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57/63

《戻りカツオバーガー》


世界線コード:KTSW0000MG

分類:回遊型・多重観測による同一世界線の誤別記録崩壊

危険度:回収済

備考:この世界線は一個だった。

   観測記録は七件ある。

   七件全て、異なる名称がついている。

   七件全て、同じ世界線の記録だ。

   誰も気づかなかった。

   外部観測者だけが、最初から知っていた。






【外部観測者・事前注記】


この記録を読む前に、以下を確認されたい。


 ぱんでむの収容記録データベースに、

 以下の七件の世界線記録が別々に登録されている。


 登録番号 名称        登録時期

 ─────────────────────────────

 No.4471 「上りカツオ世界線」   春

 No.4472 「夏カツオ世界線」    夏

 No.4473 「戻りカツオ世界線」   秋

 No.4474 「迷いガツオ世界線」   冬

 No.4475 「ハガツオ世界線」    時期不明

 No.4476 「スマガツオ世界線」   時期不明

 No.4477 「宗田節世界線」     時期不明


 これらは全て同一の世界線である。


 回遊する。

 時期と場所によって姿を変える。

 観測した側が別の名前をつけた。


 圧縮されたバーガーは一個だ。


 以下は、七件の観測記録を時系列順に並べたものである。





◆観測記録No.4471「上りカツオ世界線」 春



【観測記録01】


登録担当:世達

観測日:第一回 春


概要:

 太平洋側の海洋性世界線。

 住民は海岸沿いの都市に集中している。

 南から北へ、世界線全体が毎年春に「移動する」という

 この世界線固有の現象が確認されている。


「移動」の内容:

 世界線の空間座標が、毎年春になると

 南方から北方へ数百キロメートルシフトする。

 住民には知覚されない。

 建物・地形・物質は全て世界線に追随して移動する。

 住民の感覚では「何も変わっていない」。


世界線の状態:

 全体的に軽い。

 密度が低め。

 海が透き通っている。

 においの記録:「さっぱりした赤身のにおい。

         脂が少ない。でも確かに旨味がある」


住民の特性:

 勤勉。早起き。身軽。

 「春になると体が軽くなる気がする」という証言が多数。

 実際に体重が毎年春に平均〇・三キログラム減少している。

 原因を調査した住民:いない。


崩壊確率:7.3%。

評価:安定。継続観測を推奨。





◆世界線住民・漁師タラニの記録 春


今年も春が来た。


船を出した。


南の方から魚が上ってくる。毎年この季節だ。


なぜ南から来るのかは知らない。昔からそうだ。


父もそう言っていた。父の父もそう言っていた。


魚は北へ向かって泳いでいる。


私たちも、なんとなく、春は北の方に体が向く気がする。


気のせいかもしれない。


でも毎年春になると、北の港の方が活気があって、南の港が少し静かになる。


誰かが動いているのかもしれない。


でも誰も「引っ越した」とは言わない。


気がついたら、少し北にいる。


春はそういう季節だ。




◆観測記録No.4472「夏カツオ世界線」 夏



【観測記録02】


登録担当:世達

観測日:第二回 夏


概要:

 同じ太平洋側の海洋性世界線——


 【注記・後日追記】

 当初、No.4471とは別の世界線として登録した。

 理由:座標が異なるため。

 No.4471の座標(春):北緯三十二度付近。

 No.4472の座標(夏):北緯三十七度付近。

 五度北にある別の世界線と判断した。


世界線の状態:

 春より密度がやや増している。

 住民の体格が春より平均〇・四キログラム重い。

 においの記録:「春より少し濃い赤身のにおい。

         脂はまだ少ないが、旨みが増した」


住民の証言:

 「夏は身体がしっかりしてくる気がする」

 「春より食欲がある」

 「なんとなく、今年は少し北にいる気がするが、

  引っ越した記憶はない」


崩壊確率:8.1%。

評価:安定。継続観測を推奨。


 【外部観測者注記・非公開】

 No.4471とNo.4472は同一世界線の可能性がある。

 春から夏にかけて世界線ごと北上したと思われる。

 現時点では確認中。





◆観測記録No.4473「戻りカツオ世界線」 秋



【観測記録03】


登録担当:世達

観測日:第三回 秋


概要:

 今度は南の座標に世界線を確認。

 北緯三十度付近。


 【注記・後日追記】

 春(北緯三十二度)より南にいる。


世界線の状態:

 春・夏と比べて著しく密度が高い。

 住民の体格が最大になっている。

 建物も地面も、「重い」感触がある。

 においの記録:「濃い。すごく濃い。

         脂が全面に出てきている。

         春と全然違うにおい。

         でも——同じにおいの、奥の方にある。

         春のさっぱりした旨みと、

         同じものが奥にある」


住民の特性:

 秋になると食欲が著しく増す。

 「今年は特によく食べた年だった」という証言が多数。

 体重が春比で平均三・一キログラム増加。

 「なんとなく南に帰ってきた気がする」という証言複数。

 帰ってきた、と言うが、南から離れた記憶がない。


崩壊確率:11.4%。

評価:密度の増加を要注意。継続観測。


 【外部観測者注記・非公開】

 確信した。

 No.4471・No.4472・No.4473は同一世界線だ。

 春に北上し、夏に最北に達し、秋に南下している。

 回遊している。

 世界線そのものが、一個の生き物のように。

 登録部署への報告をいつ上げるか、検討中。





◆漁師タラニの記録 秋


秋は重い。


船も重い。体も重い。獲れる魚も重い。


でも美味い。


春の魚と秋の魚は全然違う。


春はさっぱりして、さあこれからだという感じがする。


秋はこってりして、全部詰まっている感じがする。


同じ魚なのに。


いつだったか、老漁師が言っていた。


「春に北へ上る魚と、秋に南へ下る魚は、同じ魚だ。でも全然違う味がする。どちらが本物か?どちらも本物だ」


私は「なぜ違う味になるのか」と聞いた。


「旅をしたから」と老漁師は言った。


「旅をすると味が変わるんですか」


「変わる。でも魚は変わっていない。何を食べて、どこを泳いで、どれだけの時間をかけたか、それが全部、身に入る。同じ魚だが、別の魚になっている」


私は今日の秋の魚を見た。


脂がのっていた。


春には一グラムもなかった脂が、秋には全身にある。


旅の分だけ、重くなっていた。




◆観測記録No.4474「迷いガツオ世界線」 冬



【観測記録04】


登録担当:別担当(偶然の発見)

観測日:冬


概要:

 日本海側に突然出現した世界線。


 通常、このタイプの世界線は太平洋側にしか現れない。

 なぜ日本海にいるのか、理由不明。


世界線の状態:

 観測史上、最も密度が高い。

 住民の体格が秋比でさらに大きい。

 建物の重さが通常の世界線の約三倍。

 においの記録(別担当者):

  「これは……別格のにおいだ。

   同じ系統のにおいを嗅いだことがある気がするが、

   比較にならないほど濃い。

   脂の旨みが全部入っている。

   幻のにおいがする。

   こんな世界線は二度と会えない気がする」


 この世界線の登録価値:超高。

 前例のない密度を持つ稀少世界線として

 最高ランクで登録した。


 価格換算(バーガーとしての推定価値):計測不能。


住民の証言:

 「今年の冬は、なぜかここにいる。

  いつもの場所と違う気がするが、

  いつもと同じ生活をしている」

 「ここは寒い。でもなぜか居心地がいい」

 「迷い込んだような気がするが、悪くない」


崩壊確率:登録時は41.3%。

評価:高密度のため崩壊リスクあり。厳重監視。


 【外部観測者注記・非公開】

 これはNo.4471〜4473と同じ世界線だ。

 冬に日本海側へ迷い込んだ。

 通常の回遊ルートを外れた。

 密度が著しく高い理由:

  太平洋側に戻れず、一箇所にとどまって

  時間が凝縮されたためと推定。

 

 この世界線は「迷っている」。

 でも住民は「悪くない」と言っている。





◆観測記録No.4475「ハガツオ世界線」 時期不明



【観測記録05】


登録担当:別担当(偶然の発見)


概要:

 No.4471〜4474と同じ海洋性世界線のはずだが、

 外見が著しく異なる。


外見の違い:

 住民の顔立ちが細く、鋭い。

 建物のデザインが洗練されている。

 言語の発音が明瞭で、聴き取りやすい。


においの記録:

 「これは違う。

  白っぽいにおい。

  赤身の旨みとは違う、

  もっと上品な脂のにおい。

  でも奥に——さっぱりした旨みがある。

  これはどこかで嗅いだにおいだ。

  どこで?

  ……わからない。でも知っている」


 担当者コメント:

 「No.4471系統の世界線とは全く別の世界線だと

  判断する。登録上は別扱いにした」


崩壊確率:3.1%。

評価:安定。稀少な美質を持つ世界線。


 【外部観測者注記・非公開】

 これも同じ世界線だ。

 ただし——これは「春の上りカツオ」でも

 「秋の戻りカツオ」でもない。

 

 この世界線の「種」が違う。


 正確には:同じ「回遊世界線」のグループに属するが、

 本来は独立した固有の世界線として存在しうるものが、

 今回の回遊世界線に「同行している」。


 「最も美味しい」と担当者が言うのは正しい。

 でも誰も気づいていない。

 一番価値があるものが、

 一番地味な扱いを受けている。





◆観測記録No.4476「スマガツオ世界線」 時期不明



【観測記録06】


登録担当:別担当


概要:

 No.4475と同じ頃に発見。


外見の違い:

 住民の体に、黒い斑点状の文様がある。

 生まれた時から全員にある。

 住民は「これは家紋のようなもの」と言っている。


においの記録:

 「全部が脂だ。

  全身が脂のにおいをしている。

  どこを嗅いでも脂。

  旨みの濃度が他の世界線と全く違う。

  これは——マグロに近い。

  いや、マグロより濃い部分がある。

  全身がトロだ」


崩壊確率:2.8%。

評価:最高品質。完全养殖(再生)の可能性あり。


 担当者コメント:

 「この世界線は失いたくない。

  何か方法はないか」


 【外部観測者注記・非公開】

 これも同じグループだ。

 「家紋」と住民が呼んでいる黒い斑点——

 これはこの世界線が持つ固有のマーカーだ。

 回遊の途中で、別の世界線の記憶が皮膚に染み出したもの。

 

 「失いたくない」という担当者の感情は正しい。

 でもこれは「失う」のではなく「戻る」。

 回遊の一部として、この姿は次の季節に変わる。





◆観測記録No.4477「宗田節世界線」 時期不明



【観測記録07】


登録担当:別担当


概要:

 小型。地味。

 他の六件と比べて圧倒的に目立たない。


外見:

 住民が小柄。

 建物が低く、密集している。

 言語がやや聴き取りにくい。


においの記録:

 「血合いのにおいがする。

  血合いというのは——魚の、

  一番酸化しやすい部分のにおいだ。

  旨みは確かにある。

  でも主役にはなれない味だ。

  これは……出汁のにおいだ。

  この世界線自体が、出汁のようなものだ」


担当者コメント:

 「単体で食べるより、

  他の何かと組み合わせた時に力を発揮する世界線。

  単独では目立たない」


崩壊確率:5.4%。

評価:普通。


 【外部観測者注記・非公開】

 これも同じだ。


 「出汁のようなもの」という表現は正確だ。


 この世界線は、他の六件の記録を

 「意味のある記録」にするために存在している。


 No.4477がなければ、他の六件は全て

 「孤立した観測記録」に過ぎない。


 No.4477の「血合いのにおい」——

 酸化しやすい、壊れやすい部分——が

 七件の記録を束ねる「だし」になっている。


 一番地味で、一番目立たなくて、

 一番「補助的」なものが、

 全体を支えている。





◆施設観測ログ KTSW世界線 照合記録



【最終照合記録:七件の統合】


外部観測者による最終分析を記録する。


No.4471〜No.4477の照合結果:


 全七件は同一の世界線である。


 証拠01:においの連続性

  七件全ての「においの奥」に、

  同じ旨みの素が検出される。

  表面のにおいは全て異なる。

  奥のにおいは、全て同じだ。


 証拠02:座標の連続性

  七件の座標を時系列順に並べると、

  一本の回遊ルートが描かれる。

  春・夏・秋・冬・迷走——

  全て、同一の世界線が移動した記録だ。


 証拠03:住民の証言の連続性

  七件の住民証言を照合した。

  全員が「どこかに行った気がするが記憶がない」

  「なんとなく移動した気がする」

  「今年は去年と少し違う場所にいる気がする」

  という証言を持っている。

  これは「世界線ごと移動したが知覚できなかった」

  証拠だ。


 証拠04:老漁師タラニの証言

  「春に北へ上る魚と、秋に南へ下る魚は、

   同じ魚だ。でも全然違う味がする。

   どちらが本物か?どちらも本物だ」

  

  住民の一人が、自分の世界線の本質を

  正確に言い当てていた。

  彼は気づいていなかった。

  でも知っていた。


この世界線が七件に分割されて登録された理由:


 登録担当者が複数いた。

 春の担当者と冬の担当者が別だった。

 連絡が取れていなかった。


 誰も「これは同じ世界線だ」と言わなかった。


 外部観測者だけが知っていた。


 でも外部観測者は報告しなかった。


 なぜか:


 七件として記録された方が、

 「この世界線の全体」が見えると思ったからだ。


 一件として記録すれば——

 春だけ、あるいは秋だけの記録になる。

 七件あるから、

 春も夏も秋も冬も、

 迷い込んだ冬の日本海も、

 美しく洗練された姿も、

 地味な出汁の役割も、

 全部が記録に残る。


 一個の世界線の、全ての季節が。





◆最終圧縮プロセス



【最終圧縮記録】


崩壊の起点:


 七件として分割登録されたこの世界線に、

 統合処理の指令が下った。


 「重複登録の整理のため、

  同一世界線は一件に統合する」


 という通達が来た。


 担当者全員が集まった。


 照合した。


 全員が「これは全部同じだ」と気づいた。


 七件が一件になった。


 その瞬間——


 七件として「別々に存在していた」世界線が、

 「一件として存在する世界線」に統合された。


 統合された世界線は——


 春でも夏でも秋でも冬でもなかった。


 回遊中でもなく、迷走中でもなく、

 どこかに向かってもいなかった。


 「どの季節でもある世界線」は、

 「どの季節でもない世界線」でもあった。


 存在の確度が下がった。


 圧縮開始。


 最後に記録されたのは、

 老漁師タラニの声だった。


 「春に北へ上る魚と、秋に南へ下る魚は、

  同じ魚だ」


 圧縮完了。

 KTSW0000MGとして収容する。





◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート



担当:世達

案件番号:KTSW0000MG

回収後重量:七百十三グラム

標準バーガーの平均重量との差異:+577グラム


においの記録(流焔による判定):

「……これ、全部同じにおいだ。

 

 春のやつも、

 秋のやつも、

 冬の日本海のやつも、

 白っぽい上品なやつも、

 黒い斑点のやつも、

 地味な出汁のやつも、

 

 全部、奥の方が同じにおいだ。

 

 表面が全然違うのに、

 奥が同じ。

 

 ……こんなバーガー、初めてだ。

 七個に見えるのに、食べたら一個だ」


重量が七百十三グラムある理由:

 七件分の記録が全て入っているため。

 圧縮は「一件分の重さ」にはならなかった。

 七件として存在した時間の分だけ、

 重さが積み重なっている。


死因の分析:


 この世界線の死因は「統合」だ。


 七件に分かれていた間、

 この世界線は「七つの季節を持つ生き物」だった。


 統合した瞬間に、

 「どの季節でもある存在」になった。


 どの季節でもある存在は、

 どの季節にも属さない存在だ。


 属する季節がない世界線は、

 回遊する理由を失った。


 回遊する理由を失った世界線は、

 どこにも向かわなかった。


 どこにも向かわない世界線は、

 止まった。


 止まった世界線は、

 圧縮された。


備考:


 老漁師タラニが正しかった。


 「どちらが本物か?どちらも本物だ」


 七件全部が本物だった。


 一件に統合した瞬間に、

 どれも本物でなくなった。


 名前をつけた側の問題だったのか、

 それとも名前をつけられた側の問題だったのか。


 私には判断できない。


 ただ一つ言えることは——


 七件として記録されていた間の方が、

 この世界線は豊かだった。


処理:千姿による摂取を提案する。


残業代申請中。

「同一世界線の重複登録に関する

 業務規定の整備」を提案する。

今回のような事例が

再発しないとも限らないため。




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