5-08.第二層チャレンジ
通称『ハンティングランド』。
アクヤ・ダンジョンの第二層は、起伏のある草原に森林が点在し、頭上には偽物の空が広がる。
広さは10km四方くらい。
周辺には岩壁がそそり立っており、その高さはおよそ20m。
偽物の空こと天井部分はドーム状になっているそうで、中心あたりは50m以上の高さがある。
「壁は梯子やロッククライミング、天井は弓矢を射掛けて確認したそうです」
「俺たちが考えるようなことは、あらたか試されてるか」
出現する魔物は大きく草原部と森林部で分けられ、どちらにも群れるタイプが存在する。
騎士科の手引き書によれば、この群れタイプの草原狼と森林蜂にメンバー各自で対処できることが、次の段階に進む目安となるらしい。
ジュスティーヌが参照している『ダンジョン最速理論』では、レベル2で挑戦開始、レベル4まで草原部、その後に森林部。レベル5で第三層に進めとある。
「今日は第三層側の拠点を目指す」
第二層の拠点キャンプ場は2カ所。
一つが今いる第一層とつながるゲートのところで、空堀と土塁で陣地化されている。
もう一つが第三層とつながるゲートのところで、こちらも陣地化されているらしい。
つまり、階層間をつなぐゲートを挟むように拠点化しているのだ。
「峡谷状の通路に第三層へのゲートがあるそうだが、峡谷見えんなあ」
「地図上は気持ち右手側だけど、丘と森林で視界が通らないね」
高低差が1mちょいもあれば視界は簡単にさえぎられるし、森林や草という障害物もある。
頭上の解放感こそあれど、視界に制限が多いことは、魔物との戦いの不安要因だ。
「索敵、偵察の講座もとらないとなあ」
「注意しながら行くしかないでしょう」
逡巡ととらえたのか、ジュスティーヌが、最初の一歩を踏み出すように促した。
☆
「ん、ちょっと待ってな。拠点、第三層へのゲートを目指すにしても、まずは確認をな」
ラッドは地図を手に、もう片方の腕を伸ばし親指を立てた。
『簡易測量1(距離・指腕と目)』では、いわゆる指測法を学ぶ。
手順はこうだ。
①対象物の大体の大きさ、横幅がわかっている場合、
②距離を測りたい対象物に向かって、腕を水平に前に伸ばして親指を立て、片目を閉じて対象物を見る。
③閉じる目・見る目を切り替えて、親指がどれくらいの距離を水平移動して見えたのかを調べる。
④それに10を掛けると、対象物までの距離が出る。
仮に対象物の横幅50cmで、親指が5倍移動したのなら、250cm水平移動して見えたことになる。
この場合は対象物まで2500cm。つまり25m。
これは、人間の両目の間の距離が、その人の腕の長さの約10分の1であることに由来する。
「右手の丘まで300mくらい?」
「俺の計算だと340m」
「僕は330m」
まあ、およその概算なので。
「地図のチェック?」
ジュスティーヌたちも三人に倣って各自の地図のチェックを始めた。
第三層を目指すだけなら、拠点間の連絡路を道なりに進めばいい。
でも、三人がやるのなら何か意味があるのだろうくらいには信用している。
「やや左手の丘が2kmってところか」
見える範囲の地図上のランドマークを次々チェックしていく。記載がなければ新たに書き足す。
「思った以上にあてにならない感じだな」
「あんたたちねえ。開墾するわけでもない土地、大雑把にわかれば十分じゃない」
いやいやと、セバスは自分の地図におそよの測量結果の等距離線を引いて見せる。
かなりいびつな同心円(?)が生まれた。
「この通り、かなり歪んでる」
大きなランドマークをいくつか押さえていれば、所詮は10km四方の箱庭だ。勘頼りの行き当たりばったりでもなんとかなるだろう。
しかし、それは三人のスタイルではない。
「まず逃げ道、退路の確保が最優先」
「狩場として考えるにも、ある程度は正確な地図がないとエリア分けもできません」
ヴィオラは返答に詰まった。
「道だってそうだ。森林部を避けるとか窪地を避けるとか、そこが道になった理由、意味を知りたい」
「……ルーティングの極意の一端ですか。勉強になります」
「ほ、ほぇえ」
☆
第三層側拠点を目指し、連絡路を道なりに進む。
地表で遭遇した場合のモール(モグラ)は、雑魚だった。
「むこうから襲ってこないのは魔物らしくないわね」
「スライム先生と同じ、ノンアクティブなんだろ」
転生三人組が繰り出す唐突なゲーム用語は、探索者にありがちな符丁と受け止められている。
実際、状況や行動などを端的に表すラベルではある。
逆にやたらと好戦的なのがホーンラビット。
頭部の角を向けて突撃してくる。
「下手に受けられないぞ!」
「マタドールばりの回避安定だろ」
小楯に大きな傷をつけられたヨッシーが買ったばかりなのにと嘆き、まさしくマタドールばりに回避しながら切り捨てるジュスティーヌを見る。
「あ、お肉です。お肉ドロップですよ!」
『兎の肉』。
組合買取値は粒銅1枚でしかないため、拠点についたら焼いて食べようということになった。
塩はセバスが持っている。
容器を入れ替えてガラス瓶は処分済み。
一般的な岩塩塊ではないが、砂糖と違って持っていてもおかしくない品なので実際安心。
「ウサギは、くるのがわかっていれば問題ないか」
「そうですね。問題は、草原に踏み込んでからでしょう」
「草の動きを見て……あれ? 左手の、うごいてませんか?」
「来てる?」
ユイの指摘通り、左手の草の中から飛び出してきたホーンラビットに、タイミングを合わせたロースイングでジャストミートが決まる。ウサギは死んだ。スイーツ。
複数のホーンラビットに時間差挟撃を受けた時はちょっと混乱した。
「連動するなんて聞いてないぞ!」
「いや、これリンクはしてないんじゃ?」
ペア体制の指示が飛び、各自で目先に対処することで事なきを得る。
「移動隊列時はペア前提にしといた方がいいかも」
「そうね、前衛だからって三人で固まることはないわよね」
グラスウルフは単独でもおそらく草原部最強であり、かつ3匹以上の群れとして、いつの間にか側面や後背に回り込まれている。
「索敵で負けてるってことだな」
「防御はできているのにキツイ。地力の上がってるレベル3でこれって、レベル2なりたてだとかなりやばくね?」
いわゆるフィジカルの当たり負けだ。
一度体勢を崩されるとそのままなぶりものにされかねない。
ヨッシーは武術訓練時に指摘された足さばき、特にコンタクト時の足の向きで踏ん張りが違うことを意識し、当たり負けだけはしないようにする。
本来なら避け前衛のラッドも同じ。
受け止めないと後衛に狙いを変えて翻弄される。されてわちゃくちゃになった。
複数で1人を相手に牽制、本命、とみせかけて翻弄しどれもが本命に化ける。
狼たちのこうした連携はとても参考になった。
こちらもペア体制でフォローし合うことを基本とする。
幸いにも大きな傷を負わずに倒せたが、牙も爪もタックルも、いずれも防御の弱いところに入れば大けがになりかねなかった。
本格的に命の危機を感じる戦闘で、とても狩りとは呼べない泥仕合だった。
前世メンタルのままなら、心折れて泣いていたかもしれない。
ダンジョンに関わって半年以上の今世メンタルだと、歯ごたえのある敵めと、やや蛮族思考に傾いている。
「騎士科の計画だし、レベル2云々は装備の質や戦闘技術が前提なのかな」
「ああ、ありえます」
ジュスティーヌ、自分は無謀なチャレンジを主張したのではないかと青ざめた。
☆
草原を囲む岩壁にあいた峡谷に入ると、空堀と土塁からなる陣地化された拠点キャンプ場となっている。
奥には第三層へのゲートがあり、記念に覗いてみれば森林が広がっていた。
第一層側拠点から道なりでおよそ15km、かかった時間は6時間くらい。
朝にダンジョンに入ってからは8時間以上が経過し、偽物の空も日がかげっている。
時間がかかったのは、戦闘で手間取ったことが3割くらい。
残り7割は、拠点間連絡路に近いランドマークに立ち寄って距離計測を繰り返したため。
もちろん森林部は避けたし、観測点が連絡路沿いだけだし、まだまだ精度が低いと転生三人組は不満顔。
三人に倣って自分でもやってみた他のメンバーも、地図の不正確さには眉根を寄せた。
大雑把な位置関係は合っている。
単に移動し、遭遇戦をこなすだけなら十分だろう。
ただ、この地図で効率的な狩りに欠かせないエリアわけができるのか。
目標地点への、比較的安全な最短経路を引けるのか。
「帰ったら、地図の清書、作り直しと突き合わせをしましょう」
「そうね、そうするしかないわよね」
「あぅ~」
2泊3日の1日目にして明らかになった課題と危機感。
これが新階層へのチャレンジなんだなと、各自が感慨や反省を抱きつつ、焼いた兎の肉を食らった。




