透石風鈴
本部に所蔵されている本の中には、伝承価値の高い物語も数多く存在する。これらの本は、民俗学的、もしくは神学的な研究対象になることも多く、常にどこかしらに貸し出している。ただ、霊能界的に貸し出したくない本も存在する。これらの本は常に架空の学会に貸し出すことで、その本を借りれないようにする。
「これが……」
御三家が一家、透石家の後を継いだ石谷家もまた、そのような本を所有している。もっとも、彼らの場合は本部のような小細工は必要ないのだけど。
「そうです。世にも名高い透石家12代当主、透石風鈴の日記・威風凛然と伝記・共鳴です」
鈴音ちゃんは、当主の部屋を特に臆する様子もなく、音をたてながら漁っている。一昨日までの威勢と歯切れのいい言葉はどこへやら。綺麗に手入れをされた着物すら、その落ち込んだ背中ではくたびれて見える。
「鈴音ちゃん、うちに来る?」
落ち込んでしまった様子が我慢ならず、私はそう提案した。我ながら名案だと思う。空音ちゃんがいたら、きっと元気になるだろう。毒と薬は表裏一体。詐欺師も目的が違えばカウンセラーになるだろう。
「うちって……?」
「第34支部」
「いいんですか?」
「いいよ、人はいくらいてもいいからね」
もちろん、空音ちゃんが許可を出したら、だけど。あの人は許可を出すに違いない。今は美倉家とも揉めているし、今日の朝、本部で偉黎から聞いたあの話が本当なら、蛇崎家ともいざこざがあるだろう。私がいる時に攻め込む愚か者はいない。攻め込むのなら、私がいない今。槿花ちゃんも紅玉くんも、私みたいにずっと戦えるわけじゃない。
良くも悪くも、私は特別だ。
空音ちゃんも白さんもいるし、すぐに落とされることはないだろうが、あの2人くらい、プロなら出し抜ける。馬鹿正直に戦う必要もない。優愛ちゃんは、まだ戦える状態じゃないだろう。
「少し……当主と相談します」
「うん。いい返事を待ってる」
あの人なら、きっと許可を出すだろう。どういうわけか知らないが、あの人は鈴音ちゃんを疎ましく思っている。鈴音ちゃんも気づいているのだろう。あまり積極的に関わろうという気概は感じられない。遠ざけられるなら、遠ざける。
さー、という音をたてて、襖が閉じられる。鈴音ちゃんが出ていった後の部屋は、すごく静かだ。私は石谷家秘蔵の本を開く。
威風凛然と書かれたその日記は、当時最も優れた霊能力者だった透石風鈴が記したものだ。彼は生涯戦い続け、30体の鬼を討伐。12体の鬼を封印したと記録されている。その記録の裏側と彼の思想を読めるのが、この2冊。現在封印されている鬼は総じて彼が封印されているものだ。
少し前までは、螢や桃斬童子もいたのだが。
私がこの日記を読める感動に浸っていると、部屋の襖が勢いよく開かれた。
「許可が下りました。行きましょう、瑠衣さん」
鈴音ちゃんの発音は歯切れがいい。だからこそ、取り繕おうとしている努力が、機械的な印象を与える。非常に残念。
「残念とはなんですか。ご愁傷さまの一言くらい言ってくださいよ」
「あの一言ほど悲しいものはないでしょう?」
「礼儀です」
「ご愁傷さまです」
「よろしい」
形骸化した言葉は、悲しい。みたいな文豪的なことを言うつもりはない。形骸化した言葉も大事だ。ただ
、その言葉が今は無意味に響く気がした。鈴音ちゃんの心はわからない。
透石偉黎が家から連れ出したのは、高い戦闘能力を持つ透石家きっての構成員だけ。彼は、自分の妻を置き去りにしている。一昨日、応声虫が殺した自身の側仕えの中に、彼の妻――つまり、鈴音ちゃんの母がいたらしい。
「そのスーツケースってさ、鈴音ちゃんの霊能的に要らなくない?」
私は日本屋敷におおよそ似つかわしくない大きなスーツケースを指摘する。革製の高そうなスーツケース。美しく磨き上げられている。和服に革製のスーツケースだったら、アンバランスもいいところだが、今の鈴音ちゃんは、茶色のベレー帽に軽いTシャツ、そしてチェック柄の長ズボンを着ている。いよいよ、日本屋敷から浮いている。
ちなみに、私はお気に入りの服――軽量防弾チョッキ――が破れたので、仕方なくおしゃれ着と思っている白いワンピースを着ている。単純な服しか考えられない自分を恥ずかしく思う。
「イメージしやすくなるんですよ。これがあると。ちなみに、出し入れも簡単になるので、早着替えもできますよ」
ほら、というと、瞬きする間に服装がオーバーオールに変わっていた。
「すごいでしょう?」
もう一度瞬きすると、元のファッションに戻っている。
「すごい」
これがあったら、装備を入れ替えし放題だ。鷹清くんの矢もきれなくなるし、紅玉君は真剣デビューできるかも。
「すぐに戦いのこと考えるんですから……」
「ごめん」
「行きましょうか」
石谷家の外には、井宗さんが運転する防弾車が停まっている。私は、鈴音ちゃんと一緒に乗り込んだ。
霊能物語本編第七章「鬼たち」第一節「透石風鈴」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




