血液
「解決した感ないですねぇ……」
私が迎えに行くと、鈴音ちゃんは開口一番にそう言った。駅で買ったのであろう紅茶を、ベンチに座って優雅に飲んでいる。駅には大手の店があるから、そこで買ったのかもしれない。メーカーにはあまり興味がないから、ロゴを見てもわからないけど、きっとそうだ。プラスチック製の透明な容器に、紅いストローが刺さっている。
確かに、解決した感というものはない。バッティングセンターで、球が来ると思ってバットを振っているのに、ずっと空振りしているような感覚。応声虫とか鬼、蓋棺虚神とは、戦いっていてストレスが溜まる一方だ。大きな力が、私と怪異たちをぶつけて楽しんでいるのかもしれない。そうでもなければ、説明がつかないくらいには、ここ最近倒した怪異には手応えも、成長もない。
「仕方ないよ、倒してすらないかもしれないし」
桃斬童子の事を考えれば、その可能性だって否定はできない。私が行くことを恐れているあっち側に、あの怪異に憑いていた応声虫はいるのだから。彼だけが特別だったわけがない。条件を揃えれば、どんな応声虫だって、ああなる可能性は十分にある。
「どういう意味です?それ」
「そういうこともあったってこと」
そういえば、彼女も騙りの霊能者だった。考えすぎは良くない。
「買ったの?」
私は、鈴音ちゃんが飲んでいる紅茶が気になって、聞いてみた。何を持っても様になるが、ロゴの可愛さも相まって、通行人がチラチラと鈴音ちゃんを見ている。和服に紅茶、実に妙だがそれだけに絵になる。
「いいえ?大学生がくれました」
「そっか……」
騙りの霊能者恐るべし、だ。まさか、こんな短時間で見知らぬ相手から奢られようとは……。
「ま、私は世紀の美少女ですから、見惚れてしまうのも無理もありませんね」
その自信はいったいどこから来るのやら。私も見習いたいものだ。鈴音ちゃんが右手を出したので、私は手を引いて立ち上がらせる。鈴音ちゃんは透石家の方をさり気なく指して歩き始めた。私も少し遅れて続く。結界が張られているから、外からは見えない。ただ、結界の外で起こったことは別だ。私は鈴音ちゃんを考えなしに投げたけど、彼女はそれをどう処理したのだろうか。
「家の原型は残ってますよね?」
「……たぶん」
耳の痛い質問だ。色々派手にやったし、何回か屋根から地面まで蹴り落としているから、かなり微妙なところだ。
「怪しいですね」
鈴音ちゃんが顔をぐっと私に近づけてくる。じっと見なくても、結果はもうわかっているはずだ。記憶を見るくらいは朝飯前で、戦いの中で起こったことも、その決着ももう知っているはず。それでもあえて質問するということは、彼女にとってはそれだけ大切なことなのだろう。
「まあ、着けばわかるよ」
「今知りたいんですけど」
お手厳しい。もしかしたら、記憶が見えてないのかもしれない。
「見えてはいますよ。でも、速すぎてわかりません。能力者本人の能力を超えては見れないんです」
なるほど、そういうことか。確かに、空音ちゃんも記憶は見えているはずなのに説明させることがあった。あれは、私の記憶を見ても情報が取れなかったということだったのか。
「空音お姉様がわからないのに、私にわかるわけないじゃないですか」
「いやいや、そんなことないよ」
「慰めても紅茶しかでませんよ」
出るんだ。鈴音ちゃんが、飲みかけの紅茶を私によこした。
「一口ですからね」
「あ、うん。ありがとう」
「それほどでも」
こういうのを親友っぽいと思う私は、やっぱり世間慣れしていないのかもしれない。白さんなら、汚いの一言で拒否しそうだ。私は一口、紅茶を飲んでみる。
「あまっ」
「シロップいっぱい入れたので」
「病気になりそう……」
一口飲んだだけでもわかる。コークよりもよっぽど砂糖が入っている。鈴音ちゃんは、いったいどれだけ入れたのだろう。
「酷いですね。苦いよりも甘いほうがいいに決まってるじゃないですか」
「そうだけどさぁ……」
口に残る甘さに、私はやっぱり入れすぎだと思った。
「着きましたよ、瑠衣さん」
鈴音ちゃんが左手で指した。そこには何もなかったが、結界に入ると戦闘の痕跡が残る屋敷があった。あの怪異の剣撃の跡や私の蹴りの跡が屋根に風穴を開け、屋内をめちゃくちゃに荒らしていた。2階はほぼ残っていないし、1階もところどころ崩れている。
「遅かったじゃねぇか。道端で死んだかと思ったぜ」
透石桂史が情けなく腹を抱え、刀に体重をかけて私たちの所にヨロヨロとやってきた。
「どうしたんですか?」
戦っていた私よりもぼろぼろだ。
「大丈夫ですか?先生」
鈴音ちゃんはなにかに気づいたように、駆け足で桂史の下に駆け寄った。鈴音ちゃんはどこからともなく白いハンカチを出すと、桂史の腹を抑えた。
「ごめんな、情けない先生で」
「そんなことないですよ!1人でこの怪我に耐えていたんですから!」
鈴音ちゃんが出したハンカチは、すごい勢いで赤く染まっていった。私も桂史の横に寄った。鈴音ちゃんのハンカチをどけて、怪我の程を診てみる。医者ではないから正しい判断はできないけれど、本部の医者から叩き込まれた知識が確かなら、桂史のはらから出ているものは内臓で、その一部は構造が変わるほどに焼けていた。
「治せねぇかな、最強さん。同じ警備隊の隊員が、同じような怪我してて、正門の方に転がってんだ」
彼は力なく笑った。顔も、徐々に血の気がなくなっていく。治せないこともないが、血液だけはどうしようもない。きっと、他の隊員も似たような状態のなのだろう。
「血液だけなら、どうにかなります。助けてくれませんか?」
鈴音ちゃんが、硬い表情で私を見た。彼女の中には、確かな考えがあるようだった。
「わかった。縫合と、欠損部位の再生だけはしておく。血液は造れないから、そこは鈴音ちゃんに任せる」
鈴音ちゃんは私の返事を聞くと、塀を飛び越えてどこかへ行ってしまった。
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第十二節「血液」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




