6-04.ベンジャミン兄さんの今
セバスの兄の一人、ベンジャミンは昨年度をもって無事に卒院した。
となると学院の寮も出ることになり、かといって実家には長男夫婦のおめでたがせまる。
宮仕えを諦め探索者稼業で生きることを決めたベン兄さんは、アクヤの街の南地区によくある探索者の宿の一つに腰を落ち着けた。
宿とは言うが、前世の感覚でいえば安アパートか下宿に近い。
宿賃という名の部屋の確保料は週単位で大銅貨1枚。季節だとクオルタ銀貨2枚になる。
学院の一般寮の寮費に相当するが、より狭く、共用設備も貧弱、飯もつかない。
一般探索者は駆け出し時代にこういう部屋を2~6人くらいでシェアするらしいが、ベン兄さんは学院騎士科卒のレベル12の鉄札級探索者。お一人様での入居となっている。
☆
でも本日の面会は宿の部屋ではなく、近くの飯どころで個室を借りて。
「寝れるだけの荷物置場さ。人を呼べるような部屋じゃない。いかに学院時代が恵まれていたのか身にしてみているところだ」
この時点でのラッドの【通信販売】はまだRank.2。
飯屋で会うのに手土産に食品はちょっとねということで、容器を現地のものに入れ替えたリンスinシャンプーにハンドタオルを3枚、革のルーズリーフバインダーにルーズリーフをセットしたものをお包みした。
「おっ、すごいいい布じゃないか。香り石鹸に紙だって、高かったろうに」
「ベン兄さんの話にはそれだけの価値があるっす」
「このー、おだてやがってこのー」
とても喜んでいただけたようだ。
ベン兄さんは、一緒に追い込みレベル上げをした元探索科の1人とペアを組んでいるそうだ。
その前のパーティのメンバーとも連絡はとれるが、それぞれにパーティに所属しているため、簡単に再結成とはいかない。
お金に関しては、第二層で足かけ20日くらいの活動でクオルタ銀貨12枚を稼いだという。
額面は似たりだが、8人がかりでやっと安定させている転生三人組のパーティとは、さすがに装備や経験、地力が違う。
机上の空論だが、1季節84日の毎日をダンジョン第二層での狩りに捧げれば、クオルタ銀貨50枚を超える見返りが得られることになる。
具体的な額は知らないが、職人を束ねる立場にあるマルク親方の倍以上の収入になるのではなかろうか。
技能も学も身寄りもない人間であっても、一獲千金の夢がある。
自発的ダンジョン鉱山奴隷もといの探索者が集まってくる訳だ。
「暮らしていくには十分なんですね」
「まあな。だが俺や、俺の昔のパーティは第三層、そして第四層を知っている」
上乗せドン! さらにドン!
一度味わってしまったことは忘れられない。
知っているから戻りたい。
もっと良い暮らしがしたい。
多くの探索者のモチベーションは、実に単純な理由で維持されている。
☆
探索者組合では、買い取りと報酬支払い実績が一定額を超え、第三層の品を持ってくるようになった探索者に鉄片級への昇格を案内する。
他人の霊格レベルを確認できる、いわゆる人物鑑定系の加護スキル持ちは珍しい。
判定用の魔道具の使用には費用が掛かる。
だけど、一定の活動実績があり第三層でやれているなら最低でもこのくらい、のような逆引きでのレベル推定ができる。
「セブたちも第三層に行くと、何回目かで声かけられるからな」
「鉄片って、正規の組合員ってことでしたっけ?」
探索者のグレードでいえば木札級の次でしかない鉄片級だが、その間には越えられない壁が存在する。
木札は、どこの誰であれとりあえず発行する、ただのダンジョン入場許可証。
しかし鉄片は違う。
正規の組合員としての権利が保証され、引退後の組合職員への就職も視野に入る。
学院生は木札級でも学院に設置された支部で個人口座を開設してくれるが、本来であればこれは鉄片級以上、正規組合員への役務提供。
他に、荷運び案内人の委託や第二層以降での荷運び委託といった、組合事業の委託グレード上昇。
パーティ運営全般にかかる相談受付などもやっている。
「あくまで現場労働者としての組合員だがな」
登録手数料以外の組合費は買取からの天引きなのは変わらず。
そのため一定期間以上、買取実績がないと、原則として組合員資格を喪失する。
「鉄片以上だとダンジョン引退して職員になることもできるが、当然ながら青銅級の方が有利らしい」
20代のうちに青銅級に上がり、30前後で引退。組合職員に就職。40過ぎたら終活だ。
学院出の探索者の引退セカンドライフ構想あるあるだそうな。
「俺の一押しは、就職じゃあなく現役時代に築いた財産で悠々自適の若隠居だがな」
「いいっすねえ」
とはいえ、いったいどのくらいの探索者が円満に引退できるのか。
探索者組合および国として、概算のデータは持ってはいるが公表することもない。
☆
「結構いろいろしゃべったが、今日は第三層のことだったよな?」
「はい。でも、ベン兄さんがどうしているのか気になってましたし、元気そうで安心しました」
アクヤ・ダンジョン第三層、通称は『アンブッシュフォレスト』。
第二層と同様の偽物の空に昼夜ありな、丘陵地帯の森林マップである。
約10km四方の空間で、水源もあり薬草採取も可能。
「採取はなあ、それだけで食っていけるらしいんだが」
「専門の知識と技能がいるうえに、僕たちはまずレベルを上げないといけませんからねえ」
その点は学院生のデメリット。
学院で専門知識を学び、卒院後に採取の道で食っていく人も年に数人はいるらしい。
「だいたい中央に小さな遺跡、神殿っぽい感じのヤツがあり、そこに第四層へのゲートがある」
一応ゲート周辺は拠点化されているが、第四層側も狭いため、一時的な休憩くらいにしか使えない。
泉があり飲み水を採取できる点は便利。
「ゲート間は道なりで6km程度だな」
丘陵地帯の森林のため見通しが悪く、指測法が使えない。
「俺の、前のパーティには斥候役がいて、そいつが歩測法で通路の長さを測って作った」
ベン兄さんはテーブル上に地図を広げた。
「第四層へのゲートのある遺跡をマップの中心と決め打ちした。通路は、獣道や歴代の探索者のたどった痕跡で広さも質もまちまち」
1人ずつしか進めない獣道もあれば、荷車通そうと広げた道もある。
斜線は傾斜がきつくて、戦いに向かない場所。
降りるのはともかく登るのがほぼ無理な場所が交差斜線。
いずれも無理すれば通れるが、無理する必要あるかといえばまずない。
たまに採取の人が斜面に張り付いているそうだ。
「実質、第一層と同じような通路と広場で構成されている迷路なわけだ」
「通路網の把握と、どこで戦うかの選択がカギになりそうっす」
ほら、さっさと写せと地図を渡され、ありがたく拝領。
「ゴチっす」
「気にすんな。俺だって騎士科の先輩にゴマすって写させてもらったんだ」
ブラッシュアップしたのは斥候役だし。
「細いとこ通ってるときに、斜面駆け下りてくる魔物には注意な。基本、やり合わないで広場まで退く」
「突撃を受け止めても大けが必須だもん」
「ウサギで痛い目みたか? 見たんだ。そうだよなあ」
その目は優しかった。
第三層の新顔は5種。
森林狼は群れて囲ってくる連携プレイが特徴。
草原狼とは住処が違うだけ疑惑あり。
マーダー・テンタクルスは蔦に見える触手を持った植物のようなもの?
麻痺系の毒持ちだが、革の1枚あれば毒棘は刺さらない。
「典型的な、知っていて対策しとけば怖くないってヤツだ」
「知らないで、対策していないと悲惨なんですね、わかります」
森林大蛇は単純にデカイ、そして強い。
締め付けと噛みつき、丸飲みが攻撃手段。クマとどっちが強いかは相性による。
突撃鹿はその名の通り。
事実上のマップ最強。
「そして、木の魔物。こいつは1体しかいない上に、再出現まで4週間かかる」
「強そう」
「強いってか、タフだな。でも、ドロップが旨い」
ただし、ハズレもある。
いや、モノはいいのだ。
「長さ3mもある丸太、どうしろってんだ」
でもなんとか持ち帰ったという。
「だって、捨てていくのも悔しいだろ」
「それは、まあ」
交代交代二人ずつで担いで、戦闘時には振り回しもしたそうだ。
「噂じゃ柱めいた鉄棒ぶんまわすハイレベルもいるそうだが、でかい・重いは単純に強い。振り回せるなら」
トレント産の丸太は大銅貨2枚になった。
どういうわけか買取窓口のお姉さんがすごくいい笑顔だったという。
「……トレント材って高級材っすから。組合でも予約たまってるんじゃないかな」
「ああ、そういう……」
総じて魔物の密度が濃くドロップも良好。
狩りが成立するならおいしい狩場であると、ベン兄さんは保証してくれた。




