《横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー》
——世界線CWΩ∅:完食記録——
◆第一層 観測
少女は横断歩道の白線が好きだった。
七歳だった。
理由は特になかった。
白線の上だけを歩く遊びをしていた。白線から外れないように、慎重に、一歩ずつ。白線の幅は狭かった。バランスを取りながら歩いた。
お母さんが「早く渡りなさい」と言った。
少女は「でも白線の上じゃないと」と言った。
お母さんが苦笑した。
それだけの話だった。
毎日の通学路で、少女は白線の上を歩いた。
2072年のある朝、少女は横断歩道の前で立っていた。
信号が変わった。
少女は白線の上に足を乗せた。
その瞬間——
宇宙が、静かになった。
◆第二層 静寂の記録
▼少女の証言(後日)
>「音が、なくなった」
>
>「車の音も、鳥の声も、全部なくなった」
>
>「でも私は、そこにいた」
>
>「白線の上に、いた」
>
>「しばらくして、また音が戻ってきた」
>
>「でも、街が変わっていた」
>
>「人が、いなかった」
>
>「さっきまでいたのに、いなかった」
>
>「お母さんも」
▼生存者調査記録
>調査記録:CWΩ03
>
>生存者を調査した。
>
>全員が横断歩道の白線上にいた。
>
>全員に「なぜ白線の上にいたか」を聞いた。
>
>回答の分類:
>
>「習慣だった」——四十一パーセント
>「子供に合わせて歩いていた」——十七パーセント
>「靴が濡れないように端を歩いていた」——九パーセント
>「犬の散歩中に犬が白線の上を歩くので」——六パーセント
>「なんとなく」——二十七パーセント
>
>「理由がわかって白線に乗っていた」——ゼロパーセント。
>追加調査:CWΩ07
>
>少女に再度聞いた。
>
>「なぜ白線の上を歩いていたか?」
>
>少女が答えた。
>
>「好きだから」
>
>「なぜ好きか?」
>
>少女が少し考えた。
>
>「わからない。でも、白線の上だけを歩くと、
>ちゃんとそこにいる感じがするから」
>
>「ちゃんとそこにいる感じ?」
>
>「うん。白線の外はふわふわしてる感じがする。
>白線の上だと、ちゃんとここにいる感じがする」
>
>調査員は記録した。
>何を記録すればいいかわからなかったが、記録した。
◆第三層 誰が作ったか
▼M社内部記録の断片
>内部記録:CW∅11(クリアランスレベル5)
>
>本個体の開発経緯は不明。
>
>確認できていることは以下の通り:
>
>・2041年、交通安全バーガー研究プロジェクトが発足。
>・2046年、プロジェクトが凍結。
>・2072年、本個体が完成。
>
>凍結から完成までの二十六年間に何があったか——
>記録が存在しない。
>
>開発者の名前も、完成させた者の名前も、
>どこにも残っていない。
>
>完成した、という事実だけが残っている。
>
>完成した瞬間、記録をつけていた全員が消えたから。
>内部記録:CW∅19
>
>本個体が「なぜ」白線上を除外するのか——
>技術的な説明は不可能だ。
>
>設計書が存在しない。
>設計した者がいない。
>あるいは——
>
>設計した者が、意図的に白線を除外したのかもしれない。
>
>そのような意図を持つ者が、
>開発の過程にいたかもしれない。
>
>確認する方法がない。
>その者も、消えているから。
◆第四層 少女の後
▼事象から一年後
少女は一人だった。
街に、人は少なかった。
生存者たちが集まって、小さなコミュニティを作っていた。
少女もその中にいた。
ある日、コミュニティに研究者が来た。
白線の意味を調べている、と言った。
「なぜ白線が除外されたのか、わかりますか」と少女に聞いた。
少女は少し考えた。
「わからない。でも——」
「でも?」
「白線の上って、道の真ん中じゃないですか。どっちにも属していない場所。車道でも歩道でもない、その間。だから……見逃されたのかもしれない」
研究者が少し黙った。
「見逃された?」
「バーガーが、見逃したんだと思う。どこにも属していない場所だから」
>研究者の記録
>
>少女の仮説は技術的には根拠がない。
>
>でも——
>
>白線は確かに「境界」だ。
>車道と歩道の間。
>どちらでもない場所。
>
>バーガーの「評価フィールド」が、
>境界を評価対象外にした可能性。
>
>あるいは——
>
>境界にいる存在は、「いる場所」が定義できない。
>評価できないものは、消せない。
>
>少女は「白線の上だとちゃんとそこにいる感じがする」と言った。
>逆説的だが——
>「ちゃんとそこにいる」ことが、
>「どこにいるか定義できない」ことだったのかもしれない。
▼少女の日常
少女は毎日、横断歩道の白線を歩いた。
以前と変わらず。
白線から外れないように、慎重に、一歩ずつ。
街には人が少なかった。
でも横断歩道はあった。
白線はあった。
少女は歩いた。
ある日、少女は気づいた。
横断歩道に、小さな子供がいた。
白線の上だけを歩く遊びをしていた。
少女と同じ遊びを。
少女は少し見ていた。
それから言った。
「白線の上だと、ちゃんとそこにいる感じがするよね」
子供が振り返った。
「うん」と言った。
「なんでかわかる?」
「わからない。でも好きだから」
少女は少し笑った。
◆第五層 圧縮
バーディが来た。
M社からの圧縮指令を確認した。
>圧縮指令:CWΩ∅
>
>本個体は完成と同時に自動発令済み。
>
>圧縮対象:白線外で消えた全生命体。
>処理:完了済み。
>
>白線上の生存者:対象外。
>理由:評価フィールドの構造的除外領域。
バーディはプレスをかけた——すでにかかっていた。
完成と同時に、全てが終わっていた。
バーディが来た時、すでにパティになっていた。
白線外で消えた全ての存在が、一枚のパティになっていた。
バーディはそれを回収した。
>回収記録:CWΩ∅
>
>圧縮処理:完了済み(自動)。
>
>パティ品質:規模超過。計測不能。
>
>担当:バーディ
>
>備考:生存者に、少女がいた。
>
> 少女は横断歩道の白線が好きだった。
> ただ、好きだった。
>
> それだけで、生き残った。
>
> 「ちゃんとそこにいる感じがするから」と言った。
>
> その言葉の意味を、
> 私はまだ考えている。
◆製造
パンデモニウムの因果律プレス工場。
「CWΩ∅、搬入。自動発令型、処理完了済み」
「お疲れ様です」
「バンズは何を使いますか?」
バーディが少し考えた。
「白線の形のバンズを使う」
「白線の形?」
「縦縞の、白いバンズ。横断歩道の模様の」
「ソースは?」
「なし」
「理由は?」
「このバーガーに、付け加えるものはない」
白線の形のバンズが選ばれた。パティが挟まれた。ソースなし。
包みに巻かれた。
《横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー》
別称:「好きだったから、ただそこにいた味」
「出荷先は?」
バーディが少し間を置いた。
「出荷しない。棚に置く」
「なぜですか?」
「このバーガーは完成した時点で終わっている。出荷する必要がない」
また少し間があった。
「——それに」
「それに?」
「少女が言っていた。『白線の上だとちゃんとそこにいる感じがする』と。このバーガーは棚の上にいる。棚の上にいる間は、どこにも出荷されない。どこにも属していない。だから——」
担当者は少し考えた。
「……棚の上が、白線みたいなものですか」
「たぶん」
棚に置かれた。
◆補遺
この記録を読んでいるあなたへ。
横断歩道の白線を、好きになってほしい。
理由は言わない。
ただ、好きになってほしい。
好きなら、自然に乗る。
乗っていれば、その時、ちゃんとそこにいる。
少女は今日も白線を歩いている。
好きだから。
それだけで、いい。
〔世界線CWΩ∅ 完食記録——了〕
〔本バーガーは現在、パンデモニウムの棚にいます〕
〔棚の上は、白線みたいなものだから〕
〔I'm lovin' it.〕
「横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー」は、その名称を除く一切の詳細が伏せられた、正体不明のバーガーです。
現代においては未だ開発されておらず、未発表・未開発のバーガーですが、「未来においてM社によって開発されたことが観測されている」特異性を持ちます。
※以降の情報の閲覧はクリアランスレベル5以上の職員の申請によってのみ許可されます
20XX年、時空観測機構に接続されていた量子跳躍装置に異常発信があり、帰還者が一名確認されました。該当人物は「未来から現時空へ転移した」と自称しています。
>「いたんだ、俺は。ちょうど、あそこに……あの、白い部分に」
>「バーガーが鳴った。音じゃない。空間が咀嚼されて、飲み込まれて、味わわれて、終わった」
>「その瞬間、宇宙が静寂に包まれた…」
>「白いとこにいた…俺だけが…他は…他は全部…!」
抹消された転移者の音声証言ログより抜粋
なお、この人物は証言直後に消滅。エネルギー残留痕から推測するに、タイムパラドックスによる自己消失とみられます。
後日、残留物からDNAを採取し遺伝子鑑定をしたところ、某国の横断歩道付近にある新築の家に住む、白線が好きな1歳の男の子と合致する事が確認されました。
観測された未来においては、本対象の発生と同時に、多数の異常が報告されていました。
・世界規模の通信途絶
・大気中の有機振動パターンの消失
・グローバル生命活動ログの停止
・横断歩道周辺カメラにおける局所的な生存反応
これらの現象に直接の因果関係は明示されていないものの、時空観測ログによりすべてが「本対象の完成と同時」に発生していたことが確定しています。
本対象がどのような物理的・魔術的構造を持つかは一切不明ですが、転移者の証言、および観測機器に残されたデータより、以下の特徴が推定されます
・対象は「完成した瞬間」に観測的実体化を起こす
・実体化後、世界規模で非選別的消去現象が発生
・横断歩道の白線上にいた存在のみが生存していた
この白線が持つ意味については不明。現時点では、
・視覚的に「白線」がスキャン領域外だった
・地理的に「白線」が情報フィールドの回避点だった
など、複数の仮説が存在しています。
つまりこのバーガーは、摂取や接触による影響ではなく、存在そのものが未来時空を破壊する構造的因果災害を齎す、
つまりバーガーが誕生した時点において、「横断歩道の白い部分」にいなかった生命体は宇宙規模で即死するという、観測不可能な超因果現象を引き起こすと考えられます。
観測された未来において、開発元はM社である事が示唆されています。
公式声明には一切存在しませんが、2041年頃より社内にて交通安全性の向上に関わるバーガーの開発コードが発見されています。
このプロジェクトは廃止され凍結状態となっていますが、未来観測によれば2072年に対象が完成しています。
エリック博士の提言:
「横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー」は、物理的兵器でも生物的脅威でもなく、味覚による選別を原理とした因果災害体である。
完成と同時に、全宇宙的スケールでの「存在評価」が自動的に開始され、「評価不能」な存在が即時消去される。
唯一評価から除外された領域が、「横断歩道の白線」だったという事だ。
M社、または類似する食品開発組織に対し、以下の通達を即時発令する
・バーガーにおける「完全調和型味覚設計」の研究を即時中止せよ
・関連する未来予知研究を封印せよ
・横断歩道白線上における異常耐性に関する追加研究を推進せよ
P.S.アンネへ
これで少しは時間が稼げるだろう。
しかし、未来はすでに観測されてしまった。
それは、もう変えられない。
あの子のためにも、「その時」のために、過去への量子跳躍の研究を続けるつもりだ。
君はあの子を頼む。




