番外編其ノ九 透石家に巣食いたる者――前編
自分はどうしてこんなに弱い存在に生まれてしまったんだろう……。仲間が殺されるたび、そんな想いが私の中を跋扈する。応声虫は弱い。鬼よりも、エルフよりも、鳥よりも、虫よりも。圧倒的に弱くて、脆くて、哀れな存在。目は悪いし、耳も遠い。痛みが鈍くて、気づいたら死んでいる。だから、他の生物の中に寄生することで、初めて安心できる。
その日、私はエルフの猟師に追いかけ回されていた。
「待て!殺してやる!」
逃げて、逃げて、逃げて。追い詰められた先には、別のエルフが待ち構えていた。
「ここで終わりだよ」
待ち構えていたエルフの右手から、青い炎がチラチラと覗いた。
(終わった……。さよなら、哀れな生よ――)
もう、救われようがない。私の一生はここで終わるのだと思った。前にも後ろのにも、私の死を望む狩人が構えている。神とやらがどんなに万能でも、この状況では救えないだろう。
メキ……メキメキ――ピシィ
私の考えは甘かった。何かが裂ける音がして、私は地面にポッカリと空いた穴に落ちた。神は万能だった。私のような小さな存在を、ピンポイントで異世界に飛ばせるのだから。
まさか、自分が世界を飛び越えるなんて思わなかった。初めて見る世界は美しく照り輝いていて、無限の自由が広がっていた。初めて見る動植物。怯えることなく踏みしめられる大地。無限に広がっていく空。広大な海。海岸に降り立った私は、自分が出てきた穴をもう一度見ようと後ろを振り返った。
(あれ……?)
出てきた穴はもうなくて、代わりに前方と同じような景色が延々と続いている。神は本当に万能な存在らしい。私は、エルフが同じ穴から移動してこないことに安心する。安心した私は、身をくねらせて一生懸命に這って移動する。とりあえず、この世界の住人と――あわよくば、同胞と――コンタクトを取ろうと探し回ってみる。
(動きづらい!)
ふかふかとうねる地面が、私の体力を余計に奪っていった。これなら、元いた世界のほうが楽である。少し茶色の地面は、同じ場所でバタバタと動くと下から水が出てきて動きづらい。失敗することなく進むことが大前提。なんてハードな世界なんだろう……。
「白い……イモムシ?」
上を見ると、ふくふくとしたエルフのような見た目の女が私を覗き込んでいた。エルフが追ってきていたのかと身構えたが、よく見たら色々と細部が違う。あのエルフたちはこんなにふくよかな体型じゃなかったし、この女は鬼族が着ている1枚の布を肩を通して前で重ねたような服を身に着けている。茶髪に白い肌、酔狂な赤い瞳。
「んー、応声虫――かな?」
つんつんと突かれた私は、萎縮して身体を丸める。私の様子を見た女は「あはは!」と軽快に笑った。
「そんなに怖がらないでよ。私はもう……、怪異を祓いたくないんだ」
怪異、という新しい言葉に、私は恐る恐る身体をもとに戻す。
「そういえば、応声虫は宿主の身体を乗っ取ることもできるんだっけ?」
女の言葉の意味はわからないが、私に殺意があるようには見えなかった。
「そしたらもう……怪異を殺さなくていいのかな」
女は泣きながら、私に右の手の平を差し出してきた。私は思い切って手の上に乗ってみる。シワだらけの手の平は暖かく、湿度も心地よかった。女の身体から溢れ出る霊力が、私の身体を柔らかに包みこむ。枯れた身体に精力がみるみるうちにみなぎってくるのが、自分でもよくわかった。
「食べなよ。私はもう、生きていたくないんだ」
――欲しいでしょう?この身体。
女の言葉は終始わからなかったが、私は本能のままに噛みついた。身体に空いた穴から女の霊力が勢いよく吹き出した。濁流のように流れる女の霊力に蓋をして、私は管の中を進んでいく。流れの根源へ。女の潤沢な霊力が、私を押し流そうともがいている。流れに逆らう私に対して、容赦なくぶつかってくる。負けじと私は踏ん張って這って進む。
(つ、着いた!)
勝ったのは、私の執念だった。私の理想郷は心地よく澄み渡っていて、溢れんばかりの霊力が湧き出ていた。
「どうですか?私の身体は」
身体の主が、私に語りかけてきた。女の霊力を介して、私は初めて言葉を理解した。女の意思も、このときにやっと理解できた。
「最高」
「代わってくれますか?」
「あなたがその気なら」
「ありがとう」
「こちらこそ」
女との会話は、この時が最初で最後だった。
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