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霊能物語  作者: 野沙朝臣
鬼たち
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私の世界

 自分語りをさせてほしい。スピーチにならないように気をつけるから。

 生まれたときから、私の世界は輪郭がはっきりしていた。何もかもがぼやけて見えて、何もかもが重なって見えた。

 「生まれましたよ!お母さん!」

 私を取り上げた助産師の女性の顔には、羽虫が大量に憑いていた。私はその顔が怖くて、助産師の腕を強く叩いた。すると、羽虫たちは逃げていった。

 「いた!元気な女の子ですよ、お母さん!……お母さん?」

 ママは、私を産んだ時に霊力回路が焼ききれて死んだ。そんなママの死体には、助産師の顔から離れていった羽虫と、異形の獣が集っていた。

 この世界は一つじゃない。正確には、一つであるが唯一でない。私の目に映る異形の獣たちは、彼らすらも重なっていた。イメージとしては、3Dのアバター同士が重なっているとことをイメージしてほしい。私の目には確固たる個として映っていても、彼ら同士は互いを認識できていない。そのことがわかったのは、小学校で問題を起こして研究所に連れて行かれた頃だった。

 「ふむ。つまり、瑠衣ちゃんにはこの研究所が虫と異形だらけに見える……と」

 私は所長の言葉に頷いた。語る所長の頭には、綺麗だけど悍ましい四つ目の梟がとまっていた。所長は横にある医者のような机にペンを置いた。

 「どれどれ……」

 所長は私の目の下を触って、瞳孔をじっと見つめる。私と所長の間を、一匹の鳥の翼を持ったトンボが飛んでいった。

 「ほう――ここまでとは……」

 所長はそう言うと、机の上のパソコンに何かをカタカタと打つと、パソコンの画面をチラ見しながら私の顔を眉間、右頬、左頬の順に指先で軽く触っていった。彼が触れるたび、彼の霊力がほんの少しづつ私の身体に入ってきた。私は自然と目を閉じていて、彼の指先の暖かさと入ってくる霊力のくすぐったさにみを任せた。

 「これでどう?」

 所長の不安そうな声を聞いて、私はゆっくりと目を開いた。

 「――」

 私は世界の明るさと単純な美しさに目を大きく開いた。さっきまで所長の頭の上にいた梟はもういなくて――それどころか、トンボのようななにかも、そこら中を這っていたカタツムリもいなかった。

 「成功したみたいだね」


 「ちょおっとまて!それだと見えなくなって終わりじゃないですか!」

 倒れ込むように鷹清くんが手を上げて、私の話を遮った。

 「そうですよ!それだと瑠衣さんの話がよくわかりません!」

 槿花ちゃんも鷹清くんに便乗する。私は「まあまあ」と2人を宥める。

 「この話には続きがあってね……」


 そこから3日は何もなかった。普通の人の視界を手に入れて、明るい世界を歩けないことが残念なくらいには、初めて見る普通の世界が楽しかった。恐ろしい見た目の獣に怯えることも、テレビを邪魔されることもない。

 「あ……」

 4日目、朝起きると天井にぶら下がった猿の生首と目があった。猿の生首はうつ伏せに――つまり、私をじっと見ていて、いつからそこにいるのかもわからないくらいにまばたきすらしなかった。

 「もどっちゃった……」

 私はもう、6年もその世界で生きているから、こういうことには慣れた。だからか、私は油断していた。残念だったのもあったと思う。――視界がもとに戻ってね。

 こちらが深淵を覗いている時、深淵もまた、こちらを覗いている。

 誰が言い出したのか、その頃の私も、今の私も知らないけれど、この場合先に覗いていたのは猿の生首だったが、勝手に自分だけが覗いていると勘違いしていたのは私だった。

 「こおおぉぉぉぉぉおおおお!」

 猿の生首が、生首だけだったのに、ベッドから下りた私を追いかけてきて、私のつむじから何かを吸い上げようとした。

 「きゃぁあ!」

 襲われるという経験がなかった私は、反射的に生首を突き飛ばして、その場に座り込んでしまった。当然、子供の力で突き飛ばされたくらいじゃ猿の生首は死ななかった。死んでいてもおかしくないくらいには生首なのに、突き飛ばされて落ちたベッドから、再びふわふわと浮いて私を見た。

 「助けて……助けてよぉ……」

 私の部屋には誰もいない。ここに来てから、眠るときはいつも一人だった。

 「お呼びしましたか?」

 誰かが硬い声でそう言うと、青いきつねが猿の生首に噛みついた。一度肉が食いちぎられると、猿の生首は霧散した。

 「あなたが藤樹瑠衣さまですね」

 青いきつねは私を見てそう言うと、ぐにゃりと姿を変えて、スーツを着た女性になった。

 「私は、村田終夜の下で秘書をしています。狐影、と申します」

 狐影さんは私を所長のところへ連れて行ってくれた。道中は、いつものようにものと生き物が重なっていたり、美しい世界にはいなかった羽虫達が飛び回っていたりした。いつも通り、天には太陽がいくつもあった。

 「ごめん、甘く見ていた」

 所長は私に謝った。あのおまじないで、私の能力が十分に防げると思っていたらしい。私の能力が所長の普通を越えていただけで、あのおまじないは普通の霊能力者なら一生霊能も霊力も使えなくなるくらいのものだったようだ。

 「まさか、一週間も持たないとは……」

 所長はそう言うと、立ち上がって奥から一つの段ボールを持ってきた。段ボールからは、紅い鬼の面が出てきた。

 「これはね、視界系の霊能者の制限に使うんだけどね」

 所長がそれを私に被せてくれると、ごちゃごちゃとした視界から、明瞭な視界になった。

 「どうかな?」

 「すごくいいです」


 「つまり、瑠衣ちゃんは鬼の世界とかも見えるってことですか?」

 槿花ちゃんが一気にまとめてくれた。

 「そういうことになるかな。もうちょっと、いっぱい見えるけど」

 私が見える世界は、人間の世界の他に、鬼の世界とあの世そして神の世界。

 「実際は、見えるっていう表現は違う」

 食堂の空気が引きつった。

 「私は――いる。鬼の世界にも、あの世にも、神の世界にも。この世界は、一つの球体がいくつもあるんじゃなくて、マトリョーシカみたいに、一つの球体に重なって、いくつもの世界が存在している。私は、それらすべての世界を行き来できるし、同時に存在できる」

 自分を語り終えた私は、重い空気を吸って、吐いた。空気が金属のように重い。これから、あの事を言ったらどうなるんだろうか……。言うしかない。今しかない。

 言う。

 「私は、世界をすべて切り離そうと思ってる」

 霊能物語本編第七章「鬼たち」第四節「私の世界」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!

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