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28/63

《パラレル・リライト・バーガー》


——世界線PR2Ω∅:完食記録——




◆第一層 出現


 男のスマートフォンに、クーポンが届いた。




>受信メッセージ

>

>【M社】特別オファー

>

>「パラレル・リライト・バーガー」

>期間限定・完全無料

>

>※本クーポンはあなただけに送られました

>※あなたの可能性を最大化するバーガーです

>※後悔しない人生のために




 男は三十一歳だった。


 職業:会社員。営業職。成績は中の下だった。


 友人は少なかった。恋人はいなかった。趣味は特になかった。


 「あなたの可能性を最大化する」という文字を見た。


 三秒考えた。


 店に行った。




◆第二層 最適化の記録


 男はSNSを更新する習慣があった。


 日常の短い記録を、毎日投稿していた。


 以下は、摂食後のSNS投稿の全文である。




>Day1

>

>変なバーガー食べた。

>味は普通だったけど、食べた後、なんか視界がグリッチした。

>一瞬だけ。気のせいかも。

>

>でも今日、会社で上司に「最近いい顔してるな」って言われた。

>珍しい。




>Day3

>

>電車で隣に座ったおじさんに話しかけられた。

>「昔どこかで会いましたか?」って。

>会ったことない人だった。

>

>コンビニの店員に「いつもありがとうございます」って言われた。

>初めて行ったコンビニだった。

>

>顔を覚えられやすくなったのかな。




>Day7

>

>同僚のAが「お前って学生の時から変わってないな」って言った。

>俺と同じ大学じゃないのに。

>指摘したら「あれ、違ったっけ?」ってなった。

>

>営業成績が少し上がった。

>理由はわからない。でも上がった。

>まあいいか。




>Day14

>

>二週間経った。

>

>なんか毎日いいことが起きている気がする。

>

>上司が「お前に任せたい案件がある」と言った。

>今まで回ってこなかったレベルの案件だった。

>「なぜ自分に?」と聞いたら「向いてると思って」と言った。

>

>向いているかどうかわからない。

>でも任された。




>Day21

>

>幼なじみから連絡が来た。

>十年ぶりだった。

>

>「最近どうしてる?なんか活躍してるって聞いて」

>

>活躍していない。

>でも「まあまあやってるよ」と返した。

>

>誰から聞いたのか聞こうとして、やめた。

>なんか聞くのが怖かった。




>Day30

>

>一ヶ月。

>

>名刺入れを新しくした。

>前の名刺入れは安物だった。

>新しいのは少し高い。

>

>似合っていると思う。

>前の自分には似合わなかったと思う。

>

>……前の自分って何だろう。

>

>まあいいか。




>Day45

>

>戸籍の確認が必要な手続きをした。

>

>書類を見た。

>生年月日が合っていた。

>名前が合っていた。

>住所が合っていた。

>

>出身地が、違った。

>

>俺の出身地は埼玉だ。

>書類には「東京」と書いてあった。

>

>役所に確認した。

>「こちらのデータでは東京都出身となっています」と言われた。

>

>埼玉だと言った。

>「訂正が必要な場合は——」と言われた。

>

>訂正手続きをしようとして、やめた。

>

>東京出身でもいいかな、と思った。




>Day60

>

>二ヶ月。

>

>会社での評価が変わった。

>人事考課で「リーダー候補」と書かれていた。

>

>去年の評価は「可もなく不可もなく」だった。

>

>うれしいと思った。

>

>……去年の評価、本当にそうだったっけ。

>

>記憶がぼんやりしている。

>まあいいか。




>Day75

>

>中学の同窓会の案内が来た。

>

>出席しようとして、止まった。

>

>中学の記憶が、薄い。

>友達の名前が出てこない。

>どのクラスだったか出てこない。

>

>でも出席リストに名前があった。

>「山田(中学時代の友人)」と書いてあった。

>

>山田。

>

>山田という名前に覚えがない。

>

>でも俺の中学の友達だったらしい。

>

>行くべきかどうかわからなかった。

>行かなかった。




>Day90

>

>三ヶ月。

>

>実家に電話した。

>母が出た。

>

>話した。いつも通りだった。

>

>電話を切った後、気づいた。

>

>母の声が、少し違った気がした。

>違ったというより——

>「お母さん」という実感が、薄かった。

>

>声を聞いている間、「お母さんだ」という認識はあった。

>でも「懐かしい」という感覚が、なかった。

>

>生まれてからずっと知っている声なのに。

>

>……生まれてからずっと知っているんだろうか。

>

>当然だ。

>当然なのに、なぜ確認したくなるんだろう。




>Day105

>

>鏡を見た。

>

>顔が整っている気がした。

>前はこんなに整っていなかった気がした。

>

>でも「前」がどんな顔だったか、思い出せない。

>

>写真を探した。

>スマートフォンの写真が、三ヶ月前から始まっていた。

>

>それ以前の写真がなかった。

>

>クラウドのバックアップを確認した。

>三ヶ月前から始まっていた。

>

>おかしいと思った。

>

>でも今の顔は悪くない。

>今の自分は悪くない。

>

>まあいいか。




>Day120

>

>四ヶ月。

>

>友人のBから連絡が来た。

>「最近どうした?なんか変わった?」

>

>「変わってないよ」と返した。

>

>「いや、なんか……前と違う気がして。

>うまく言えないけど、なんか別の人みたいで」

>

>「気のせいだよ」と返した。

>

>気のせいじゃないかもしれない、と思った。

>

>でも言わなかった。

>

>言ったら、何かが崩れる気がした。




>Day135

>

>Bからまた連絡が来た。

>

>「昨日さ、昔の写真見てたら、お前が写ってるの見つけたんだけど」

>

>「どんな写真?」と返した。

>

>「大学の時の。お前、こんな顔だったっけ?なんか全然違くて」

>

>写真を送ってもらった。

>

>見た。

>

>知らない顔だった。

>

>でも名前が書いてあった。俺の名前が。

>

>「これ俺かな?似てないね」と返した。

>

>「だよね!別人みたい」とBが返した。

>

>別人だった。

>

>でも言わなかった。




>Day150

>

>五ヶ月。

>

>今日、自分の名前を書こうとした。

>

>書けた。

>

>名前は書けた。

>

>でも書きながら、この名前が「自分の名前」だという感覚が——

>

>薄かった。

>

>記号だった。

>正しい記号だとわかっている。

>でも「自分」という感覚と繋がっていなかった。

>

>ペンを置いた。

>

>Bに電話した。

>出た。

>「どうした?」と言った。

>

>何も言えなかった。

>

>「なんか、自分が誰かわからなくなってきた」と言った。

>

>Bが少し黙った。

>

>「お前、最近絶対おかしいよ。会えるか?」と言った。

>

>「うん」と言った。




>Day151

>

>Bに会った。

>

>カフェで一時間話した。

>

>Bが言った。

>「お前さ、三ヶ月くらい前から、なんか変わったんだよ。

>顔も違うし、話し方も違うし、なんか……お前じゃない感じがして。

>でも名前はお前だし、連絡先もお前だし、俺の記憶にもお前として入ってるし。

>でもなんか、お前じゃない」

>

>俺は何も言えなかった。

>

>Bが言った。

>「お前、何かした?」

>

>バーガーを食べたと言った。

>

>Bが「それだ」と言った。

>

>「それがなんなのかはわからないけど、それだと思う」

>

>俺は少し考えた。

>

>「戻れると思うか?」と聞いた。

>

>Bが少し黙った。

>

>「戻るって、どこに?」と言った。

>

>俺は答えられなかった。

>

>どこに戻ればいいか、わからなかった。

>前の自分がどんな自分だったか、もう思い出せなかったから。




>Day152(最後の投稿)

>

>昨日、Bに会った。

>

>話した。

>

>話しながら、少し思い出した。

>

>Bと初めて話した日のこと。

>

>大学の入学式だった。

>どちらも知り合いがいなくて、隣に座っていた。

>Bが先に話しかけた。

>「出身どこ?」と聞いた。

>「埼玉」と答えた。

>

>埼玉だった。

>やっぱり埼玉だった。

>

>俺は埼玉出身だった。

>整っていない顔をしていた。

>成績は中の下だった。

>友人は少なかった。

>

>それが俺だった。

>

>思い出したら、泣いた。

>

>なんで泣くかわかった。

>

>それが俺だったから。

>それが俺だったのに、なくなっていたから。

>

>Bが「どうした」と言った。

>

>「思い出した」と言った。

>

>「何を?」

>

>「俺のこと」

>

>Bが少し笑った。

>

>「遅い」と言った。




 投稿はここで終わっている。




◆第三層 波及


▼クーポンの誤送信


 男だけではなかった。


 同じクーポンが、全人類のデバイスに誤送信された日があった。




>M社内部記録:PR2Ω22

>

>配信ミスが発生した。

>

>対象:全人類

>配信物:「パラレル・リライト・バーガー」無料クーポン

>

>担当者が青ざめた。

>

>「取り消せますか?」

>「取り消せません。既読がついています」

>

>「何人が既読をつけましたか?」

>「全員です」

>

>「全員が見たということですか?」

>「全員が見ました」

>

>「何人が使いましたか?」

>しばらく沈黙。

>

>「……現在カウント中です。増えています」




▼一週間後


 世界が、少しずつ変わった。


 静かに、少しずつ。


 誰もが「より良い自分」になっていた。


 誰もが、前の自分を忘れていた。


 誰もが「最適化された過去」を持っていた。


 誰もが「後悔のない人生」を歩んでいた。




>社会調査記録:PR2Ω41

>

>世界から「後悔」が消えた。

>

>誰も後悔していない。

>誰も「あの時こうすれば」と言わない。

>誰も「失敗した」と思わない。

>

>最適化された過去があるから。

>

>同時に——

>

>世界から「懐かしい」が消えた。

>

>懐かしさは、変わったことへの感情だ。

>変わる前と後が、両方あるから生まれる。

>変わる前を覚えていないと、生まれない。

>

>誰も変わる前を覚えていないから、

>誰も懐かしいと思わない。

>

>世界から「再会」が消えた。

>

>再会は、離れていた間があるから生まれる。

>離れていた記憶が最適化されると、

>会っていなかった間が消える。

>消えると、再会が「初めて会う」になる。

>

>誰も再会しない。

>誰も「久しぶり」と言わない。

>ただ「はじめまして」だけがある。




▼一ヶ月後


 世界から「個人の歴史」が消えた。


 全員が最適化された。


 全員が「最高の自分」になった。


 全員が互いの「最高の過去」と矛盾し始めた。




>因果律観測記録:PR2Ω55

>

>矛盾が発生した。

>

>Aさんの最適化された過去では、

>「大学でBさんと親友だった」という記録がある。

>

>Bさんの最適化された過去では、

>「大学でCさんと親友だった」という記録がある。

>

>CさんはAさんもBさんも知らない。

>

>三者の過去が、論理的に成立しない。

>

>この矛盾が、全人類規模で発生した。

>

>全員の「最適な過去」が、互いに食い違った。

>

>時間の流れが、虹色のヘドロになった。

>因果が溶けた。

>歴史が固まれなくなった。

>

>世界が、停止した。




◆第四層 圧縮


 バーディが来た。


 M社からの圧縮指令を確認した。




>圧縮指令:PR2Ω∅

>

>発動条件:

>対象世界線において、

>因果律が完全停止した時点で

>圧縮処理を開始する。

>

>ただし——

>例外として、いずれかの人間が

>「最適化される前の自分」を

>一つでも思い出した場合、

>その人間の分は除外する。




 バーディは世界を見渡した。


 全員が最適化されていた。


 全員が後悔のない顔をしていた。


 全員が懐かしさのない目をしていた。


 「最適化される前の自分を思い出した人間」を探した。




 一人、見つかった。


 男だった。


 百五十一日目に、Bと話した男だった。


「思い出した」と言った男だった。


「俺のこと」と言った男だった。


 埼玉だったことを思い出した男だった。


 整っていない顔をしていたことを思い出した男だった。


 成績が中の下だったことを思い出した男だった。


 泣いた男だった。




 バーディは男の分を除外した。


 残りをプレスした。




 世界が収束した。


 全員の「最適化された過去」が、全員の「後悔のない人生」が、全員の「最高の自分」が——一点に集まった。


 パティになった。


 パステルカラーに発光する、完璧な形のパティが、一枚。


 美しかった。


 でも、においがしなかった。




>回収記録:PR2Ω∅

>

>圧縮処理:完了。

>

>パティ品質:外観は最高評価。

>     しかし、風味がない。

>     においがしない。

>     食べても味がしない可能性がある。

>

>担当:バーディ

>

>備考:男の分を除外した。

>   n次元の別区画に保管する。

>

>   男は今も、Bと話しているらしい。

>

>   「遅い」とBが言ったらしい。

>   男が笑ったらしい。

>

>   最適化される前の笑い方で、笑ったらしい。

>

>   記録しておく。

>   規定外だが、記録しておく。




◆製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場。


「PR2Ω∅、搬入。事象再編型、完熟。外観最高。風味なし」


「お疲れ様です」


「風味なしでも出荷しますか?」


「します」


「味がしないバーガーでも?」


「します。見た目が完璧なので」


 担当者が少し考えた。


「……おいしくないバーガーを出荷するんですか?」


「最適化されているので、おいしいはずです」


「でも風味がないんですよね?」


「外観は完璧です」


 担当者はそれ以上言わなかった。




 11次元膜宇宙のバンズが選ばれた。nEXEのソースが塗られた。パステルカラーに発光するパティが挟まれた。


 包みに巻かれた。


《パラレル・リライト・バーガー》

別称:「最適化される前のにおいがしない味」


「出荷先は?」


 バーディが少し間を置いた。


「『より良い自分になりたい』と思っている人間がいる場所なら、どこでも」


 また少し間があった。


「——それはどこにでもある」


 トレイに乗せられた。


 パステルカラーに輝いていた。


 においがしなかった。




◆補遺


 この記録を読んでいるあなたへ。


 最近、懐かしいと思ったことがあるか。


 思い出して、少し恥ずかしくなるような過去があるか。


 あの時こうすれば良かった、という後悔があるか。




 あるなら、大丈夫だ。


 後悔できるということは、前の自分を覚えているということだ。


 覚えているということは、まだいるということだ。




 男は埼玉出身だった。


 成績は中の下だった。


 友人は少なかった。


 それが男だった。


 それを思い出せたから、男はまだいた。




 あなたの、最適化される前のことを——


 一つでいいから、覚えていてほしい。


 恥ずかしくても。


 後悔していても。


 それがあなただから。




〔世界線PR2Ω∅ 完食記録——了〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウム店頭にて提供中です〕

〔外観は完璧です〕

〔においはしません〕

〔I'mlovin'it.〕


メニュー名:パラレル・リライト・バーガー

キャッチコピー:「さあ、最高だったはずの昨日を召し上がれ。今のあなたは、もう『誰』でもない。


概要

本個体は、摂取者の存在確率を強制的に再演算し、因果律の鎖をパステルカラーの電子ノイズで上書きする「事象再編型概念装置」です。

バンズ:11次元膜宇宙プランクブレーンの圧搾メンブレン。

セサミのように見えるのは微細な特異点であり、触れるたびに「選ばなかった選択肢」の悲鳴が甘いバニラの香りと共に脳を直接揺さぶります。

パティ:論理文明の死骸コズミック・パテ

高度な数学的真理に基づき滅亡した文明の全記録を、ミンチ状に粉砕して成形。咀嚼の衝撃で因果律が液状化し、喉を通るたびに「歴史の重み」が物理的な質量として胃壁を侵食します。

ソース:自律型捕食OS「n-EXE」のドリップ。

現実を書き換える実行コードそのもの。摂取者の意識をM社の基幹サーバーへ接続し、人格を「最適化」という名のスクラップ&ビルドに処します。


実験記録/摂取効果

一口目:摂取者の視界が極彩色のグリッチに覆われます。周囲の人間は摂取者の顔を「10年以上の付き合いがある親友」や「憧れの英雄」として認識し始め、戸籍やSNSのログがリアルタイムで発火・再構築されます。

完食後:摂取者は「成功した全人生」の統合体へと昇華。物理的肉体はパステルカラーの電脳雲クラウドへと霧散し、100以上の並列意識を持つ「高効率な演算資源」に変質します。そこには「後悔」を抱くための「個」の魂は残されていません。


収容違反記録(世界はどう滅んだか)

ある世界線において、このバーガーの無料クーポンが全人類のデバイスに誤送信されました。

全人類が「より良い自分」を求めて一斉に摂取を開始した結果、世界線は互いの「最適な過去」を奪い合う矛盾の嵐に突入。因果の激突により時間の流れは虹色のヘドロと化して停止しました。

現在、その世界線は「M社第4工場のバックアップ用ストレージ」として、終わりのない幸福な最適化ループを繰り返すだけの、死んだデータ領域として保管されています。


グリマス博士の提言

「人は誰しも、過去という名の不味いスープを飲み干して生きている。我々が提供するのは、そのスープを極上のイチゴシェイクに書き換える慈悲だよ。

……おや、顔色が悪いね?大丈夫。君がこのバーガーを完食する頃には、君は『最初から顔色の良い健康なエリート』としてこの世に存在していたことになる。

『自己喪失という名の救済』こそが、最高のスパイスなのだよ。」


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