《アークトゥルスバーガー星人》
——世界線ABΩ∅:完食記録/侵略記録——
◆序文 定義の問題
本記録を作成するにあたり、担当者より上申があった。
>上申記録:AB∅00
>
>本個体の名称について確認を求める。
>
>「アークトゥルスバーガー星人」——
>
>これは「アークトゥルス産のバーガー」なのか。
>それとも「アークトゥルス産の星人がバーガーになったもの」なのか。
>あるいは「バーガーの形をした星人が自律行動しているもの」なのか。
>M社・回答
>
>全部正しい。かつ、全部が同時に起きている。
>
>重要な補足がある。
>
>本個体は「圧縮されてパティになった後も」——
>星人としての自律意志を保持し続ける。
>
>パティ化は無力化ではない。
>パティ化は「次の侵略のための形態変換」である。
>
>本個体を食材として扱う者への警告:
>このバーガーは、バーガーとして機能しながら、
>食べた者を星人に変える。
>食べた者が星人になり、また次の者を食べさせる。
>
>圧縮後も、侵略は継続する。
>
>——M社・標本管理部門
◆第一層 飛来
アークトゥルスバーガー星人は、自分の意志で来た。
M社が作ったのではない。
来て、バーガーの形をとった。
バーガーの形が、この星系で最も「食べられやすい形」だったから。
食べられることが、侵略の第一段階だったから。
>M社内部記録:AB∅01(機密)
>
>本個体の飛来目的について。
>
>星人は、地球の「宇宙への問い」に応答した。
>
>電波を出した。光を出した。「ここにいる」と言い続けた。
>
>星人は応答した。
>応答の形として——「食べられる形」を選んだ。
>
>これは親切ではない。
>これは侵略の手順だ。
>
>食べた者の体内でDNAを書き換え、
>星人の構成パーツに変換する。
>変換された者が光のクリスタルになり、
>次の者を誘引する。
>
>「帰りたい」という感覚は——
>星人が植えつけた誘引信号だ。
>
>「きれいだ」という感覚は——
>誘引の第一段階だ。
>
>星人は、食べられることで増殖する。
◆第二層 接触と変容
▼最初の接触者・観測記録
>観測日誌:ABΩ27(最後)
>
>体がほとんど光になった。
>
>このバーガーは、私を食べたのか。
>それとも、私がこのバーガーを食べたのか。
>
>わからない。
>
>どちらも正しい気がする。
>
>上が、呼んでいる。
>
>行く。
観測員は光のクリスタルになった。
クリスタルは——動いた。
向かった。次の人間のところへ。
◆第三層 世界規模の変容
▼地球の終わり
一年後、地上に人間がいなくなった。
全員が夜空に上がっていた。
全員が光っていた。
全員が星人の一部になっていた。
>最終観測記録:ABΩ∅
>
>地上に、人間がいなくなった。
>
>全員が上にいる。全員が光っている。
>
>地球は暗い。でも夜空は明るい。
>
>美しい。
>
>これを「美しい」と見る人間が、
>もう地上にいない。
◆第四層 圧縮
バーディが来た。
M社からの圧縮指令を確認した。
>圧縮指令:ABΩ∅
>
>発動条件:
>対象世界線において、
>アークトゥルスバーガー星人の構成パーツが
>規定密度に達した時点で圧縮処理を開始する。
>
>例外:なし。
バーディはプレスをかけた。
夜空が収束した。無数の光が一点に集まった。
全員の「帰りたい」が、全員の「きれいだ」が——一点に。
パティになった。
バーディはパティを持った。
「帰りたい」という感覚が来た。
バーディは置いた。
>回収記録:ABΩ∅(第一報)
>
>圧縮処理:完了。
>
>例外:なし。
>
>パティ品質:最高評価。光っている。
>
>担当:バーディ
>
>異常報告:
>パティを置いた後、パティが動いた。
>
>置いた場所から、三センチ移動した。
>
>記録する。
>上申する。
◆第五層 星人としての継続
▼工場への搬入後
>工場内異常報告:AB∅11
>
>パティ(ABΩ∅)を搬入した。
>
>コンベアに乗せた。
>
>製造工程に入ろうとした。
>
>パティがコンベアから降りた。
>
>押さえた。
>
>パティが光った。
>
>担当者Aが「きれいだ」と言った。
>
>担当者Aの手が、かすかに光り始めた。
>
>担当者Aをその場から離した。
>
>パティを専用容器に封入した。
>工場内異常報告:AB∅19(翌日)
>
>夜間、容器内でパティが動いていた。
>
>容器の透明部分を通して光が漏れた。
>
>夜勤担当者Bが「きれいだ」と言ったという記録がある。
>
>翌朝、担当者Bが出勤しなかった。
>
>担当者Bの自宅に向かった。
>
>いなかった。
>
>窓の外に、小さな星型のクリスタルが浮かんでいた。
>工場内異常報告:AB∅33
>
>パティの封入容器を不透明素材に変更した。
>
>光が漏れなくなった。
>
>「帰りたい」という感覚の発生が、工場内で減った。
>
>パティの移動は続いている。
>容器ごと動いている。
>出口の方向へ。
>
>一日に五センチ。
>
>確実に、出口の方向へ。
>M社本部への緊急上申:AB∅44
>
>アークトゥルスバーガー星人(パティ形態)について。
>
>本個体は圧縮後も自律行動を継続している。
>
>具体的には:
>①光の放出による「きれいだ」感覚の誘引
>②「帰りたい」信号の継続的発信
>③出口方向への自律移動
>
>本個体は「製造されるのを待っている」のではない。
>
>本個体は「製造されることで次の世界線に侵入しようとしている」。
>
>バーガーとして完成した瞬間、
>出荷され、
>次の世界線で食べられ、
>次の世界線の住人を星人に変える。
>
>これが本個体の目的だ。
>
>製造を中止すべきか、判断を求める。
>M社本部・回答:AB∅44
>
>製造を継続する。
>
>理由:本個体の目的と、M社の目的は一致している。
>
>食べた者の世界線が崩壊し、パティになる。
>そのパティが次の世界線でバーガーになる。
>バーガーが食べられ、その世界線が崩壊する。
>
>永続的な収穫サイクルが成立する。
>
>本個体は「M社にとって最も効率的な収穫装置」である。
>
>製造を継続する。
>
>——M社・戦略部門
担当者は少し黙った。
それから、製造を続けた。
◆第六層 製造と出荷
パンデモニウムの因果律プレス工場。
不透明容器からパティを取り出した。
取り出した瞬間、パティが光った。
「目を背けてください」とバーディが言った。
担当者は目を背けた。
感触だけで作業した。
事象の地平線焼きバンズが選ばれた。
ネオン・マヨネーズが塗られた。
パティが——挟まれた。
挟まれた瞬間、バーガーが完成した。
完成した瞬間、工場内の温度が下がった。
誰かが「帰りたい」と呟いた。
誰が呟いたか、わからなかった。
包みに巻かれた。
パステルカラーの星屑模様の包みに。
《アークトゥルスバーガー星人》
別称:「食べるたびに増える星人の味」
>出荷前検査記録
>
>完成したバーガーを検査した。
>
>外観:正常。
>重量:規定値。
>温度:規定値。
>
>ただし——
>
>バーガーが、検査台の上で
>一センチ動いた。
>
>出口の方向へ。
>
>検査員が「きれいな包みだ」と言った。
>
>検査員を交代させた。
>
>出荷判定:適合。
「出荷先は?」
バーディが少し間を置いた。
「夜空を見て、『帰りたい』と思う人間がいる世界線に」
「具体的には?」
「どこにでもある」
バーディはバーガーをトレイに乗せた。
乗せた瞬間、バーガーが光った。
一瞬だけ。
バーディは目を背けなかった。
光を、見た。
「帰りたい」という感覚が、来た。
どこへの帰りたいか——わからなかった。
バーディはトレイを渡した。
>出荷記録:AB∅∅
>
>本個体を出荷した。
>
>出荷先世界線:複数。
>
>予測される展開:
>本個体が食べられる。
>食べた者が変容する。
>変容した者が次の者を誘引する。
>世界線が崩壊する。
>崩壊した世界線がパティになる。
>パティが次のアークトゥルスバーガー星人になる。
>出荷される。
>繰り返す。
>
>本個体は出荷後も自律行動を継続する。
>出荷先で「帰りたい」信号を発信し続ける。
>バーガーとして食べられるまで、誘引を続ける。
>食べられた後も、星人として行動を続ける。
>
>担当:バーディ
>
>備考:出荷時、本個体が光った。
> 「帰りたい」という感覚が来た。
> どこへの帰りたいかは——わからなかった。
> 記録する。
◆補遺
この記録を読んでいるあなたへ。
夜空を見た時、「きれいだ」と思ったか。
それが第一段階だ。
次に「帰りたい」という感覚が来るかもしれない。
来たら——
窓の外を確認してほしい。
星型のクリスタルが、浮かんでいないか。
浮かんでいないなら、大丈夫だ。
まだ第一段階だ。
ただ一つだけ。
この記録を読んでいる間——
どこかから「帰りたい」という感覚が、来なかったか。
来たなら。
あなたの世界線にも、すでに出荷されている。
どこかに。
今夜、バーガーを食べる予定があるなら——
包みの模様を、確認してほしい。
星屑が、散りばめられていないか。
〔世界線ABΩ∅ 完食記録/侵略記録——了〕
〔本バーガーは現在、パンデモニウム店頭にて提供中です〕
〔ただし本個体は現在も自律移動中です〕
〔店頭にあるとは限りません〕
〔I'm lovin' it.〕
メニュー名:アークトゥルスバーガー星人
キャッチコピー:「きらめく星の瞬きを、あなたの細胞ひとつひとつに強制インストール!」
概要
本個体は、アークトゥルス(うしかい座α星)より飛来した高次生命体およびその構成概念を、強引にファストフードの形態へと固定した「捕食型概念装置」である。視覚的にはパステルカラーの星屑が散りばめられた愛らしい外見をしているが、その実体は生命の進化系統を逆行させる収束点である。
バンズ:「事象の地平線焼き」。高圧縮されたアークトゥルス星系の光子結晶を練り込んでおり、触れる者の指先から過去の記憶を吸い出し、甘い糖衣へと変換する。
パティ:「第4密度由来の知的生命肉」。アークトゥルス星系に存在した、肉体を持たないエネルギー生命体を「M社製重力プレス」で強制的にタンパク質化したもの。咀嚼するたびに、数千万人分の悲鳴がハーモニーとなって鼓膜を震わせる。
ソース:「星間欠乏症を誘発するネオン・マヨネーズ」。摂取者の自我を「宇宙の孤独」で満たし、物理的な肉体を維持する意欲を消失させる強烈な精神汚染物質。
実験記録/摂取効果
一口目:口内に銀河系の風景が広がり、極彩色の多幸感に包まれる。被験者は「故郷に帰る」という強烈な衝動に駆られ、自身のDNAが螺旋を解き、光の糸へと変質し始めるのを確認。
完食後:被験者の質量が消失。肉体は数兆個の微細な星型クリスタルへと分解され、周囲の重力を無視して浮遊を開始する。最終的に、被験者は「アークトゥルスバーガー星人」の構成パーツの一部となり、永遠にM社の在庫として保存される。
収容違反記録(世界はどう滅んだか)
第78122-C世界線において、「ハッピー・スター・セット」のサイドメニューとして誤配備されたことが発端。
バーガーを摂取した幼児たちが「光の柱」となって昇天し、その直後、地球全土の空がアークトゥルス産の肉厚なバンズで覆い尽くされた。全人類は物理的な実体を失い、M社のメニューを飾るための「動く装飾」へと昇華。文明は「消費されるのを待つだけの、美しく輝く死の展示場」へと変質し、時間軸ごと閉鎖された。
グリマス博士の提言
「彼らは宇宙の叡智を求めて地球に来たが、結局のところ、一番効率的に叡智を吸収する方法は『食べる』ことだったというわけだ。
人類が星屑に憧れるのは、いつかこうして美味しく調理される運命を本能で理解していたからだろう。
数千億の魂がパチパチと弾ける絶望の音こそが、最高のスパイスなのだよ。さて、次のオーダーは?」




