応声虫の力
実力行使、とは言ったものの、怪異がどこにいるのか、私はさっぱりわからなかった。それほどまでに、応声虫の擬態は完璧だった。霊視の結果も、霊力を探ってみても、この土地に存在するすべての霊力保持者は人間。その程度に差はなく、どこまで探っても人間しかいない。霊力が持つ個性だって、血縁が近ければ、大抵は似る。鈴音ちゃんとあの怪異ですら、大した差はない。
「鈴音ちゃんは、あの怪異探せる?」
「無理ですね。私、霊視苦手なんで。それに、今の状況だと得意でも無理ですよ」
即答だった。食い気味に答えられて、私は面食らった。鈴音ちゃんに無理と言われてしまっては、これ以上探る手立てもない。大人しく、あの怪異が姿を見せるまで待つほうがいいだろう。
「あのー、瑠衣さん」
「なに?」
「下ろしてくれませんかね……」
鈴音ちゃんが私を見上げて要求してきた。私が大柄で鈴音ちゃんが小柄だったせいで、あまり持ってる感覚がなかったが、脇腹に抱えたまま鈴音ちゃんを下ろしていなかった。私は音をたてないように、鈴音ちゃんを下ろした。
「やっと、離れてくれましたね」
「えっ?」
太陽の光を遮るように、怪異が私の目の前に現れた。怪異は大きく腕を開き、私の眼前で手を叩いた。私は思わず目を閉じた。パンッという太い音とともに、私は下に落ちた。自分が逆さになっていることも考えて、あらかじめ粘着力を持たせた足場を、自分の靴裏にぴったりとくっつけて創った。私はこれ以上落ちることなく、足場に着地した。
「ここは……」
漫画や小説じゃあるまいし、こんな空間、あの程度の大きさの屋敷に存在していいのだろうか。私の眼前には、限りなく広がっている空間があった。前後左右はもちろん、上下にすら限りはなかった。上を見ると、私が落ちてきた穴なんてなくて、鈴音ちゃんも、怪異すらも存在しなかった。
「物はどこに落ちるんだろう……」
上下がどこにあるのか、私はビー玉を創って上に投げてみた。放物線を描いて落ちるかと思ったビー玉は、打ち上がったまま落ちてくることはなかった。
「どういう事?」
物理法則が無視されている。宇宙じゃあるまいし、地球上で物が上に落ちることなどありえない。いや、もしかしたらあの怪異がそれほどに強力だったのかもしれない。
「火は……」
燃えるのか?私はライターを創ってフリントを回してみる。シュッシュッと音こそ聞こえるが、火花の一つも散らなかった。
「呼吸はできるよね……」
酸素はあるのに、ライターがつかない?何かおかしくないか。ここは宇宙ではない。ならば、どこなんだ。状況を整理しよう。主に、あの怪異の事を。
まず、ここは宇宙ではない。火がつかないのに、呼吸はできているからだ。
次に、あの怪異のこと。わかっているのは400年前の透石家当主を形どっている、応声虫。その霊力量、霊能、人格以外のすべてがその当主のもの。人格以外の、すべてが――。
「なるほどね」
江戸時代の科学力で、宇宙の観測はおろか、構成する物質などわかっているはずがない、と、しよう。ならば、この状況をどう説明するのか。鈴音ちゃんのもう1つの霊能、荷物の格納。あれは恐らく、騙りの霊能を発展させたものだろう。地球上は三次元なんだ。例え原子レベルで荷物を分解したとしても、その重さは鈴音ちゃんが背負うことになる。
だが、騙りの霊能なら――もし、鈴音ちゃんが、霊力を使った創造の逆をできたら?小学生みたいな発想だ。現実的ではない。騙りの世界に、物質を収納できたなら――。私を分解して、自分の世界に取り込むことだって――できるはず。
「つまり、ここは――」
応声虫の精神世界――。
「半分、正解。いいえ、3割といったところでしょうかね」
機械的な声が、私の後ろから聞こえた。私は足場を回転させて振り向いた。
「7割くらいあってもいいんじゃない?」
「いいえ。途中から間違えてますから」
鈴音ちゃんの見た目をした怪異が、目測で私の4メートル後ろに立っていた。私が近づこうとすると、怪異は、掌を向けて拒んだ。
「それ以上近づかないでよね。あなたがこっちに寄ってきたら、何が起こるかわかったもんじゃないんだから」
私は近づくのをやめて、回答を求めた。
「答えは?」
怪異は、人差し指で上を指した。私は、怪異の指す方向に目を向ける。視界の向こうには、屋根の上で眠っている私と、ボロボロな鈴音ちゃんが映っていた。
「正解は、あなたの精神を肉体と切り離したあと、精神だけを私の世界に持ってきた、でした」
すごいでしょ、と、怪異はドヤ顔で胸を張った。
「ふーん……。それが、あなたの必勝パターン?」
「パターン?は、知らないけど、そうだね。必勝の定番、みたいな?」
堂々と自分の勝利を確信する怪異を、私は心底軽蔑した。コイツは、きっと、自分の姿が見えていないのだろう。見えているのなら、ここまでおろかにはならないはずだ。
「ねえ、応声虫さん」
「なに?」
私は応声虫に聞いた。
「まだ鈴音ちゃんは死んでないのに、どうしてあなたは鈴音ちゃんの姿をとれるの?」
応声虫は首をかしげた。その様子に、私は勝利を確信した。
「さあ?自分の姿なんて、知らないよ。どうでもいいじゃん、そういうの。まあ、強いて言うなら、その鈴音ちゃんって奴が、弱ってるんじゃない?」
そっか、そうだよね。君達の世界には、物質なんて存在しないもんね――。
私は応声虫との距離を一気に詰めた。
「なにをっ」
力強く掴んで、霊力を流し込む。一瞬、応声虫の姿が揺らいで、鈴音ちゃんの霊力が呼応するように私の霊力と混じり合った。
「ただいま」
気がつくと、私は確かな重力と日光を体に感じた。右には、ボロボロな鈴音ちゃんが立っていた。怪異は白目を向いていて、けれど姿勢はしっかりと立ったままだった。
「遅いですよ、あの程度で気絶するなんて、まだまだですね」
「不甲斐ないね」
怪異の方に目を向けると、瞳がゆっくりと戻ってきていた。
「じゃあ、あとは私に任せて」
「私はお役御免ということで」
鈴音ちゃんはそういうと、私の後ろに隠れた。
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第九節「応声虫の力」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




