《笑顔完食バーガー》
世界線コード:AMBR0065RX
分類:生態系逆転型・上位捕食者による段階的価値観置換崩壊
危険度:回収済
備考:この世界線の住民は最後まで、自分たちの世界が異常だと気づかなかった。
崩壊の原因は「おかしいことが起きた」のではなく、
「おかしいことが当たり前になった」ことである。
◆記録一 遺伝研究者イネスの業務日誌 三月七日
今日、最初の一個が孵化した。
孵化、という表現が正確かどうかわからない。正確には「開いた」という方が近い。バンズの上半分と下半分の接合部分にひびが入り、内側からじわじわと押し広げられた。朝の六時二十二分のことだ。
中から出てきたのは、体長五十センチほどの幼体バーガーだった。
バンズはまだ柔らかく、湯気を出していた。パティは薄いピンク色で、まだ完全には火が通っていない部分がある。目に相当する器官はなかったが、体全体で周囲を感知しているようだった——私の手の方向に向いた。においを嗅ぐような動作をした。
「おはよう」と私は言った。言わずにいられなかった。
幼体バーガーは何も言わなかった。当然だ。
でも、私の方に向き直した。
この瞬間の記録を、私は四千八百字かけて報告書に書いた。所長のグレゴリは「短くしろ」と言った。
短くできない。
施設の名前は「琥珀園」という。
大西洋の孤島に建てられた、完全閉鎖型の生体研究施設だ。
私たちが行っていること——それは、琥珀の中に保存されていた六千五百万年前の古代バーガーの油脂と、ゴマ粒化石と、ソースの残留物から有機情報を抽出し、欠損した遺伝情報を現生バーガーの材料で補完し、絶滅した古代バーガー種を復元する、というものだった。
十四年かかった。
最初の孵化は、その到達点だった。
施設内の全研究員が見守った。誰も「変だ」とは思わなかった。
バーガーが孵化する。それがこの世界の、当然の出来事だった。
◆記録二 施設観測ログ AMBR世界線 三月七日〜四月二十三日
【観測記録01:孵化確認】
外部観測者注記(AMBR世界線の物理法則の確認):
この世界線では、バーガーは生物である。
バーガーは自力で移動し、捕食し、一部の種は飛行する。
バーガーは産卵(開口部から新しいバーガーを射出)によって増殖する。
人間はバーガーを捕獲・調理・摂食し、タンパク源を得る。
バーガーも人間を捕食することがある——しかしこれは「稀な事故」とされている。
この世界線においてバーガーを見て「変だ」と感じる人間は存在しない。
バーガーが二足歩行し、時速三十キロで走っても、誰も驚かない。
これが「当然の世界」である。
外部観測者のみが、この世界が異常だと認識できる。
孵化確認事項:
孵化成功個体数:第一群 計十七個
種別内訳:草食性(植物素材バーガー群) 十二個
雑食性 三個
肉食性(全長二メートル超) 二個
この段階での世界線崩壊確率:0.0001%。
◆記録三 『バーガーパーク』公式パンフレット 開園四ヶ月後
【バーガーパークへようこそ!】
大西洋の美しい孤島に広がる、世界初の古代バーガー保護区。
琥珀に眠る太古の油脂から復元された、絶滅種のバーガーたちが
あなたをお待ちしています。
■見学ルートのご案内
・草食エリア「グリーンバンズ草原」
温順な草食バーガーたちが群れをなして放牧されています。
直接触れることはできませんが、間近でご観覧いただけます。
※バーガーの体液(ソース類)は衣服に付着します。
白い服でのご来場はお控えください。
・飛行エリア「フライングパティ」
羽状の薄いパティを広げて飛行する古代種。
最大翼開長(パティ開長)は四メートルに達します。
上空を旋回する姿は壮観です。
※稀に急降下することがあります。帽子・傘の使用禁止。
・肉食エリア「レッドゾーン」
6000万年前に食物連鎖の頂点に立っていた肉食古代バーガー。
厳重な隔離柵の内側から観覧いただけます。
※個体は体長二・四メートル、ソース放射距離最大五メートル。
柵から三メートル以内への接近は禁止しています。
■お食事について
パーク内レストラン「テイクアウト・ジュラ」では、
現代種バーガーによる料理をご提供しています。
古代バーガーの捕食・摂食は安全性の観点から禁止しております。
ご了承ください。
開園記念特別企画:「古代バーガーに触れる体験コーナー」開催中!
(草食性幼体のみ。要事前予約)
◆記録四 施設観測ログ AMBR世界線 六月三日
【観測記録07:行動異常の初報告】
記録内容:
肉食性個体(B2収容、全長二百四十センチ)の行動に変化を確認。
変化01:提供した食材の選択行動
通常:植物性素材パティを与えると即座に摂食する
現在:植物性素材パティを拒否し、蓋のみを摂食する
動物性タンパク素材を混入した場合のみ完食する
選択の基準は変化している。食欲が変化した可能性がある。
変化02:柵への接触行動
従来:柵に近づかない
現在:柵の特定箇所に毎日同じ時刻に接触する
接触箇所を確認したところ、柵の溶接が一部弱くなっていた
再溶接した。翌日また同じ箇所に接触していた。
変化03:見学者への反応
見学者が来た際、個体は以前は後退していた
現在:前進する
柵の外側の見学者を観察する時間が増加している
※見学者側は個体の接近を「迫力がある」と好評としている
この段階での世界線崩壊確率:0.8%。
◆記録五 イネスの業務日誌 七月十九日
飼育員のルカが個体に近づきすぎた。
業務中の事故だった。柵の外側から状態確認をしていたルカが、個体が勢いよく柵に体当たりした際に後退できず、ソース——個体が放出した体液——を大量に浴びた。
ルカは病院に運ばれた。
ソース成分の分析結果:強酸性。皮膚への腐食性あり。
「事故だ」とグレゴリは言った。「個体のソース放射の射程距離を過小評価していた。マニュアルを改訂する」
「改訂だけでいいですか」と私は言った。「個体が柵に体当たりしたのは、ルカに向かって突進したからです」
「まだそう確定していない」とグレゴリは言った。「個体の行動に悪意を読み込むな。バーガーに悪意はない」
「ソースが目に入りました」と私は言った。「ルカの右目は——」
「事故だ」とグレゴリは繰り返した。
私は何も言えなかった。
七月の見学者数は過去最高を記録した。肉食エリアが特に人気だという。
◆記録六 地元紙記事 七月二十二日
【バーガーパーク、開園半年で来場者三万人突破】
大西洋の孤島に開設された「琥珀園バーガーパーク」の来場者数が
開園半年で三万人を突破し、同施設は記念式典を開催した。
「子どもたちが古代バーガーを間近で見て、驚いている姿が嬉しい」
と施設長のグレゴリ氏は話した。
「生きているバーガーというのは普段スーパーや食堂でしか見ないが、
あんなに大きくなるものなのかと改めて驚いた。
ただ、柵が近いので少し怖かった」と語る来場者も。
施設側は「安全管理を最優先としている」としており、
今後も見学コースの拡充を検討しているという。
なお、今月初めに飼育員が肉食個体のソース放射により負傷した
事故については「手順上の問題」として対応済みとしている。
◆記録七 施設観測ログ AMBR世界線 八月二日
【観測記録14:収容違反・第一報】
観測時刻:08月02日 03:17
03:17
肉食性個体B2が収容区画から脱出した。
柵の溶接部が内側から押し広げられていた。
脱出方法:個体は溶接の最も弱い箇所を正確に把握しており、
体全体で押し広げる方法を用いた。
03:44
施設内警備員一名と接触。
個体がソースを放射。警備員が昏倒。
04:12
個体が施設外に出たことを確認。
島内に逃げた。
外部観測者注記:
この段階で外部観測者は重大な異常に気づいている。
しかし以下の会話を確認されたい。
【施設内・グレゴリとイネスの会話記録 04:20】
グレゴリ:「個体が島に出た。捕獲チームを組む」
イネス:「昏倒した警備員は」
グレゴリ:「病院に連絡した。重傷だが命に別条はない」
イネス:「捕獲した後、その個体はどうしますか」
グレゴリ:「戻す。展示を続ける」
イネス:「人を——」
グレゴリ:「事故だ。二度と起きないようにする」
この時点でこの施設を閉鎖すべきであったが、
誰もそう判断しなかった。
この段階での世界線崩壊確率:12.3%。
◆記録八 イネスの業務日誌 八月十五日
個体を捕獲した。
島の北部の林の中にいた。捕獲チームが十三日間かけて追いつめた。麻酔ソース(改良版)を塗布した特製のデコイ食材で誘引し、摂食と同時に眠らせた。
施設に戻した。
展示を再開した。
見学者が来た。「戻ってきてよかった」と言う人がいた。「迫力が増した気がする」と言う人がいた。「また見られて嬉しい」と言う子供がいた。
一週間後、別の個体——草食性の大型個体——が群れごとフェンスを押し広げて外に出た。
十七個体が島内に散らばった。
グレゴリは「全個体の回収を優先する」と言った。
私は「なぜこれほど頻繁に脱走が起きるか、考えましたか」と聞いた。
「フェンスの強度が不十分だった」とグレゴリは言った。「補強する」
「個体たちが出ようとする理由は」と私は聞いた。
「野性の本能だ」とグレゴリは言った。「自然なことだ」
「自然なことなら、島に放した方がいいのではないですか」
グレゴリは首を振った。「見せることができなくなる」
◆記録九 施設観測ログ AMBR世界線 九月二十日
【観測記録22:収容違反・第二段階の宣言】
九月の状況を列挙する。
状況01:
島内に散らばった個体群は、捕獲チームによって順次回収されている。
しかし回収速度より脱走速度が上回り始めた。
九月二十日現在、島内に自由に存在する個体:計二十二個体
(第一群の十七個体に加え、施設内での産卵(射出)で増えた五個体)
状況02:
個体群が島内で独自の生態系を形成し始めた。
草食性個体は島南部の植生を素材として摂食している。
肉食性個体は草食性個体を捕食し始めた。
(自然な食物連鎖とも言えるが、施設の「保護対象」が減っている)
状況03:
肉食性の大型個体が、捕獲チームを「追い返した」。
追い返した、というのは——捕獲チームが接近した際、
個体が体当たりと大量のソース放射で捕獲チームを後退させた。
捕獲チーム四名が軽傷。一名が重傷。
状況04(最重要):
島内に観光目的で不法上陸した来場者が発見された。
パークの「島内立入禁止区域」を越えて島に入った四名。
島内で草食性個体と遭遇。写真を撮っていた。
個体群は四名を「攻撃」しなかった。
四名は「すごく間近で見られた」と報告した。
うち一名は「触れた」と言った。
この段階での世界線崩壊確率:38.7%。
◆記録十 イネスの業務日誌 十月三日
見学者が増えている。
来場者三万人突破の記事が出てから、さらに問い合わせが増えた。「島内に入れるコースを作れないか」という提案をグレゴリが受けていた。
「安全を確保できれば」とグレゴリは言った。「収益に直結する」
「島内には制御できていない個体が二十二個体います」と私は言った。「安全は確保できません」
「肉食個体が活動しない時間帯に限定すれば」とグレゴリは言った。
「肉食個体に活動しない時間帯はありません」と私は言った。
「ルートを限定して、個体との接触頻度を下げれば——」
「なぜ開けようとするんですか」と私は言った。
グレゴリが少し止まった。
「需要がある」と言った。
「人が食われます」と私は言った。
「事故が起きたら、また改善する」とグレゴリは言った。
私はその夜、辞表を書いた。
翌朝、書き直した。辞めたら誰も個体たちの状態を正確に記録しなくなる。
私は残った。
◆記録十一 施設観測ログ AMBR世界線 十二月十七日
【観測記録31:収容違反・第三段階の宣言】
島内立入コース「ジャングル・トレック」が十一月一日に開設された。
コース概要:
島内の植生エリアを歩く約二時間のルート。
草食性個体が放牧されているエリアを通過する。
専任ガイド二名が同行。
運営開始から四十七日間の出来事:
事故01(十一月三日):
草食性の大型個体がコースを横断。
来場者グループと至近距離で接触。
来場者の荷物を摂食した(ひとつの個体が草食性でなかった可能性)。
来場者一名が打撲。「迫力があった」との感想。
事故02(十一月十九日):
肉食性個体が一頭、コースエリアに侵入していた。
個体に来場者グループが接近されたため、ガイドが警告信号を発した。
個体はソースを放射。来場者三名が化学熱傷。二名が入院。
事故03(十二月九日):
来場者が施設の注意を無視して個体に接近。
来場者一名が個体に直接接触(触れた)。
個体が接触した手を摂食した。
来場者は右手の指二本を失った。
来場者の事故03後のコメント(報道より):
「危険だとは思っていた。でも、触りたかった。後悔はしていない」
施設側のコメント:
「引き続き安全管理を徹底してまいります」
十二月の来場者数:前月比三十二%増。
この段階での世界線崩壊確率:61.4%。
◆記録十二 イネスの業務日誌 一月九日
今日、グレゴリが「新コースの構想」を話した。
「肉食性個体と直接対峙するコースを作りたい」という内容だった。
「肉食ゾーンの柵を撤去して、隔壁のみの観覧ルートにする。ガラス一枚で隔てた状態で肉食個体を見られる。迫力が段違いになる」と言った。
「個体がガラスを割ったら」と私は言った。
「強化ガラスを使う」とグレゴリは言った。
「個体のソース成分は強酸性です。強化ガラスも時間をかければ溶けます」と私は言った。
「ガラスの交換スケジュールを設ける」とグレゴリは言った。
「人が食われます」と私は言った。
「事故が起きたら改善する」とグレゴリは言った。同じ言葉だった。
私はグレゴリを見た。
グレゴリは本当に「人が食われることが起きるかもしれない」と思っていないわけではなかった。
起きるかもしれないと、わかった上で言っていた。
それよりも——来場者が求めている、ということが優先されていた。
そして——これが最も恐ろしかったのだが——来場者も、わかった上で来ていた。
食われるかもしれないとわかった上で、触りたかった、と言っていた。
この世界では「バーガーに食われるかもしれない場所に行く」ことが、娯楽として成立していた。
誰も「おかしい」と思っていなかった。
私だけが——「おかしい」と思っていた。
◆記録十三 施設観測ログ AMBR世界線 三月三日
【観測記録38:崩壊加速の記録】
この世界線の崩壊が加速した出来事を記録する。
出来事:「バーガーパーク・フードコート事件」
三月一日、施設内フードコート「テイクアウト・ジュラ」にて。
フードコートでは現代種バーガーの料理を提供していた。
この日、調理中の煙により、換気システムが誤作動を起こした。
隣接する草食性エリアの電気柵が一時的に停電した。
草食性個体三頭がフードコートに侵入した。
フードコートには来場者四十七名がいた。
個体は来場者が持っていた食事(現代種バーガー料理)に群がった。
来場者の食事を摂食した。
来場者は——逃げなかった。
写真を撮った。動画を撮った。
「すごい」「かわいい」「間近で見られた」という声があった。
個体に食べ物を手渡した来場者が七名いた。
個体のうち一頭が、食べ物を手渡した来場者の腕を——手から肘まで——摂食した。
来場者は腕を失った。
病院に搬送された。
翌日、この来場者はメディアのインタビューに応じた。
「怖かった。でも——すごい体験だった」と言った。
「もう一度行きますか」と聞かれた。
「行く」と答えた。
翌週、パークの来場予約が三ヶ月先まで埋まった。
この段階での世界線崩壊確率:84.2%。
◆記録十四 イネスの最後の手記
私はパークを辞めた。
三月十日のことだった。
辞表を出して、島を出た。
本土に戻って、報告書を書いた。「施設の危険性について」という報告書を、政府機関に送った。
返事が来るまで一週間かかった。
返事の内容は:「問題は認識している。施設は安全基準を満たしている。引き続き監視する」というものだった。
私は追加の報告書を書いた。「監視では足りない。閉鎖すべき」という報告書を。
返事が来た。「来場者の需要があり、経済的効果も大きい。閉鎖の根拠が現時点では不十分」というものだった。
私はその返事を何度も読んだ。
「来場者の需要がある」。
それが理由だった。
人が腕を失った。それでも「行く」と言った。
「経済的効果が大きい」。
来場者が増えるほど、施設は閉まらない。
私は第三の報告書を書いた。
書いている途中で、ニュースが来た。
「バーガーパーク」全施設から個体群が脱走。島全体に散らばった。
施設の電力系統が全停止。すべての柵と扉のロックが解除された。
施設内には来場者二百三名と、スタッフ四十一名がいた。
報道によると、脱走した個体群は現時点で捕獲されていない。
施設側は「安全な場所への避難を呼びかけている」と述べた。
報道の末尾に、来場者のコメントがあった。
「怖いけど——興奮している」
「絶対に動画が撮れる」
「歴史的な瞬間を見られる」
私は報告書を閉じた。
もう書かなかった。
誰も読まないから、という理由ではなかった。
書く必要がなくなったから、だった。
この世界は——もう閉じる。
私が「おかしい」と思い続けた十四年間、ずっとおかしかった。
バーガーが歩いて、飛んで、捕食して、人の腕を食べた。
誰もおかしいと思わなかった。
私だけが——おかしいと思っていた。
でも、最後に気づいた。
私が「おかしい」と思っていたのは正しかった。
でも——「閉じろ」と言い続けたことは、間違っていたかもしれない。
正確には——この世界はもともと、開いていた。
バーガーが動くことが「当然」の世界は、最初から「バーガーに食われる側の世界」だった。
私だけが、それに気づくのが遅かった。
◆記録十五 施設観測ログ AMBR世界線 最終記録
【観測記録45:最終圧縮プロセスの記録】
観測時刻:四月三日
四月一日から三日間に起きたことを記録する。
四月一日:
島から逃げ出した個体群が、本土の都市部に上陸した。
補給船に潜んでいた個体群が、港町で発見された。
本土の人間の反応:
「バーガーパークから来たやつだ」
「間近で見られる」
「写真撮っていいか」
「触っていいか」
警察が「接触を禁止する」と呼びかけた。
二十七分後、三名が個体に接触した。
四月二日:
個体群が都市内に広がった。
人的被害が出始めた。
しかし報道のトーンは「恐怖」ではなく「興奮」だった。
「歴史的な光景」「自然との共存」という言葉が使われた。
個体が人を捕食する映像が撮影され、広く共有された。
映像を見た人のコメント:
「すごい」「本物だ」「行きたい」
四月三日:
16:11
都市全体に個体群が広がった。
人間と個体の「共存」が始まったと報道が伝えた。
16:23
「バーガーに食べられる体験ツアー」の募集が始まった。
四時間で定員に達した。
17:44
最終圧縮開始。
この世界線の全質量・全記録が収束を始めた。
最後まで記録に残ったのは、ある報道局のカメラが捉えた映像だった。
都市の広場で、巨大な肉食個体が一人の人間を捕食していた。
その人間は——逃げていなかった。
手にカメラを持っていた。
撮影していた。
自分が食べられる瞬間を。
最後の一フレームに、その人間の顔が映っていた。
表情は——笑っていた。
18:02 圧縮完了。
AMBR0065RXとして収容する。
◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート
担当:世達
案件番号:AMBR0065RX
回収後重量:三百十一グラム
標準バーガーの平均重量との差異:+175グラム
(観測史上最大級の重量超過)
においの記録(流焔による判定):
「肉汁のにおい。すごく濃い。
でも——外側のパンのにおいもする。
普通のバーガーと同じにおいなのに、なんか怖い。
食べようとしたら食べられる側の気がする」
重量が最大級である理由(推定):
この世界線の「バーガー」は生物だった。
生物を圧縮すると、無機物より重くなる。
さらに——この世界線では人間が「バーガーの食材」になっていた。
最終段階で人間とバーガーが「逆転した」のではない。
最初から、この世界はそういう世界だった。
ただ、それに気づいた人間が一人だけいた。
イネスという研究者だ。
イネスは「おかしい」と言い続けた。
「閉じろ」と言い続けた。
でも、この世界線における「おかしい」は、
イネスの方だった。
イネスだけが——食べられることを「怖い」と思っていた。
全員が笑顔で食べられた世界線の中で、
イネスだけが笑わなかった。
その分の重さが、このバーガーには入っている。
備考:
この世界線の死因は「バーガーに食われた」ではない。
「食われることを怖がらなくなった」ことだ。
何かを怖がらなくなった瞬間に、世界は閉じる方向に動く。
それがこの世界線の記録だ。
処理:千姿による摂取を提案する。
残業代申請中。(重量超過による追加業務費用も申請予定)




