↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
107/124

《十二時三分の花嫁バーガー》


この村では、結婚式は十二時ちょうどに終わる。


始まる時間は自由だ。

朝六時でもいい。

十一時五十分でもいい。


ただし十二時になったら、新郎新婦は必ず教会の外へ出る。


鐘が十二回鳴る前に。


「十三回鳴ったら?」


花嫁のリコが聞いた。


母はヴェールを直しながら答えた。


「鐘は十二回しか鳴らないわ」


「もし壊れたら」


「縁起でもない」


「壊れるでしょ。百八十年前の鐘だよ」


母は黙った。


その顔を見て、リコは気づいた。


誰も、十三回目を聞いたことがないのではない。


聞いた人が、いないのだ。


*


新郎のハルとは、小学校から一緒だった。


恋愛映画みたいな出会いはない。


給食のプリンを半分もらった。

自転車で転んだとき笑われた。

高校で一度別れた。

二年後、駅前で再会した。


結婚を決めた理由も、大したものではない。


「一緒にスーパー行っても疲れないから」


リコがそう言うと、ハルは少し傷ついた。


「もうちょっとあるだろ」


「冷凍食品の好みが同じ」


「下がった」


そんな二人だった。


式は十一時から始まった。


十一時五十分。

指輪交換。


十一時五十五分。

誓い。


十一時五十八分。

神父が急に早口になる。


「健やかなるときも病めるときも以下省略」


「省略していいんですか」


「時間がない」


参列者が立ち上がる。


全員、出口を見る。


ハルが小声で言った。


「逃げる準備みたいだな」


「結婚式で言う?」


十一時五十九分。


鐘が鳴った。


一回。


まだ正午ではない。


*


神父の顔色が変わった。


二回。

三回。


「外へ!」


参列者が走る。


椅子を倒す。

花を踏む。


リコはハルの手を掴んだ。


四回。

五回。


教会の扉まで十メートル。


六回。


扉が閉まった。


外からではない。


木が伸びた。


左右の扉が一本の巨大な樹木へ戻り、枝を天井へ広げた。


七回。


椅子の釘が抜ける。


板が枝になる。


祭壇の白い布が糸へほどけ、床を這う。


八回。


ステンドグラスの赤が液体になって落ちた。


青。

黄。

緑。


色だけが床に溜まる。


九回。


神父が叫んだ。


「誓うな!」


リコは振り返った。


「もう誓いましたけど!」


「最後まで言ってない!」


「省略したのそっちでしょ!」


十回。


ハルの左手から指輪が消えた。


金色の粒になり、祭壇へ戻っていく。


十一回。


リコのドレスが布へ戻った。


縫い目がほどける。


彼女は慌てて胸元を押さえた。


「これ世界が終わる前に必要!?」


ハルが上着を脱いで渡した。


「俺のも戻りそうだけど」


「頑張って!」


十二回。


静かになった。


*


終わらなかった。


教会だけが消えていた。


リコたちは草原に立っている。


村がない。


道路もない。


遠くに森。


母が地面へ座り込んだ。


「間に合わなかった」


「何に?」


神父が答えた。


「十二時までに、式を終えることに」


リコは腹が立った。


「だから何が起きてるの!」


神父は草を一本抜いた。


「結婚式は、二人を新しい家族にする儀式じゃない」


草の根についた土を払う。


「世界を今日の形に固定する儀式なんだ」


ハルが眉を寄せた。


「毎日?」


「毎日じゃない。結婚式がある日だけ」


「じゃあ式がない日は?」


「何も起きない」


「じゃあやらなきゃよくない?」


神父は黙った。


リコは思った。


この村の伝統は、たぶんかなり頭が悪い。


*


正午を越えた世界では、物が作られる前へ戻っていた。


家は木へ。

道路は砂利へ。

服は糸へ。

指輪は砂金へ。


だが人間だけは残った。


最初は。


十二時一分。


参列者の髪が伸びた。


老人の白髪が黒くなる。


母の皺が消える。


ハルが小さくなる。


「リコ」


声が高い。


十二時二分。


全員が子供になった。


記憶は残っている。


リコは十歳くらいの手で、ぶかぶかになったハルの上着を掴んだ。


「これ、三分になったらどうなるの」


神父は五歳くらいになっていた。


「知らない」


「役に立たない!」


十二時三分。


人間がほどけた。


骨。

肉。

水。

塩。


悲鳴を上げる暇もなかった。


リコは最後までハルの手を握っていた。


手の形がなくなっても、二人の指輪だけは戻らなかった。


金色の輪が二つ、草の上に残った。


*


それで終わるはずだった。


二つの指輪が転がった。


触れた。


かちん。


世界の逆戻りが止まった。


リコは身体を取り戻した。


ただし右半分だけ。


隣を見る。


ハルも左半分だけ戻っている。


「なにこれ」


「たぶん」


ハルが自分の半身を見る。


「二人で一人分」


「結婚の比喩として最悪」


二人は笑った。


指輪を離す。


また身体がほどける。


くっつける。


戻る。


リコは気づいた。


世界を固定していたのは式ではない。


誓いでもない。


二つの別々のものが、別々のまま接触すること。


結婚式は、それを毎回確認していただけだった。


「神父さん!」


返事はない。


もう塩になっていた。


*


リコとハルは指輪を重ねたまま歩いた。


世界を戻すために。


だが戻し方が分からない。


木に触れる。


家になった。


砂利に触れる。


道路になった。


小麦に触れる。


パンになった。


牛に触れる。


ステーキになった。


「待って」


リコが止まった。


「戻りすぎてない?」


ハルがパンを見る。


「小麦粉を飛ばしたな」


二人が触れるたび、物は完成形へ飛ぶ。


トマトはケチャップになった。


乳牛はチーズになった。


レタスだけは、ほぼレタスのままだった。


「強いな」


「何が?」


「レタス」


二人は笑った。


その瞬間、指輪が離れた。


世界がまたほどけ始めた。


「ハル!」


二人は指輪を掴む。


間に合わない。


戻ったものと、戻らなかったものが一斉に崩れた。


家だった木材。

道路だった石。

パン。

肉。

チーズ。

ケチャップ。

レタス。


全部が二人へ落ちてくる。


ハルがリコを押した。


「そっち持って!」


「何を!」


「世界!」


「大きすぎる!」


二人で受け止めた。


*


パンが上下に分かれた。


下の丸パンへ、焼けた牛肉が落ちる。


チーズ。

レタス。

トマトの赤いソース。


上からもう一枚のパン。


世界中の完成したものが、その間へ挟まっていく。


教会の鐘は鉄板になった。


最後の熱で肉を焼く。


ステンドグラスから落ちた色はソースへ混ざり、赤、黄、緑の筋を作った。


花嫁のブーケだった植物は、香草になって散った。


最後に二つの指輪が飛んだ。


一つは上のバンズ。

一つは下のバンズ。


金色の焼き目として残る。


十二時四分。


世界は一個のバーガーになった。


*


リコは目を開けた。


白いテーブル。


向かいにハル。


二人とも元の年齢に戻っている。


間にバーガーが一つ。


ナイフも皿もない。


「結婚したのかな」


ハルが聞いた。


「式、途中だったよ」


「じゃあ未婚?」


「世界はなくなったけど」


「婚姻届もなくなったな」


二人はしばらく考えた。


リコがバーガーを持つ。


半分に割ろうとした。


やめた。


「一緒に食べる?」


ハルが反対側を持った。


「それ、食べにくくない?」


「一緒にスーパー行っても疲れないんだから平気」


「ここでそれ回収する?」


二人でかじった。


肉は熱い。

チーズは濃い。

少し甘いパン。


真ん中だけ、妙にレタスが多かった。


商品札はなかった。


代わりに、止まった時計が置いてある。


十二時三分。


裏側に二人で名前を書いた。


《十二時三分の花嫁バーガー》


ハルが言った。


「花婿は?」


リコはもう一口かじった。


「半分入ってる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。