異界の存在
鈴音ちゃんは私を盾にするように隠れているが、私の防御は残念ながら完璧ではない。だから私は、応声虫が牛のように私に向かって突進してきた時に、襟を掴んで鈴音ちゃんを上に放り投げた。私の怪我は大して問題にならないが、鈴音ちゃんが怪我してしまったら、透石偉黎に依頼を引き受けてもらえないだろう。鈴音ちゃんが落ちてくる前に、私は怪異の攻撃を躱してかかと落としで屋根から地面に叩き落とした。
「あぁぁぁぁぁぁあああ!」
鈴音ちゃんが、情けない悲鳴を上げながら、私の真上に落ちてきた。私は鈴音ちゃんを抱きとめて、今度は塀の外に向けて投げ飛ばした。鈴音ちゃんなら、受け身くらいとれるだろうし、民家にも当たらないように調整はした。正直、今回の応声虫レベルが相手だと、たぶん白さんレベルでもカバーしきれない。私よりも圧倒的に弱いのは当前なのだが、経験が違いすぎる。所長レベルじゃないと、まずパートナーになり得ない。
「人の家をばきぼき折るのが、そんなに楽しいので?」
「まあ、それなりに」
怪異が、ずるずると這い上がってきた。もう少し速いと思っていたが、体型を見るに、あまり戦いに特化しているようには思えない。400年あっても、訓練を怠けていたら弱くなるのかもしれない。むしろ、戦わないことが美徳だったのかも。
「私はあまり戦いが得意じゃなくってね。あなたを倒せるとは思っていないのよ」
「妥当だね」
私も、この怪異に負けるとは思っていない。私のほうが圧倒的に強いし、単純に戦うだけなら負けるはずがない。この差を表すなら、番長が小学校低学年の児童相手に負けるはずがないのと同じだ。絶対に勝てる。ある種の出来レース。最初から私の勝利が決められている。
「だけどね」
だが、この怪異の恐ろしさは他にある。応声虫が――応声虫にだけは、絶対に渡してはいけなかった霊能を、この怪異は持っている。
騙りを――持っている。
「私ね、気づいちゃったの。この400年で」
「何に?」
応声虫は不敵に笑った。自分の勝利を――負けない運命を確信したように。
「喧嘩で――戦いで、絶対に負けない方法」
応声虫の見た目が醜く歪み、身体が崩れて――いや、再構築されていく。新しい生命に生まれ変わるように、首が埋まり、腕が縮み、足が消えた。着物が脱げ落ち、消滅する。
嫌な予感だ……。まるで、得体のしれないほど強力な相手が、自分以外に出てくるような――。
「紫雷!」
私はその予感が現実になる前に、右手から紫色の閃光を放った。だが、私の攻撃は遅すぎた。紫雷は無造作に弾かれ、虚しく屋根の一部を消し飛ばした。
「遅い。遅いよ、藤樹瑠衣」
機械的な、だけどまごうことのない声が、私に騙りかけた。私に対して無色透明なその声は、私が誰よりも知っていて、そしてその姿は誰よりも見たことがあるものだった。
「やっぱり……」
目測で身長は160センチ。筋肉質で少し引き締まった身体は、パフォーマンスを最大限に活かしてきた。百戦――万戦練磨の戦闘員。長い髪は結わえられ、高く上がったポニーテールが愉しそうに揺れている。平均よりも少し小さな胸は、戦いを邪魔にすることがなく、霊力の補正を受けて女性の身体でも男性並み、いや、それ以上のパフォーマンスを出してきた。華奢とすら言われたことがある身体には、太い霊力線が通っており、現実の状況を一掃できるほどだった。
「私の身体を、中身ごと写したんだね」
実に、応声虫らしい。騙りの使い手らしい判断だ。私の中身ごと読み取って、自分に貼り付ける。模倣的ではあるけど、間違いなくこの世界で一番の強さを手に入れられる。
「当たり前でしょう。あなたに勝てるのは、この世界ではあなたしかいないんだから」
霊力に酔っているのか、相変わらずの無機的な声だけど、少し上ずっている。私は刀を創って構えた。私相手なら、絶対に本気でいくべきだ。最初から、フルスロットルで。
「私は、絶対に負けない。負けたら、おしまいだもの」
――そんなの、もったいないじゃない。
不敵に笑った怪異の姿が、音もなく消えた。きっと、疾く動いているのだろう。私だって、少し前までは多用していた技だ。闇討ちに奇襲、見えないということは、それだけで大きなメリット。
「私の記憶も読んだんでしょう?それなら、わかるはずだよね。この技術のデメリット」
所長レベルの相手には、通用しないと思って封印した。見えなくても対処する技術を、所長は私に示してくれた。所長の技。
「霊力の壁、とでも言うのかな」
霊力の壁には、勢いよくぶつかった怪異が、張り付いていた。やっぱりだ。応声虫は、応用ができない。技術の発展はできても、応用ができない。応声虫は、基礎をひたすら――人間が到達できない範囲まで引き伸ばしただけの、レベル1の生き物だ。
「所長の技術、すごいでしょ」
私は、応声虫を踏みつけて見下ろした。
「まだまだ!」
機械的な声で叫ぶと、応声虫は腕の力で私を押し返した。自分でも出したことのない力に、私は後ろに下がって様子を伺う。そんな私の両肩を霊力球が穿った。血が滲み出て、刀を持つ手が重くなった。
「やってくれる!」
この応声虫は聡かった。弾いたのは、ただの霊力の球じゃない。半球を鉄で創ったものだった。応声虫の霊力は擬態主とおなじになる。だから、霊視で異物として感じることはあっても、体内に入ってしまえばもう私の一部。霊力の球だろうが、霊力回路に流される。でも、創造したものは物質と同じになる。
つまり、同化することなく、体内に残り続ける。
応声虫の足が、地面を強く蹴った。
「だてに400年、生きてなくってよ!」
応声虫の容赦ない一撃が、私の腹を貫いた。
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第十節「異界の存在」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




