9-11.バーリトゥード決闘
春である。
春分祭週を楽しむつもりでいたのである。
代官様の先触れがもたらした急な連絡に、ジュスティーヌとヴィオラ、そして転生三人組以外は、使用人含めて全員、家族寮に移動してもらった。
ところで先触れって、アポイントメントの確認だよねと転生三人組は首をひねる。
「代官様の先触れ、ということで察しましょう」
「ああ、騎士長とやらの手配じゃないのね」
粗忽なだけか、あるいは宮本武蔵ばりの兵法の一手なのか。
☆
十数分後、王弟殿下の騎士長御一行とは、クランハウスの前庭にあたるところで相対した。
両者の横手、少し離れたところに、立会人として連れ出された代官様とその付き人たちが位置を占める。
代官様、こそっとウィンクしてくれた。
気さくなイケオジとか、なんぼあってもいいですからねー。
騎士長とその従者やらは、なんというか、派手だった。
転生三人組は、伊達者とかランツクネヒトとか、派手に決めてナンボな存在がいたことを知ってはいたが、確かに目を引くと実感。
邂逅から数十秒。
口火を切ったのはジュスティーヌ。
「ずいぶんと急な訪れですね。そちらの家とは絶縁済みなのですが、如何がしました?」
「はっ、あさましき女の血らしく口だけはよく回る。小娘には、騎士の決闘から逃げた臆病者、恥知らずの名こそふさわしい」
あ、質疑応答ゼミで練習したパターンだ。
口の悪さ、恫喝的態度は、ジュスティーヌ情報だと格下相手への地らしい。
「私、恐れ多くも国王陛下より一代騎士爵を賜った身とはいえ探索者。決闘となると探索者の流儀、殺し合いになってしまうのですが、ご存じないのですか?」
転生三人組とヴィオラ、そしてジュスティーヌも表情を変えないように気を張った。
それが緊張、怯えと見えたのか、派手なおじさんは大仰なそぶりで見下してくださる。
「殺し合いとはこれはまた吹いたもの。そこなもやし共の助太刀ありでも、それがしは一向にかまいませんぞ」
はい、第一関門突破。
「では、すでに貴方は死んでいます。自らの骨を拾ってお帰り下さい」
「は?」
代官様も目をぱちくりさせている。
「ここは私のホームですよ? 罠のひとつも仕掛けていないとでも? それとも、いまさら道場試合をご所望ですか?」
「はぁあ!? なめるなよ小娘が!」
大義名分ゲット。
「私は王任騎士爵家の当主です。陪臣風情が暴言、無礼討ちでいいですね」
「お待ちあれ!」
イケオジ……だけどそうじゃなくて、立会人に連れ出された代官様、ここで介入。
「此度の決闘、立会人はジュスティーヌ・シル・ボーヴァルディの勝利を宣言する」
騎士長御一行は当然反発する。
うんまあ、傍目には、どんだけアウェーの洗礼ぶっかけだって判定だもん。
「待たれよ! 剣も交える前に勝敗決するわけがなかろう」
「だまりゃ! 剣を交える前に勝敗決したことに気づけぬか!」
たしかに代官様は、心情的にジュスティーヌの味方ではある。
そして、政治家だ。
ジュスティーヌ側は知る人ぞ知る優秀な探索者集団。
対するは、仮にも王族の部下。
両陣営ともに、誰かが死傷した場合、どこまでエスカレーションするかが読めない。
望んだわけでもない立会人の責任を問われる展開もありうる。
ならばこそ、灰色の、政治的決着こそは望むところ。
「決闘を汚し、自らの言すら守らず、恐れ多くも国王陛下よりアクヤを任されたる我が前で、陛下の騎士に悪言を吐く。
見過ごせぬ暴挙ぞ!」
イケおじ、咆哮。
☆
王弟殿下の騎士長および従者たち、怒りで顔が歪んでいる。
決闘相手が立会人と裏で手を組んで、口車で負けたことにされた。
そう思い、怒る。
だが、それが政治と言われれば理解できる程度に、王弟殿下の御威光を悪用してきた口である。
彼らは王弟殿下の臣であって、国王陛下の直臣ではない。
立会人に引っ張り出した代官の裁定に異を唱えるは、任命者の国王陛下に異を唱えること。
俗な言い方をすればケンカを売ったことになる。
王弟殿下が。
国王陛下と王弟殿下、仲は悪くないけど、別に良くもない。
まして、王様の周囲には王弟殿下を排したい連中もいるよね?
「……見ないと、信じないのでしょうね」
セバスが背中をちょんとつついたのを合図と受け取り、ジュスティーヌは小石を手に取って見せた。
注目を確認してから、騎士長一行の斜め後ろに放る。
落着点から爆音とともに盛大な土柱があがり、数拍置いて騎士長御一行に土砂が降り注いだ。
信頼と実績のクマ・シカ殺し、【地雷爆】だ。
「理解、できましたか?」
ここ、高級住宅街なんだよなあ。
あとで菓子折り持ってお詫び行脚だなと、ラッドは顔をしかめた。
費用はもちろんジュスティーヌにツケる所存である。
騎士長たち、言葉と、先ほどまでの威勢をまるきり失っている。
代官様たちも。
設置も起爆もセバスの任意だが、ネタばらしの必要はない。
通路を示す敷石から外れないでくださいね、との冷え切った忠告を背に、騎士長一行はおどおどと立ち去った。
「代官様も、お疲れさまでした。いえ、私事にお付き合いいただき、ありがとうございます」
「王弟殿下にも困ったものです」
すっかりきさくなイケオジに戻った超演技派政治家な代官様。
ジュスティーヌがにこやかにお茶でもと誘ったが、忙しいからとお帰り遊ばした。
そりゃあ、地雷ハウスに長居したいわけはない。
☆
順番に見張りを立てて、騎士長御一行の夜討ち朝駆け卑劣な襲撃を待っていたのだが、来なかった。
翌日、代官屋敷に御足労の御礼を取り急ぎのていで伝えに参上したところ、連中は朝早くに発ったという。
貴人のお使いではあったので、この数日、代官屋敷で部屋を用意させられたそうだ。
「昨日は、さすがに居心地悪そうでございました」
対応に出てくれた、執事様配下の下僕が含んだ笑みをこぼす。
代官屋敷の面々は実地研修に訪れたクリスと面識があり、その縁で旧14号パーティにも親近感がある。
☆
すこし時間を飛ばして春季も半ば過ぎ。
ジュスティーヌの正式なお礼を、代官様はアクヤの街の代官館ことクレイ城にて応じてくださった。
同じ敷地内だけど、屋敷は公邸、館は官邸・執務場所。
「王の臣を侮辱したること、正式に抗議と報告をしましたからな。となると、面談も館が道理」
血縁とはいえ他家の婚姻に絡んで決闘を押しつけ、負けを認めず悪態を吐く。陪臣が、王の臣に。
なるほど飼い主のために吠えるのが犬の仕事だが、同時に、躾は飼い主の責任だ。
王家の影を身勝手に損なった件は表ざたにできず処分も下せなかったが、今回は違う。国王陛下直々に弟殿下を叱責。
「父……いえ、あの方にとって、何年ぶり何回目の叱責なんでしょう」
「継承争いから安全に脱落するための素行不良……という見方も、かつてはあったのだけどねえ」
代官様も嘆息するしかない。
たとえ当初は演技であったとしても、『狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり』と兼好法師殿もおっしゃっておられたではないか。
王弟派閥領袖の醜聞は、王宮政局に小石がちょぽんくらいの影響は出た模様。
しかし王弟は、れっきとした王家の連枝だ。
くだんの騎士長ほか数名、解雇で幕引きだそうだ。
「すっきりしませんか」
「……思うところのある相手に一矢報いたはずなのに。『復讐は空しい』とはこういうことなのでしょうか」
立ち合いで勝ったところでちゃぶ台返しは想定内だから、政治的に勝つが及第点。
ジュスティーヌにしても裁定勝利に不満はない。不満はないのだが。
「ていうか、どうせ正妻様ご縁の次の飼い主のとこに横滑りでしょ」
あけすけなヴィオラの言に、ジュスティーヌの表情はますます曇る。
「ま、本命に届かなかったしな」
「本命。ははっ、そうですね。あの方にも、御正室にも……」
目線を落としたまま、しばしの沈黙。
「『晴れた日ばかりでは麦は育たず』。今回の件も、私には大切な経験なのでしょう。みなさんの助けに、あらためて感謝します」
☆
春季の終わりころには、王弟殿下から礼儀を取り繕うことのできる使者がごめんちゃい言ってきた。
ただし、些細な行き違いによる絶縁撤回の要求は、当然突っぱねた。
「事の顛末にこのへんも、次の近況報告に盛り込めよ」
「お手紙書くのけっこう大変なんですよぉ」
先方にお断りされない限りお手紙送付は継続させる方針。
三人の認識上、でかい山を一つ越えただけであり、なおも政治戦・宣伝戦は継続せねばならぬのだ。
「そのための侍女、ウィスタリアとヴィオラだろ」
「それは、そうなのでありますが」
「あたし侍女じゃないぃ」
そうだね。
ヴィオラお姉ちゃんは実質侍女でも、雇用されていないからただ働きなんだよね。
継続と言われても、定期的に送る手紙に書くことがないと探索者事情を語ったり、ラブラブセンサー(自称)が暴走した謎ポエムを披露したり。
貴族では知りえない探索者という異世界の話、独特な視点、謎のラブポエムとやけに生クリームを推す食レポ……。
後に、ジュスティーヌ通信はそれなりの人気を得るにいたる。
これもひとつの継続は力なり?
『狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり』。『徒然草』85段より引用




