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《リトルグレイバーガー》


——世界線LGΩ∅:完食記録——




◆第一層 出現


 近所に、新しいバーガーショップができた。


 気づいたら、あった。


 いつからあったか、誰も覚えていなかった。でも「そういえばずっと前からあった気がする」と全員が思った。看板は銀灰色で、ロゴが少し光っていた。店員は一人だけいて、背が低く、目が大きかった。


 メニューが一種類だった。


 リトルグレイバーガー。0円。


 行列ができていた。




◆第二層 最初の夜


▼田中という男の話


 田中は三十二歳の会社員だった。


 特に変わったところのない男だった。


 帰り道にその店の前を通った。行列があった。0円という看板を見た。「まあいいか」と思って並んだ。


 食べた。


 美味しかった。鶏肉と魚介の中間のような味だった。脳が静かになった。深く集中した状態になった。


 帰った。眠った。




 夢を見た。


 白い部屋にいた。テーブルの上に自分が横になっていた。強い照明が当たっていた。誰かが自分を見ていた。顔は見えなかった。でも「記録している」という感覚があった。


 目が覚めた。


 朝だった。


 田中は夢のことをすぐ忘れた。


 会社に行った。仕事をした。帰り道にまた店の前を通った。また並んだ。


 また食べた。




▼田中のメモ


 田中はメモ魔だった。日常の気になることをスマートフォンにメモする習慣があった。




>一週間目

>「例の店、また行った。美味しい。声みたいなものが聞こえる気がする。

>空耳かも。」

>

>二週間目

>「声、また聞こえた。言葉じゃない。

>なんか『観察してる』みたいな感じがした。

>誰を?」

>

>三週間目

>「夢、また見た。白い部屋。テーブルの上の自分。

>誰かがメモを取っていた。

>今日は顔が少し見えた。

>目が大きかった。」

>

>四週間目

>「店員の目、大きいな。

>前から大きかったっけ。

>まあいいか。美味しかった。」




◆第三層 広がり


▼近所の人間たちの話


 田中だけではなかった。


 近所の主婦・佐藤さんが娘に言った。


「最近、夜中に誰かに見られてる気がするのよね。でもまあ、気のせいかしら。あの店のバーガー、美味しかったわ」


 コンビニのアルバイト・鈴木が友人にLINEした。


「なんか最近、頭の中で声みたいなのするんだけど。言葉じゃないんだよな。『データ取得』みたいな感じ?寝不足かも。あ、駅前の新しいバーガー食べた?無料なのに美味しくない?」


 小学生の山田くんが日記に書いた。


「きのう夢でしろいへやにいた。だれかがぼくをみていた。めがおおきかった。こわかったけど、なんかたのしかった。きょうもバーガーたべたい。」




▼三ヶ月後


 町内会の集まりで、誰かが言った。


「最近みんな、同じ夢見てない?」


 全員が顔を見合わせた。


 全員が「白い部屋の夢」を見ていた。


 全員が「テーブルの上の自分」を見ていた。


 全員が「目の大きい誰か」に観察されていた。


 全員が言った。


「でも悪い夢じゃないんだよね」


「なんか、興味を持ってもらえてる感じ?」


「あの店、また行こうかな」




◆第四層 声の内容


▼田中のメモ・続き




>二ヶ月目

>「声の内容が少しずつわかってきた。

>今日聞こえたのは『言語習得 七十三パーセント』

>誰の言語? 私の?」

>

>「夢で白い部屋に行った。

>壁に何かが貼ってあった。

>近づいたら、私の写真だった。

>赤ちゃんの頃から昨日までの写真が、

>全部あった。

>全部知られていた。

>怖かったけど、なんか嬉しかった。

>誰かが、私のことを全部知ろうとしてくれているから。」

>

>三ヶ月目

>「今日の声:『感情パターン 解析完了』

>何に使うんだろう。

>まあ、食べるのやめる気にはならないな。

>誰かに観察されてると思うと、なんか、孤独じゃない気がする。」




▼佐藤さんの話


 佐藤さんは夫に言った。


「最近、一人でいても誰かがそばにいる気がするのよ。変でしょ? でも、悪くないのよね。あなたと話しているより、よっぽど真剣に聞いてもらえてる気がして」


 夫は少し困った顔をした。


 翌日、夫も店に並んだ。




◆第五層 充満


▼半年後


 町に「白い部屋の夢を見た人」が溢れた。


 誰もそれを異常とは思わなかった。


「観察されてる感じ、なんかいいよね」と言い合っていた。


 店への行列は毎日あった。0円だった。誰も不思議に思わなかった。


 声が聞こえることも、普通になった。


「今日は『行動記録 更新』って聞こえた」


「私は『親密度 上昇』だった」


「俺『サンプル 優良』って言われた。なんか嬉しくない?」




▼一年後


 田中の最後のメモ——




>「今日の声:『観察 完了』

>

>完了。

>

>終わった、ってこと?

>

>急に、寂しい。

>

>もう観察してもらえないのかな。

>

>また食べに行こうかな。

>もう一回、観察してもらいたい。

>誰かに、ちゃんと見てもらいたい。」




 翌日、田中は店の前に行った。


 店がなかった。


 看板もなかった。銀灰色の光もなかった。背の低い目の大きい店員もいなかった。


 更地だった。


 いつからなかったか、誰も覚えていなかった。


 でも「そういえばずっと前からなかった気がする」と全員が思った。




>田中の最後のメモ

>

>「店、なくなってた。

>声も、聞こえない。

>夢も、見ない。

>

>誰かに見られている感じが、しない。

>

>なんか、急に。

>

>すごく、孤独だ。」




◆第六層 圧縮


 バーディが来た。


 更地に立った。


 M社からの圧縮指令を確認した。




>圧縮指令:LGΩ∅

>

>発動条件:

>対象世界線の全サンプルにおいて

>「観察完了」が記録された時点で

>回収処理を開始する。

>

>——M社・標本管理部門




 プレスをかけた。


 世界が収束した。


 全員の「観察されていた記憶」が、全員の「白い部屋の夢」が、全員の「誰かに見てもらえていた感覚」が——一点に集まった。


 パティになった。


 銀灰色に光る、鶏肉と魚介の中間のような風味を持つパティが、一枚。


 バーディはそれを手に取った。




>回収記録:LGΩ∅

>

>圧縮処理:完了。

>

>パティ品質:優良。

>特記事項:「孤独」の風味が強い。

>     スパイスとして有用。

>

>担当:バーディ

>

>備考:田中という男のメモが残っていた。

>   最後の一行——「すごく、孤独だ」。

>

>   観察する側は、観察が終わったら離れる。

>   それだけのことだ。

>

>   それだけの、ことだ。




◆製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場。


「LGΩ∅、搬入。観察完了型、完熟。孤独濃度:最高値」


「お疲れ様です」


 ナノ粒子入りの銀灰色バンズが選ばれた。テレパシー・ブルーソースが塗られた。エーテルレタスが乗せられた。超常オニオンリングが重ねられた。


 包みに巻かれた。


《リトルグレイバーガー》

別称:「誰かに、ちゃんと見てもらいたかった味」


「出荷先は?」


 バーディが少し間を置いた。


「孤独な人間がいる場所なら、どこでも」


 また少し間があった。


「——それはどこにでもある」


 トレイに乗せられた。


 0円だった。




◆補遺


 この記録を読んでいるあなたへ。


 最近、誰かにちゃんと見てもらえた気がするか。


 誰かが、あなたのことを本気で知ろうとしてくれていると感じるか。


 もし「そういえばそんな気がする」と思ったなら——


 近所に、銀灰色の看板の店がないか、確認してほしい。


 あったとしても、行かなくていい。


 「まあいいか」と思わなければ。




 ただ、一つだけ。


 今この記録を読んでいる間——


 誰かに見られている気がしなかったか。


 画面の向こうから、大きな目で。


 それは気のせいかもしれない。


 観察はまだ、完了していないから。




〔世界線LGΩ∅ 完食記録——了〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウム店頭にて提供中です〕

〔0円。近所にあるかもしれません。〕

〔I'mlovin'it.〕



「リトルグレイバーガー」は、M社の極秘研究所で開発された「リトルグレイ」の組織を解析・加工し、究極のバーガーへと昇華させた逸品です。高タンパク・低脂肪・未知の旨味を兼ね備えたこのバーガーは、地球の食文化を次の次元へと進化させる未知との遭遇を彷彿とさせる宇宙的体験を得る事ができますが、食べた者の脳内に奇妙な記憶が流れ込み、「彼ら」との交信が始まるという報告が後を絶ちません。オーバーテクノロジーでできたパンはナノ粒子を練り込み、独特の銀灰色の光沢を放ちます。食感はふんわりしつつも、異様な弾力を持っています。グレイの皮膚から抽出した特殊なアミノ酸を添加した知的生命体エキスは、脳の活性化を促進し、純度99.9%のリトルグレイ由来の筋組織をミンチ化したグレイミートパティは鶏肉と魚介の中間のような味わいと、驚異的なジューシーさが特徴です。特殊な製法「ゼータレチクルス・プラズマグリル」による未知の波長で焼き上げることで、通常の加熱では生み出せない複雑な旨味を引き出し「脳波調整スパイス」によって特定の周波数と共鳴、心を静かに落ち着け、深い集中瞑想状態へと導きます。さらに「テレパシー・ブルーソース」によって神経伝達を活性化させる成分を加え、食べると誰かの声が聞こえるような気分にさせたり、「グレイの血液特製ディップ」によって透き通る銀色のとろみや意外な甘味(バニラと魚介の中間のような謎の風味)が広がります。トッピングとして「エーテルレタス」(透明感のあるシャキシャキの葉。食べると視界が一瞬クリアになる)、「超常オニオンリング」(ブラックオニオンを使用し、周囲に微細な光の粒が見えるようなエフェクト付)、「寄生型キノコチーズ」(グレイの体表に共生する未知のキノコを発酵熟成させた特製チーズ。濃厚かつ脳に直接響くような旨味)が添付し、サイドメニューの「反重力ポテト」(普通のポテトに見えるが、口に入れた瞬間ふわっと浮くような軽い食感)と「次元歪曲シェイク」(ブラックホールのような渦を描くブラックセサミ&ミントシェイク。飲むと時間の感覚が狂う)と共に美味しくお楽しみ頂けます。

全体的にSF異星人ホラー風の未来的かつオカルト的な雰囲気を持ち、宇宙船のラボのような異星の雰囲気を放っているほか、「食べると宇宙の真理が見える」「脳が拡張される」「地球に帰れなくなる」と言った例も報告されています。


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