7-07.卒院への追い込み
春分祭週の始まりに、ベンジャミン兄さんに面会を求めた。
卒院からまりのあれこれについて、先達のご指導ご鞭撻を賜るためである。
今回も近場のお食事処で個室をお借りするカタチ。
ベン兄さんもすでに17歳。
セバス同様の灰銀色の髪は母親譲りだが、あごひげをたくわえ、すっかり大人の風貌は父親似だ。
お土産は容器を入れ替えたリンスinシャンプーにハンドタオルを6枚、日持ちしそうなものということでビーフジャーキーをまとめ買いし、中身だけタコ糸で結わえ直したもの。
「おおー、いつもいいものをありがとうなあ」
「自分たちこそ、ベン兄さんにはいつも頼りっぱなしっす」
「謙遜すんじゃねえよ。このハンカチだって、カネを出しても手に入らないモノだろうが。いい伝手を捕まえたじゃないか」
優しい肌触りのループパイルを持つ織りかたは、今世ではまだ高級絨毯の一部にしかない。
確かにカネを積んだって手に入らないモノだ。
ベン兄さんは、庶民には出回らない品を手に入れられる伝手、具体的にはジュスティーヌのことを言っているつもり。
転生三人組はあいまいに笑う。
「ときに、お前たちも大断崖チャレンジしたって? 結構な穴掘ったじゃないか」
「ロケーションの悪い展望台呼ばわりされてますけどね」
にやにやしている。
「はしかみたいなものさ。第四層に挑む気概もないヤツは罹りもしない、な」
ベン兄さん自身、パーティの斥候役にロープ結わえて行かせた口だ。
大断崖でショートカットできればとは、第四層まで行く探索者なら誰しもが考える。
「やる気の空回り、若いうちにはありがちな話。こんなこと言うとは、俺も年寄り臭くなっちまったもんだ」
そう言ってあごひげをいじる姿には、ダンディズムの片鱗も見え隠れしていた。
☆
ベン兄さんの収入は、直前の冬季でクオルタ銀貨72枚。
生活に困ることはないが、現状にとどまる気はなく、再び第四層を目指しているという。
「悠々自適な引退生活のためにもたくわえと、なにより青銅級に昇格しておきたい」
青銅級に上がる基準の一つが、恒常的に第四層の産品を買取に出すこと。
転生三人組の旧14号パーティは、受付のお姉さんの裁量で判断保留にされている。
卒院でパーティ解散、第四層行けませんでは青銅級の意味がないから。
ベン兄さんのパーティ『静寂の鉄光』は増員中で、現在4人体制。
ベン兄さんが5年次の時に組んだ元探索科に、再合流した4年次までのパーティの元探索科の斥候役。
そして、掲示板募集に応じた一般通過探索者。
「組合本部で、掲示板にメンバー募集を張り出してもらうんだ」
学院の支部にある掲示板は、注意情報と委託案件メイン。
学院パーティでのメンバーの融通は、学院生の人的ネットワークと、相談を受けた講師による斡旋で賄われている。
しかし、卒院によってたどれる伝手も激減する。
なので探索者組合の本部のほうで募集の張り紙を出したり、職員に斡旋を頼んだりするそうだ。
「掲示板を読める、あるいは掲示板情報を教えてもらえる伝手がある。そういう判断もできる」
「なるほど」
人品に関してはまだ何とも言えないそうだ。
玉石混交は当たり前なので、付き合いつつ見極めていくしかない。
「その点、学院卒というのは最低限の保証になるんだがなあ」
当たり前の話で、よい物件は人気だしすぐ売れる。
学院生同士の人材リーグでもそう。卒院後の一般人材市場でもそう。
なんだかんだ、探索者パーティのトラブルは、ほぼほぼ人間関係に集約される。
当たりと出会うよりも、外れを掴まないことのほうが大事。
トラブルが、命の危機に直結しかねないのが探索者稼業なのだ。
☆
卒院時期のあれこれや、探索者としての卒院後の話が聞きたいんだったよな、と再確認。
「俺たち、指導面談のたびに卒院に向けて追い込まれているんだ」
「この時期はなあ、師範たちもできるだけ取りこぼしさせたくはないだろうし」
居残りたい三人組を、いいから出ていけという追い込みであって、単位やらがギリギリという話ではない。
三人組とベン兄さんで意識面に微妙なすれ違いはあるが、特に問題はない。
「まず、第十週の終わりに年度の卒院生を集めて式典がある。なので卒院内定者は闇の曜日の講座は取れない」
指導面談で言われるはずだけどなと。
卒院を予定する者が夏季の後節にやるのは、真の追い込みか泣きの踏ん張りか。はたまた一足先に就職先での面通しか。
次いで、夏季の終わりには手ごろな宿が埋まるから前もって動くようにと。
「一斉放出される卒院生の中で、実家に戻れるヤツ、戻らないといけないヤツなんかを抜いた約半分、ざっと100人が当座の寝床を求めるわけだ」
夏至祭週のために集まった者たちが帰ったあと、第六週の学院の中休みの前までに部屋を押さえてしまうのがベン兄さんのオススメ。
「その分のカネくらいは問題ないんだろ?」
「季中分を前払いという程度なら、まあ」
学院施設を使えなくなることの不便さや、組合を使い倒す論、手ごろな飯どころにオススメの娼館、オキニの嬢などなど。
「ワシのすべては伝授したぞよってな。もう、俺が先輩面できることもなくなっちまうなあ」
「兄さんは、いつだって兄さんですよ」
本当に、少しのことにも先達のあらまほしきことなり。
☆
ベン兄さんとの逢瀬の翌日からは実家等へのご機嫌うかがいや、自称お嫁さん候補とのデート、後輩たちへの見栄を張ったカフェテラス招待、祭週行事な神殿へのお礼あるいは宥めの供え物の奉納。
……といった、だいたいいつも通りの祭週をすごし、あけて春季の始まりは指導面談から。
3年次の春の面談は卒院予定者の場合、就職相談も兼ねるが、転生三人組の場合は職業探索者で確定しているのでそこはさらっと。
「お前たちなら衛視への推薦も出せるんだがな」
卒院への追い込みに、一応は抵抗してみるがムダ。
「いいことを教えてやろう」
学院には、聴講生制度がある。
聴講生とは、正規の学生ではないが特定の科目の聴講を許可されている人のことで、学章は線と色で本科生と区別されている。
探索者組合のように、受講記録(単位)を職務資格要件にしている場合もある。
学院卒者はほぼノー審査で聴講生になれる。
基礎学費として季毎にクオルタ銀貨1枚。
あとは聴講する講座1つにつき大銅貨1枚と実費。
聴講生は事務棟の探索者組合支部や売店、図書館、射爆場、カフェテラスなどを使用できる。
なお武術系は聴講じゃないのでダメ。
素直にどこかの道場に行ってください。
学院の剣術師範でもある、一代騎士爵持ちのゴードック氏が街中で開いている聖騎士流剣術道場も人気ですよ。ツテコネな意味で。
「どうだ、お前たち言っていた足りない学びを、好きなだけ受講していいぞ」
「やったー(涙)」
まともな時代、まともな組織であれば、たかだか3年から5年程度で学べる範囲で、いきなり現場で即戦力になれなんてことは言わない。
探索科に探索者組合の職員向け講座があるように、騎士科に現役衛視や軍人向けの講座があるのはなぜか。
魔術科校舎に妙に老け顔のお方々が通い詰めるのはなぜか。
官吏科に家政科に薬剤科に機工科に……。
学院の専門科本科生は、10歳代前半の半人前時代として、このくらいで十分と判断された範囲を学ぶ期間。
卒院後、何年か現場勤めで下積みをして、昇進昇格の際に研修がてら学院に聴講生として送り込まれる。
でないと、現場を知らない、知識だけ詰め込んだ頭でっかちで役立たずな大人になってしまうという過去の事例の反省からそうなっている。
学院生は世間的な上澄みとはいえ、誰もかれもが、より高度な教育にコストをかけてもいい人材というわけでもないしね。
☆
武術等の修練に励み、【自己認識】で【Lv.1/初心者】と表示されるまでにかかる時間がおおよそ100時間といわれる。
該当分野への才能があればより短時間で修得。
才能が無いか明らかに劣っていれば、修得にかかる時間はもっと伸びる。
「つまり自分たちには、特別な才能はないわけだ」
「しかして俺たちに、才能がないわけでもないわけだ」
Lv.1表示までにかかったのが100時間前後とは、凡人の証明でもある。
「得手不得手から伸ばす方向性を探るのは失敗でしたが、手札を持つという意味でアリとしましょう」
転生三人組は、学院で訓練している武術系9種、ついでに馬術系3種、そのすべてに手を出してきた。
完全に後衛ポジションにシフトしたセバスは、弓術や投擲術を活用する場面が増えるだろう。
斥候役を担うラッドは、主武装のとげとげ鉄球・フレイルを本隊に預け、短剣など身軽な兵装で動くことが増えるだろう。
耐久壁前衛のヨッシーは、より大型の盾を用いることを視野に入れ、盾術を磨くことになるだろう。
それはそれとして、100時間を目安に逆算して、まだ表示されていない武術・馬術に割り当てる時間を決める。
最後の調整は夏季でやればいいやで、講座も週24の欲張りセット。
傍目にはガンギマリに見える履修計画を提出された指導講師も、これにはにっこりであった。




