《ジャズドーンバーガー》
世界線コード:JZDW0000YJ
分類:未解読概念発声型・意味不明確崩壊
危険度:回収済
備考:この世界線は「ジャズドーン」によって終わった。
「ジャズドーン」が何であるかは、
外部観測者にも判明していない。
判明していないが、確かに何かだった。
何かだったから、世界線は終わった。
◆記録一 施設観測ログ JZDW世界線 第一報
【観測記録01:発声の確認】
観測時刻:午後二時十七分
JZDW0000YJ世界線において、
三歳の幼児が発声した。
発声内容:「ジャズドーン!」
発声の状況:
幼児は居間のカーペットの上に座っていた。
積み木を並べていた。
積み木が崩れた。
幼児は崩れた積み木を見た。
「ジャズドーン!」と言った。
発声後の状況:
幼児は笑った。
また積み木を積み始めた。
周囲の住民の反応:
母親が台所から顔を出した。
「何?」と聞いた。
幼児は答えなかった。
積み木を積んでいた。
母親は台所に戻った。
外部観測者の初期評価:
「意味不明の発声。
記録するか検討中」
記録した。
この段階での世界線崩壊確率:変化なし。
◆記録二 発声の後
積み木が崩れた。
幼児が「ジャズドーン!」と言った。
その三秒後に何かが起きた。
何が起きたかを、外部観測者は記録しようとした。
記録できなかった。
起きた、という事実だけが残った。
起きたものの種類も、規模も、方向も、記録に残らなかった。
外部観測者が計測器を確認した。
全ての計測器が、三秒間だけ「測定不能」を示していた。
測定不能になった理由も、わからなかった。
外部観測者は幼児を観測し続けた。
幼児はまた積み木を積んだ。
また崩れた。
「ジャズドーン!」と言った。
また三秒間、全計測器が「測定不能」になった。
また何かが起きた。
何かは、わからなかった。
◆記録三 研究者ソリマの調査日誌 第一日
今日、不思議な現象を観測した。
三歳の幼児が「ジャズドーン!」と言う。
その瞬間に、計測器が三秒間だけ止まる。
再現性がある。
幼児が「ジャズドーン!」と言うたびに、必ず起きる。
他の言葉では起きない。
「ジャズ」だけでも起きない。
「ドーン!」だけでも起きない。
「ジャズドーン!」でなければ起きない。
「ジャズドーン!」が何であるかを調べた。
わからなかった。
辞書にない。
どの言語にも存在しない。
幼児に「ジャズドーンって何?」と聞いた。
幼児は「ジャズドーン!」と答えた。
◆記録四 施設観測ログ JZDW世界線 第二報
【観測記録07:発声の蓄積と変化の記録】
「ジャズドーン!」の発声回数と世界線への影響を記録する。
発声一回目: 計測器が三秒間停止。
世界線密度の変化:記録不能。
発声十回目: 計測器が三秒間停止。
世界線密度の変化:記録不能。
ただし発声後、幼児の居間の
空気の「においが変わった」という
記録が残っている。
どんなにおいに変わったか:記録不能。
発声百回目: 計測器が三秒間停止。
世界線の空の色が、
発声後の三秒間だけ変わった。
どんな色に変わったか:記録不能。
発声千回目: 計測器が三十秒間停止。
(停止時間が延びた)
世界線の全住民が
三十秒間だけ「何か」を感じた。
何を感じたか:住民の証言を参照。
住民の証言(発声千回目の後):
「なんか、した気がした」(四十二歳・会社員)
「なんだろう、あの感じ」(二十七歳・看護師)
「なんか来た」(八歳・小学生)
「ジャズドーン」(七十三歳・農業)
「……」(二歳・発話困難)
外部観測者注記:
七十三歳の農業従事者が
「ジャズドーン」と言ったことを記録する。
この住民は幼児とは面識がない。
「ジャズドーン」という言葉を
以前に聞いたことがあるかどうか、
本人に確認した。
「ない。でも、なんか出た」と言った。
この段階での世界線崩壊確率:不明。
(計測不能のため)
◆記録五 ソリマの調査日誌 第十七日
「ジャズドーン!」が広まり始めた。
幼児の「ジャズドーン!」を聞いた者が、「ジャズドーン」と言うようになった。
理由を聞くと、全員が「言いたくなった」と答えた。
言いたくなった理由は誰も説明できなかった。
「ジャズドーンって何ですか?」と聞いた。
全員が答えられなかった。
でも誰も「意味がない」とは言わなかった。
「なんか、ある気がする」と言った。
「でも何かはわからない」と言った。
「ジャズドーン」を発声した人間の計測器への影響を調べた。
幼児が言った時と同じ現象が起きた。
計測器が三秒間止まった。
ただし、幼児が言った時より、停止時間がわずかに短かった。
「ジャズドーン!」の強度が、幼児と成人では違うようだった。
幼児の「ジャズドーン!」の方が、成人のそれより強かった。
なぜ幼児の方が強いのか、わからなかった。
施設観測ログ(同日):
外部観測者注記:
幼児と成人の「ジャズドーン」の強度差について
考えられる仮説を記録する。
仮説A:
幼児は「ジャズドーン」の意味を知らない。
知らないまま言っている。
意味を知らずに言う方が、
何らかの理由で強度が高い。
仮説B:
幼児は「ジャズドーン」の意味を知っている。
成人が知らない方法で知っている。
それが強度の差を生んでいる。
仮説C:
強度は「意味の理解」とは無関係で、
「確信の強さ」に依存している。
幼児は「ジャズドーン!」と言う時、
その言葉に完全な確信を持っている。
成人は「なんか言いたくなった」だから、
確信がやや弱い。
外部観測者は仮説A・B・Cのいずれも
否定できない。
いずれも支持する証拠もない。
わからない。
◆記録六 ソリマの調査日誌 第三十日
今日、全国的に「ジャズドーン」が言われた。
一日で百三十万回の発声を記録した。
計測器が一日中、断続的に停止した。
停止のたびに何かが起きた。
何かは、わからないままだった。
夜、大学の同僚から電話が来た。
「ジャズドーンって何だと思う?」と聞かれた。
「わからない」と私は言った。
「私も」と同僚は言った。
少し沈黙した後、同僚が言った。
「でも、なんか、すごくない?」
「すごい」と私は言った。
「何がすごいかわからないのに、すごいんだよな」
「そうだ」
電話を切った後、私は「ジャズドーン」と言ってみた。
計測器が三秒止まった。
部屋の空気が変わった。
どう変わったかは、わからなかった。
でも変わった。
◆記録七 施設観測ログ JZDW世界線 収容違反・第一段階
【観測記録17:蓄積効果の確認】
「ジャズドーン」の累計発声回数と
世界線への影響の変化を記録する。
累計一万回:
世界線の大気に「何か」が混入し始めた。
「何か」の正体:測定不能。
においの変化:記録あり。
「前より何かのにおいがする気がする。
でも何のにおいかわからない」
(複数の住民の証言より)
累計十万回:
夜空の星の見え方が変わった。
どう変わったか:「なんか前と違う気がする」
(複数の住民の証言より)
測定値:変化なし。
(測定できる変化は起きていない。
でも住民は「変わった」と感じている)
累計百万回:
幼児の発声回数が急増した。
幼児が「ジャズドーン!」を叫ぶ頻度が
全国的に上昇した。
増加した理由:不明。
累計一千万回:
外部観測者の計測機器が、
「測定不能」から「該当なし」に変わった。
「測定不能」は「測れない」という意味だ。
「該当なし」は「測るカテゴリーが存在しない」という意味だ。
違いは大きい。
この段階での世界線崩壊確率:計測カテゴリーなし。
◆記録八 ソリマの調査日誌 最後の記録
今日、幼児が最後の「ジャズドーン!」を叫んだ。
最後かどうかは、その時点ではわからなかった。
後から最後だったとわかった。
幼児は積み木を積んでいた。
高く積んだ。
過去最高の高さだった。
積み木の塔は一メートル近くあった。
三歳の幼児が一メートルの積み木の塔を作った。
幼児は塔を見た。
満足そうだった。
それから、塔を倒した。
自分で手を伸ばして、倒した。
積み木が崩れた。
「ジャズドーン!!!」と幼児が叫んだ。
今まで聞いたことのない強さだった。
「!!!」が三つつくような叫びだった。
計測器が止まった。
三秒ではなかった。
止まったまま戻らなかった。
世界線密度の計測が、完全に機能を失った。
外部観測者は別の計測器を試した。
全部止まっていた。
施設観測ログ(同時刻):
外部観測者緊急記録:
全計測器が停止した。
世界線の状態が確認できない。
唯一確認できたこと:
幼児が笑っていた。
積み木の残骸の前で、
とても満足そうに笑っていた。
その笑いのにおいだけが
外部観測センサーに残っていた。
においの記録:「今まで嗅いだことのないにおい。
でも嗅いだことがある気がする。
何のにおいかは、わからない。
でも——良いにおいだ」
◆最終圧縮プロセス
【観測記録31:最終圧縮の記録】
全計測器が停止してから、何時間が経ったかわからない。
計測器が止まったから、時間も測れなくなった。
ある時点で、外部観測者が世界線を直接観測した。
計測ではなく、直接、見た。
世界線の状態:
建物はあった。
住民はいた。
空は空だった。
地面は地面だった。
幼児は積み木を積んでいた。
全部、あった。
でも——
「ジャズドーン」がなかった。
「ジャズドーン」という何かが、
世界線から消えていた。
消えた、というのは正確ではないかもしれない。
「全部がジャズドーンになった」
という方が正確かもしれない。
でも「全部がジャズドーンになった」という
表現が正確かどうかもわからない。
わからないまま、圧縮が始まった。
静かに。
音もなく。
幼児が積み木を積みながら、
「ジャ……」と言いかけた。
言い終わる前に、圧縮が完了した。
JZDW0000YJとして収容する。
◆付録 回収後の記録
冥理の付箋(バーガーに直接貼ってあった):
においを嗅いだ。
何のにおいかわからない。
ジャズドーンのにおいがする。
ジャジャーン。
世達の業務ノート:
担当:世達
案件番号:JZDW0000YJ
回収後重量:測定不能
(計測器が「該当なし」を示す)
死因の分析:
「ジャズドーン」によって終わった。
「ジャズドーン」が何かは、わからない。
わからないまま、記録する。
「ジャズドーン」が何かを、
このバーガーは知っているかもしれない。
でも食べた者にも、
わかるかどうかはわからない。
処理:
千姿に渡す前に、摩天に一度見せることを提案する。
摩天ならにおいを嗅いで何か言うかもしれない。
言わないかもしれない。
残業代申請中。
「測定不能案件の処理費用規定」と
「該当なし案件の処理費用規定」は
別々に設けるべきか、同一規定でよいか、
確認を申請中。




