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《イルミナティバーガー》


——世界線ILΩ∅:完食記録——




◆第一層 出現


 男は陰謀論者だった。


 四十四歳、フリーライター、独身。自室の壁一面に赤い糸と写真と新聞の切り抜き。十七年間、「世界の真実」を追いかけていた。


 イルミナティ。フリーメイソン。影の政府。13の血統。ピラミッドの目。新世界秩序。


 全部繋がっていると信じていた。


 ある朝、デスクの上に黒光りするバーガーがあった。どこから来たかわからなかった。包みに、目の紋章が刻まれていた。


 男は三秒見た。


 それから食べた。




◆第二層 第一の真実


▼摂食一時間後


 頭が冴えた。


 十七年間、断片的にしか掴めていなかったものが、全部繋がった。歴代の権力者の系譜。古代から続く血統の連鎖。金融機関の背後にある組織の構造。報道されない出来事の裏側。


 完成した、と思った。世界の真実の地図が。




>ノート記録:IL001

>

>全部わかった。

>世界は十三の血統によって支配されている。

>彼らは表の政治家でも経済人でもない。

>その背後にいる。常に背後にいる。

>私は今、全てを見通せる。

>体に目の紋章が浮かんでいる。左腕の内側に。

>これは証明だ。選ばれた証明だ。




▼摂食六時間後


 ノートを読み返すと、違和感があった。


 「全部わかった」と書いてあった。でも——


 十三の血統の名前を、書いていなかった。背後にいる者の具体的な顔を、書いていなかった。「全部繋がった」時の、その繋がりの内容を、書いていなかった。


 感覚はあった。確信はあった。


 中身が、なかった。


 男はもう一口、食べた。




◆第三層 深化と後退


▼一週間後


 男は毎日食べ続けた。


 食べるたびに「真実」が見えた。食べるたびに昨日より深かった。


 一日目:十三の血統。

 二日目:血統の背後の古代組織。

 三日目:古代組織の背後の、さらに古い存在。

 四日目:その存在の背後にある、人智を超えた構造。

 五日目:構造の背後にある、宇宙規模の意図。

 六日目:意図の背後にある、言語化できない何か。

 七日目——




>ノート記録:IL007

>

>今日わかったことを書こうとした。

>書けなかった。言語にならない。

>でも見えている。確かに見えている。

>全部の背後に、何かある。

>明日もう一口食べれば、書けるようになるかもしれない。




▼一ヶ月後


 男の壁が変わっていた。


 十七年間の赤い糸と写真と切り抜きが、全部剥がされていた。代わりに、自分が書いたノートが貼られていた。


 ノートの最後のページは白紙だった。


 男はその白紙の前に立って、見ていた。


「もう少しで全部わかる。あと一口で」




◆第四層 充満


▼半年後


 男のノートがSNSに上がった。三百万人がシェアした。


 理由——「もう少しで全部わかる」という感覚が、伝染したから。


 バーガーを探す人間が増えた。見つかった。あちこちにあった。


 食べた人間全員が「真実が見えた」と言った。食べた人間全員が翌日「もっと深い真実がある」と言った。食べた人間全員がその翌日「あと一口で全部わかる」と言った。




▼一年後


 学者、ジャーナリスト、政治家、経営者——「真実を知りたい」人間ほどバーガーを食べた。


 食べるほど「真実」が見えた。食べるほど言語化できなくなった。食べるほど白紙が増えた。




>都市調査記録:ILΩ41

>

>大学の研究室に入った。

>壁一面にノートが貼られていた。

>最初の数ページは読める。学術的な文章だった。

>中盤から文字が崩れる。後半は記号だけになる。

>最後は白紙だった。

>

>教授が言った。

>「もう少しで全部書ける。あと一口で」

>

>左腕の内側に、目の紋章が浮かんでいた。

>笑顔だった。幸福そうだった。




▼二年後


 世界から「答え」が消えた。


 消えた、というより——「もう少し先に答えがある」という感覚で全員が満たされた。


 答えを出すより「答えを追いかける」ことの方が気持ちよかった。


 答えが出てしまったら、追いかけるものがなくなる。


 だから答えは出なかった。


 出ないまま、全員が「もうすぐわかる」と言い続けた。




>最終調査報告:ILΩ∅

>

>本バーガーが与えるのは「答え」ではない。

>「あと一口で全部わかる」という感覚だ。

>

>その感覚は、摂食のたびに更新される。

>一口食べるたびに真実が一層深くなる。

>一層深くなるたびに言語化が難しくなる。

>難しくなるたびに、白紙が増える。

>

>最終的に全員が白紙の前に立つ。

>全員が笑顔で「もうすぐわかる」と言う。

>

>あと一口食べれば、わかるかもしれない。

>

>——報告者

>(左腕の内側に、目の紋章が浮かんでいる)




◆第五層 圧縮


 バーディが来た。


 街を歩いた。


 至るところで、人間が白紙のノートを見ていた。全員が「もうすぐわかる」という顔をしていた。幸福そうだった。


 バーディは回収基準を確認した。


 M社内部規定、条項114C——




>M社回収基準:条項114C

>

>対象世界線において、

>いずれかの摂食者が

>「わかった」と発言した時点で

>回収手続きを開始する。




 バーディは街を見渡した。


 全員が「もうすぐわかる」と言っていた。


 「わかった」と言った者は——いなかった。


 誰も「わかった」と言わなかった。


 永遠に「もうすぐわかる」と言い続けていたから。


 バーディは少し考えた。


 条項114Cは発動しない。


 「わかった」と言った者がいない限り、回収できない。


 この世界線では、永遠に「わかった」と言う者が出ない。


 つまり——


 バーディは報告書を書いた。




>回収記録:ILΩ∅ 第一報

>

>条項114Cの発動条件、未達。

>「わかった」発言者:ゼロ。

>

>回収不能。

>理由:全員が永遠に「もうすぐわかる」段階に留まっている。

>

>担当:バーディ

>備考:上申する。




 三日後、M社から返答が来た。




>M社本部・回収指令:ILΩ∅

>

>条項114C適用除外を承認。

>

>代替条項を適用する。

>

>条項114D:

>対象世界線において、いずれかの摂食者が

>「まあいいか」と発言した時点で回収手続きを開始する。

>

>——以上




 バーディは街に戻った。


 耳を澄ませた。


 五分後——


「……まあいいか」


 男だった。


 四十四歳、フリーライター、独身。十七年間追いかけてきた男だった。


 白紙のノートを眺めながら、つぶやいた。


「まあいいか。お腹すいたし」


 バーディはプレスをかけた。


 世界が収束した。


 全員の「もうすぐわかる」が、全員の白紙が、全員の目の紋章が——一点に集まった。


 パティになった。


 黒光りするパティが、一枚。


 持つと、妙に重かった。


 十七年分の「もうすぐわかる」が詰まっていたから、かもしれなかった。




◆第六層 製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場、第13ライン。


「ILΩ∅、搬入。真実渇望型、完熟。到達率:ゼロ。満足度:百パーセント」


「お疲れ様です」


 端末を操作した。コアがコンベアに乗った。


 悲鳴蒸留所から「新世界秩序ソース」が引き出された——謎めいた黒いソース。摂取者の思考を「真実の手前」に固定し続ける。


 プロビデンス・パンが選ばれた。表面に「すべてを見通す目」の刻印が浮かぶ黒光りするバンズ。パティが挟まれた。13階層熟成のソースが塗られた。ピラミッドレタスが乗せられた。フリーメイソンオニオンが重ねられた。封印のチーズが溶かされた。


 包みに巻かれた。目の紋章が刻まれた包みに。


「名称決定」


《イルミナティバーガー》

別称:「一口で、もうすぐ全部わかる」


「出荷先は?」


「どこでもいい」とバーディが言った。「『真実を知りたい』人間がいる場所なら、どこでも」


 少し間があった。


「——それはどこにでもある」


 トレイに乗せられた。


 黒光りするバーガーが、包まれた。




◆補遺


 この記録を読んでいるあなたへ。


 読み終えて、何かが「繋がった気がした」か。


 「もう少し読めば全部わかる気がした」か。


 もしそうなら——


 それは「真実が伝わった」からではない。


「あと一口で全部わかる」という感覚が伝染しただけだ。


 感染経路は、摂食だけではない。


「知りたい」という気持ちがあれば——読むだけで十分だ。




 最後に一つだけ確認してほしい。


 今、あなたは「わかった」と思っているか。


 それとも「もうすぐわかる」と思っているか。


 後者なら——


 まあ、大丈夫だ。


 条項114Dが発動するまでは。




〔世界線ILΩ∅ 完食記録——了〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウム店頭にて提供中です〕

〔食べると、真実が見えます〕

〔食べると、もっと深い真実が見えます〕

〔食べると〕

〔I'mlovin'it.〕



「イルミナティバーガー」は、長年にわたり世界を裏で操り支配してきたとされる秘密結社「イルミナティ」を食材としてM社の極秘の方法で加工した究極のバーガーです。食べた者は権力への渇望を抑えられず、やがて世界の真実を知ることになりますが、食後に不可解な「目」(フリーメイソン)の紋章が身体に浮かび上がるという報告がされています。バーガーの特徴としては以下のような事が挙げられます

「プロビデンス・パン」:表面に「すべてを見通す目」の刻印が浮かび上がる黒光りするパン。神秘のスパイスが配合され、噛むほどに強い権力への欲求が芽生える

「黄金比ブレッド」:建築・芸術・支配の根源ともいわれる黄金比に基づいて設計された完全なる美の形状

「イルミナティ・ミートパティ」:結社のメンバーのDNAを含んだ極秘の合成肉。歴代の権力者の記憶が宿っていると言われる

「13階層熟成」:13という神秘的な数字に基づき、13の工程を経て熟成された。食べると頭脳が冴え、陰謀の糸を操る感覚に包まれる

「影の政府スモーク」:長年、世界を陰から動かしてきた者たちの「秘密」を象徴するスモーキーな風味

「新世界秩序ソース」:謎めいた黒いソース。食べた者の思考を統一し、知らぬ間に真理へと導く作用があるとされる

「目覚めのゴールドマヨネーズ」:金粉を練り込んだ濃厚マヨネーズ。摂取すると「すべてを知りたくなる」衝動に駆られる

「ピラミッドレタス」:葉の形が幾何学的に整えられたレタス。食べると視界が一時的に広がり全てを透視する

「フリーメーソンオニオン」:輪切りにすると秘密の紋章が浮かび上がる特別なオニオン

「封印のチーズ」:何世代にもわたる秘伝のレシピで熟成されたチーズ。食べると古代から続く陰謀の全貌を知ることができる

「13の血統ポテト」:13の異なる品種のジャガイモをブレンドし、秘伝のスパイスで仕上げた。食べると歴史の裏側を認識する事ができる

「支配者のエリクサー」:特殊なハーブと未知の成分を調合したドリンク。飲むと「影の政府」による陰謀の存在を確信するようになる

他にも、「食べると世界がどう動いているかが理解できる」「権力者の思考をトレースできる」「秘密を知りすぎた者は消される…?」という噂も報告されています。全体的に神秘的で陰謀論的な黒光りする印象を与え、特徴的な「すべてを見通す目」のシンボルをはじめ威圧感と荘厳でダークで豪華な装飾の施された古代神殿や秘密結社のロッジの雰囲気を放っています。

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