鏡
貫かれた腹から、とめどなく血が流れていく。下から突き上げるように背中まで貫通した刀は、幸いというべきか、心臓にも肺にも当たっていないようだ。刀を伝って、血が応声虫まで垂れていく。痛いよりも、熱いという感想が、私の中に浮かんできた。内蔵が押し上げられ、貫かれ、内蔵から肉片になる。神経が大量に切られて、あらゆる感覚が脳の中に叩き込まれる。痛いよりも――熱い。
応声虫が刀に力を込めた。少し、刀が動いたのを感じて、反射的に刀を押さえた。応声虫の手を掴み、膝で骨を折る。応声虫が反応する前に、私は応声虫の胸を蹴り飛ばした。敷地の端に、綺麗な弧を描いて飛んでいく。引くのか切るのかは知らないが、次に取る行動は受けじゃなく攻めだった。戻ってきた時、応声虫は確実に私を殺しにくる。
私は刃の根本を折って柄を離した。刃だけになった刀を、私は体内に押し込む。逆刺の可能性を捨てきれないからだ。丁寧に自分の体を切る余裕はない。押し込んで、背中から刀を抜く。結果的には坂刺はなかく、綺麗な赤い刃が出てきただけだった。私は、腹の傷を癒しながら両肩の球を指で取り出した。自分で自分の傷口をえぐる感覚は、いくら私でもあまり慣れたものじゃない。痛いものは痛い。
「鉛……じゃ、ないか」
出てきた球を、私はじっと見る。どっからどう見ても、球体の半分しかない。こんなに繊細な霊力の操作をしながら、なぜ逆刺はできなかったのだろう。なぜ、毒玉になる鉛を打ち込まなかったのだろう。
私は、考えるのを止めてすくっと立ちあがる。考えている時間はない。もう、攻撃に当たらなければいいだけだ。
たったところで、私は違和感を覚えた。
「遅い……」
仮にも私の身体なのに、こんなに遅いことがあるのか。きっと、なにか種がある。
「愚鈍」
後ろから、機械的な声がした。顔の右半分が著しく変形した私が、背後に立っていた。新しい刀を、私の首めがけて振り下ろす。私は、屋根を蹴って間合いの外側に逃げた。引きながら、私も刀を創って斬撃を飛ばしてみる。斬撃を真正面から受けた応声虫は、血しぶきをあげて上半身を屋根の上に、下半身はバランスを崩して屋根から地面に落ちてしまった。
「再生、しないの?」
私は、絞めるのを忘れられた魚のように、ピクピクと動く応声虫に聞いた。応声虫は意味のないうめき声を上げるばかりで、質問には答えなかった。
……おかしい。
何がとなく――すべてが。
応声虫のコピーは、これ以上なく正確だ。あの応声虫は、特に。見た目だけじゃない。人格も、能力も、霊力回路まで、すべてを一寸の狂いもなく綺麗に写し取っていた。壊れない万能クローンでも見ているかのようだ。
再生能力を写し忘れた?――ありえない。
手足――いや、その気になれば内蔵までも、綺麗に再生できる私の再生能力を、写し忘れるなどあるはずがない。ならば、どう考える?分身した――もしくは、都合よく下に転がっている警備のメンツを使って、見た目を上手く調整したダミー人形を創って攻撃させる……?どちらにせよ、あの応声虫ならやりかねない。
そこまでして、なにがしたかった……?
「――っ!」
私が飛ばした方向には、誰がいる?あの方向は、鈴音ちゃんがいるんじゃないのか?応声虫が姿を変えてから、私は一切身体の方向は1周した。じゃあ、鈴音ちゃんの近くに落ちていたとしても不思議じゃない。
鈴音ちゃんが、危ない。
私は霊力視で鈴音ちゃんを探した。沈みかけの太陽が、私を邪魔した。西側で、鈴音ちゃんらしき霊力がちょろちょろと動き回っていた。そして、さらにその向こう側でもう一つ、霊力が動いていた。
「よかった――!」
私は安堵した。応声虫が鈴音ちゃんを見つける前だったことに。私は空中に足場を創って、塀の外側を動いている鈴音ちゃんの上に移動する。刃先を下に構えて、塀の外側を歩き回る鈴音ちゃんを背中から突き刺した。
血袋を刺したかと思うほど、勢いよく血が吹き出した。
「瑠衣――さ……ん、なん、で」
刺された鈴音ちゃんが、首と目を動かして私を見た。目は大きく見開かれて、今にも眼球が落ちそうだ。
「バレバレなんだ。あなたの擬態なんて」
擬態は擬態であって、本物とはもって異なるもの。生物史の中でも、完全に化ける擬態は出てきていない。いかに異界の存在であっても、必ず、その擬態にはなにか綻びがあるはずだ。
「あーあ、バレちゃいましたか」
応声虫の擬態は、完全に写すものではない。鏡さながらに、スクリーンのように、投影するものだった。人格も、能力も、対象の人生さえも、身体ごと映す。投影する。自分の霊力回路に、魂に。
映す。刻む。反映する。投影する。
反転させて――映す。鏡さながらに。
「そっくりそのまま反転させているから、あなたの読み込みには全く問題ない。でも、写し取るときに、対象の情報を一部を損なってしまう。だから、本人なら絶対にしない行動も、気づかないままにしてしまう。あってる?」
応声虫は、私の質問には答えなかった。そんな暇もないのだろう。応声虫の身体は、粘土のように、何度も何度も掴みどころのない形をとって、崩れる。高速で形を変えていく身体は、刺さった刀から逃げようとしているようにも見えた。逃げるために、生き延びるために、400年ストックしてきた情報から最適解を探しているようだった。
走馬灯――そんなものが応声虫にもあるのかもしれない。
「クソっ、クソっ――。畜生!何年俺が生きてきたと思っている!年寄りは敬いなさいよ!私は尊属なんだよ!あんたじゃなきゃ、俺が勝っていたのに!あの娘がいなければ、僕が負けるはずなかった!」
1人や2人、3人なんかじゃない。もっとたくさんの、何百人、何千人の声が重なって、不協和音のように甲高く、地鳴りのように低い声で、応声虫は喚いた。調和することのない太極が、無理矢理溶かされたような黒であって黒じゃなく、白であって白じゃない色が応声虫の身体を覆った。
「いやだ。いやだいやだいやだ。死にたくない――」
エネルギーを使い果たしたのか、応声虫の身体が霧散した。
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第十一節「鏡」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




