《ホープ・サイクル・バーガー》
世界線コード:FANT0000NE
分類:希望資源枯渇型・消費加速自壊崩壊
関連世界線:FANT0001NE、FANT0002NE、FANT0003NE
(同一構造の崩壊が繰り返されている。現在確認分:無数)
危険度:回収済
備考:この世界線で「虚無」と呼ばれていたものは
「使い切られた希望の抜け殻」だった。
希望を諦めれば虚無は止まった。
誰も諦められなかった。
諦められなかったから、全部使い切った。
全部使い切った後に残ったのは、砂一粒だった。
砂一粒の中に、また希望が入っていた。
また始まった。
また終わった。
◆記録一 施設観測ログ FANT世界線 物理法則の確認
【観測記録01】
FANT0000NE世界線の基本物理法則:
この世界線において「希望」は物質だ。
色:白。形:粒状。直径:約〇・一ミリ。
においの記録:「焼いたパンのにおい。
温かい。甘い。でも少し苦い」
希望は地中に埋蔵されている。
採掘できる。精製できる。消費できる。
希望を消費することで、住民は活動できる。
食事をする際に希望を少量消費する。
会話をする際に希望を少量消費する。
何かを作る際に希望を消費する。
誰かを愛する際に希望を大量消費する。
希望が切れた個体は「無気力」になる。
無気力の個体が集積した地域は「虚無地帯」になる。
虚無地帯では、物質の密度が低下する。
密度が低下した地域の建造物は崩れる。
崩れた建造物の跡地がさらに虚無になる。
希望の埋蔵量は有限だ。
この世界線の希望の総埋蔵量(初期値):
地球全体の体積換算で約一・二×10の21乗グラム。
現在の残存量:
観測開始時点で約〇・〇〇三%。
この段階での世界線崩壊確率:91.7%。
(観測開始時点ですでに末期だった)
◆記録二 希望省・次官ドウバンの業務記録 第一年
希望の残存量が臨界値を下回った、と報告を受けた。
臨界値とは——このまま採掘と消費を続ければ、三年以内に全世界の希望が枯渇する、という水準のことだ。
私は対策会議を召集した。
会議に集まった者たちが提案した内容は、三種類に分かれた。
**案A:希望の消費を制限する**
希望を使いすぎている行為を特定し、禁止する。
「誰かを愛すること」が最も消費量が多いため、感情的な接触全般に使用制限を設ける。
**案B:希望の採掘を加速する**
新しい採掘地を開発する。深海底、南極の地下、成層圏の外。
採掘技術を向上させて効率を上げる。
**案C:希望なしで生きる技術を開発する**
希望を一切消費せずに活動できる個体を育成する。
感情の再設計。欲求の除去。期待の消去。
私は三案全てを採用した。
三案全て、同時に。
施設観測ログ(同日):
外部観測者注記:
三案を同時採用した結果の予測計算を記録する。
案A(消費制限)の効果:
希望の消費が一時的に減少する。
しかし「制限されている」という事実が
住民に「希望が足りない」という認識を与える。
「希望が足りない」という認識が
希望の消費を促進する(不安は希望を消費する)。
差し引きゼロ、またはマイナス。
案B(採掘加速)の効果:
採掘量が増加する。
しかし採掘という行為自体が希望を消費する。
新しい採掘地を「発見できる」という期待が
希望を大量消費する。
差し引きマイナス。
案C(希望なし育成)の効果:
希望なしで生きる個体を育成しようとする
「希望」が大量消費される。
成功への期待が消費を加速させる。
差し引き大幅マイナス。
外部観測者の結論:
希望を「救おうとすること」が
希望の消費を加速させる。
この世界線を救う唯一の方法は——
「希望を諦めること」だ。
しかし。
「諦めること」を住民に
どのように伝えるか。
崩壊確率:91.7%→92.1%(対策会議開始から六時間で上昇)
◆記録三 採掘師ヤオムの記録
私は三十年間、希望を掘り続けてきた。
地下五百メートル。地下千メートル。地下二千メートル。
深く掘るほど、希望の純度が高くなる。
深い場所の希望は、地表近くの希望より七倍濃い。
七倍濃い希望を吸い込んだ時の感覚は——
言葉にするのが難しい。
「全てがうまくいく」という感触が、体の芯から出てくる。
「何でもできる」という感触が、指先まで届く。
私はその感触のために掘り続けてきた。
今日、地下三千メートルの坑道が崩落した。
仲間が七人死んだ。
私は生き残った。
坑道の奥を見た。
岩盤の向こうに、まだ希望の層があった。
白く輝いていた。
仲間が七人死んだことより、その白い層が気になった。
「まだある」と私は思った。
その「まだある」という感触のために、
また掘ろうとした。
「まだある」と思うこと自体が、希望を消費することだと、
私は知らなかった。
施設観測ログ(同日):
外部観測者注記:
採掘師ヤオムの「まだある」という感触を分析した。
希望の消費量(その瞬間):
通常の活動の約三百倍。
理由:
強烈な希望への期待は、
希望の消費を指数的に加速させる。
「希望を見つけた」という興奮が
最も激しく希望を消費する。
この世界線のパラドクス:
希望は「発見される」ことで消耗する。
「まだある」と思うほど減る。
「もう終わりだ」と思えば消耗が止まる。
しかしヤオムは「もう終わりだ」と思えなかった。
白く輝く岩盤の向こうを見て、
「まだある」と思った。
仲間七人分の死より、
「まだある」が勝った。
これがこの世界線の全住民に共通する構造だ。
◆記録四 希望省・次官ドウバンの業務記録 第二年
案Cの「希望なし育成」プログラムが実施された。
被験者:三千人。
全員の記憶から「期待」を除去した。
「期待」がなければ「失望」もない。
「失望」がなければ希望の消費が止まる——という仮説だった。
結果:被験者三千人全員が一週間以内に死亡。
原因:「生きることへの期待」も除去されたため、
呼吸を続ける意志が消えた。
案Bの「採掘加速」プログラムが実施された。
深海底の採掘を開始した。
新しい希望層が発見された、という報告が来た。
全国で歓声が上がった。
歓声が上がった日、希望の残存量が〇・〇〇一%低下した。
歓声一日分で、一ヶ月分の採掘量に相当する量が消費された。
「見つかった」という喜びが、見つかった量より多くを消費した。
案Aの「消費制限」プログラムが実施された。
「愛情表現の禁止」が発令された。
抱擁禁止。手をつなぐことの禁止。「好きだ」と言うことの禁止。
翌日、禁止されたことを隠れてやる者が大量に出た。
隠れてやることへの「緊張と期待」が希望を消費した。
消費量は禁止前の四倍になった。
施設観測ログ(第二年末):
外部観測者注記:
三案全ての実施結果を確認した。
希望残存量の変化:
第一年末:〇・〇〇三%
第二年末:〇・〇〇〇〇〇七%
二年間で約四千倍のペースで消費が加速した。
原因:対策を「諦めずに実施した」こと。
対策を実施するたびに、
「うまくいくかもしれない」という希望が消費された。
うまくいかなかった時に、
「次の対策をとればうまくいくかもしれない」という
希望がさらに消費された。
この世界線の住民は全員、
「諦めること」を選べなかった。
それが証明された二年間だった。
崩壊確率:91.7%→99.1%
◆記録五 採掘師ヤオムの最後の坑道
地下六千メートル。
ヤオムは今日も掘っていた。
この深さまで到達した人間は、ヤオム一人だった。
専用の耐圧服を着ていた。三億円の装備だった。
政府が出した。「深い場所の希望を掘り出せ」と言って出した。
ヤオムは掘った。
岩盤を貫いた。
その向こうに、白い層があった。
今まで見た中で最も純度が高い希望の層だった。
においがした。
「焼いたパンのにおい。温かい。甘い。でも少し苦い」
三十年間嗅いできたにおいだった。
ヤオムはそのにおいを吸い込んだ。
全身に広がった。
「まだある」と思った。
「まだある」と思った瞬間に、希望残存量がゼロになった。
施設観測ログ(同時刻):
外部観測者緊急記録:
希望残存量がゼロになった。
ヤオムが地下六千メートルで純度最高の希望を発見し、
「まだある」と思った瞬間に、
世界中の希望が一斉に消費された。
「純粋な希望への期待」は
世界中の希望を一瞬で使い切るほどの消費力を持っていた。
虚無が世界全体に広がった。
建造物が崩れた。
植物が枯れた。
大気の密度が低下した。
住民は死ぬ前に気づいた。
「希望が尽きた」と。
気づいた瞬間に、
住民たちは初めて「諦めた」。
諦めた。
しかし遅かった。
諦めた住民の体が、白く光った。
諦めた瞬間に、消費されずに残っていた
「諦めることへの抵抗」が解放されて光になった。
光は一秒で消えた。
住民も一秒後に消えた。
ヤオムは地下六千メートルで最後まで諦めなかった。
「まだある」と思いながら消えた。
◆記録六 砂一粒
【観測記録31:最終圧縮プロセスの記録】
希望残存量:ゼロ。
世界線密度:急速低下。
建造物崩壊率:百%。
住民生存数:ゼロ。
虚無占有率:百%。
最終圧縮開始。
世界線全体が収束した。
圧縮完了。
残ったもの:砂一粒。
砂一粒の分析:
においの記録:
「焼いたパンのにおい。温かい。甘い。でも少し苦い」
内部分析:
砂一粒の中に、希望の粒子が一個入っている。
希望が入っているのはなぜか:
ヤオムが地下六千メートルで最後に嗅いだにおいの残滓。
「まだある」と思った瞬間の希望の消費が、
消費しきれなかった一粒を残した。
消費しきれなかった一粒が、砂になった。
砂一粒の中の希望が何かに触れた時、
また「まだある」と思う者が生まれる。
また採掘が始まる。
また消費が加速する。
また終わる。
関連世界線の確認:
FANT0001NE:同一構造で崩壊済み。
FANT0002NE:同一構造で崩壊済み。
FANT0003NE:同一構造で崩壊済み。
(以降、確認した全世界線が同一構造で崩壊)
これが「終わらない」ということだ。
世界が終わらないのではない。
終わり方が終わらない。
砂一粒が次の世界を始め、
次の世界がまた諦められずに終わり、
また砂一粒が残る。
そのサイクルが、終わらない。
◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート
担当:世達
案件番号:FANT0000NE
回収後重量:〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇一グラム(推定)
(計測器を三台壊した後、目測で推定)
においの記録(流焔による判定):
「……ちっちゃい。
でもにおいがある。
焼いたパンのにおい。
甘くて、温かくて、
少し苦い。
このにおい——
また始まりそうなにおいがする。
終わったのに、また始まりそう。
……食べていいか?」
世達の回答:「⋯千姿さんに渡してください」
死因の分析:
諦めなかったから終わった。
諦めれば続いた。
でも諦めることができなかった。
諦めることができなかった理由は——
「まだある」が本当だったからだ。
ヤオムが地下六千メートルで見た希望の層は、
本物だった。
「まだある」は正しかった。
正しかったから諦められなかった。
正しかったから全部使い切った。
全部使い切った後に残った砂一粒の中に、
また本物の希望が一粒入っている。
「まだある」はまた正しい。
だからまた終わる。
備考:
FANT系列の崩壊は現在も継続中だ。
砂一粒から始まった新しい世界線が、
今この瞬間にも「まだある」と思いながら
希望を使い切っている。
止める方法はない。
「止めようとすること」自体が希望を消費するから。
処理:千姿による摂取を提案する。
残業代申請中。
計測器三台分の修理費用を請求する。
「砂一粒案件」に対応した計測器の
整備規定を新たに設けることを提言する。




