12-11.大航海時代の幕開け
貴族社会にとって、冬は社交シーズンだという。
王国社交場の各シーンで話題をさらったのは、数十年ぶりの【剣聖】の加護持ちの誕生。しかも、王太子殿下のお子様であらせられる。
そんな世間の噂が、春分祭週に浮かれるアクヤの街にも流れてきた。
話題が遅いのは、貴族社交の本場たる王都とアクヤの街との距離的に、そして社会階層の違いゆえに致し方なし。
スキルオーブ【六代目剣聖流大剣術】……いえ、なんでもないです。
それに、コンステラリス伯爵家の次次代が【聖騎士流剣術】を修めているかもなんて、限られた人しか知らないこと。
クラン『アスタリスク』の面々にとっては、遠い遠い世界での話である。
☆
春分祭週恒例のお誕生日おめでとうの会では、ジュスティーヌがこぶしを掲げた。
「なんだかんだ言ってもみんなで健康が一番。さあ、元気にやってきましょー」
「「おー」」
今回からクラン会議は別の日に設定し、子どもたちとも一緒のお誕生会とした。
ジュスティーヌの宣言を待ちかねた、自立行動するお子様たちが我先にと騒ぎ出す。負けてたまるかと、抱っこ紐で括られている乳児たちも声を上げる。
活気にあふれる春らしい光景、かもしれない。
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前回の定例会は、マックスたち『終末の角笛の護り手』に招かれたので、今回は招く側だ。
お誕生日席サプライズのお返しに、ウェルカムドリンクには黒い液体を用意した。
「黒い……だが、コーラー・ポーションではない。香りが違う」
「学院を巣立って早何年。自分たちも、大人のフリをしないといけない歳ってことだ」
カップを凝視するマックスたちを尻目に、ラッドがわざとらしく香りをかぎ、一口すすって見せる。
「嗜好品にこだわって見せるのも、必要なフリということか」
「お茶の類は奥深すぎて、わけわからん」
「なので、変わり種で『コーヒー』を用意してみました」
産地だ銘柄だ加工工程だで変わる、味や香りを聞き分けるそうだからねえ。
文化的なマウント遊びというものは、一見の素人を拒む複雑怪奇な奥深さにこそ価値があるともいうし。
「『棺』とは、なかなか諧謔に富んだ命名だね」
コーラよりもカフェインマシマシ、ミルクも砂糖も添加しない、ピュアピュアなブラックでございます。
なおインスタント。深いコクと豊かな香りを謳う、U島珈琲のブレンド何某。
「……苦い。だが、悪くない」
「大人の味ってヤツなのさ」
目じりを細めたマックスは、カップを軽く揺らして香りを楽しんでいる。
「ふふっ。クセになる大人の苦みと、虜にされる香り……己から納まりに行く『棺』というわけか」
ちなみにジュスティーヌ様はミルクマシマシのカフェオレでないとダメ。生クリームを盛る、いわゆるウインナーコーヒーもお好みだ。
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春季はウィスタリア、リーリアが出産を控え、ジュスティーヌ、ヴィオラ、ジャルマリス、プリムローズの4人が復帰する。
ダン活方針はマッピングの続き。
第十層マップの外周を確定し、一辺は約400kmと判明している。
昼間は巡航20km/h。未知の領域では夜間はアンカーを下すので、行って足掛け2日。往復4日。
視界を重なり含め幅16kmとして、往復で32kmの帯状を埋める。
途中で島を発見しても上陸せず、位置だけプロット。
計算では13往復で素地図(海図)を完成できるが、もちろん、予定通りにはいかないことも折り込み済み。
なんせ魔物との戦闘が想定される。
この春季で北半分、そして夏季で南半分の調査を目標とした。
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『船が魔の海域に近づくにつれ、乗組員たちに緊張が走る。……そのときであった、』
『巨大な触手と遭遇』
『クラーケンと命名』
「伝説・伝承がソースだけど、『魔の海域』なんて言うくらいだし、特定のエリアで出現すると考えます」
セバスの推論を否定する材料もないが、なにせ海は広い。
『魔の海域』がどこにあるのかも、どの程度の範囲かもわからない。
「タコは『オクトパス』で、イカが『クラーケン』だっけ?」
「そうですけど、実際どっちなのかは不明です」
その筋の人になると、触手の吸盤配置から雄雌の区別すらつけられるというけれど、ここにその筋の専門家はいない。
いずれにせよ、巨獣がいるのは確定として、対策をしておかない理由がない。
「クジラ用の捕鯨砲って、えーと、金属槍をかっ飛ばすバリスタめいたものだな?」
「銛といえば対艦ミサイル」
「混ぜるな、わけわかめになるだろ」
うんまあ、モビー・ディックみたいな海の悪魔には対艦ミサイルぶち込みたいという気持ちはわかる。
さすがにブラックマーケットでも扱っていなかったので、スウェーデンのBフォース社製のブツを4基購入。両舷に2基ずつ装着。
解禁された銃火器類も、弓と違い大切な矢をロスト前提で放たなくてすむメリットが、特に海上戦に向いていると評価された。
個々人に銃剣付きのアサルトライフル、およびパーティ支援火器として軽機関銃と対物ライフル。
さらにパンツァーファウストやRPG-7といったロケットやバズーカの類と手榴弾なんかも導入。
各種の弾薬や予備・交換の銛など、消耗品への【通信販売】ポイント消費は増えるが、必要なコストと割り切った。
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遠洋漁業向けの大型鋼鉄船で海上を行く、転生三人組の頭にはねじり鉢巻きが絞められている。
彼らはカタチから入る連中なのだ。実はひそかに大漁旗も用意してある。
「これもひとつのマインドセット切り替えの術だ」
そんな三人組から少し離れて、ライフジャケットを着こんだアドルフとフィアフが諦観めいた表情で呟き合う。
「なんだか漁師っぽいぞ」
「僕たち、ダンジョンの探索者なんだけどなあ」
……まあ、そうね。
でも、君たちが世間一般の『探索者』の範疇にいたのは、せいぜい第五層までかな。
実のところはそれ以前から、転生三人組の想像する特殊部隊めいた作戦班として思考し行動しているよ。
だって、学院パーティのころからずっと、作戦立案と指揮の根本が転生三人組なんだもん。そういう風に染まるのは必然。
なおご夫人方も、甲板上の空間にターフを張り、デッキチェアを並べ、腰にパレオを巻いたビキニスタイルでお寛ぎだ。
アイスボックスに差し込んでおいた冷え冷えペットボトルを手にとり、のどを潤す仕種も堂に入ったものである。
「すっかり適応してる」
「人間って、すぐに慣れるよね」
慣れが馴れになるあたりが、『思わぬ危機』襲来ポイントというのがフラグ管理士界隈での定説ではあるが(※諸説ある)、ちゃんと索敵・初期対応要員との交代休憩制。
そしてまた実際問題として、海の上で何を着て過ごすのかは大事なテーマでもある。
熱帯のように数時間で肌が火ぶくれになるようなことはないが、陽射し対策は必須。
金属鎧は論外で、皮鎧も重いし潮風やしぶきの影響だってある。
万一海中に転落した場合に身動き取れるかというと、浜で実験した結果はさんざんだった。
着衣水泳云々以前の問題で、水遊び自体が一般的ではないからね。
三人組主導で最低限の平泳ぎは会得させたものの、現実的な論としてはライフジャケットと浮輪重点。
身体にまとわりついて動きを阻害する通常の衣服も避けて、男は短パン型、女はワンピースかビキニを気分で、すぐ脱げるTシャツやパーカー類を羽織るのが船上の基本スタイルとなっている。
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マッピング中でも魔物は襲い来る。
特に幅広い海域に漂うクラゲの群れは、避けるにも逃げるにも面倒だ。
ほかにも、海竜じゃない大海蛇、大ダコとも遭遇。
船上に引きずり上げると大暴れしてとても危険だったので、銛をぶち込んでから弱るまで引きずりまわす戦術を採用。
なお、せっかく手榴弾があるので、水中は圧力が逃げ場なく伝わることを利用したバクダン・フィッシングも併用した。
ただ、広大なマップゆえか、『薄い』のだ。
第十層で活動した32日間で、クラゲは8群、大海蛇4頭、大ダコ2頭としか戦闘していない。
一戦闘あたりの霊格量はともかく、4週間あるいは季を通してみると、イマイチ感がある。
レベルでいうと、ジュスティーヌとヴィオラが74に上がった以外は横這い。
「南半分も似たようなものとなると、第十層、旨味がないな」
「島しょ部を無視していますし、まだ結論にははやいかと」
「まずはマップ完成させて、それから効率的な巡回を模索してみるしかないだろ」
通り道の第八層では、容量1.2倍の魔法鞄がドロップした。
容量を気にしなければ数の上では14個、メンバー全員に1つずつを実現できる。
オークションには10点を出品し、金貨245枚。
ウィスタリア、リーリアも、それぞれに夫のクリスとアドルフの付き添いのもと、無事出産。
銃火器使用の影響か、【自己認識】上に【射撃】スキルが表示されるようになった。
モビー・ディック(Moby Dick) : 白鯨(マッコウクジラ?)の名前。ハーマン・メルヴィルの長編小説『白鯨』に登場する。




