番外編其ノ九 透石家に巣食いたる者――中編
「よく戻ってこれたものね。男好きな当主様?」
女の記憶を元に家という場所まで向かった。どうやら家が、女の居るべき場所らしい。当主の部屋まで戻ると、畳の上にある当主のための座布団が引き裂かれていた。その横には、小太刀を持つ黄土色の着物を着た痩せ型の女が立っている。
「どうしました?亀ちゃん。今はあなたのこと、呼んでないのだけれど」
私が皮肉を込めてそう言うと、亀の表情が固まった。ぎりぎり取り繕っていた笑みが剥がれ、みるみるうちに歪んでいく。
「何よ!私が先に狙ってた男を取ったのはあなたじゃない!成績だって私のほうがいいし、霊能だって私のほうがよっぽど上手く使える!あなたは血筋で成り上がっただけの嘘つきじゃないの!?そんなの卑怯よ!一度でも、あなたが正々堂々私とやりあったら、みんな納得するわ!私のほうが当主に相応しいって!」
亀は、口汚く罵った。声は割れ、霊能で整えられた顔も、見る影なく崩れている。加熱していく罵声を、私は太い声で叩き切る。
「そもそも、規定ではあなた、私に話しかけられる階級ではなくってよ。今までは仲が良かったから見逃していたけれど、今回は出すぎているわね。悪いけど――」
私は手刀をつくって、自分の首の前を横切った。それを見た亀の顔が、少し遅れて青ざめる。
「死刑ね。これ以上は、透石家の組織が壊れるから看過できない」
悪い、なんて思ってない。亀がやってきたことは、透石家の破滅を招きかねないことだった。初代当主から続く、女系の弱点とでも言うか。身体の主は、亀のことを嫌ってはいなかった。だから、彼女のやっている破壊工作を、見逃してあげていた。
私は青ざめた亀の両肩に手を置く。亀の目と私の目があった。亀の翡翠色の瞳。身体の主は、この瞳が好きだったらしい。亀ちゃん色の素敵な瞳。優しい瞳。
――気持ち悪い。
ガタガタと震えて、ぼそぼそと命を乞う亀を、私は心底不快に思った。相手を死まで追い込んでおいて、自分の命は可愛がる。こんなやつのために、身体の主は死を望んだのか。いつでも殺せる程度の命に、情をかけたのか。
「ごめんね、亀ちゃん。私もそこまで甘くないし、底抜けに莫迦ってわけじゃないの。ただ、あなたのことが不憫だったから、甘んじて受け入れていただけ。でも、さすがに駄目かな。死んでね、透石家のために」
亀が膝から崩れ落ちた。霊能でせっかく綺麗な見た目になっているのに、もったいない。
「私は亀ちゃんと仲良くしたかったけど、亀ちゃんはそうでもなかったみたいね」
私が言った言葉に何かを見たのか、亀の目に光が宿った。
「そうなの?私も実は仲良くしたかったの!でも、どうしてもできなくて……。ごめんなさい!今までのことは謝る。お願い!これからは仲良くしていこう?」
早口に並べられた言葉に、私は誠意を感じなかった。亀の目は、終始キョロキョロと動き、べつの何かを探しているようだった。
「無理だよ、もう」
私は一言告げて、手を叩く。どこからともなく、刀を携えた若党がゆらりと現れた。私が連れて行くよう指示すると、抵抗する亀の手に縄をかけ、部屋から出ていった。
「これでいいかな」
亀が処刑されれば、亀の派閥にいた霊能力者も私の下に来るだろう。あとは、当主として威厳を持って業務に当たればいい。情は無用だ。裏切りと撹乱は絶対に許さない。この身体の主が相手をどう思っていようが、私には関係ない。
無情に、非情に。透石家を統治して見せる。
月日は穏やかに流れた。最初はあまりの変様に戸惑う者もいたが、長くなればそれが自然になる。むしろ、以前が異常だったのだと、誰もが思うようになった。
子を成し、育て、治める。ただそれだけの、退屈な毎日。
「当主様。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
おかっぱの少年が、当主の部屋で退屈していた私に聞いてきた。
「構わないよ。なんでも聞いてみなさい」
少年は深く息を吸って、目を私とあわせた。
「当主様は、人間ですか?」
避けられない質問だった。衝撃的だったが、一度問われてしまえば、なぜ今まで誰も聞いてこなかったのか不思議だった。私の中で、様々な考えが巡った。とぼけようか、否定しようか、肯定しようか。もしくは、殺してしまおうか。
(駄目だ。どう答えても詰む)
若党の目が常にある以上は、軽率な選択はできない。
「人間だよ?まず間違いなく」
私は目一杯に笑って答えた。これが一番の方法だろうと、そう判断した。
「そうですか……。変な質問をしてしまって、申し訳ありません」
「いえいえ、よく聞かれることですから」
結果論的に正解を引いた私は、二度とこんなやりとりが起こらないように、ある事を始めた。
生まれたての子供の霊力回路を、透石家は少しいじる。危険な行為だが、競合他家の技術を盗んで始まった、歴史ある行為らしい。行うのは主に各家の長と一族の当主である私。母親から赤子を取り上げたあと、ぬるま湯で軽く洗って、霊力回路をいじる。この時行うのは、性器付近の霊力回路を少し上――腹のあたりまで――にずらす行為と、霊力回路に当主と長の霊力を流し込んで回路全体を太くする行為。
前者は子供を作れるようにして、一族に恒常的に霊力を持った子供が生まれるようにする。
後者は生まれたこの霊能力者としての質を上げる。これをするかにしないかで、特に霊能が大きく変わる。
霊能は想像の世界。想像できない霊能は使えない。透石家は、初代からこの方法で想像を受け継いできた。
「では、始めますか」
「はい!」
私の前に、一人の赤子がいた。木の机の上に据えられた赤子は、ぐっすりと眠っている。私は、赤子の腹部の霊力回路を少し切って、腸のあたりまで引き上げる。
「と、当主様」
「はい?」
「見るのが初めてなんでわからないのですが、霊力回路を切っても良いのですか?」
おどおどとした赤子の父が、背後から私に聞いてきた。
「最近、研究班から報告がありまして……。こうした方が、身体への負担が少ないと」
「な、なるほど……」
男が引き下がったのを見て、私は赤子の霊力回路の傷を塞ぐ前に、霊力を流し込む。
「鶴さんも、早く」
隣に立つ赤子の祖母の手を、私は赤子の腹の上に乗せる。私とその女性の霊力は、互いに混ざりながら、赤子の霊力回路を少し太くした。十分太くなった頃、私は赤子の祖母の手をどけて、退室を促す。少し不満な顔をしつつも、赤子の祖母と父は部屋から出ていった。
「これは見られちゃまずいからなぁ――」
私は、赤子の回路の傷を閉じるために、自分の応声虫としての身体を使った。細かく切った、身体の一部を使って、赤子の回路を閉じる。
「応声虫って、無性生殖もできるんだよね」
赤子の霊力を吸って、すでに回復を始めた自分の欠片を、頼もしく私は思った。
霊能物語番外編其ノ九「透石家に巣食いたる者――中編」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークもお願いします。それでは、また次のお話で。




