12-12.海の生き物たち
ダンジョン籠りの夏がきた。
「えー、引き続きマッピングを進める。今季は南半分だ」
「あい~」
ラッド議長のまとめに、クラン『アスタリスク』のメンバーから了承の返事があがる。
第十層に入ってから長い長い足踏み感はあるが、やらないといけない下準備であることも理解できる。
いささか消極的だが一応は前向きに、第十層への挑戦は続く。
☆
第十層、突堤港にて鋼鉄船に乗り込み、機材の点検を行う。
キロリットル単位の地味に大変な給油とエンジン回りの目視点検、そして特に、水上レーダーと魚群探知機、電波測位の調子を念入りに確認。
3つやっつけた電波灯台からの信号は、マップの端でもおおむね受信できていた。
このうち2つを受信できれば、三角測量で現在位置を特定できる。
「にしても、先達はどうやってこの海をわたったのか」
「おとぎ話だと、いきなり船が出てくるんだよ」
波穏やかな沖を見ながら、アドルフとフィアフ。
「『魔法鞄』で部材を持ち込んで組み立てるとか、第九層で木材調達して造るとか?」
「手間暇かければ、できなくはない?」
「古い伝記だと、『ボトルシップ』という使い捨て魔道具に船を入れて、ここで割って取り出したと」
自分の分担を終えたセバスも参加。
ただし、探索者組合の公開しているリストには、そんな名前の魔道具は存在しない。
「とはいえ、『機能・対象限定の収納の魔道具』自体はいくつか確認されているわけで」
クラン『アスタリスク』の面々もご愛用の、武具限定の『収納の腕輪』とかね。
長い航海中、雑談ネタなどいくらあっても困らない。
時に先人たちに思いをはせ、時にクラゲをつつき、マップの南半分を埋めていく。
やや時間を食ったのは島嶼回りの海域。
あからさまな白波が立っているところは暗礁とわかるのだが、浅瀬を行くのはおそるおそるになる。
ダンジョン内の不思議環境、海流どころか潮の満ち引きもあるため、満潮時は航行OKでも干潮時はNGな領域なんてのもある。
ともあれ、危険が明確だったり怪しかったりする海域は避けることができる。
粗地図(海図)の完成により、不寝番な当直任せで、夜間にも移動距離を稼げるようになった。
☆
第十層、海洋部における魔物との戦闘は、まずクラゲ。
「左舷、クラゲ群!」
監視員を務めていたフィアフが双眼鏡を鷲掴みで叫び声を上げた。
ちなみにリアル漁師だと、漁場に漂う巨大クラゲは死活問題だ。
魚や網を傷めるとか、あるいは単純に網を流して巻き取るまでの一連の作業がまるまる無駄になるとか。
しかし彼らは探索者。
魔物であるクラゲの群れの発見は、『稼ぎ』時間の到来を意味する。
「囲うぞ! 最大ぃ~戦速ぅ」
「さいーだいっ、せんそくぅー」
ラッドの号令を受け、テレグラフハンドルを【FULL】にし、操縦室に吊るした鐘を、同じくぶら下げた木槌でカンカンするヨッシー。この男たち、実にノリノリである。
まあ、ブリッジで鐘を慣らしても雰囲気だけなので、ラッドが船内放送で全員に呼びかけるのだけど。
クラゲの群れを囲って、網を巻き取り漁船内の生け簀にダバァ。
もちろん生け簀に水は入れていない。いまさら魔物保護などいうつもりもない。
槍や銛を手に、どろどろぐちゃぐちゃに重なり合う軟体動物に向かって感謝のつっつき。
「こんなんでも槍術上がってたんだよ」
「まあ、『突き』は槍術三大基本の一つだしなあ」
赤毒クラゲの命名はそのまんま。
触手部分に毒棘を持つ巨大クラゲで、とにかく群れる。
傘部分の直径が1mくらいもあり、マリエルが毒液を分析したところ、しびれ→激痛→意識混濁→死亡といった順序で進行する模様。
「惜しむもんじゃないんだから、終わったら毒消しポーション一気だからね!」
「あい~」
海上ということで、どうしても薄着になりがちだ。
気づかぬうちに毒液を注入されていたらことだと、マリエル印の毒消しポーションを呷る。
魔物のいいところは、倒せばドロップを残して消えることだ。
漁獲……じゃなくて、討伐が終わったら船倉からドロップを回収。
実に健康的な漁師……じゃなくて、探索者稼業である。
魔石以外のドロップは、水に強い『被膜シート』、さまざまな用途に需要のある『しびれ毒腺』。いずれも、それなりの値になる。
☆
「どうも魔物の湧きポイントは決まっているぽい」
「遭遇点をマークして、事例を積み重ねる必要はあるが」
「生態……活動しやすい領域はあるようですしね」
クラゲ以外の海洋部の魔物は3種と遭遇。
大海蛇は、全長10mにもなる、うねくる長い胴体の海蛇。
勢いのある水球を吐くので、水ブレスだから竜と判断し、伝説上は海竜と表記されたものと思われる。
『魔石(大)』、『海蛇の皮』、『海蛇の肉』をドロップし、そこそこの値段にはなる。
だけど、船上に引き上げると巨体で暴れて厄介なので、銛を打ち込んで引きずりまわしながら始末する。8割がたのドロップは回収失敗して海の底に消えていく。
「もったいないけど」
「銀貨を惜しんで大けがじゃ、ワリにあわないからな」
クラン内大けがランキングのタイトルホルダー・アドルフは、口の端を歪ませてフィアフに応じた。
☆
大ダコとダイオウイカは、どちらも吸盤付きの触手と墨攻撃を持ち、伝説では一緒くたにされていると推測。
グレートオクトパスは、でっかいタコ。
触腕こみの全長は5mを超えるが、いわゆる胴体部分は1m弱。
壺や樽に潜り込む性質があるが、知られていない。ダンジョンへの侵入者を感知したとたん、襲い掛かっちゃうから。
ドロップは『魔石(大)』、蒸してよし焼いてよしの『たこ足』、周囲の色合いを反映する『光学迷彩シート』なのだけど、水に浮いてくれるシート以外の回収率はお察しで。
クラーケンは全長20mにもなろうかという巨大イカ。
『魔石(大)』、食材や錬金素材にもなる『イカ墨』、アンモニア臭がきつく不味いうえに腐りやすい『イカゲソ』がドロップ。回収率は以下省略。
そして、モノとして存在せず、【自己認識】上に表示されるのが『ダイオウイカ討伐証』。
「いかにもBOSSっぽかったもんな。トロフィーかな」
「実績解除ってヤツだな!」
なお、転生三人組以外のメンバーは、『クラーケン』なのに『ダイオウイカ』ってどういうことと悩んでいる。
「そういや、鯨やサメはいないんだよな」
「いうて『シャークネード』なんて繰り出されても困るぞ」
「それはそう」
ゾンビと肩を並べるB旧映画界の名優、サメさんは芸風広いからねえ。
☆
さて。
魚群レーダーに反応アリで網を投じてみれば、魔物ではないお魚さんが獲れてしまうこともある。
「クラゲは海面漂ってるし、海中みるのは浅瀬とデカブツの警戒だけでいいんじゃね?」
「アクヤ・ダンジョン漁業組合の長として、そこんとこどうなの?」
「自分か? どうと言われてもなあ」
彼らは探索者である。
漁師ではない。
「凍らせたサンプル何本か組合に提出して、後知らねでいいんじゃね?」
活け締めこと血抜きして、腐敗防止に急速冷凍。神経締めはちょっと難しそうだったのでパス。
資源認定されたとして、誰がダンジョンの最下層まで漁をしに来るのか。獲ったところで持ち帰れるのか。
とはいえ、情報の蓄積は必要だ。
「最低限の義理ね」
なお探索者組合の汗かきおじさんは、『そんなものより第八層のレアもん出品してほしい』という気持ちを隠しもしなかった。
アクヤの街でも沼魚や川魚は手に入るし、資源として利用できるめどがない第十層の情報なんかよりも、オークション参加者という、アグレッシブで声の大きなお客様のほうが大事だものね。
一応、サンプルお魚の毒見実験はしたらしい。ええ、どうなっても問題のない人間相手に。
「毒はないようだけど、美味しくないって」
「魚ならではの味も、慣れていないと臭みにしか感じられないそうですし」
「味に関しては調理も大きいだろ」
内蔵の処理は当然として、鱗とか血抜きとか小骨問題とか。
ちなみに今回の組合の毒見で一番の問題は、サンプル解凍から加工までの時間をかけすぎたこと。普通に痛んでましたね。
暇な時の釣果をいただく程度の扱いに収まった。
メンバーは生魚への忌避感が強く、刺身なんてもってのほか。軽く火炙りにしたうえでのカルパッチョあるいはマリネがせいぜい。
煮魚・焼き魚はヨッシーが「小骨が嫌い」とイヤイヤを発動。
「圧力なべで水煮にして骨まで食えるようにしてやらぁ」
「そこにコショウと溶けるチーズをのせてオーブンへ」
「唐突な飯テロはやめろぉ」
☆
荒地図(海図)の完成を最大の成果とした夏季。
遭遇率も春よりは上で、かつ、大変苦労させられただけあってイカの経験値がでかい。
ただし、レベルが上がったのは転生三人組と女子組のみ。クリス、アドルフ、フィアフの野郎衆は横這い。
「ドカンとは来ていないが、順当って感じでもある」
「一戦闘あたりの実入りはいいんだろうなあ。遭遇率が悪すぎるだけで」
オークションへは合計16点を出品し、金貨840枚。
特記事項は、容量1.2倍の魔法鞄および成長のオーブの入手となる。




