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《アルミ缶の上にある「未完」バーガー》


——世界線AMΩ∅:完食記録——




◆第一層 出現


 アルミ缶の上に、みかんが乗っていた。


 それだけだった。


 公民館のロビーの、隅のテーブルの上だった。


 アルミ缶は普通のアルミ缶だった。炭酸飲料の空き缶。つぶれていない。中身は空。


 みかんは普通のみかんだった。色はオレンジ。皮がついている。大きさは普通。


 アルミ缶の上に、みかんが乗っていた。


 誰が置いたか、わからなかった。いつから置いてあるか、わからなかった。なぜそこにあるか、わからなかった。


 それだけだった。


 それだけのはずだった。




 公民館のスタッフが、M社の回収担当者に言った。


「あの、これ、食材に使いますか……?」


「使います」


「どうやって?」


「バーガーにします」


「……みかんとアルミ缶を?」


「はい」


 スタッフは少し考えた。


「……アルミ缶も食べるんですか」


「食用加工します」


「なるほど」


 スタッフはよくわかっていなかったが、頷いた。




◆第二層 なぜそこにあるのか


▼調査記録




>調査記録:AM001

>

>公民館スタッフへの聞き取り。

>

>Q:誰が置きましたか?

>A:わかりません。

>

>Q:いつから置いてありますか?

>A:三週間前には気づいていました。

>  でもそれ以前からあったかもしれません。

>

>Q:なぜ取らなかったのですか?

>A:誰かのものかもしれないし。

>  でも誰も取りに来ないし。

>  みかんだから腐るかもしれないし。

>  でも三週間経っても腐らないし。

>  勝手に捨てるのも悪い気がして。

>

>Q:腐っていないんですか?

>A:……腐っていないんです。

>  なんか、いつ見てもみずみずしいんです。

>

>Q:それは異常では?

>A:……そう言われると、そうかもしれないですね。




>調査記録:AM002(翌日)

>

>みかんを詳しく調べた。

>

>糖度:普通。重さ:普通。皮の厚さ:普通。

>腐敗度:ゼロ。三週間経過しているにもかかわらず。

>

>アルミ缶を詳しく調べた。

>

>普通のアルミ缶。中身:空。変形:なし。

>

>みかんはアルミ缶の上に置かれているだけだった。

>接着されていない。固定されていない。

>ただ、乗っていた。

>

>風があったので揺らしてみた。

>みかんは落ちなかった。

>

>強く揺らした。

>みかんは落ちなかった。

>

>横に傾けた。

>みかんは落ちなかった。

>

>アルミ缶を逆さにした。

>みかんは「上」にあり続けた。

>重力の下向きに落ちず、缶の上面の方向に固定されていた。

>

>調査担当者メモ:

>「上」がずれている気がする。




◆第三層 摂食実験


▼被験者の記録


 被験者コードネーム〈Unfinished〉。


 職業:公民館清掃スタッフ。


 食べた理由:「みかんがもったいないと思って」




>実験記録:AM011

>

>摂食開始。

>

>一口目(みかんの皮を剥いて、一房):

>被験者が「おいしい」と言った。

>普通のみかんの味だった。

>

>二口目:

>被験者が「……?」と言った。

>「なんか、アルミ缶の上にあるみかん、って頭の中でずっとなってます」

>「どういうことですか」

>「なんか、それしか考えられなくて」

>

>三口目:

>被験者が「アルミ缶の上にあるみかん……」と呟いた。

>「アルミ……かんの……うえに……」

>

>四口目(みかん一房と、アルミ缶バンズを一口):

>被験者の発言が二語に限定され始めた。

>「アルミ……」「みかん……」

>

>完食後:

>被験者の体がアルミ缶状に変質し始めた。

>頭頂部にみかんが出現した。

>みかんは頭に固定されて落ちなかった。

>被験者が何かを言おうとした。

>「アル……ミかん……」とだけ言った。

>そのまま静止した。




>実験記録・補足

>

>静止した被験者の周囲で、

>「アルミ缶の上にあるみかん」というフレーズが

>空気中に定着し始めた。

>

>近くにいた調査員Bが呟いた。

>「アルミ缶の上にあるみかん……」

>

>調査員Bの体がアルミ缶状に変質し始めた。

>

>調査員C(別室から声で確認):

>「何があったんですか?」

>

>担当者:「アルミ缶の上にあるみかんが——」

>

>調査員Cの変質を確認。

>

>担当者は以降、フレーズを発声しないことにした。

>報告書にも書かないことにした。

>

>——この報告書に書いてしまっているが、

>読んでいる方は今どういう状態だろうか。




◆第四層 感染


▼フレーズの拡散


 担当者は報告書を提出した。


 「アルミ缶の上にあるみかん」とは書かなかった。


 「例の案件」と書いた。


 上司が読んだ。


「例の案件って何ですか?」


「アルミ缶の上にある——」


 上司が変質した。




 M社内部で感染が広がった。


 「アルミ缶の上にあるみかん」というフレーズを聞いた者から順に変質した。


 社内放送で注意喚起しようとした担当者がいた。


「皆様に注意事項をお伝えします。アルミ缶の上にある——」


 社内全員が変質した。




▼世界への流出


 M社の社員が外出していた。


 電話で同僚と話していた。


「ねえ、今日の案件聞いた?アルミ缶の上にあるみかんのやつ」


 電話の向こうが変質した。


 近くで聞いていた通行人が変質した。


 近くのカフェに入っていた客が変質した。


 カフェの店員が変質した。


 店内のスピーカーから流れていたラジオが偶然「アルミ缶の上にあるみかん」を言った。


 ラジオを聴いていた全員が変質した。


 ラジオ局のアナウンサーが変質した。


 放送が止まらなかった。


 アナウンサーは変質しながらも言い続けた。


「アルミ……かん……うえ……みかん……」


 全国放送だった。




>都市調査記録:AMΩ33

>

>街に、アルミ缶が増えた。

>

>人がいた場所に、アルミ缶が立っていた。

>それぞれの頭頂部に、みかんが乗っていた。

>みかんは落ちなかった。

>

>アルミ缶の上にみかんが乗ったものが、

>無数に並んでいた。

>

>その上にまた何かが乗っていた。

>

>よく見ると——

>みかんの上に、アルミ缶が乗っていた。

>そのアルミ缶の上に、みかんが乗っていた。

>そのみかんの上に、アルミ缶が乗っていた。

>

>無限に積み重なっていた。

>

>上に伸びていた。

>どこまでも上に伸びていた。

>成層圏を越えていた。

>宇宙空間に出ていた。

>それでも伸びていた。




▼宇宙規模の変質




>宇宙観測記録:AMΩ55

>

>太陽が変質した。

>

>太陽が巨大なみかんになった。

>オレンジ色だった。

>光を放っていた。

>普通のみかんの光ではなかったが、光っていた。

>

>地球が変質した。

>

>地球が巨大なアルミ缶になった。

>銀色だった。

>太陽みかんの上に——

>正確には「太陽みかんに対して上の位置に」あった。

>

>つまり——

>

>アルミ缶(地球)の上に、みかん(太陽)があった。

>みかん(太陽)の上に、別のアルミ缶が乗り始めた。

>

>「上」の方向が固定されなくなった。

>アルミ缶の上はみかんで、

>みかんの上はアルミ缶で、

>そのアルミ缶の上はみかんで——

>

>宇宙全体が「アルミ缶の上にあるみかんの上にあるアルミ缶」の

>無限積層構造になった。




>因果律観測記録:AMΩ77

>

>「上」という概念が崩壊した。

>

>上がない。

>正確には——どこもかしこも「上」になった。

>

>アルミ缶の上にみかんがある。

>みかんの上にアルミ缶がある。

>アルミ缶の上にみかんがある。

>みかんの上にアルミ缶がある。

>

>ループが完成した。

>

>「完結」という概念が消えた。

>

>上に行くほど、また上がある。

>下に行くほど、また下がある。

>終わりがない。

>

>駄洒落が物理法則になった瞬間だった。

>「みかん」が「未完」と等価になった瞬間だった。

>

>世界は完成することなく、

>永遠に「アルミ缶の上にあるみかん」であり続けた。




◆第五層 未完のまま


▼最終観測記録




>最終報告:AMΩ∅

>

>この世界線に「完結」はない。

>

>全物質がアルミ缶かみかんに変質した。

>アルミ缶の上にみかんが乗っている。

>みかんの上にアルミ缶が乗っている。

>どこまでも積み重なっている。

>どこまでも続いている。

>

>静止している。

>崩壊の途中のまま、静止している。

>

>音だけがする。

>

>アルミ缶が風に揺れる音。

>みかんの皮が乾く音。

>どこまでも続く、金属とオレンジの、

>終わらない輪唱カノン

>

>グリマス博士が視察に来た。

>しばらく見ていた。

>「……なるほど」と言った。

>それだけ言った。

>帰った。




◆第六層 圧縮の問題


 バーディが来た。


 M社からの圧縮指令を確認した。




>圧縮指令:AMΩ∅

>

>発動条件:

>対象世界線において、

>全物質の変質が完了した時点で

>圧縮処理を開始する。




 バーディはプレスをかけようとした。


 止まった。




>現地報告:AMΩ∅(バーディ)

>

>プレスをかけようとした。

>

>できなかった。

>

>理由:世界が「未完」のまま静止しているため、

>「完了した」という判定が下せない。

>

>変質は続いている。

>積層は続いている。

>終わっていない。

>

>プレスの条件は「全物質の変質が完了した時点」だが——

>この世界線において「完了」という概念が消えている。

>未完のまま変質し続けている。

>

>完了しないので、圧縮できない。




 M社に上申した。


 M社から回答が来た。




>M社本部・回答:AMΩ∅

>

>例外処理を適用する。

>

>条件変更:

>「対象世界線の積層が宇宙の外縁に達した時点で圧縮処理を開始する」

>

>——M社・因果律管理部門




 バーディは待った。


 積層が宇宙の外縁に達するのを待った。


 長かった。


 アルミ缶とみかんが積み重なり続けた。


 宇宙の外縁に達した。


 バーディはプレスをかけた。




 世界が収束した。


 無限の積層が、全ての「アルミ缶の上にあるみかん」が、全ての「未完」が——一点に集まった。


 パティになった。


 食べても「飲み込む」という結果に到達できない、永遠に咀嚼中のパティが、一枚。


 噛み続けている。


 終わらない。




>回収記録:AMΩ∅

>

>圧縮処理:完了(条件変更後)。

>

>パティ状態:咀嚼中。終わらない。

>品質:普通のみかんの味がする。

>   でも飲み込めない。

>

>担当:バーディ

>

>備考:パティを工場に持ち帰る際、

>   輸送中にパティの上にみかんが出現した。

>   みかんの上にアルミ缶が出現した。

>   アルミ缶の上にみかんが出現した。

>

>   輸送を中断した。

>

>   現在、輸送方法を検討中。

>   検討が終わっていない。




◆製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場。


「AMΩ∅、搬入……予定。現在輸送中断中」


「お疲れ様です」


「製造はいつ始まりますか?」


「輸送が完了したら」


「輸送はいつ完了しますか?」


「パティの上の積層が止まったら」


「積層はいつ止まりますか?」


「……」




 三日間、担当者が検討した。


 四日目、秩序ちゃんが通りかかった。


「何をしているんですか」


「パティの上の積層が止まらなくて輸送できないんです」


 秩序ちゃんはパティを見た。


 アルミ缶とみかんが上に無限に積み重なっていた。


「……始末書を書けば止まりますか?」


「試していません」


 秩序ちゃんは始末書を一枚書いた。


 積層の頂点に乗せた。


 止まった。


「なぜですか」


「書類が一番上にあれば、その上には何も乗せられません。規則ですから」


 担当者は何も言わなかった。




 パティがコンベアに乗った。


 ナノメートル単位で積層された食用アルミ箔バンズが選ばれた。常に微弱な金属音を放ちながら回転していた。


 オレンジ・エントロピーソースが塗られた。


 未完のパティが挟まれた——咀嚼しても飲み込めない、永遠に過程のままのパティが。


 包みに巻かれた。


《アルミ缶の上にある「未完」バーガー》

別称:「アルミ缶の上にあるみかんの上にあるアルミ缶の上にあるみかんの上にあるアルミ缶の上にあるみかんの上にあるアルミ缶の上にあるみかんの上にあるアルミ缶の上にあるみかんの……」


「出荷先は?」


 バーディが少し間を置いた。


「駄洒落を言ったことがある人間がいる場所なら、どこでも」


 また少し間があった。


「——それはどこにでもある」


 トレイに乗せられた。


 トレイの上にみかんが出現した。


 バーディがそのみかんの上に始末書を一枚乗せた。


 止まった。


「……ありがとうございます」


「次回から始末書を常備してください」


 秩序ちゃんは去った。




◆補遺


 この記録を読んでいるあなたへ。


 頭の上を確認してほしい。


 何か乗っていないか。




 乗っていないなら、大丈夫だ。


 乗っていたとしても——


 みかんなら、食べればいい。


 おいしいから。




 ただし。


 食べ終わったら、皮を缶の中に捨ててほしい。


 缶の「上」には乗せないでほしい。


 絶対に。




〔世界線AMΩ∅ 完食記録——未完〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウムへの輸送中です〕

〔店頭に並ぶ予定は、未定です〕

〔I'mlovin'it.〕

〔アルミ缶の上にある〕

〔I'mlovin'it.〕

〔みかんの上にある〕

〔I'mlovin'it.〕

〔アルミ缶の上にある〕

〔……〕


メニュー名:アルミ缶の上にある「未完みかん」バーガー

**キャッチコピー:** 「重なる音、響く皮。完全を拒絶する、果てなき輪唱カノンを召し上がれ☆」


概要

本個体は、古典的な言語遊戯(駄洒落)が事象地平付近で高密度に圧縮され、言語的因果律が「物理的な質量」を伴って固定化された概念装置です。

* **バンズ:** **高硬度アルミニウム合金(食用加工済)**。

ナノメートル単位で積層されたアルミ箔が、常に微弱な金属音を放ちながら回転しています。噛むたびに被験者の歯茎と共振し、思考を金属的なノイズで塗りつぶします。

* **パティ:** **「未完成(Unfinished)」の概念を練り込んだ有機記憶体**。

調理が終わることのない、常に生肉の状態と炭化の状態を量子的に重ね合わせた「過程」そのものの肉。咀嚼しても「飲み込む」という結果に到達することができません。

* **ソース:** **柑橘系精神汚染流体「オレンジ・エントロピー」**。

瑞々しいミカンの香りを放ちますが、その実態は「上」という方位概念を全方位に拡張する液体。摂取した者の三半規管を破壊し、宇宙の全方位を「アルミバンズの上」へと再定義します。


実験記録 / 摂取効果

* **一口目:** 被験者は強烈なデジャヴに襲われます。「アルミ缶の上にあるみかん」というフレーズが脳内で毎秒 10^{12} 回再生され、言語機能が崩壊。発せられる言葉はすべて「アルミ…」「みかん…」の二語に限定されます。

* **完食後:** 被験者の肉体がアルミ缶へと置換されます。しかし、その頭頂部には常に「収穫されることのない未完のミカン」が実り続け、重力無視の状態でその「上」に固定されます。被験者は死ぬことも完成することもなく、永遠に駄洒落の一部として展示され続けます。


収容違反記録(世界はどう滅んだか)

当初、このバーガーは「低コストな娯楽」としてnの次元に投下されました。しかし、一人の従業員が「アルミ缶の上にあるみかん」というフレーズをスピーカーで放送した瞬間、**連鎖的共鳴現象(駄洒落パンデミック)**が発生。

この世界の全物質が「アルミ缶」か「みかん」のどちらかに強制的に再構成されました。高層ビルは巨大なアルミ缶へ、太陽は巨大なミカンへと変質。因果律の「上」と「下」がループし、世界は**「アルミ缶の上にあるみかんの上にあるアルミ缶」**という無限の積層構造に飲み込まれました。現在、この次元には「完結」という概念が存在せず、崩壊の途中のまま永遠に静止しています。


グリマス博士の提言

「フフ……滑稽だね。人類は言葉の響きに遊びを求めたが、言葉そのものに意思が宿った時、遊びは法則へと昇格する。

完成された美食なんてつまらないだろう? 終わりが来ない、満たされない、飲み込めない。

この**『未完』の地獄**こそが、味覚の最果てにおける最高のスパイスなのだよ。

……おや、君の頭の上にも、小さなオレンジ色の果実が見える気がするね?」


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