分担
「世界を……切り離す?」
最初に口を開いたのは、鈴音ちゃんだった。この子は頭の回転が早い。私が思い描いているイメージも、すでに共有されているだろう。
「そんなこと、できるんですか?」
鈴音ちゃんの問いに、私は頷きで返す。できる。私なら。自意識過剰だと言われればそれまでだが、そんな事を言う人は、たぶんここにはいない。所長は、そんな事を言う人を連れてきてないだろう。
「できたとして、どうやるつもりでして?」
白さんが、袂から扇を取り出した。ぱさりと開くと、それで口元を隠す。
「非常に言いにくいのですが、あなた以外は、その別の世界とやらに行けなくてよ。私は――頑張ればいけるかもしれませんし、空音ちゃんも、鈴音さんも行けるでしょう」
そのメンツは、行けるだろう。私達が懸念するべきメンツは――。
「ですが、紅玉と槿花、鷹清、優愛は行ける可能性はかなり低いと思われます。それに、駿さんに限れば、行ける可能性はほぼないと考えたほうがよろしくてよ」
メンバーの選択。これを私は避けたかった。私だって、最初からこれを考えていたわけじゃない。この考え自体は、かなり前からあったけど、桃斬童子と螢の例を見て――さらに、あの応声虫を見てから、考えがより現実的に思えてきた。
「そこは――私に少し考えがある」
私は鈴音ちゃんに右手で合図する。鈴音ちゃんは、霊能で収納していたあの本を取り出した。
「空音お姉ちゃん。この本、見覚えあるよね?」
鈴音ちゃんは取り出した2冊の本を手に持って、空音ちゃんにその表紙を見せた。
「それって――なんてものを持ってきてるの……」
藍色の表紙とそこに書かれた達筆な行書の題を見て、空音ちゃんの瞳孔が広がった。
「お父さんが良いって言ってるから大丈夫だよ。問題は、ここに書かれてる内容」
鈴音ちゃんは、淡々と話を進める。空音ちゃんはまだ起こっていることが信じられていないようだ。
「空音ちゃん、この本の内容、見るの禁止されたんだってね」
透石家の当主は、この本の内容を酷く嫌っていた。そりゃあそうだろう。鬼と応声虫なんて、本当は相容れない存在なわけで。仲良くしているあいつらが異常だったのだ。
私が一人で納得していると、空音ちゃんがショックから立ち直ったのか、首を横に振った。
「ううん。確かに読むことは禁止されてたけど、それはその本が壊れるのを書庫管理人が恐れたから。その本の内容は、全員知ってる」
立ち直った空音ちゃんは、普段よりもかなりシリアスな雰囲気だった。なんというか、道化のようでありながら詐欺師のようだった空音ちゃんが、いきなり参謀者にでもなったかのような。
「だって、あの鬼達の管理は透石家の仕事だったからね。お父さんが石谷家創った頃から、放置されてるらしいけど」
なんと、桃斬童子の結界以上に、鬼達の封印は脆いかもしれないということか。
「ていうか、たぶんここにいるメンバーの中でその本の内容知らないのは優愛くらいじゃないのか?鷹清も駿さんも知ってるだろ」
紅玉くんが口を挟んだ。テーブルを囲んでいるメンバーの中で私の対角線上にいる彼は、私に対して半ば背を向けるように座っている。
「透石家の情報セキュリティって、かなりザルだしな」
紅玉くんの言い方はきついが、実際、霊能力界ではかなり知れた話ではある。
「僕も知ってます。お前はいつか鬼と対峙するかもしれないからって、お母さんが教えてくれた」
「俺も知ってるよ。もっとも、俺は鷹清からの又聞きだけど」
紅玉くんの予想通り、優愛ちゃん以外は全員知っていそうだ。私は説明の手間が省けたことを素直に嬉しく思った。右の鈴音ちゃんを見ると複雑そうな顔ではあったが、やはり、説明の手間を省けるのは嬉しいのだろう。
「では、こんな話は知っていますか?鬼達の中に、異界への鍵を持つ鬼がいる――と」
異界への鍵――。要するに、それを使えば意図的に異世界転移できるということ。
「それは計算上の話だろ?昔、本部の成り上がりが言ったやつ。自然発生の歪じゃあ、鬼とかエルフとか。ましてや吸血鬼なんてこれっこないって話だったか。鬼達が厳重に封印されている以上は、調べられないって蹴られて終わりだった気がするんだが」
私も、この日記を読むまではその考え方だった。紅玉くんの言葉は最もだ。
「いいえ。鬼達は鍵を持っています。その存在は、安土桃山の時代にすでに確認されてます」
――淡い朱色の鬼の手に、白のからくりあり。鬼、それを投げて消える。我もと投げるもう一方の鬼を私は斬りて止める――。
「九州に封印されている鬼と戦ったときの記述です。このからくりは、おそらく転移装置でしょう。賭ける価値はあるかと」
どのみち、このままではいずれ鬼に勝てなくなる。今、倒しておくのが得策だ。鈴音ちゃんは言い切ると、空音ちゃんを見た。お互いがお互いにじっと見つめ合って、しばらくすると空音ちゃんがため息を吐いた。
「……わかった。第34支部所長として、部下の提案を受け入れるよ」
「やったー!」
空音ちゃんに受けれてもらえたことが嬉しいのか、鈴音ちゃんは椅子から飛び跳ねた。
「ただし!分担は私が決める。ここにいるメンバーは誰一人として死んだらいけないから。――それに、人に知られたくない秘密を抱えているメンバーも多いしね」
空音ちゃんはそう言うと私にウインクして、「いいよね?」と聞いた。
「いいけど……他のメンバーは」
「構いませんわ。足を引っ張られなければ、私は鬼でも倒してみせましょう」
「うぐっ」
私が知らない間に白さんの足を引っ張ったのか、優愛ちゃんが心苦しそうな声を出した。
「まあ、ここにそんな方はいませんが」
「からかわないでよ〜!」
「失礼しました」
いつの間にか、白さんと優愛ちゃんが仲良くなっていることに、私は驚くとともに少しの寂しさを感じた。まるで、私の知らない景色だ。
「俺と槿花は2人だけじゃ鬼を倒せないけど、どうする?30体もいるんだろ?」
紅玉くんの質問に、空音ちゃんは紅玉くんに近づいて肩に手をおいた。
「大丈夫!私に秘策があるから」
「なんだよそれ……超怖いんだけど」
「大丈夫!」
結局、秘策がなんなのか、どういう方向で分担を決めるのかも教えられずに、私達は次の日を迎えた。
「役割分担を発表するよ!」
朝食時、調理師達を下げた空音ちゃんは声高らかにそう呼びかけた。
「30体のうち、23体は東北に集中しているから、そこを瑠衣ちゃんと井宗さん、鈴音に担当してもらいます」
妥当だろう。すでに倒せることが明らかなのは私だから、当然私の負担は大きくなる。構わない。
「次に、兵庫県にいる2体は白ちゃんと鷹清くんが担当で、高知県の3体は私と駿が」
ここも、まあ、当然といえばそうなる。白ちゃんが前衛で、鷹清くんがマネジメントだろうか。空音ちゃんと駿さんは人として相性がいいから、きっとパーキングエリアの時のように上手くやるだろう。しかし、残る問題は――あの人達。
「群馬県の1体を紅玉くん、槿花ちゃん、優愛ちゃんで担当してね!」
驚き、というよりも焦りだった。一体全体、何を考えているのか。その組み合わせは――その組み合わせだけはダメだろう。
「九州の鬼は、万が一の保険として全員で相手するから、絶対に先走らないようにしてね」
空音ちゃんの判断は実に合理的だ。おそらく、大体のペアが任務を成功させるだろう。それだけに、この判断は理解できない。
「以上です!各自準備をして、任務に当たるようにしてください!」
「……」
空音ちゃんの指示に対して、誰も返事をしなかった。というより、誰も返事ができなかった。みんなが驚いて、声も出なかったから。
「ね!」
一人、椅子から立ち上がっている空音ちゃんが私の横で大きく声を出した。みんなが我に返って声を揃える。
「はいっ」
空音ちゃんの圧には勝てない。
霊能物語本編第七章「鬼たち」第五節「分担」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




