表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/63

《横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー》


——世界線CWΩ∅:完食記録——




◆第一層 観測


 少女は横断歩道の白線が好きだった。


 七歳だった。


 理由は特になかった。


 白線の上だけを歩く遊びをしていた。白線から外れないように、慎重に、一歩ずつ。白線の幅は狭かった。バランスを取りながら歩いた。


 お母さんが「早く渡りなさい」と言った。


 少女は「でも白線の上じゃないと」と言った。


 お母さんが苦笑した。


 それだけの話だった。


 毎日の通学路で、少女は白線の上を歩いた。




 2072年のある朝、少女は横断歩道の前で立っていた。


 信号が変わった。


 少女は白線の上に足を乗せた。


 その瞬間——




 宇宙が、静かになった。




◆第二層 静寂の記録


▼少女の証言(後日)




>「音が、なくなった」

>

>「車の音も、鳥の声も、全部なくなった」

>

>「でも私は、そこにいた」

>

>「白線の上に、いた」

>

>「しばらくして、また音が戻ってきた」

>

>「でも、街が変わっていた」

>

>「人が、いなかった」

>

>「さっきまでいたのに、いなかった」

>

>「お母さんも」




▼生存者調査記録




>調査記録:CWΩ03

>

>生存者を調査した。

>

>全員が横断歩道の白線上にいた。

>

>全員に「なぜ白線の上にいたか」を聞いた。

>

>回答の分類:

>

>「習慣だった」——四十一パーセント

>「子供に合わせて歩いていた」——十七パーセント

>「靴が濡れないように端を歩いていた」——九パーセント

>「犬の散歩中に犬が白線の上を歩くので」——六パーセント

>「なんとなく」——二十七パーセント

>

>「理由がわかって白線に乗っていた」——ゼロパーセント。




>追加調査:CWΩ07

>

>少女に再度聞いた。

>

>「なぜ白線の上を歩いていたか?」

>

>少女が答えた。

>

>「好きだから」

>

>「なぜ好きか?」

>

>少女が少し考えた。

>

>「わからない。でも、白線の上だけを歩くと、

>ちゃんとそこにいる感じがするから」

>

>「ちゃんとそこにいる感じ?」

>

>「うん。白線の外はふわふわしてる感じがする。

>白線の上だと、ちゃんとここにいる感じがする」

>

>調査員は記録した。

>何を記録すればいいかわからなかったが、記録した。




◆第三層 誰が作ったか


▼M社内部記録の断片




>内部記録:CW∅11(クリアランスレベル5)

>

>本個体の開発経緯は不明。

>

>確認できていることは以下の通り:

>

>・2041年、交通安全バーガー研究プロジェクトが発足。

>・2046年、プロジェクトが凍結。

>・2072年、本個体が完成。

>

>凍結から完成までの二十六年間に何があったか——

>記録が存在しない。

>

>開発者の名前も、完成させた者の名前も、

>どこにも残っていない。

>

>完成した、という事実だけが残っている。

>

>完成した瞬間、記録をつけていた全員が消えたから。




>内部記録:CW∅19

>

>本個体が「なぜ」白線上を除外するのか——

>技術的な説明は不可能だ。

>

>設計書が存在しない。

>設計した者がいない。

>あるいは——

>

>設計した者が、意図的に白線を除外したのかもしれない。

>

>そのような意図を持つ者が、

>開発の過程にいたかもしれない。

>

>確認する方法がない。

>その者も、消えているから。




◆第四層 少女の後


▼事象から一年後


 少女は一人だった。


 街に、人は少なかった。


 生存者たちが集まって、小さなコミュニティを作っていた。


 少女もその中にいた。




 ある日、コミュニティに研究者が来た。


 白線の意味を調べている、と言った。


「なぜ白線が除外されたのか、わかりますか」と少女に聞いた。


 少女は少し考えた。


「わからない。でも——」


「でも?」


「白線の上って、道の真ん中じゃないですか。どっちにも属していない場所。車道でも歩道でもない、その間。だから……見逃されたのかもしれない」


 研究者が少し黙った。


「見逃された?」


「バーガーが、見逃したんだと思う。どこにも属していない場所だから」




>研究者の記録

>

>少女の仮説は技術的には根拠がない。

>

>でも——

>

>白線は確かに「境界」だ。

>車道と歩道の間。

>どちらでもない場所。

>

>バーガーの「評価フィールド」が、

>境界を評価対象外にした可能性。

>

>あるいは——

>

>境界にいる存在は、「いる場所」が定義できない。

>評価できないものは、消せない。

>

>少女は「白線の上だとちゃんとそこにいる感じがする」と言った。

>逆説的だが——

>「ちゃんとそこにいる」ことが、

>「どこにいるか定義できない」ことだったのかもしれない。




▼少女の日常


 少女は毎日、横断歩道の白線を歩いた。


 以前と変わらず。


 白線から外れないように、慎重に、一歩ずつ。


 街には人が少なかった。


 でも横断歩道はあった。


 白線はあった。


 少女は歩いた。




 ある日、少女は気づいた。


 横断歩道に、小さな子供がいた。


 白線の上だけを歩く遊びをしていた。


 少女と同じ遊びを。




 少女は少し見ていた。


 それから言った。


「白線の上だと、ちゃんとそこにいる感じがするよね」


 子供が振り返った。


「うん」と言った。


「なんでかわかる?」


「わからない。でも好きだから」


 少女は少し笑った。




◆第五層 圧縮


 バーディが来た。


 M社からの圧縮指令を確認した。




>圧縮指令:CWΩ∅

>

>本個体は完成と同時に自動発令済み。

>

>圧縮対象:白線外で消えた全生命体。

>処理:完了済み。

>

>白線上の生存者:対象外。

>理由:評価フィールドの構造的除外領域。




 バーディはプレスをかけた——すでにかかっていた。


 完成と同時に、全てが終わっていた。


 バーディが来た時、すでにパティになっていた。




 白線外で消えた全ての存在が、一枚のパティになっていた。


 バーディはそれを回収した。




>回収記録:CWΩ∅

>

>圧縮処理:完了済み(自動)。

>

>パティ品質:規模超過。計測不能。

>

>担当:バーディ

>

>備考:生存者に、少女がいた。

>

>   少女は横断歩道の白線が好きだった。

>   ただ、好きだった。

>

>   それだけで、生き残った。

>

>   「ちゃんとそこにいる感じがするから」と言った。

>

>   その言葉の意味を、

>   私はまだ考えている。




◆製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場。


「CWΩ∅、搬入。自動発令型、処理完了済み」


「お疲れ様です」


「バンズは何を使いますか?」


 バーディが少し考えた。


「白線の形のバンズを使う」


「白線の形?」


「縦縞の、白いバンズ。横断歩道の模様の」


「ソースは?」


「なし」


「理由は?」


「このバーガーに、付け加えるものはない」


 白線の形のバンズが選ばれた。パティが挟まれた。ソースなし。


 包みに巻かれた。


《横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー》

別称:「好きだったから、ただそこにいた味」


「出荷先は?」


 バーディが少し間を置いた。


「出荷しない。棚に置く」


「なぜですか?」


「このバーガーは完成した時点で終わっている。出荷する必要がない」


 また少し間があった。


「——それに」


「それに?」


「少女が言っていた。『白線の上だとちゃんとそこにいる感じがする』と。このバーガーは棚の上にいる。棚の上にいる間は、どこにも出荷されない。どこにも属していない。だから——」


 担当者は少し考えた。


「……棚の上が、白線みたいなものですか」


「たぶん」


 棚に置かれた。




◆補遺


 この記録を読んでいるあなたへ。


 横断歩道の白線を、好きになってほしい。


 理由は言わない。


 ただ、好きになってほしい。




 好きなら、自然に乗る。


 乗っていれば、その時、ちゃんとそこにいる。




 少女は今日も白線を歩いている。


 好きだから。


 それだけで、いい。




〔世界線CWΩ∅ 完食記録——了〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウムの棚にいます〕

〔棚の上は、白線みたいなものだから〕

〔I'm lovin' it.〕


「横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー」は、その名称を除く一切の詳細が伏せられた、正体不明のバーガーです。

現代においては未だ開発されておらず、未発表・未開発のバーガーですが、「未来においてM社によって開発されたことが観測されている」特異性を持ちます。

※以降の情報の閲覧はクリアランスレベル5以上の職員の申請によってのみ許可されます

20XX年、時空観測機構に接続されていた量子跳躍装置に異常発信があり、帰還者が一名確認されました。該当人物は「未来から現時空へ転移した」と自称しています。

>「いたんだ、俺は。ちょうど、あそこに……あの、白い部分に」

>「バーガーが鳴った。音じゃない。空間が咀嚼されて、飲み込まれて、味わわれて、終わった」

>「その瞬間、宇宙が静寂に包まれた…」

>「白いとこにいた…俺だけが…他は…他は全部…!」

抹消された転移者の音声証言ログより抜粋

なお、この人物は証言直後に消滅。エネルギー残留痕から推測するに、タイムパラドックスによる自己消失とみられます。

後日、残留物からDNAを採取し遺伝子鑑定をしたところ、某国の横断歩道付近にある新築の家に住む、白線が好きな1歳の男の子と合致する事が確認されました。

観測された未来においては、本対象の発生と同時に、多数の異常が報告されていました。

・世界規模の通信途絶

・大気中の有機振動パターンの消失

・グローバル生命活動ログの停止

・横断歩道周辺カメラにおける局所的な生存反応

これらの現象に直接の因果関係は明示されていないものの、時空観測ログによりすべてが「本対象の完成と同時」に発生していたことが確定しています。

本対象がどのような物理的・魔術的構造を持つかは一切不明ですが、転移者の証言、および観測機器に残されたデータより、以下の特徴が推定されます

・対象は「完成した瞬間」に観測的実体化を起こす

・実体化後、世界規模で非選別的消去現象が発生

・横断歩道の白線上にいた存在のみが生存していた

この白線が持つ意味については不明。現時点では、

・視覚的に「白線」がスキャン領域外だった

・地理的に「白線」が情報フィールドの回避点だった

など、複数の仮説が存在しています。

つまりこのバーガーは、摂取や接触による影響ではなく、存在そのものが未来時空を破壊する構造的因果災害を齎す、

つまりバーガーが誕生した時点において、「横断歩道の白い部分」にいなかった生命体は宇宙規模で即死するという、観測不可能な超因果現象を引き起こすと考えられます。

観測された未来において、開発元はM社である事が示唆されています。

公式声明には一切存在しませんが、2041年頃より社内にて交通安全性の向上に関わるバーガーの開発コードが発見されています。

このプロジェクトは廃止され凍結状態となっていますが、未来観測によれば2072年に対象が完成しています。

エリック博士の提言:

「横断歩道の白い所にいないと死ぬバーガー」は、物理的兵器でも生物的脅威でもなく、味覚による選別を原理とした因果災害体である。

完成と同時に、全宇宙的スケールでの「存在評価」が自動的に開始され、「評価不能」な存在が即時消去される。

唯一評価から除外された領域が、「横断歩道の白線」だったという事だ。

M社、または類似する食品開発組織に対し、以下の通達を即時発令する

・バーガーにおける「完全調和型味覚設計」の研究を即時中止せよ

・関連する未来予知研究を封印せよ

・横断歩道白線上における異常耐性に関する追加研究を推進せよ

P.S.アンネへ

これで少しは時間が稼げるだろう。

しかし、未来はすでに観測されてしまった。

それは、もう変えられない。

あの子のためにも、「その時」のために、過去への量子跳躍の研究を続けるつもりだ。

君はあの子を頼む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ