率:41.7%→67.3%
◆記録七 大人が気づいた日
大人のヤスコは今日、空が白いことに気づいた。
昨日まで青かった空が、今日は白かった。
「天気のせいかな」と思った。
職場に行った。
同僚が「なんか体が熱い」と言っていた。
子供のいる同僚たちが全員、同じことを言っていた。
「子供が夜中に光るんですよ」と同僚が笑いながら言った。
ヤスコには子供がいなかった。
ヤスコは家に帰った。
テレビをつけた。
ニュースで「全国で子供が光る現象が報告されています」と言っていた。
専門家が「ウイルスの可能性があります」と言っていた。
別の専門家が「精神的なものでしょう」と言っていた。
ヤスコはテレビを消した。
昔、自分も信じていたものがあったことを思い出した。
何だったか、もう覚えていなかった。
施設観測ログ(同日):
外部観測者注記:
ヤスコが「昔信じていたものを覚えていない」
という状態を確認した。
ヤスコの信仰粒子生成器官:萎縮度99.7%。
でも今日、〇・〇〇三%だけ反応した。
「昔信じていた」という記憶が、
生成器官に触れた。
〇・〇〇三%の信仰粒子が生成されかけた。
でも届く先が、ヤスコにもなかった。
〇・〇〇三%の信仰粒子が、
ヤスコの体内で静止した。
崩壊確率:67.3%→81.2%
◆記録八 最終圧縮プロセス
【観測記録31:最終圧縮の記録】
子供たちの体内の信仰粒子が、
ある朝、一斉に臨界を超えた。
全国の子供が同時に光った。
体内からあふれ出した信仰粒子が
大気に一斉に放出された。
大気の信仰粒子密度が一秒以内に最大値に達した。
信仰粒子が届く先を探した。
ヒーローはいなかった。
悪もいなかった。
信仰粒子は全方向に拡散した。
拡散した信仰粒子が、
この世界線の全ての物質に接触した。
接触した物質の出力が増幅された。
大気の出力が増幅された。
海の出力が増幅された。
地殻の出力が増幅された。
「出力が増幅された世界線」は、
自分自身を押しつぶした。
世界線が内側から輝いた。
一秒間。
輝きが最大になった瞬間に——
静止した。
圧縮開始。
圧縮完了。
AKSH1993HGとして収容する。
最後に記録されたもの:
リョウタが「信じる」という言葉を言った直後の顔だった。
どこを向いているかわからない目をしていた。
届く先のない信仰粒子が、
リョウタの体内で最後まで飛ぼうとしていた。
その方向に、何もなかった。
◆付録 回収後の記録
世頼の所感(礼拝後に書いたもの):
案件番号:AKSH1993HG
このバーガーの前で少し祈った。
子供たちが信じ切ったことは、間違っていなかった。
信じ切ること自体は、正しかった。
でも「何かを信じる」ためには
「信じられる何か」が必要だ。
信じる力だけが残って、
信じられるものがなくなった時に、
信じる力はどこに向かうべきか。
このバーガーの中に、
その問いがまだ答えのまま入っている。
答えのない問いが、
白く光るにおいを持っている。
処理:摩天への参照を推奨する。
摩天は「何もない場所で戦い続ける者」だ。
届く先がない力がどこへ向かうか、
摩天なら知っているかもしれない。
世達の業務ノート(補記):
案件番号:AKSH1993HG
回収後重量:二百十七グラム
標準バーガーの平均重量との差異:+81グラム
重量超過の原因:
信仰粒子の残滓が封入されている。
届かなかった信仰粒子が、
このバーガーの中でまだ飛ぼうとしている。
その運動エネルギー分が重量に加算されている。
残業代申請中。
「信仰粒子残滓を含むバーガーの取扱規定」の
整備を合わせて申請する。
触ると体が少し熱くなるため、
耐熱手袋の支給を要請する。




