《辛子明太子バーガー》
世界線コード:MNTK0000EX
分類:有機塩漬け型・粒状物質惑星規模拡散崩壊
危険度:回収済
備考:この世界線は辛子明太子バーガーによって終わった。
辛子明太子バーガーは美味しかった。
それだけが原因だった。
◆記録一 食品安全局主任研究員イネスの業務報告書 六月三日
件名:新製品「辛子明太子バーガー」成分分析報告(初回)
提出先:食品安全局長
本バーガーの成分を分析した結果を報告する。
バンズ:小麦粉・イースト・塩・砂糖。標準的組成。異常なし。
レタス:標準的な葉物野菜。異常なし。
マヨネーズ:卵黄・植物油・酢。標準的組成。異常なし。
辛子明太子:
スケトウダラの卵巣を塩漬けし、唐辛子・昆布・日本酒等で
熟成させたもの。
製品一個あたりの粒数(推定):
約百二十万粒。
各粒の直径:〇・五ミリ前後。
各粒の内部構造:
卵膜に包まれた脂質・タンパク質の集合体。
塩分濃度:三・七%。
カプサイシン含有量:一粒あたり〇・〇〇〇〇三ミリグラム。
製品全体のカプサイシン総量:
百二十万粒×〇・〇〇〇〇三mg=三十六ミリグラム。
これは市販される単一食品として
記録的なカプサイシン含有量である。
懸念事項:
製品を開封した際、粒が高い確率で飛散する。
一個のバーガーを喫食する過程で外部に飛散する粒の
推定数:約四万七千粒。
各粒は塩分・脂質・カプサイシンを接触面に浸透させる。
また熟成有機物として、適切な環境下での増殖の
可能性を排除できない。
現時点では食品安全上の問題は認められない。
主任研究員 イネス
◆記録二 施設観測ログ MNTK世界線 六月三日
【観測記録01:製品特性の定量分析】
「辛子明太子バーガー」の物理的特性:
特性01:粒の飛散
喫食時の平均飛散距離:一・三メートル。
着席状態での喫食でもテーブル全面に粒が付着する。
一個の喫食で外部に出る粒:約四万七千粒。
特性02:塩分の浸透
塩分濃度三・七%の粒が接触面に着弾した場合、
接触から十二時間で浸透深度が一ミリに達する。
コンクリート・木材・金属・皮膚・土壌、全素材に浸透する。
特性03:カプサイシンの揮発
粒が圧力で破裂するとカプサイシンが揮発する。
揮発したカプサイシンは気流に乗って拡散する。
この世界線の都市部大気循環モデルでは、
一店舗分の日販量に含まれるカプサイシンが
都市全域に到達するまでの時間:七十二時間。
特性04:有機物の増殖性
熟成有機物として、
塩分濃度三・五%以上の環境下では
明太子由来有機成分が自己複製に類する増殖を起こす。
この閾値は製品由来の塩分汚染が進めば
自然に達成される濃度である。
この段階での世界線崩壊確率:0.0001%。
ただし全国展開が実施された場合の崩壊速度は
指数関数的に増加する見込み。
◆記録三 イネスの業務報告書 六月二十日
件名:辛子明太子バーガー販売開始後の
環境モニタリング報告(第一回)
販売開始から十七日。
全国三百二十店舗での累計販売数:約百三十万個。
総飛散粒数(推計):
百三十万個×四万七千粒=六千百億粒。
環境への影響:
大気中カプサイシン濃度:〇・〇〇〇〇八ppm。
(通常値:検出限界以下)
検出されたこと自体は記録に値する。
都市中心部の下水塩分濃度:通常値の一・一倍。
飲食店周辺の街路樹:
葉縁の変色が三十七本で確認。
塩害の初期症状と一致する。
現時点で異常と判定する根拠はない。
継続監視を推奨する。
主任研究員 イネス
◆記録四 施設観測ログ MNTK世界線 七月一日
【観測記録06:拡散進行の定量記録】
販売開始二十八日。
累計販売数:四百九十万個。
総飛散粒数(累計):
四百九十万個×四万七千粒=二京三千億粒。
環境変化:
舗装面付着密度(一平方メートルあたり):
飲食店密集区域:二百十四粒/㎡
商業エリア:八十七粒/㎡
住宅街:二十二粒/㎡
郊外農地:四・一粒/㎡
大気中カプサイシン濃度:〇・〇〇〇三ppm。
(十七日前の三・七五倍)
土壌塩分:飲食店半径百メートルの地表で
通常値の一・八倍を記録。
植物被害:
全国で街路樹の枯死を確認。枯死数:四千二百本。
農地での作物収量異常の報告が散発的に発生し始めた。
この段階での世界線崩壊確率:3.2%。
◆記録五 イネスの業務報告書 七月二十日
件名:辛子明太子バーガー販売継続に関する意見具申
局長、懸念事項を報告する。
販売開始から四十八日。
累計販売数:一千二百万個。
総飛散粒数(累計):五京六千四百億粒。
確認された変化:
変化01:街路樹の枯死
全国の街路樹のうち、飲食店半径五十メートル以内の
ものが広範に枯死した。枯死数:四万一千本。
地表塩分の根への浸透が原因。
変化02:下水処理設備の広域閉塞
全国主要都市の下水処理場フィルターに
明太子由来有機物の付着が相次いで確認されている。
詰まりによる処理能力低下:平均三十一%。
変化03:大気中カプサイシン濃度
〇・〇〇〇〇八ppm(第一回)→〇・〇〇〇九ppm(現在)。
一ヶ月で十一倍。
都市部での目の痛み・流涙の訴えが急増。
「花粉症の一種」として処理されている。
変化04:農業被害
全農地の十四%で収量異常が報告された。
「土が白っぽくなっている」「作物が育たない」。
意見具申:
製造・販売の一時停止を強く提案する。
局長の回答:
「売れている商品を止める根拠が不十分。
基準値を超えたら再検討する」
了解した。
継続監視する。
主任研究員 イネス
◆記録六 施設観測ログ MNTK世界線 八月一日
【観測記録12:収容違反・第一段階の宣言】
販売開始五十九日。
累計販売数:三千一百万個。
総飛散粒数(累計):百四十五兆七千億粒。
有機物増殖の確認:
七月末より、下水道・河川・土壌中で
明太子由来有機物の「増殖」が確認された。
増殖が起きている環境:
塩分濃度が三・五%を超えた区域。
この閾値はすでに、主要都市中心部の地表で達成されている。
増殖速度:
塩分濃度三・五%の環境下での倍増時間:約十八時間。
増殖した有機物の挙動:
塩分を含みながら移動し、接触面の塩分濃度を
さらに上昇させる。
この正のフィードバックが確認された時点で、
外部観測はMNTK世界線の崩壊を不可逆と判断した。
現在の汚染面積:
国土の三・八%。
主要都市すべてが汚染圏内に入っている。
大気中カプサイシン濃度:〇・〇〇七ppm。
屋外活動が困難になる水準に近づいた。
学校での屋外授業が全国で中止になり始めた。
海岸への到達:
河川を経由して塩分・有機物が海に流入し始めた。
沿岸二百キロメートルの海水塩分濃度が上昇。
沿岸漁業で大量死が報告された。
この段階での世界線崩壊確率:27.4%。
◆記録七 イネスの業務報告書 八月十四日
件名:緊急報告
局長、緊急事態を報告する。
本日、農林水産省から連絡があった。
全国農地の四十七%で作物の生育が不可能になった。
土壌塩分濃度が作物耐性限界を超えている。
同日、国土交通省から連絡があった。
高速道路橋梁のうち十七本で、
橋脚コンクリートの急速な風化が確認された。
塩分浸透による内部鉄筋の腐食が想定より
二十年以上早く進行している。
翌日、気象庁から連絡があった。
大気中カプサイシン濃度が基準値を超えた。
全国に「辛み警報」を発令する体制が整えられていないため、
「特殊大気汚染注意報」として発令された。
報道では発生源を特定できていない。
私は特定している。
即時販売停止を要請する。
局長の回答:
「各省庁の問題は各省庁で対処する話だ。
食品の販売停止と直接の因果関係が
法的に証明されていない段階では動けない」
了解した。
主任研究員 イネス
(了解していない)
◆記録八 施設観測ログ MNTK世界線 九月一日
【観測記録19:収容違反・第二段階の宣言】
販売開始九十日。
累計販売数:一億二千万個。
総飛散粒数(累計):五千六百四十兆粒。
現在の汚染状況:
土壌:
国土の七十一%の表層塩分濃度が
植物生育限界を超えた。
この世界線の農業は事実上壊滅した。
河川:
全主要河川が橙色に変色した。
川の水は飲用不可。
水道の取水が困難になった都市:国内三十七都市。
海洋:
沿岸から五百キロメートルの海域が汚染された。
この海域の全魚類が死滅した。
海面を漂う明太子有機物の層の厚さ:平均四センチ。
大気:
カプサイシン濃度:〇・〇一四ppm。
この濃度では健康な成人でも
屋外で継続的な眼痛・鼻炎・咳が生じる。
全国の屋外行事が中止された。
マスク・ゴーグルなしの外出が実質不可能になった。
天気予報に「辛み指数」が追加された。
建造物:
全国の建築物の外壁で塩害による崩落が頻発している。
建設省は「老朽化の急速な進行」として処理している。
住民の認識:
「最近なんか外が辛い」
「川の色がおかしい」
「でも明太子バーガーは美味しい」
この段階での世界線崩壊確率:51.7%。
◆記録九 イネスの業務報告書 九月十七日
件名:最終通告
局長、これを最後の正式報告書とする。
現在の状況:
累計販売数:一億九千万個。
総飛散粒数(累計):八京九千三百兆粒。
本日、私は川に行った。
川の水を一口飲んだ。
完全に明太子の汁だった。
塩辛く、辛く、スケトウダラの旨みが
はっきりわかる味だった。
川が明太子の汁になっていた。
私はその事実を確認してから、
水道局に電話した。
「全国の主要河川が明太子の汁になっています」
「……調査します」
「原因は辛子明太子バーガーです」
「……調査します」
私は局長室に行った。
「全国の川が明太子になりました」と言った。
局長は「確認している」と言った。
「販売を停止してください」と言った。
「法的な根拠を整えている段階だ」と言った。
「いつ整いますか」と言った。
「……調査中だ」と言った。
私は局長室を出た。
廊下の窓から外を見た。
空が薄く橙色になっていた。
大気中に浮遊する明太子粒の密度が
光を屈折させるほどになったためだと思われた。
薄く橙色に染まった空の下で、
誰かが辛子明太子バーガーを食べながら歩いていた。
美味しそうに食べていた。
実際に美味しいのだろう。
私も最初に食べた時、美味しいと思った。
主任研究員 イネス
◆記録十 施設観測ログ MNTK世界線 十月一日
【観測記録27:収容違反・第三段階の宣言】
販売開始百二十日。
累計販売数:三億七千万個。
総飛散粒数(累計):一垓七千三百九十兆粒。
大陸規模汚染の確認:
この世界線は複数の大陸を持つ。
九月末より、近隣諸国への汚染拡大を確認した。
拡散経路:
01:大気循環による越境カプサイシン拡散
02:海流による明太子有機物の国際海域への拡散
03:輸出された製品が各国で販売・喫食されたことによる
現地での飛散粒子の直接蓄積
汚染が確認された地域:
北部大陸:全土の二十三%で河川変色を確認
東部大陸:沿岸部の土壌塩分が上昇中
西部大陸:大気カプサイシン濃度の上昇を検出
南部島嶼群:一部の島で全植生が枯死
特筆事項:
北部大陸の一国が「橙色の雨」の報告をした。
大気中に浮遊する明太子有機物が
水分と結合して降水として落下したものと判断する。
「橙色の雨」の塩分濃度:三・一%。
「橙色の雨」のにおい:辛子明太子。
増殖有機物の総量(推計):
当初の飛散粒子に加え、自己増殖した有機物の総量が
飛散粒子量を上回った。
現在、自然増殖によって毎時間生成される有機物量は
全世界の全工場が一日で製造するバーガーに含まれる
明太子量の約十七倍に達する。
製品の販売状況:
各国の一部で販売自粛の動きがあるが、
「美味しいから」という理由で需要は衰えていない。
この段階での世界線崩壊確率:73.8%。
◆記録十一 施設観測ログ MNTK世界線 十月二十九日
【観測記録34:惑星規模汚染の確認】
販売開始百四十八日。
累計販売数:六億一千万個(判明分のみ)。
総飛散粒子・増殖有機物の合計推定量:
この世界線の全海水量の約〇・〇〇〇〇四%に相当。
数字として小さく見えるが、
この有機物は自己増殖を続けており、
現在の倍増速度は十二時間である。
惑星の現状:
陸地:
全陸地の九十一%の地表が橙色に変色。
残りの九%は高山・砂漠・永久凍土地帯のみ。
全農業生産が停止した。
淡水の取水可能源:高山の雪解け水のみ。
それも汚染が進行中。
海洋:
全海洋の表層(水深〇〜三十メートル)が
明太子有機物の層で覆われた。
光が届かなくなった海底では光合成が不可能になった。
海洋酸素生産量が三週間で六十三%低下した。
大気:
カプサイシン濃度:〇・〇三一ppm。
全住民の屋外活動が不可能。
室内への侵入も進んでいる。
全住民に眼炎・鼻炎・気道炎症が発症している。
建造物:
全建築物の外壁が塩害で崩落し始めた。
主要都市のインフラが機能を失い始めた。
住民の行動:
食料備蓄が尽き始めた住民が
橙色に変色した野外に出始めた。
屋外には明太子有機物が充満している。
彼らは明太子を食べ始めた。
報告によれば、味は良いという。
この段階での世界線崩壊確率:94.1%。
◆記録十二 施設観測ログ MNTK世界線 最終記録
【観測記録41:最終圧縮プロセスの記録】
十一月三日。
00:00
全陸地の地表塩分濃度が三・七%に達した。
辛子明太子の塩分濃度と等しくなった。
この時点でこの惑星の地表は
「辛子明太子と同じ環境」になった。
00:04
全有機物(植物・動物・人間)の
細胞内外の塩分濃度差が消失した。
浸透圧による生命維持機構が機能しなくなった。
痛みはなかったと推定される。
カプサイシンによる感覚鈍麻が事前に進んでいたため。
00:09
全海洋の塩分濃度が三・七%に向けて収束し始めた。
(元の海水の平均塩分濃度:三・五%)
海が明太子の汁になった。
00:14
大気中カプサイシン濃度が〇・一ppmを超えた。
大気そのものが辛子明太子のにおいを帯びた。
00:19
最終圧縮開始。
00:31
圧縮完了。
MNTK0000EXとして収容する。
圧縮の最終段階でこの惑星を外部観測した記録:
色:橙色。
においの記録:「塩辛い。辛い。旨みがある」。
惑星全体が辛子明太子になっていた。
最後まで記録に残ったのは、
ある住民がスマートフォンで撮影した動画だった。
映像:橙色の空。白い塩の結晶が降る街。
橙色に変色した地面。
その中で、半分食べかけの
辛子明太子バーガーを持った手。
音声:「……やっぱり美味しいな」
それだけだった。
◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート
担当:世達
案件番号:MNTK0000EX
回収後重量:四百十七グラム
標準バーガーの平均重量との差異:+281グラム
においの記録(流焔による判定):
「塩辛い。辛い。でも旨みがある。
本当においしそうなにおいがする。
惑星まるごと入ってる」
重量超過の原因:
このバーガーには惑星一個分の
塩漬けにされた全有機物が圧縮されている。
惑星の全海水・全土壌・全大気に
均一に浸透した塩分と有機物の重さが
全て入っている。
死因の分析:
百二十万粒。
一個あたり百二十万粒の辛子明太子が入ったバーガーが
六億一千万個売れた。
総飛散粒子数は人間の計算が追いつかない規模になった。
粒は増殖した。
惑星が明太子になった。
辛子明太子バーガーが危険だったわけではない。
辛子明太子バーガーが美味しかったことが
唯一の死因だ。
美味しくなければ売れなかった。
売れなければ粒が撒かれなかった。
粒が撒かれなければ惑星は明太子にならなかった。
「基準値を超えたら対処する」と
局長が言い続けた。
基準値を超えた時には
もう惑星が明太子になっていた。
処理:千姿による摂取を提案する。
残業代申請中。
「食品由来・惑星規模崩壊」という
新分類カテゴリーの設定申請を提出した。
審査に時間がかかっている。
その間も残業は続いている。




