6-02.相互情報提供協定
学院において各季の第一週はバッファ的な役割をもたせられている。
例えば遠地からの入学とか、季末休業から祭週にかけて帰省や遠出をするとか。
日のあるうちに5~6時間の徒歩ベースで、1日の移動距離が道なり15kmから20kmといった計算はできる。
だが、天候が悪く動けないなど、旅程が目論み通りに進むことはまずない。
そんなこんなを配慮し、多少ずれても大事無いよう、通常の授業を配置していないのだ。
一部の補習漬け学院生以外にとっては比較的穏やかな時間の流れる週である。
予約が必要な一般寮の相談室にジュスティーヌとヴィオラ、転生三人組が招かれたのは、この第一週のことだった。
☆
それなりの値がしそうなスッキリした味わいのハーブティに、産直であろうみずみずしいリンゴ。
前世の甘いリンゴとは異なり小ぶりで酸っぱいが、ハーブティによく合う。
「ごちそうさまです。新鮮でよいリンゴですね、ご実家からですか?」
「ええ、父の家の荘園に頼んで取り寄せました。ジュスティーヌ様、皆様のお口にあえば幸いです」
ジュスティーヌの社交辞令に、マックスも社交辞令で応じる。
本心を隠して言葉だけ飾るというものではなく、場に応じた礼節としての社交辞令。
「さて、本日お招きいただきましたご用件は、パーティ同士の交流ということでしたが?」
マックスは、旧14号パーティの主催がジュスティーヌなのは建前だと知っているが、建前をないがしろにする気はないことを今回の招待で示していた。
「はい。ジュスティーヌ様たちには及びませんが、私たちのパーティも年次の先頭集団におります。
いたずらに敵愾心を抱くことなく、学院生らしく互いに協力し合える関係が望ましいと考えております」
「まあ、協力ですか。それは確かに学院生として大切なことですね」
各自の都合と部屋の収容人数もあって旧14号パーティ側はフルメンバーではないが、マックスたちは6人そろっている。
「改めて紹介させてください」
新顔は、栗毛のリラと金髪のベルナルド。それぞれ魔術科と探索科。
「“ダブル”のリラかあ」
「ヴィオレットさんも“ダブル”ですものね。その分苦労も多いわけだけど」
2系統の属性を扱える魔術士の称号が『ダブル』。
ヴィオラは風と闇、リラは水と風の属性を扱う。
魔術科ではわかりやすいライバル関係なんだそうだ。
当人たちの意志とは無関係に。
「そりゃ、意識はしてるけど」
「魔術士って、結局は自己研鑽だから、他人に構っている暇なんてないのよね」
そういうものらしい。
社交辞令かもしれないけれど。
「リラ嬢に加え、頼もしい前衛のベルナルド君も得ることもできた私たちは、第二層に挑戦します」
「いよいよ、ですね」
「そこで、先人のお知恵をお借りできればと」
「まあ。私たちも先人のお知恵を頼ってきましたし、少しでもお役に立てれば嬉しいですわ」
建前としての主催者であっても、その承諾があれば転生三人組も動きやすい。
事前の台本通り、旧14号パーティとマックス・オルガ組連合との相互情報提供協定は口頭承認された。
☆
場所を改め、探索科寮の三人の部屋に野郎だけが集まった。
勝手知ったる他人の部屋とばかりにオルガにアズクル、グラムが応接セットに陣取り、ベルナルドも座らされる。
「いつもすまないねえ」
「マックスさんや、そいつは言わない約束だぜ」
オルガたち、あれがわからん、教えてくれって、ちょくちょく来るからね。
お土産のリンゴを切り分け、お安いハーブティと、皿に盛ったクッキーをお出しする。
「むう。さすがジュスティーヌ様、よいものを」
「ごっちょさん」
いえ、それはラッドが【通信販売】で仕入れた、前世日本なら量販店で税別398円で売ってそうなクッキー缶の中身です。
とはいえ勘違いを正す必要もないのでスルー。
「やっぱバックの力はでけぇなあ。大将よぉ、頑張ってくれよ」
オルガたちがきれいに片づけてくれるので物証が残ることもないでしょう。
「ははは。私自身には大した力はないよ。だからオルガたちに頼っている。ダメかな」
「ふん、ダメじゃぁねー。俺らが大将をデカイ男にしてやりゃあいいんだろ」
男とは、男に頼られて悪い気はしない生き物である。ましてや相手がイケメンなら。
「ともあれ、メンバーそろっておめでとさん」
「ありがとう。リラ嬢は正直望外だったが、彼女からの売り込みでね」
1年次の末は、この先2年ないし3年をともに戦うメンバー集めの際だ。
平穏だった旧14号パーティはともかく、各自の思惑が交錯し、パーティの再編成も活発に行われていた。
といって、合う合わない、音楽性の違いなどでの離脱・分裂は起こる。
編成室をはじめとする講師陣も相談の受付や斡旋は行うが、学院生同士での売り込み引き抜きトレード交渉、離合集散、合従連衡。
それらもまた学びであると学院では位置付けている。
「ベルっちはリラに気があるっぽい」
リラはアクヤの街の衛視・魔術士隊に所属する親を持つ、いわば魔術エリート。
秋季生まれのため、もうすぐ12歳になるお姉さんだ。
この年代での1年の差は大きい。特に女子は。
「リラ嬢は、その、きれいじゃないか」
「他人の色恋にクチバシ突っ込んだら抜けなくて振り回されるっていうしな。ま、がんばれ」
ベルナルドは地方農村の有力農家の次男。
加護で戦闘スキルを得たため探索科に来た。
☆
マックスが切り出した。
「私たちも、ようやくレベル3に手が届き始めた」
「おう、俺ら狩りまくってるからな」
「稼いでるぜ」
マックス・オルガ組連合は積極的にダンジョンに潜って狩りをこなし、旧14号パーティという外れ値を無視すれば、年次でトップを走る優秀なパーティなのだ。
しかもオルガたちには、転生三人組が履修計画を作成支援している。
もしも落とさずに単位取得できているならば、1年次で100単位近くになっているはずで、敷衍すれば3年で卒業単位数に足りる計算だ。
むしろ必要単位の多い騎士科のマックスが危ない。
でも、なんとかするだろう。イケメンだし。
「騎士科の情報だと、早ければレベル2から第二層に行けるらしいのだが、君たちの実感としてはどうなんだい?」
例のロードマップについても当然調べているようだ。
「騎士科のロードマップ、特に『ダンジョン最速理論』は書かれていない前提条件が存在することを痛感しました」
まず、一定以上の戦闘技術。
これは戦闘スキルを得ていることが騎士科に入る条件ゆえに、当たり前すぎて省略されたと推測。
「【自己認識】の表示で【Lv.2/未熟者】以上を基準にしているのではないかと」
「騎士科であれば当然ゆえに、か」
戦闘スキルが【Lv.1/初心者】だと、タイマンで押し負けを感じるとラッド、ヨッシーも証言。
「さらに、装備の質がいいこと、特に防御を固めているのが大前提っぽいんだわ」
「む、むう」
第一層は、極論、棍棒一本でなんとでもなった。
コウモリの引っかきや噛みつきが致命傷になるのは、根本的な体力がないか、よほどの大群相手かだ。
「逆に、兎の突撃をさばけて、狼の攻撃をしのげるなら、そりゃレベル2からでも行けるだろうなって」
「そんなにやばいのか?」
オルガも身を乗り出してくる。
「兎、受けたら小楯に穴空いた。マリエルはブーツごとふくらはぎのお肉をゴリっと」
唾をのむ音がした。
「草むらの中に潜んでるからな。不意打ちが怖いぞ」
「腰下、膝下の防具大事」
しかも兎は前座にすぎない。草原部での真打は狼である。こいつは群れる。
「指と、あと首は絶対に守れ。売店のダサい輪っか、効果は保証する」
「マジかよぉ……」
すぽんと頭から通すだけの、首を守るためだけの革の輪筒。
わざわざ売っているだけの意味はある。
狼にのど元に噛みつかれたら、普通の人間はなすすべなく死ぬ。
「ロードマップでいう草原部の卒業は、この狼に、各自で問題なく対処できる段階と解釈しています」
「パーティとしての連携はもちろんだが、個々人の技量の底上げも必須ってことだな」
そして、心構えにおいて第一層との最大の違い。
「万が一のためにも、魔法の水薬は必要です」
「さっきのマリエルの例のように、一歩間違えば致命傷、放置したら後遺症も普通にありえる」
「傷はすぐに治せ」
傷薬(魔法の水薬)は、事務棟の売店でデュオデクル銀貨1枚あるいは大銅貨2枚で販売中。さらにお高い高級品もあるよ。
有効期限はあるものの、旧14号パーティでもマリエル経由の卸値で、個人持ちでいくつか保有している。
「……ああ、いくつか買っておこう」
モグラの巣穴トラップに嵌ったヨッシーのは捻挫だから、命にはかかわらないから。
モグラ穴に気をつけろとだけ。
「そういうことを踏まえたうえでなら、たしかに第二層はウマイ」
「ウマイか!」
「アズクル、話聞いてたか? ウマイんだが、ヤヴァイぞ」
「ヤヴァイのか!」
オルガたちはマックスが手綱を取っていってくれるだろう。多分。




