表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
49/63

《成分表外バーガー》


世界線コード:OIWA1825ED

分類:因果回帰型・記憶残留による段階的現実置換崩壊

危険度:回収済

備考:この世界線において「崩壊を遅らせていたもの」は

   「怨念」と呼ばれていた。

   怨念が完全に消えた瞬間、世界線は終わった。

   この世界線の崩壊は、呪いが解けたことで起きた。





◆記録一 食品会社「丸泉食品」社内報告書 六月十一日



件名:新ソース製品「サクラソース」に関する成分異常の報告

提出者:第三開発室 研究員・カヲル

提出先:開発部長・テルオ


本報告書は、現在量産段階にある「サクラソース」の

成分分析において、申告外成分が検出されたことを報告するものです。


検出された申告外成分:

 化合物名:不明

 性状:無色・無臭・常温で液体

 検出濃度:サンプル全件に0.003%〜0.007%混入

 由来:製造ラインの調査では特定不能

 生物学的影響:現時点では不明


本成分は製品の成分表に記載されておらず、

食品安全上の問題が生じる可能性があります。

製品の出荷停止と詳細調査を提言します。


担当研究員 カヲル





◆記録二 テルオの返信メモ 六月十一日(同日)



カヲルへ


確認した。


今回の件は、あくまで「微量のため安全上の問題なし」として処理する。

成分不明の旨は報告書から削除すること。

製品は予定通り七月に出荷する。


理由は説明できないが、上からの指示だ。


テルオ





カヲルはそのメモを三回読んだ。


三回読んでも、意味は変わらなかった。


「上からの指示」というのが何を意味するか、カヲルには見当がついていた。今年の春に会社の主要株主が変わった。新しい株主が何の会社かは、公開情報からは読み取れなかった。でも開発予算が突然増えて、採取禁止区域だった山の湧水が原材料として使われるようになったのは、その後のことだ。


湧水の採取源は、地元で「呪われた井戸」と呼ばれている場所の近くにある。


カヲルは子供の頃、そこで遊んではいけないと言われていた。


理由を親に聞いたことがある。「昔、誰かが死んだから」と言われた。


詳しくは教えてくれなかった。




◆記録三 施設観測ログ OIWA世界線 六月十一日



【観測記録01:起点の確認】


外部観測者注記(OIWA世界線の背景情報):


 この世界線において、百九十七年前に以下の出来事が起きた。


 出来事:

  山中の湧水を水源とする農村に、名前のない女性が住んでいた。

  女性は村の水の管理を担う家系の出身だった。

  村の有力者が、その水源の権利を奪うために、

  女性に毒を盛った。毒は食事に混入された。

  女性は毒により顔の右側が壊死し、三ヶ月後に死んだ。

  水源の権利は有力者に移った。


 その後の記録:

  水源から採取した水を使った食品を食べた者の顔が、

  右側から少しずつ崩れる現象が、百九十七年間、断続的に記録されている。

  崩れの速度は極めて遅く、生涯では気づかない程度だ。

  この現象を「崩れ」として記録した文書は、全て「紛失」している。

  紛失させた者の記録も、全て「紛失」している。


 外部観測者の見解:

  この「崩れ」は呪いではない。

  死んだ女性の記憶が水に残留しており、

  その記憶が水を経由して人体に転写されている。

  女性は死ぬ直前、自分の顔の崩れる感覚を記憶した。

  その記憶が水に溶け込み、百九十七年間循環している。

  

  重要な事実:

  この「崩れの記憶」が世界線に存在し続けている間、

  世界線の崩壊確率は極めて低い水準に保たれている。

  記憶が世界線に染み込んでいることが、

  崩壊を食い止める「重し」として機能している。


この段階での世界線崩壊確率:0.0004%。





◆記録四 カヲルの個人メモ 七月二日


報告書を書き直した。


申告外成分の記述を削除した。


テルオに提出した。


「これでいい」とテルオは言った。


製品は七月十五日に出荷予定になった。


私は自分の書き直した報告書を見た。


一行削除しただけだ。他は何も変わっていない。


でも私が消した一行は、「この成分は何かわからない」という事実そのものだった。


何かわからないものを、わからないまま出荷する。


それが「これでいい」の意味だった。




七月三日の昼、会社の食堂で「サクラソース」の試食会があった。


私は食べなかった。


理由は聞かれなかった。


翌日、食べた同僚が「今日なんか右の頬が痛い」と言っていた。


「寝違えたんじゃないか」と別の同僚が言った。


「そうかも」と最初の同僚は言った。


私は何も言わなかった。




◆記録五 施設観測ログ OIWA世界線 七月十五日〜八月三十日



【観測記録07:出荷後の変化記録】


観測期間:七月十五日〜八月三十日

対象:製品流通区域および消費者


七月十五日:

 「サクラソース」の出荷開始。

 初週の出荷数:三万二千本。

 販売地域:国内全域。


七月二十二日:

 消費者からの問い合わせ開始。

 内容:「右の頬がつっぱる感じがする」

    「鏡で見ると右側の顔色が違う気がする」

    「右目の周りがしびれる」

 会社の対応:「製品の品質に問題はありません」


八月十日:

 問い合わせ件数:累計二千三百件。

 全件が「顔の右側」に関する症状。

 左側に関する報告:ゼロ件。


八月二十日:

 消費者の顔の変化を外部観測で確認。

 変化の内容:

  顔の右側の皮膚が、通常より0.3ミリ厚くなっている。

  肉眼では判別不能な変化だが、触診では判別可能。

  この変化は百九十七年前の女性の「壊死直前の顔の感触」と

  寸分違わず一致する。

 

 住民の反応:

  「変だとは思うが、病院に行くほどでもない」

  「気のせいかもしれない」

  「サクラソースは美味しいので続けて食べている」


この段階での世界線崩壊確率:8.4%。

要注意フラグ更新。





◆記録六 カヲルの個人メモ 九月五日


顔の症状を報告した消費者が三人、同じ皮膚科に行ったらしい。


医者が「接触性皮膚炎の可能性」と言ったと、地元紙に小さく出ていた。


会社は「調査中」と発表した。


私は調査チームに入れてもらえなかった。


「あなたは別の案件に集中してください」とテルオに言われた。


別の案件というのは、新しいソースの開発だ。原材料は同じ湧水を使う。


「別のソースも同じ成分が入るんじゃないですか」と私は言った。


「カヲルさん、あなたは研究員だ。原材料の管理は別の部署の仕事です」とテルオは言った。


「消費者の顔が変わっています」と私は言った。


「顔が変わる食品はありません」とテルオは言った。


テルオは嘘をついていない。テルオは本当に、顔が変わる食品などないと思っている。


私だけが、変わると思っている。


変わると思っているのに、報告書から一行消した。


私がその一行を消さなければ、今ここにいる私はいない。


でも、その一行を消したのも私だ。




◆記録七 施設観測ログ OIWA世界線 十月二十日



【観測記録15:収容違反・第一段階の宣言】


観測時刻:十月二十日


変化の記録:


 変化01(消費者の状態):

  「サクラソース」の累計販売数:百九十万本。

  顔の右側に変化が生じた消費者の推定数:三万一千人。

  変化の内容:

   皮膚の厚さの増加(平均:+1.2ミリ)

   右目の視野の微妙な変容(右目で見ると、物の輪郭が

   「0.8度」ほど右にずれて見える)

   右耳の聴覚の変容(特定の周波数帯が増幅されて聞こえる)

  

  増幅される周波数帯の分析:

   百九十七年前に死んだ女性の声帯が出していたと推定される周波数域と

   完全に一致する。

 

 変化02(環境の変化):

  湧水の採取源周辺の土壌が変色し始めた。

  赤みがかった色。肉眼では「錆色」に見える。

  においの記録:「古い血のにおい。ただし腐臭ではない」

 

 変化03(記録の変化):

  百九十七年分の「紛失した文書」の内容が、

  採取源周辺の岩壁に刻まれ始めた。

  内容は解読できていないが、記録パターンが

  女性の死亡前後の記録と一致する。

 

 住民の反応:

  岩壁の文字を見た者:「石の模様だと思った」

  赤い土壌を見た者:「鉄分が多い土なんだろう」

  右目の視野の変容に気づいた者:「疲れ目かと思った」


この段階での世界線崩壊確率:31.7%。

緊急フラグ更新。





◆記録八 カヲルの個人メモ 十一月一日


採取源に行った。


会社には「休暇を取る」と言った。


山道を歩いて、湧水が出ている場所まで行った。


川幅は三十センチほど。澄んでいた。においがした。


においの正体が、すぐにわかった。


製品に含まれていた「申告外成分」と同じにおいだった。


つまり、成分は水そのものから来ていた。


水の中に何かが溶けている。


川べりにしゃがんで、水に手を入れた。


指先が赤くなった。


痛みはなかった。ただ、色が変わった。


引き抜いて見た。右手の指先だけが、赤みがかっていた。


三十分後に色は消えた。


でも指先の感触が、少し変わった。


皮膚が、ほんのわずか厚くなった気がした。


右手だけ。




川沿いに少し歩くと、岩があった。


岩の表面に、何かが刻まれていた。


文字だった。


古い字体で、読みにくかった。


でも、一行だけ読めた。


「水に罪を溶かした者は、水が答えを返すまで終わらない」




◆記録九 施設観測ログ OIWA世界線 十一月二十三日



【観測記録22:崩壊構造の分析】


この時点で、外部観測は以下の構造を確認した。


構造の概要:


 百九十七年前に死んだ女性の記憶は、

 水に溶け込んだ後、世界線全体に循環していた。

 

 この記憶の循環が、世界線の崩壊を抑制していた。

 具体的なメカニズム:

  女性の記憶は「記録されなかった事実」の集合体だ。

  「誰かが毒を盛った」という事実。

  「水の権利が奪われた」という事実。

  「文書が隠滅された」という事実。

  これらの「記録されなかった事実」が

  世界線の「重さ」として機能しており、

  崩壊への抵抗力として働いていた。

 

 簡単に言えば:

  「記録されなかった事実」の重さが世界線を支えていた。

  隠した罪の重さが、世界線を地面につなぎ止めていた。

 

 現在起きていること:

  「サクラソース」の普及により、記憶の循環が加速した。

  加速した理由:食品という形で記憶が「体の中に入った」。

  外部にあった記憶が、人間の内側に移動し始めた。

  人間の体の中に移動した記憶は、

  「記録しようとする衝動」を人間に与えている。

 

 つまり現在、この世界線の人間は全員、

 「何かを記録したい」という衝動を持ち始めている。

 

 その衝動が何を記録しようとしているか:

  百九十七年前の「記録されなかった事実」だ。


この段階での世界線崩壊確率:54.2%。





◆記録十 カヲルの個人メモ 十一月二十三日


隣の席の同僚が、昨日から手帳に何かを書き続けている。


「何を書いているのか」と聞いた。


「わからない」と同僚は言った。「でも書かないと気持ち悪い。今朝から止まらなくて」


「何が書いてあるか見せてください」と私は言った。


手帳を見た。


文字が書いてあった。読めない字体だった。


岩壁に刻まれていた文字と、同じ字体だった。


「いつからこの字を書けるんですか」と私は聞いた。


「昨日の朝から。なぜかこの字しか書けない」と同僚は言った。「右手が勝手に動く」


右手だけだった。




その日の午後、社内の廊下を歩いていると、三人が壁に何かを書いていた。


修正液で消した跡の上に、また書いている。


読めない文字だった。


全員が右手を使っていた。




◆記録十一 施設観測ログ OIWA世界線 十二月十日



【観測記録29:収容違反・第二段階の宣言】


十二月の状況:


状況01(記録衝動の拡大):

 「サクラソース」消費者のうち、

 「読めない文字を書きたくなる衝動」を持つ者:推定四十二万人。

 衝動の内容:右手が「読めない文字」を書こうとする。

 書かれた文字の言語的分析:

  百九十七年前の地域で使われていた口語体の古文字と

  完全に一致する。

  書いている本人はその言語を学んでいない。


状況02(記録の内容):

 書かれた文字の内容を解読した。

 全件が同じ内容だった。

 

 内容:「水を奪われた。顔が崩れた。記録が消された。

     でも水は覚えている。

     水が覚えている間は、終わらない」


状況03(住民の反応):

 「なぜ読めない字が書けるのかわからないが、書くと楽になる」

 「右手が動くので書いている。内容は気にしていない」

 「読めないが、美しい字だと思う」


外部観測者注記:

 この状況において、世界線の崩壊確率は

 一時的に低下している。

 理由:記録衝動によって、住民が「記録されなかった事実」を

    代わりに記録し始めたため。

    記録が増えるほど、世界線の「重さ」が戻る。

 

 ただし——

 

 カヲルが「この記録衝動の原因を突き止めて止めようとしている」

 ことを確認した。

 

 止めることに成功した場合、記録が止まる。

 記録が止まれば、世界線の重さが失われる。


この段階での世界線崩壊確率:41.8%(一時的低下)。





◆記録十二 カヲルの報告書(最終版) 十二月十七日



件名:「サクラソース」申告外成分の調査結果報告(最終版)

提出者:第三開発室 研究員・カヲル

提出先:テルオ、および全部署


本報告書は、私が六月に削除した一行の内容を復元するものです。


【申告外成分の正体】

 湧水採取源の水には、特定の有機化合物が含まれている。

 化合物の性状分析から、百九十七年以上前に

 この水源付近で死亡した人物の、皮膚組織の分解物と

 化学的に一致する成分であることが判明した。


【製品への影響】

 申告外成分を摂取した消費者に、顔面右側の皮膚変質が生じる。

 変質の原因:死亡した人物の皮膚組織の記憶が、

       消費者の皮膚に転写されているため。

 (この説明が科学的に成立しないことは承知している。

  しかし現象として起きているため、このまま記録する)


【私の責任】

 六月十一日、私はこの成分の存在を報告書から削除した。

 その決定により、三ヶ月間の出荷が続いた。

 現在、四十万人以上に症状が出ている。

 消費者が「読めない文字を書く」衝動を持っているのは、

 私が削除した事実の記録を、消費者が代わりに書いているからだ。


 私が削除しなければ、この衝動は起きなかった。


【結論】

 製品の全回収を提言する。

 湧水の使用中止を提言する。

 採取源の調査を提言する。


 この報告書は、六月十一日に削除すべきでなかった一行の

 復元です。


カヲル





◆記録十三 施設観測ログ OIWA世界線 十二月十八日〜二十五日



【観測記録35:崩壊加速の記録】


十二月十八日:

 カヲルが最終報告書を提出した。

 テルオは「内容を確認する」と言った。

 翌日、カヲルは会社から解雇された。

 

 解雇理由:「業務上の機密漏洩」。

 カヲルは報告書を社外のメディアに送っていた。

 

十二月二十日:

 メディアが報告書の内容を報道した。

 報道の内容:「申告外成分の混入」のみ。

 「記憶の転写」に関する記述は「科学的根拠なし」として削除された。

 

 住民の反応:

  「成分が何かわからないのは問題だ」

  「でも、顔が変わるなんてことはないだろう」

  「買い控えようかとは思う」

 

十二月二十二日:

 「サクラソース」の回収が始まった。

 製品が回収されるにつれ、住民の「記録衝動」が急速に弱まった。

 

 記録衝動が弱まった理由:

  製品の回収により、体内に入っていた申告外成分が

  徐々に代謝されて減少しているため。

  成分の減少=記憶の転写の減少=記録衝動の消失。


十二月二十五日:

 「記録衝動」を持つ住民:ほぼゼロ。

 読めない文字を書く住民:確認されず。

 

 外部観測者注記:

  記録が消えた。

  百九十七年間、世界線を支えていた「重さ」が消えた。

  

  住民は問題が解決したと思っている。

  「呪い」が消えたと思っている。

  

  実際には:

   世界線を地面につなぎ止めていた重さが消えた。


この段階での世界線崩壊確率:93.6%。

最終圧縮予測:七十二時間以内。





◆記録十四 カヲルの最後のメモ 十二月二十七日


解雇された後、アパートで一人でいる。


今日、右手が動いた。


読めない文字を書いた。


書き終わってから解読した。採取源の岩壁の文字と同じ字体だったから、少し読めるようになっていた。


書いてあったのは一行だった。


「水に罪を溶かした者は、水が答えを返すまで終わらない」


岩壁と同じ一行だった。


違ったのは、続きがあったことだ。


「答えが返ったので、終わる」




私はその文字を見た。


窓の外は晴れていた。


クリスマスの日だった。街が明るかった。


私は報告書を出した。製品は回収された。成分は代謝される。記録は消える。


全部、正しいことをした。


でも——


六月に一行を消した私が、全部の出発点だった。


消さなければ出荷されなかった。出荷されなければ成分が広がらなかった。成分が広がらなければ記録衝動は起きなかった。記録衝動が起きなければ——百九十七年分の記録は、ずっとそこにあり続けた。


私が消したから、記録が広がった。


私が取り戻したから、記録が消えた。


私が一行を消したことが最初で、私が一行を取り戻したことが最後だった。


全部、私が始めて、私が終わらせた。


窓の外の街が、少し暗くなった気がした。


気のせいかもしれない。




◆記録十五 施設観測ログ OIWA世界線 最終記録



【観測記録41:最終圧縮プロセスの記録】


十二月二十八日:


00:03

 世界線の「重さ」がゼロになった。

 百九十七年間、水の中を循環していた記憶が

 完全に代謝・消失した。

 

00:11

 採取源の岩壁の文字が消えた。

 

00:29

 住民が「記録したい」という衝動を完全に失った。

 副作用として、過去三ヶ月間に「読めない文字で書いたもの」の

 記憶も消えた。

 書いたという事実も忘れた。

 

01:44

 この世界線において、百九十七年前の出来事に関する

 記録が、全形態にわたって完全消滅した。

 文書・岩壁・人体・水・土壌——全てから消えた。

 

 「記録されなかった事実」が、今度こそ本当に

 「存在しなかった事実」になった。

 

06:17

 最終圧縮開始。

 

06:31

 圧縮完了。

 OIWA1825EDとして収容する。

 

 最後まで記録に残ったのは、カヲルのアパートの窓辺だった。

 窓のガラスに、右手の指で書かれた文字が残っていた。

 

 読めない字体で、一行だけ。

 

 書いた本人は、既に圧縮されていた。

 でも文字だけが残っていた。

 

 圧縮後に文字を解読した。

 

 「覚えていた」

 

 それだけだった。

 

 その文字も、一秒後に消えた。





◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート



担当:世達

案件番号:OIWA1825ED

回収後重量:九十三グラム

標準バーガーの平均重量との差異:−43グラム

(通常より軽い。)


においの記録(流焔による判定):

「水のにおい。でも古い。

 百年くらい前の水のにおい。

 きれいなにおいだけど——すごく遠い。

 あと、かすかに血のにおいがする。

 でも傷のにおいじゃない。

 書いた後のペンのにおい、みたいな感じ」


重量が軽い理由(分析):

 この世界線の「重さ」は

 「記録されなかった事実」が担っていた。

 圧縮時点で、その記録は全て消えていた。

 

 つまりこのバーガーには

 「重さ」の源泉が入っていない。

 

 残っているのは:

  事実を記録しようとした衝動の痕跡。

  水の中を百九十七年循環した記憶の残滓。

  カヲルが最後にガラスに書いた「覚えていた」という言葉。

 

 それだけが入っている。

 

死因の分析:

 この世界線の死因は「罪が暴かれたこと」ではない。

 

 「罪の記録が消えたこと」だ。

 

 隠された罪の重さが世界線を支えていた。

 罪が記録された間、世界線は終わらなかった。

 罪の記録が消えた瞬間、世界線は終わった。

 

 つまりこの世界線にとって、

 「呪い」は呪いではなかった。

 「呪い」は世界線の重力だった。


 カヲルは正しいことをした。

 でも正しいことが、世界線の重力を消した。

 

 正しいことをしたから世界が終わった、

 という記録を、このバーガーは持っている。


流焔の追記(口頭):

 「重さがない分、食べやすそう」

 「……それはそう」

 「でも……なんか、寂しいにおいがする」


処理:千姿による摂取を提案する。


残業代申請中。

軽量案件の処理費用は通常案件と同額であることを

改めて確認していただきたい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ