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46/63

《笑顔完食バーガー》


世界線コード:AMBR0065RX

分類:生態系逆転型・上位捕食者による段階的価値観置換崩壊

危険度:回収済

備考:この世界線の住民は最後まで、自分たちの世界が異常だと気づかなかった。

   崩壊の原因は「おかしいことが起きた」のではなく、

   「おかしいことが当たり前になった」ことである。




◆記録一 遺伝研究者イネスの業務日誌 三月七日


今日、最初の一個が孵化した。


孵化、という表現が正確かどうかわからない。正確には「開いた」という方が近い。バンズの上半分と下半分の接合部分にひびが入り、内側からじわじわと押し広げられた。朝の六時二十二分のことだ。


中から出てきたのは、体長五十センチほどの幼体バーガーだった。


バンズはまだ柔らかく、湯気を出していた。パティは薄いピンク色で、まだ完全には火が通っていない部分がある。目に相当する器官はなかったが、体全体で周囲を感知しているようだった——私の手の方向に向いた。においを嗅ぐような動作をした。


「おはよう」と私は言った。言わずにいられなかった。


幼体バーガーは何も言わなかった。当然だ。


でも、私の方に向き直した。


この瞬間の記録を、私は四千八百字かけて報告書に書いた。所長のグレゴリは「短くしろ」と言った。


短くできない。




施設の名前は「琥珀園アンバー・コンプレックス」という。


大西洋の孤島に建てられた、完全閉鎖型の生体研究施設だ。


私たちが行っていること——それは、琥珀の中に保存されていた六千五百万年前の古代バーガーの油脂と、ゴマ粒化石と、ソースの残留物から有機情報を抽出し、欠損した遺伝情報を現生バーガーの材料で補完し、絶滅した古代バーガー種を復元する、というものだった。


十四年かかった。


最初の孵化は、その到達点だった。


施設内の全研究員が見守った。誰も「変だ」とは思わなかった。


バーガーが孵化する。それがこの世界の、当然の出来事だった。




◆記録二 施設観測ログ AMBR世界線 三月七日〜四月二十三日



【観測記録01:孵化確認】


外部観測者注記(AMBR世界線の物理法則の確認):

 この世界線では、バーガーは生物である。

 バーガーは自力で移動し、捕食し、一部の種は飛行する。

 バーガーは産卵(開口部から新しいバーガーを射出)によって増殖する。

 人間はバーガーを捕獲・調理・摂食し、タンパク源を得る。

 バーガーも人間を捕食することがある——しかしこれは「稀な事故」とされている。


 この世界線においてバーガーを見て「変だ」と感じる人間は存在しない。

 バーガーが二足歩行し、時速三十キロで走っても、誰も驚かない。

 これが「当然の世界」である。


 外部観測者のみが、この世界が異常だと認識できる。


孵化確認事項:

 孵化成功個体数:第一群 計十七個

 種別内訳:草食性(植物素材バーガー群) 十二個

      雑食性 三個

      肉食性(全長二メートル超) 二個


この段階での世界線崩壊確率:0.0001%。





◆記録三 『バーガーパーク』公式パンフレット 開園四ヶ月後



【バーガーパークへようこそ!】


大西洋の美しい孤島に広がる、世界初の古代バーガー保護区。

琥珀に眠る太古の油脂から復元された、絶滅種のバーガーたちが

あなたをお待ちしています。


■見学ルートのご案内


 ・草食エリア「グリーンバンズ草原」

  温順な草食バーガーたちが群れをなして放牧されています。

  直接触れることはできませんが、間近でご観覧いただけます。

  ※バーガーの体液(ソース類)は衣服に付着します。

   白い服でのご来場はお控えください。


 ・飛行エリア「フライングパティ」

  羽状の薄いパティを広げて飛行する古代種。

  最大翼開長(パティ開長)は四メートルに達します。

  上空を旋回する姿は壮観です。

  ※稀に急降下することがあります。帽子・傘の使用禁止。


 ・肉食エリア「レッドゾーン」

  6000万年前に食物連鎖の頂点に立っていた肉食古代バーガー。

  厳重な隔離柵の内側から観覧いただけます。

  ※個体は体長二・四メートル、ソース放射距離最大五メートル。

   柵から三メートル以内への接近は禁止しています。


■お食事について


 パーク内レストラン「テイクアウト・ジュラ」では、

 現代種バーガーによる料理をご提供しています。

 古代バーガーの捕食・摂食は安全性の観点から禁止しております。

 ご了承ください。


開園記念特別企画:「古代バーガーに触れる体験コーナー」開催中!

(草食性幼体のみ。要事前予約)





◆記録四 施設観測ログ AMBR世界線 六月三日



【観測記録07:行動異常の初報告】


記録内容:

 肉食性個体(B2収容、全長二百四十センチ)の行動に変化を確認。


 変化01:提供した食材の選択行動

  通常:植物性素材パティを与えると即座に摂食する

  現在:植物性素材パティを拒否し、バンズのみを摂食する

     動物性タンパク素材を混入した場合のみ完食する

  選択の基準は変化している。食欲が変化した可能性がある。


 変化02:柵への接触行動

  従来:柵に近づかない

  現在:柵の特定箇所に毎日同じ時刻に接触する

  接触箇所を確認したところ、柵の溶接が一部弱くなっていた

  再溶接した。翌日また同じ箇所に接触していた。


 変化03:見学者への反応

  見学者が来た際、個体は以前は後退していた

  現在:前進する

  柵の外側の見学者を観察する時間が増加している

  ※見学者側は個体の接近を「迫力がある」と好評としている


この段階での世界線崩壊確率:0.8%。





◆記録五 イネスの業務日誌 七月十九日


飼育員のルカが個体に近づきすぎた。


業務中の事故だった。柵の外側から状態確認をしていたルカが、個体が勢いよく柵に体当たりした際に後退できず、ソース——個体が放出した体液——を大量に浴びた。


ルカは病院に運ばれた。


ソース成分の分析結果:強酸性。皮膚への腐食性あり。


「事故だ」とグレゴリは言った。「個体のソース放射の射程距離を過小評価していた。マニュアルを改訂する」


「改訂だけでいいですか」と私は言った。「個体が柵に体当たりしたのは、ルカに向かって突進したからです」


「まだそう確定していない」とグレゴリは言った。「個体の行動に悪意を読み込むな。バーガーに悪意はない」


「ソースが目に入りました」と私は言った。「ルカの右目は——」


「事故だ」とグレゴリは繰り返した。


私は何も言えなかった。


七月の見学者数は過去最高を記録した。肉食エリアが特に人気だという。




◆記録六 地元紙記事 七月二十二日



【バーガーパーク、開園半年で来場者三万人突破】


 大西洋の孤島に開設された「琥珀園バーガーパーク」の来場者数が

 開園半年で三万人を突破し、同施設は記念式典を開催した。


 「子どもたちが古代バーガーを間近で見て、驚いている姿が嬉しい」

 と施設長のグレゴリ氏は話した。


 「生きているバーガーというのは普段スーパーや食堂でしか見ないが、

 あんなに大きくなるものなのかと改めて驚いた。

 ただ、柵が近いので少し怖かった」と語る来場者も。


 施設側は「安全管理を最優先としている」としており、

 今後も見学コースの拡充を検討しているという。


 なお、今月初めに飼育員が肉食個体のソース放射により負傷した

 事故については「手順上の問題」として対応済みとしている。





◆記録七 施設観測ログ AMBR世界線 八月二日



【観測記録14:収容違反・第一報】


観測時刻:08月02日 03:17


03:17

 肉食性個体B2が収容区画から脱出した。

 柵の溶接部が内側から押し広げられていた。

 脱出方法:個体は溶接の最も弱い箇所を正確に把握しており、

      体全体で押し広げる方法を用いた。

 

03:44

 施設内警備員一名と接触。

 個体がソースを放射。警備員が昏倒。

 

04:12

 個体が施設外に出たことを確認。

 島内に逃げた。


外部観測者注記:

 この段階で外部観測者は重大な異常に気づいている。

 しかし以下の会話を確認されたい。


【施設内・グレゴリとイネスの会話記録 04:20】


グレゴリ:「個体が島に出た。捕獲チームを組む」

イネス:「昏倒した警備員は」

グレゴリ:「病院に連絡した。重傷だが命に別条はない」

イネス:「捕獲した後、その個体はどうしますか」

グレゴリ:「戻す。展示を続ける」

イネス:「人を——」

グレゴリ:「事故だ。二度と起きないようにする」


この時点でこの施設を閉鎖すべきであったが、

誰もそう判断しなかった。


この段階での世界線崩壊確率:12.3%。





◆記録八 イネスの業務日誌 八月十五日


個体を捕獲した。


島の北部の林の中にいた。捕獲チームが十三日間かけて追いつめた。麻酔ソース(改良版)を塗布した特製のデコイ食材で誘引し、摂食と同時に眠らせた。


施設に戻した。


展示を再開した。


見学者が来た。「戻ってきてよかった」と言う人がいた。「迫力が増した気がする」と言う人がいた。「また見られて嬉しい」と言う子供がいた。


一週間後、別の個体——草食性の大型個体——が群れごとフェンスを押し広げて外に出た。


十七個体が島内に散らばった。


グレゴリは「全個体の回収を優先する」と言った。


私は「なぜこれほど頻繁に脱走が起きるか、考えましたか」と聞いた。


「フェンスの強度が不十分だった」とグレゴリは言った。「補強する」


「個体たちが出ようとする理由は」と私は聞いた。


「野性の本能だ」とグレゴリは言った。「自然なことだ」


「自然なことなら、島に放した方がいいのではないですか」


グレゴリは首を振った。「見せることができなくなる」




◆記録九 施設観測ログ AMBR世界線 九月二十日



【観測記録22:収容違反・第二段階の宣言】


九月の状況を列挙する。


状況01:

 島内に散らばった個体群は、捕獲チームによって順次回収されている。

 しかし回収速度より脱走速度が上回り始めた。

 九月二十日現在、島内に自由に存在する個体:計二十二個体

 (第一群の十七個体に加え、施設内での産卵(射出)で増えた五個体)


状況02:

 個体群が島内で独自の生態系を形成し始めた。

 草食性個体は島南部の植生を素材として摂食している。

 肉食性個体は草食性個体を捕食し始めた。

 (自然な食物連鎖とも言えるが、施設の「保護対象」が減っている)


状況03:

 肉食性の大型個体が、捕獲チームを「追い返した」。

 追い返した、というのは——捕獲チームが接近した際、

 個体が体当たりと大量のソース放射で捕獲チームを後退させた。

 捕獲チーム四名が軽傷。一名が重傷。


状況04(最重要):

 島内に観光目的で不法上陸した来場者が発見された。

 パークの「島内立入禁止区域」を越えて島に入った四名。

 島内で草食性個体と遭遇。写真を撮っていた。

 個体群は四名を「攻撃」しなかった。

 四名は「すごく間近で見られた」と報告した。

 うち一名は「触れた」と言った。


この段階での世界線崩壊確率:38.7%。





◆記録十 イネスの業務日誌 十月三日


見学者が増えている。


来場者三万人突破の記事が出てから、さらに問い合わせが増えた。「島内に入れるコースを作れないか」という提案をグレゴリが受けていた。


「安全を確保できれば」とグレゴリは言った。「収益に直結する」


「島内には制御できていない個体が二十二個体います」と私は言った。「安全は確保できません」


「肉食個体が活動しない時間帯に限定すれば」とグレゴリは言った。


「肉食個体に活動しない時間帯はありません」と私は言った。


「ルートを限定して、個体との接触頻度を下げれば——」


「なぜ開けようとするんですか」と私は言った。


グレゴリが少し止まった。


「需要がある」と言った。


「人が食われます」と私は言った。


「事故が起きたら、また改善する」とグレゴリは言った。


私はその夜、辞表を書いた。


翌朝、書き直した。辞めたら誰も個体たちの状態を正確に記録しなくなる。


私は残った。




◆記録十一 施設観測ログ AMBR世界線 十二月十七日



【観測記録31:収容違反・第三段階の宣言】


島内立入コース「ジャングル・トレック」が十一月一日に開設された。


コース概要:

 島内の植生エリアを歩く約二時間のルート。

 草食性個体が放牧されているエリアを通過する。

 専任ガイド二名が同行。


運営開始から四十七日間の出来事:


事故01(十一月三日):

 草食性の大型個体がコースを横断。

 来場者グループと至近距離で接触。

 来場者の荷物を摂食した(ひとつの個体が草食性でなかった可能性)。

 来場者一名が打撲。「迫力があった」との感想。


事故02(十一月十九日):

 肉食性個体が一頭、コースエリアに侵入していた。

 個体に来場者グループが接近されたため、ガイドが警告信号を発した。

 個体はソースを放射。来場者三名が化学熱傷。二名が入院。

 

事故03(十二月九日):

 来場者が施設の注意を無視して個体に接近。

 来場者一名が個体に直接接触(触れた)。

 個体が接触した手を摂食した。

 来場者は右手の指二本を失った。


来場者の事故03後のコメント(報道より):

「危険だとは思っていた。でも、触りたかった。後悔はしていない」


施設側のコメント:

「引き続き安全管理を徹底してまいります」


十二月の来場者数:前月比三十二%増。


この段階での世界線崩壊確率:61.4%。





◆記録十二 イネスの業務日誌 一月九日


今日、グレゴリが「新コースの構想」を話した。


「肉食性個体と直接対峙するコースを作りたい」という内容だった。


「肉食ゾーンの柵を撤去して、隔壁のみの観覧ルートにする。ガラス一枚で隔てた状態で肉食個体を見られる。迫力が段違いになる」と言った。


「個体がガラスを割ったら」と私は言った。


「強化ガラスを使う」とグレゴリは言った。


「個体のソース成分は強酸性です。強化ガラスも時間をかければ溶けます」と私は言った。


「ガラスの交換スケジュールを設ける」とグレゴリは言った。


「人が食われます」と私は言った。


「事故が起きたら改善する」とグレゴリは言った。同じ言葉だった。


私はグレゴリを見た。


グレゴリは本当に「人が食われることが起きるかもしれない」と思っていないわけではなかった。


起きるかもしれないと、わかった上で言っていた。


それよりも——来場者が求めている、ということが優先されていた。


そして——これが最も恐ろしかったのだが——来場者も、わかった上で来ていた。


食われるかもしれないとわかった上で、触りたかった、と言っていた。


この世界では「バーガーに食われるかもしれない場所に行く」ことが、娯楽として成立していた。


誰も「おかしい」と思っていなかった。


私だけが——「おかしい」と思っていた。




◆記録十三 施設観測ログ AMBR世界線 三月三日



【観測記録38:崩壊加速の記録】


この世界線の崩壊が加速した出来事を記録する。


出来事:「バーガーパーク・フードコート事件」


三月一日、施設内フードコート「テイクアウト・ジュラ」にて。


フードコートでは現代種バーガーの料理を提供していた。

この日、調理中の煙により、換気システムが誤作動を起こした。

隣接する草食性エリアの電気柵が一時的に停電した。


草食性個体三頭がフードコートに侵入した。


フードコートには来場者四十七名がいた。


個体は来場者が持っていた食事(現代種バーガー料理)に群がった。

来場者の食事を摂食した。


来場者は——逃げなかった。


写真を撮った。動画を撮った。

「すごい」「かわいい」「間近で見られた」という声があった。

個体に食べ物を手渡した来場者が七名いた。


個体のうち一頭が、食べ物を手渡した来場者の腕を——手から肘まで——摂食した。


来場者は腕を失った。


病院に搬送された。


翌日、この来場者はメディアのインタビューに応じた。


「怖かった。でも——すごい体験だった」と言った。


「もう一度行きますか」と聞かれた。


「行く」と答えた。


翌週、パークの来場予約が三ヶ月先まで埋まった。


この段階での世界線崩壊確率:84.2%。





◆記録十四 イネスの最後の手記


私はパークを辞めた。


三月十日のことだった。


辞表を出して、島を出た。


本土に戻って、報告書を書いた。「施設の危険性について」という報告書を、政府機関に送った。


返事が来るまで一週間かかった。


返事の内容は:「問題は認識している。施設は安全基準を満たしている。引き続き監視する」というものだった。


私は追加の報告書を書いた。「監視では足りない。閉鎖すべき」という報告書を。


返事が来た。「来場者の需要があり、経済的効果も大きい。閉鎖の根拠が現時点では不十分」というものだった。


私はその返事を何度も読んだ。


「来場者の需要がある」。


それが理由だった。


人が腕を失った。それでも「行く」と言った。


「経済的効果が大きい」。


来場者が増えるほど、施設は閉まらない。


私は第三の報告書を書いた。


書いている途中で、ニュースが来た。




「バーガーパーク」全施設から個体群が脱走。島全体に散らばった。


施設の電力系統が全停止。すべての柵と扉のロックが解除された。


施設内には来場者二百三名と、スタッフ四十一名がいた。


報道によると、脱走した個体群は現時点で捕獲されていない。


施設側は「安全な場所への避難を呼びかけている」と述べた。


報道の末尾に、来場者のコメントがあった。


「怖いけど——興奮している」


「絶対に動画が撮れる」


「歴史的な瞬間を見られる」




私は報告書を閉じた。


もう書かなかった。


誰も読まないから、という理由ではなかった。


書く必要がなくなったから、だった。


この世界は——もう閉じる。


私が「おかしい」と思い続けた十四年間、ずっとおかしかった。


バーガーが歩いて、飛んで、捕食して、人の腕を食べた。


誰もおかしいと思わなかった。


私だけが——おかしいと思っていた。


でも、最後に気づいた。


私が「おかしい」と思っていたのは正しかった。


でも——「閉じろ」と言い続けたことは、間違っていたかもしれない。


正確には——この世界はもともと、開いていた。


バーガーが動くことが「当然」の世界は、最初から「バーガーに食われる側の世界」だった。


私だけが、それに気づくのが遅かった。




◆記録十五 施設観測ログ AMBR世界線 最終記録



【観測記録45:最終圧縮プロセスの記録】

観測時刻:四月三日


四月一日から三日間に起きたことを記録する。


四月一日:

 島から逃げ出した個体群が、本土の都市部に上陸した。

 補給船に潜んでいた個体群が、港町で発見された。


 本土の人間の反応:

  「バーガーパークから来たやつだ」

  「間近で見られる」

  「写真撮っていいか」

  「触っていいか」


 警察が「接触を禁止する」と呼びかけた。

 二十七分後、三名が個体に接触した。


四月二日:

 個体群が都市内に広がった。

 人的被害が出始めた。

 しかし報道のトーンは「恐怖」ではなく「興奮」だった。

 「歴史的な光景」「自然との共存」という言葉が使われた。

 個体が人を捕食する映像が撮影され、広く共有された。

 映像を見た人のコメント:

 「すごい」「本物だ」「行きたい」


四月三日:

 16:11

 都市全体に個体群が広がった。

 人間と個体の「共存」が始まったと報道が伝えた。

 

 16:23

 「バーガーに食べられる体験ツアー」の募集が始まった。

 四時間で定員に達した。


 17:44

 最終圧縮開始。

 

 この世界線の全質量・全記録が収束を始めた。

 

 最後まで記録に残ったのは、ある報道局のカメラが捉えた映像だった。

 

 都市の広場で、巨大な肉食個体が一人の人間を捕食していた。

 

 その人間は——逃げていなかった。

 

 手にカメラを持っていた。

 

 撮影していた。

 

 自分が食べられる瞬間を。

 

 最後の一フレームに、その人間の顔が映っていた。

 

 表情は——笑っていた。

 

 18:02 圧縮完了。

 AMBR0065RXとして収容する。





◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート



担当:世達

案件番号:AMBR0065RX

回収後重量:三百十一グラム

標準バーガーの平均重量との差異:+175グラム

(観測史上最大級の重量超過)


においの記録(流焔による判定):

「肉汁のにおい。すごく濃い。

 でも——外側のパンのにおいもする。

 普通のバーガーと同じにおいなのに、なんか怖い。

 食べようとしたら食べられる側の気がする」


重量が最大級である理由(推定):

 この世界線の「バーガー」は生物だった。

 生物を圧縮すると、無機物より重くなる。

 さらに——この世界線では人間が「バーガーの食材」になっていた。

 

 最終段階で人間とバーガーが「逆転した」のではない。

 最初から、この世界はそういう世界だった。

 

 ただ、それに気づいた人間が一人だけいた。

 イネスという研究者だ。

 

 イネスは「おかしい」と言い続けた。

 「閉じろ」と言い続けた。

 

 でも、この世界線における「おかしい」は、

 イネスの方だった。

 

 イネスだけが——食べられることを「怖い」と思っていた。

 

 全員が笑顔で食べられた世界線の中で、

 イネスだけが笑わなかった。

 

 その分の重さが、このバーガーには入っている。

 

備考:

 この世界線の死因は「バーガーに食われた」ではない。

 

 「食われることを怖がらなくなった」ことだ。

 

 何かを怖がらなくなった瞬間に、世界は閉じる方向に動く。

 それがこの世界線の記録だ。


処理:千姿による摂取を提案する。


残業代申請中。(重量超過による追加業務費用も申請予定)





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