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《受取人不在バーガー》


世界線コード:SHWA194508

分類:遅延到達型・受取不能集積崩壊

危険度:回収済

備考:この世界線では、届かなかったものは消えなかった。

   宙に漂い続けた。

   ある日、全てが一斉に届いた。

   受け取る者が、いなかった。





◆記録一 施設観測ログ SHWA世界線 物理法則の確認



【観測記録01】


SHWA194508世界線の基本物理法則:


 この世界線において「届ける」という行為は

 物質として観測される。


 届けようとした意志・言葉・感情・行為が

 発信された瞬間に「配達物」として結晶化し、

 対象に届いた瞬間に消える。


 届いた配達物は世界線の密度を増やす。

 届かなかった配達物は消えない。


 消えない配達物は宙に漂い続ける。


 配達物の形状:

  愛情→ 橙色の霧。

  言葉→ 透明な結晶。

  食物→ 熱を持った粒子。

  知らせ→ 光の矢。

  記憶→ 重さのある気体。


 この世界線の住民は

 宙に漂う配達物を見ることができない。


 外部観測者だけが見える。


 観測開始時の宙吊り配達物の総数:

  測定不能(開始以来、何億年分も蓄積している)。


この段階での世界線崩壊確率:計測不能。





◆記録二 届かなかった求愛


海の底四千メートル。


一頭のクジラが死んでいた。


爆雷によって。


死骸の周囲に橙色の霧が漂っていた。


外部観測者はその霧が「求愛」の配達物だと認識した。


クジラが死ぬ直前に発したものだった。


届け先:黒い潜水艦。


潜水艦は既に港に戻っていた。


海底に残された橙色の霧は、届け先を失って、ゆっくりと水中を漂い始めた。


水圧で形が変わった。でも消えなかった。


何年経っても消えなかった。


外部観測者が記録した。


「クジラは届け先を完全に誤認していた。でも橙色の霧は本物だ。誤認から生まれた配達物は、内容に嘘がない。届け先が間違っていただけで、中身は本物の求愛だった。届く場所がないまま、海底を漂っている」




◆記録三 届かなかった言葉たち


この世界線の上空には、大量の透明な結晶が漂っていた。


外部観測者が分類した。


結晶群A:「ダイジョウブ」


防空壕の中で発された言葉だった。


オウムが男の子に向けて何百回も発した言葉。


男の子が最後に一度発した言葉。


どちらも、本当はダイジョウブでない状況の中で発された。


届いたかどうか——外部観測者には判定できなかった。


オウムの発した「ダイジョウブ」は男の子に届いたか。


男の子の発した「ダイジョウブ」はオウムに届いたか。


どちらも届いたという記録もなく、届かなかったという記録もない。


判定不能の配達物は宙を漂った。


結晶群B:「戦争は終わったのよ」


女の子が山奥に叫んだ言葉だった。


届け先は、走って逃げるスティーブだった。


光の矢の形をした結晶が、山の方向に飛んだ。


山に入った。


スティーブに当たったかどうかは、わからない。


当たっても、言語が違ったから、意味が届いたかはわからない。


意味だけが、矢から剥がれて宙に漂った。


「戦争は終わった」という意味だけが、山の空気の中を漂い続けた。




◆記録四 届かなかった食物


熱を持った粒子が、この世界線のあちこちを漂っていた。


外部観測者が一つを調べた。


粒子A:バウムクーヘンの最後の一かけら


母親が男の子に届けようとした食物だった。


「毎日少しずつ薬のように」食べさせていた。


最後の一かけらは宝箱に入れた。


男の子は食べなかった。においだけ嗅いだ。


食べ物として届くことなく、においだけが届いた。


「食べさせたかった」という意志は、最後まで食物として届かなかった。


男の子が死んだ後、その粒子は宙に漂い続けた。


甘いにおいを持ったまま。


粒子B:象が運んだ食物


象が小父さんに届けようとした食物だった。


小父さんは受け付けなかった。


「受け付けない」とは——この世界線の物理法則では、配達物が届け先に跳ね返された状態だ。


跳ね返された食物の粒子は宙に漂った。


象が運ぼうとした回数だけ、粒子が増えた。


小父さんが死んだ後も、粒子は漂い続けた。


象が背中に乗せてどこかへ行った後も、粒子は残った。




◆記録五 届かなかった体の中身


橙色の霧とは別の種類の配達物が、この世界線の特定の場所に大量に溜まっていた。


外部観測者が調べた。


神戸の公園の上空


汗。涙。血。


お母さんが全部出し尽くしたものが、全部カッちゃんに「届けようとした」配達物として結晶化していた。


汗は届いた。カッちゃんの顔を潤した。


涙も届いた。


血も届いた。


でも全部届いた後、お母さんの体は空になった。


空になった体は軽くなった。


風に連れていかれた。


「届けようとする意志」そのものは、まだ消えていなかった。


「もっと届けたかった」という意志が、体がなくなった後も宙に残った。


体はなかった。届けるものもなかった。


でも「届けたかった」だけが、公園の上空をずっと漂っていた。




◆記録六 施設観測ログ SHWA世界線 中間記録



【観測記録17:蓄積量の確認】


この世界線で宙に漂っている配達物の総量を

可能な範囲で推計した。


 求愛の橙色の霧:海域全体に広がっている

 判定不能の言葉の結晶:大気中に無数

 届かなかった食物の粒子:地上全域

 届けられなかった体の中身:特定地点に集中

 届け先を失った記憶:

  防空壕が壊された時点で飛び出した記憶の気体

  →少年がお父さんと話していた記憶

  →壕が壊された後、行き場を失って宙に

 届け先不明の意志:

  赤とんぼの少年飛行兵がアブラムシに向けて

  チョコレートを渡した時の「逃がしてやりたい」

  →アブラムシはその後どこへ行ったか不明

  →「逃がしてやりたい」という意志は漂っている

 未着の弔い:

  狼の骨がキクちゃんの墓の前に残り続けた理由

  →狼が届けようとした「一緒にいること」が

   キクちゃんに届いたかどうか判定不能

  →判定不能のまま漂っている


 全ての配達物は、受け取られていない。

 または、受け取られたかどうか確認できていない。


 確認できない配達物は「届いた」扱いにならない。


 「届いた」扱いにならない配達物は漂い続ける。


 総量は増え続けている。


この段階での世界線崩壊確率:

 蓄積量が閾値を超えた段階で急増するが

 現時点ではまだ超えていない。





◆記録七 届かなかった帰還


孤島の砂浜。


兵士が頭を日本の方向に向けて死んでいた。


「日本に帰りたい」という配達物が、夢の中で完成していた。


夢の中では届いた。


コウノトリが運んだ。故郷についた。お母さんがいた。


でも——夢の中だけで届いた配達物は、「届いた」扱いになるか。


外部観測者はこの判定に時間をかけた。


結論:判定不能。


夢の中で届いたことは、届いたとも届かなかったとも言えない。


「日本に帰りたい」という配達物は判定不能のまま宙に漂った。


砂浜の上に、光の矢の形をした「帰りたい」が一本、空中に静止していた。


日本の方向を向いたまま、動かなかった。




◆記録八 届かなかった怒り


広島。


お地蔵さんが熱線で熱せられていた。


サチコには「怒っているように見えた」。


「もうおこらないで」とサチコが言った。


外部観測者はその言葉の配達物を観測した。


「おこらないで」という言葉が石に向かって飛んだ。


石は受け取らなかった。石には受け取る機能がない。


弾き返された「おこらないで」は宙に漂った。


それとは別に——


石の表面に別の配達物が付着していた。


熱線が当たった瞬間に生成された配達物だった。


届け先が設定されていなかった。


「何かに怒っている」という配達物だったが、怒りの発信元は石ではなかった。


熱線そのものが「怒り」の配達物を持っていた。


届け先が設定されていない怒りは、石に当たった後、石から離れられなかった。


石が怒っているように見えた理由は、そこにあった。


石に刺さったまま、どこにも届かない怒りが、動けなかった。




◆記録九 届かなかった弔い


八月十五日の夕方。


爆弾を外された風船が空に浮いた。


学生たちの息が入っていた。


東に向かった。


外部観測者はこの風船を追跡した。


ジェット気流に乗って東へ。


届け先は設定されていなかった。


「届けたいものがなくなった」ものが、飛んでいた。


これは配達物ではなかった。


でも消えなかった。


宙に漂う無数の配達物の中を、届け先なしの風船が通り抜けていった。


通り抜ける時、漂っていた配達物が少し揺れた。


風船は気づかなかった。


漂う配達物たちも、揺れたまま、また静止した。




◆記録十 8月15日



【観測記録31:臨界の確認】


8月15日。


この世界線で「戦争が終わった」というラジオ放送があった。


放送は全国に届いた。


届いた人間:多数。

届かなかった人間:


 砂浜で死んでいた兵士——届かなかった。

 若い脱走兵——届かなかった(届く前に死んだ)。

 山奥のスティーブ——届いたかもしれないが、意味が届かなかった。


「戦争が終わった」という知らせが

届かなかった者の分だけ、配達物が増えた。


この配達物の増加が引き金になった。


この世界線に漂っていた全ての「届かなかった配達物」が、

同時に「届く先を探し始めた」。


理由:

 「戦争が終わった」という知らせが

 この世界線の配達システムに「終了信号」を送った。

 終了信号を受け取った配達システムは

 「未配達のものを全て配達完了にする」処理を開始した。


 これはこの世界線の物理法則上の

 「戦争終結時の自動処理」だった。


 この世界線において「戦争が終わる」ことは

 一度しか起きない。


 起きた瞬間、全ての未配達物が一斉に届こうとした。





◆記録十一 全てが届いた瞬間


海底の橙色の霧が上昇した。


宙に漂っていた「ダイジョウブ」の結晶が動いた。


山の中の「戦争は終わった」という意味の矢が加速した。


バウムクーヘンの粒子が向かった。


「届けたかった」という意志が動いた。


防空壕から飛び出した記憶の気体が動いた。


石に刺さったままだった怒りが剥がれた。


「日本に帰りたい」という矢が折れた。


狼の「一緒にいること」が動いた。


「逃がしてやりたい」が動いた。


「もっと届けたかった」が動いた。


全部、一斉に動いた。


届け先は——


この世界線にいた全ての「まだ生きている者」だった。


生きている者が受け取った。


クジラの求愛を受け取った。


判定不能の「ダイジョウブ」を受け取った。


食べさせたかった食物を受け取った。


全部の水分を出し尽くした体から届けようとした意志を受け取った。


届け先のなかった怒りを受け取った。


夢の中でしか届かなかった「帰りたい」を受け取った。


受け取れなかった者の代わりに受け取った。


死んだ者の分まで受け取った。


全部、受け取った。




重すぎた。


一人の人間が受け取れる重さではなかった。


でも全員が受け取った。


全員が受け取った瞬間、世界線の密度が最大になった。


最大になった世界線は、それ以上増やせない。


増やせない世界線は、静止する。


静止した世界線は——




◆最終圧縮プロセス



【観測記録38:最終圧縮の記録】


8月15日 15:00


全ての配達物が届いた。


世界線の密度が最大に達した。


15:01


静止。


無音。


15:02


圧縮開始。


15:09


圧縮完了。


SHWA194508として収容する。


最後に記録されたもの:


 全ての配達物が届いた瞬間の

 この世界線の住民の顔。


 何の顔をしていたか。


 外部観測者は記録しなかった。


 記録しなければよかった、と思うような顔では

 なかったと思う。


 でも記録しなかった。


 理由は書かない。





◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート



担当:世達

案件番号:SHWA194508

回収後重量:二千三百十一グラム

標準バーガーの平均重量との差異:+2175グラム

(観測史上最大重量)


においの記録(流焔による判定):

流焔は最初から何も言わなかった。


においを嗅いだ。


五分間、何も言わなかった。


それから一言だけ言った。


「全部入ってる」


それだけだった。


重量が観測史上最大である理由:

 届かなかったものが全部届いた後に

 圧縮されたため。


 「届いた重さ」が全部、入っている。


 何千何万の配達物が

 全員に届いた瞬間の重さが、

 このバーガーの重さだ。


死因の分析:


 「届かなかったから死んだ」ではない。


 「全部届いたから終わった」だ。


 届かないまま漂っていた間、

 世界線は続いていた。


 全部届いた瞬間に、

 続く理由がなくなった。


 続く理由がなくなった世界線は、

 バーガーになった。


備考:


 外部観測者が「記録しなかった」と

 書き残した部分がある。


 記録しなかった内容が何かは、わからない。


 わからないまま、このバーガーに入っている。


 記録されなかったものも、入っている。


処理:千姿による摂取を提案する。


残業代申請中。

今回だけは、申請するかどうか迷った。

申請した。




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