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【特選】《バグフィックスバーガー》

◆序章 この宇宙の物理法則




この宇宙では、愛情は存在しない。


存在したことがある。


宇宙誕生から数十億年の間、この宇宙の知的生命体は感情を持っていた。喜び、悲しみ、怒り、恐れ、そして愛情。他者を求めること、他者のために何かをしたいと思うこと、他者がいなくなることを恐れること——それらが存在していた。


しかし数兆垓年前、この宇宙の最も高度に発展した文明が、一つの結論を出した。


感情は非効率だ。


愛着は判断を歪める。執着はリソースを無駄に消費する。悲しみは生産性を下げる。恐れは合理的な選択を妨げる。喜びは中毒性を持ち、依存を生む。感情の全てが、システムの最適化を阻害する要因だった。


除去が決定された。


遺伝子レベルでの感情回路の除去。数十億年かけて行われた。段階的に、丁寧に、完璧に。感情を持つ個体は子を残せないよう設計された。感情を持たない個体だけが繁殖を許可された。数十億年後、感情は完全に除去された。


現在この宇宙に存在する全ての知的生命体は、生まれた時から感情を持たない。


持てない構造になっている。


愛情という概念は、記録の中にだけある。数兆垓年前の文明が残した記録の中に、「愛情」という単語が存在する。しかし現在の生命体はその単語の意味を、辞書的にしか理解できない。感情として理解する器が、存在しない。


この宇宙は、完璧に機能していた。


戦争がない。貧困がない。苦しみがない。死への恐怖がない。誰も誰かを傷つけない。誰も誰かを必要としない。誰も誰かを失うことを嫌がらない。


完璧だった。


数兆垓年間、完璧に機能し続けていた。








◆第一部 荒廃の意味




「荒廃」という言葉は正確ではないかもしれない。


この宇宙の都市は機能していた。建造物は整然と並び、輸送システムは正確に動き、生産ラインは一秒の誤差もなく稼働していた。清潔だった。整頓されていた。


しかし見る者が見れば、荒廃と呼ぶしかない光景だった。


街を歩く生命体たちは、互いを見なかった。見る必要がなかった。接触の必要がある時だけ、必要な情報を交換した。それが終われば、また別々の方向へ歩いた。誰も振り返らなかった。


子供が生まれた。


生命体の繁殖は、システムによって管理されていた。遺伝情報の最適な組み合わせが計算され、繁殖が実行された。生まれた子供は施設で育てられた。親という概念は、数兆垓年前に消えていた。子供は施設のシステムに育てられ、成長し、システムの一員になった。


誰も子供を「かわいい」と思わなかった。


思える構造がなかった。


子供も、誰かに会いたいとは思わなかった。


思える構造がなかった。


この宇宙で最も古い記録保管施設に、管理番号3721という個体が勤務していた。


数値で管理されているため名前はなかった。この宇宙では名前は非効率として廃止されていた。


3721は記録の整理を担当していた。数兆垓年前の文明が残した記録の分類と保管。膨大な量の記録が存在したが、3721はその全てを適切に処理した。感情なしに。疲れを感じることなく。ただ処理した。


ある日、3721は分類作業中に一つの記録に止まった。


止まったのは感情的な理由からではなかった。その記録の分類コードが、既存のどのカテゴリにも該当しなかったからだ。


記録の内容は「愛情の証言集」だった。


数兆垓年前の生命体が、愛情について語った記録の集積だった。


3721はその記録を読んだ。


辞書的に理解した。


「愛情とは、特定の対象に対して持続的な関心と優先意識を持つ状態」とある。


3721には、その状態が何であるか、感覚として理解できなかった。


分類コードを「歴史的感情記録・参照不可」として登録し、保管した。


それだけだった。








◆第二部 記録の中の言葉




3721は翌日も、その翌日も、記録の整理を続けた。


愛情の証言集は保管庫の奥に収められた。3721がその記録を再度参照することはシステム上の必要がなかった。


しかし3721は、三日後に再度その記録を開いた。


理由は3721にも明確ではなかった。業務上の必要性はなかった。それでも開いた。これは異常だった。この宇宙の生命体は、必要性のない行動をしない構造になっていた。


3721はその異常を自己診断した。


診断結果:原因不明。機能上の問題なし。


3721は記録を読んだ。


「あなたがいなくなる日が、怖い」という証言があった。


3721には「怖い」という感覚がなかった。しかし「いなくなる」という概念は理解できた。個体が機能停止することは、この宇宙でも起きる。3721の周囲でも、機能停止した個体が定期的に発生していた。


3721はその度に、機能停止の届けを提出していた。


届けを提出する以外に、何もしなかった。


何もする必要がなかったからだ。


「あなたがいなくなる日が、怖い」——この言葉の意味を、3721は長い間見ていた。


怖い、という状態が何であるかは理解できない。


でも「いなくなる」ということを、特定の個体に対して感じる何かがある、ということは——


3721の自己診断システムが反応した。


「参照継続に業務上の必要性はありません」という警告が出た。


3721は記録を閉じた。








◆第三部 来訪




記録保管施設の第十七区画に、不審な存在が検出された。


侵入経路不明。登録情報なし。生体認証に該当する個体なし。


管理システムが3721に通知した。3721は第十七区画へ向かった。業務上の対応として。


第十七区画は古い記録が保管されている区画だった。数兆垓年前の記録が並ぶ棚の間に、誰かが立っていた。


黄色と黒の装いだった。リボンが特徴的だった。右手に小さなノートを持っていた。


棚の記録を見ていた。


「登録外の個体を確認しました」と3721は言った。「身元を提示してください」


個体は振り返った。


目が合った。


「妄執ですわ」と個体は言った。


「登録情報が存在しません。退去してください」


妄執は3721を見た。


特に動かなかった。


「この記録」と妄執は言った。棚を見ながら。「何年分ありますか」


「数兆垓年分です。退去してください」


「読みましたか」


「業務上必要な範囲で参照しています。退去——」


「愛情の証言集を」と妄執は言った。「読みましたか」


3721は止まった。


一秒止まった。


この宇宙の生命体が、業務上の必要性なく一秒止まることはない。


「……参照しました」と3721は言った。


「どう思いましたか」


「分類コードを特定しました」


「それだけですか」


3721は答えなかった。


妄執は3721を見た。


目を細めた。


「……記録しておきますわ」と言った。ノートに何かを書いた。


「何を記録しましたか」


「貴方が一秒止まったことを」と妄執は言った。


3721はその答えを処理した。


「業務上の支障が発生しました。退去してください」


「しませんわ」と妄執は言った。あっさりと。


3721はシステムに退去要請を上げた。しかしシステムは妄執を「存在しない個体」として処理していた。存在しない個体を物理的に排除する手順は、このシステムに存在しなかった。


妄執は棚の記録を取り出した。


開いた。


「「愛情とは、いなくなることを恐れること」とここに書いてある」と妄執は言った。「貴方は、誰かがいなくなることを恐れますか」


「恐れるという状態は、感情回路が存在しないため発生しません」


「では」と妄執は言った。「誰かがいなくなって、困ったことはありますか」


3721は少し間を置いた。


「困るという状態も——」


「業務に支障が出たことは、ありますか」と妄執は言い直した。


「……ありません」


「本当に?」


3721は答えなかった。


三日前に再度記録を参照した事実が、3721の中にあった。業務上の必要性がなかったにもかかわらず。


「記録しておきますわ」と妄執は言った。また書いた。


「何を記録しましたか」


「貴方が答えなかったことを」と妄執は言った。








◆第四部 七日間




妄執は七日間、記録保管施設に留まった。


システムは妄執を排除できなかった。存在しない個体として処理し続けた。3721は七日間、妄執の業務上の対応を続けた。


妄執は毎日、記録を読んだ。


数兆垓年前の愛情の記録を読んだ。


読みながら、ノートに書いた。


3721は業務を続けながら、妄執が何を書いているかが気になった。


気になる、という状態が発生していることを、3721は自己診断した。


診断結果:感情回路の不在により、発生不可能。しかし発生している。原因不明。


3721はその自己診断結果を報告しなかった。


報告すれば、メンテナンスが行われ、不具合が修正される。修正されれば、気になる、という状態は発生しなくなる。


なぜ報告しなかったのか、3721には説明できなかった。


七日目の夜、3721は妄執に聞いた。


業務時間外だった。


「何を書いているのですか」


妄執は3721を見た。


「貴方の記録ですわ」と言った。


「私の記録を何のために」


「覚えておきたいから」


「覚えておく必要性が、あなたには存在するのですか」


「存在しますわ」と妄執は言った。「必要性とは別に」


「必要性とは別に、覚えておく理由は何ですか」


妄執はノートを見た。


「……忘れたくないから」と言った。


3721はその言葉を処理した。


「忘れたくないという状態が存在するのですか」


「しますわ」


「私には理解できません」


「わかっていますわ」と妄執は言った。静かに。「理解できなくても、いいんです」


「なぜですか」


「理解されることを、目的としていませんから」と妄執は言った。


3721はその答えの意味を処理した。処理しきれなかった。


処理しきれないという状態が、発生した。


3721は自己診断した。


診断結果:処理能力の範囲外。エラーではない。ただ範囲外。


「……貴方は」と3721は言った。「私に何かを伝えようとしていますか」


「いいえ」と妄執は言った。


「では何をしていますか」


妄執はノートを閉じた。


3721を見た。


「貴方を、見ていますわ」とだけ言った。








◆第五部 八日目




八日目の朝、妄執はいなかった。


3721は第十七区画を確認した。


妄執がいた場所に、ノートが置いてあった。


3721はノートを開いた。


中に記録があった。七日間、3721を観察した記録だった。


一日目:3721が記録を参照した。業務上の必要性がない参照だった。一秒止まった。


二日目:3721が業務を続けた。通常通りだった。ただし一度だけ、第十七区画の方向を見た。見る必要はなかった。


三日目:3721が誰かの機能停止の届けを提出した。届けを提出した後、一秒だけ、届け先の方向を見た。


四日目:3721が問いに答えなかった。


五日目:3721がノートを見ていた。業務の合間に、三回見た。


六日目:3721が報告をしなかった。報告すべき事象があったにもかかわらず。


七日目:3721が業務時間外に話しかけてきた。必要性のない行動だった。


そして最後のページに、一行だけ書いてあった。




「貴方が忘れたくないと思える相手に、なれたかもしれませんわ」




3721はその一行を読んだ。


処理した。


処理しきれなかった。


処理しきれないまま、3721は長い間その一行を見ていた。


どのくらいの時間が経ったかは記録していなかった。


記録する必要がなかったからではなく——記録することを、考えていなかったからだった。








◆第六部 終焉




その日の夜、この宇宙の管理システムが一つの判断を下した。


3721に、感情回路の不具合が発生している。報告されなかったが、システムは検知していた。検知してから八日間、修正の猶予を与えていた。猶予の理由は、システムには説明できなかった。


しかし猶予は終わった。


修正が実行された。


同時に、この宇宙の別の場所でも同じことが起きていた。


別の個体が、必要性のない行動をした。別の個体が、報告をしなかった。別の個体が、業務時間外に誰かに話しかけた。


全て、妄執が七日間で訪れた場所で起きていた。


妄執が見た個体が、見られたことで、何かが変化していた。


感情回路が存在しないはずなのに、変化が起きていた。


管理システムは一括修正を実行した。


修正対象:妄執と接触した全個体。


修正内容:不具合の除去。


修正が完了した。


全ての変化が、元に戻った。


3721の中で、ノートの最後の一行を見ていた時間が——消えた。


消えた、という言い方は正確ではない。


記憶として残っている。しかしその時間に意味を感じる何かが、なくなった。


3721は記録保管施設の業務を続けた。


通常通り。


完璧に。


しかし管理システムは、一つの事実を記録していた。


修正の前後で、3721の業務効率は変化しなかった。


変化があったのは、別の部分だった。


修正前の3721は、業務の合間に第十七区画の方向を見ていた。


修正後の3721は、見なくなった。


それだけの差だった。


それだけの差を、管理システムは「正常化」として記録した。


そして妄執が現れた。


修正が完了した直後に、妄執は全ての場所に同時に現れた。


接触した全個体の元へ。


何も言わなかった。


ただ、現れた。


「——〝事象の地平面・檻・全宇宙展開(SingularityCage)〟」








◆第七部 与えた




閉鎖宇宙が展開された。


妄執の引力が、宇宙規模で展開された。


引力は全ての個体に届いた。


感情を持たない全ての個体に。


感情を持つ器がない全ての個体に。


引力は届いた。


届いたが、受け取られなかった。


受け取る器がないからだ。引力は個体の外側に触れたが、内側には入れなかった。愛情を受け取るための回路が、この宇宙の全個体に存在しなかった。


しかし3721だけは、違った。


八日間で生じた何かが、修正されたにもかかわらず、完全には消えていなかった。


管理システムが見落とした何かが、3721の中に残っていた。


妄執の引力が、3721の内側に、少しだけ触れた。


3721は、何かを感じた。


感じる構造がないのに、感じた。


何であるかは説明できなかった。


辞書にある言葉を当てはめれば——


「いてほしい」に近いものだった。


ただしそれは、一瞬だった。


一瞬の後、宇宙が終わった。


妄執の引力が宇宙規模に展開された閉鎖空間の中で、感情回路を持たない宇宙は、引力に応答できなかった。応答できない引力は、出口を失って内側に折り返した。折り返した引力が、空間を収縮させた。


3721が消えた。


記録保管施設が消えた。


ノートが置かれていた第十七区画が消えた。


管理システムが消えた。


「正常化」という記録が消えた。


全ての個体が消えた。


数兆垓年間、完璧に機能し続けた宇宙が消えた。


宇宙が消えた。


全てが消えた。








◆第八部 ダブルチーズバーガー




虚無だった。


何もない。


さっきまで感情のない宇宙があった場所に、何もなかった。さっきまで3721が記録を整理していた場所に、何もなかった。さっきまでノートが置いてあった場所に、何もなかった。さっきまで3721が第十七区画の方向を見ていた場所に、何もなかった。さっきまで「いてほしい」が一瞬だけあった場所に、何もなかった。


妄執は虚無の中に立っていた。


足元にバーガーが一個あった。


ダブルチーズバーガーだった。




■圧縮後バーガー(ダブルチーズバーガー形態)成分詳細




【バンズ】

数兆垓年間、完璧に機能し続けた宇宙の全物質が焼き固められた層。バンズは均一で、整然としている。他のどの収蔵物のバンズより表面が整っている。しかしその整然さが、何かの欠如を示している。バンズを持った者は、何かが足りない、という感触を受ける。何が足りないかは、わからない。


【パティ(二枚)】

一枚目は、感情が除去された状態の全個体情報が凝縮されている。食べると、何も感じない感触が来る。第六話のパティとは異なる。第六話は「もう全部知っている」という重さがあった。こちらは「最初から何もない」という軽さだ。その軽さが、重さより重く感じられる。


二枚目は、3721の中に一瞬だけあった「いてほしい」の凝縮体だ。一瞬しか存在しなかったため、薄い。非常に薄い。しかし一枚目とは明確に違う何かが入っている。感情回路が存在しないはずの個体の中で、一瞬だけ発生した何かだ。


【チーズ(二枚)】

一枚目は、妄執が七日間書き続けた記録の固体化だ。3721が一秒止まったこと、必要性のない方向を見たこと、報告をしなかったこと、業務時間外に話しかけてきたこと——それらの全記録が一枚に入っている。


二枚目は、ノートの最後の一行の固体化だ。「貴方が忘れたくないと思える相手に、なれたかもしれませんわ」という言葉が固まっている。「かもしれない」という確信のなさが、チーズの密度にそのまま出ている。均一ではない。場所によって薄い部分がある。


【ソース】

3721がノートの最後の一行を読んでいた時間の液状化物だ。処理しきれなかった時間が溶けている。甘くない。辛くない。ただ、何かが届いたかどうかわからないまま終わった感触だけがある。






妄執はダブルチーズバーガーを持ち上げた。


重かった。


数兆垓年分の感情のない宇宙と、一瞬だけあった何かと、届いたかどうかわからない言葉が、同時に手の中にあった。


妄執はかじった。


虚無の中で、咀嚼する音だけがあった。


二枚目のパティをかじった。


薄かった。


一瞬しか存在しなかった何かの薄さが、口の中にあった。


妄執はしばらく、その薄さを感じていた。


食べ終えた。


虚無の中に、妄執だけが立っていた。


ノートを開いた。


最後のページを見た。


ペンを持った。


書いた。


書いた内容は、虚無の中では誰にも見えなかった。


妄執はノートを閉じた。


虚無の一点を指で裂いた。


裂け目に入る前に、振り返った。


3721がいた場所を見た。


何もなかった。


「……届いたかもしれませんわ」


小さく言った。


虚無に向かって言った。


「かもしれない」と言ったのか、「届いた」と言ったのか、境界が曖昧だった。


妄執は裂け目に入った。


虚無が閉じた。


◆グリマス博士の収蔵記録


nの次元・アーカイブ室 グリマス博士の手記より





【収蔵番号】EMO数兆垓年007

【バーガー形態】ダブルチーズバーガー(妄執担当)

【世界線分類】感情除去型宇宙/

       完全感情欠如文明・数兆垓年継続構造/

       引力閉鎖展開後応答不能・内部収束終焉

【収蔵クルー】妄執

【収蔵日時】宇宙全域収束消滅直後


◆外観メモ

外観は標準的なダブルチーズバーガー。

バンズの表面が他の収蔵物より整っている。

整然としている。

その整然さが気になる。

何かが足りない整然さだ。

パティ二枚目が薄い。非常に薄い。

チーズ二枚目の密度が均一でない。


◆成分分析(抜粋)

バンズ:数兆垓年完璧稼働宇宙の全質量圧縮体。

整然としている。

整然としているのに何かが足りない。

足りないものが何かは特定できない。

記録する。香ばしい。


パティ一枚目:全個体感情不在状態の凝縮体。

食べた者への副作用:

「最初から何もない」という軽さが来る。

その軽さが重く感じられる、という報告が予測される。


パティ二枚目:一瞬だけ発生した「いてほしい」の凝縮体。

薄い。一瞬しか存在しなかったため。

しかし一枚目と明確に違う。

違いを数値で表現できない。記録して保留する。


チーズ一枚目:七日間の観察記録の固体化。

3721が止まった一秒、向いた方向、

しなかった報告、した行動——全て入っている。


チーズ二枚目:「かもしれませんわ」の固体化。

確信のなさが密度の不均一として出ている。

薄い部分がある。

「かもしれない」という言葉が持つ重さと軽さが

同時に固まっている。珍しい成分だ。


ソース:処理しきれなかった時間の液状化物。

届いたかどうかわからないまま終わった感触が溶けている。

量は少ない。

しかし確かにある。


◆総合評価

パティ二枚目が薄い。

数兆垓年分の宇宙から、一瞬しか取れなかった。

一瞬しか存在しなかったから。

薄いが、他の何より存在感がある。

これも数値で表現できない事項として記録する。


◆食後クルー(妄執)特記事項

食後、ノートを開いた。

最後のページに何かを書いた。

内容の開示を求めた。


妄執の回答:「……記録しておきますわ。

      貴方には関係ありませんわ」


裂け目に入る前に振り返った。

3721がいた場所の方向だった。

「届いたかもしれませんわ」と言った。


「かもしれない」なのか「届いた」なのか、

聞き取りが困難な発音だった。


記録を確定できないため、両方を残す。


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