決裂
「それで、今日は何の御用でここまで?」
怪異は、焦点を私たちに合わせないまま、私たちに向けて言葉を発した。機械的な声に、機械的な動作。市販のロボットよりも機械的なのに、笑顔だけは絶やさない。きっと、私に刃を向けた時ですら、この怪異は笑っていたのだろう。そう思ったことに、私は恐ろしくなって身震いした。
「透石偉黎って、知ってますよね?」
私は会わない焦点を無理矢理にでも合わせてやろうと、怪異の目をじっと見つめながら言った。
「透石……偉黎。あい、存じておりますよ」
怪異の表情は変わらないが、やはり気分を害したのだろうか。刀にそっと、手を伸ばした。私は手を少し怪異の方に伸ばすことで、それを抑えた。怪異は、私の手に少し視線を向けたが、手を引いて元の膝上に戻した。
「単刀直入に言います。彼の指名手配を取り下げてください」
私の言葉に、怪異は素早く刀を取った。柄に手を置き、刀を取り上げようと腰を浮かせた私を牽制してきた。
「それはできません。私は、霊能界の事を思って透石偉黎を追放しました」
機械的な声で言われても、思っているようには思えないが、私は座り直して怪異にも刀を置くように勧める。
「どういう風に、思っているのですか?」
怪異はゆっくりと刀を置くと、言葉を返した。
「透石偉黎は、危険人物でしてよ。霊能界の古参を敬う気がない、革命家気質な人間でね。私の正体を知るなり、刀を抜いて首に刃を突き立てました……。彼を霊能界に迎え入れるのは、あまりにも危険です。あなただって、怪異研究所本部の方なら、この危険性がわかるでしょう?」
「……」
私は、唖然とした。この怪異は、一体何を言っているのだろう。理論として、この怪異の言葉はあまりにも成り立っていない。この怪異を殺すことが、革命になるのか……?
「そうですね……。それは危険です。ところで、あなたは怪異を殺したことはありますか?」
私は怪異に問いた。怪異は、柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「いいえ?私は、殺したことなんてありませんよ?逆にあなたは、殺したことがあるのですか?」
「ええ。たくさん殺しましたよ。最近も、鬼を2体殺しました」
「そうですか。それは、結構なことで」
「では、人を殺したことはありますか?」
「いいえ?私は不殺生を通しているので」
しゃあしゃあと、怪異は答えた。私は騙りの霊能ではないし、霊能なんて持っていない。でも、桃斬童子や螢を見てきたから、なんとなくわかる。この怪異は――。
「いいや。殺してますよね?何人も」
「いいえ?」
嘘をつくな、と、私は思った。この怪異は、絶対に何人も殺している。人を殺した怪異の目だ。実際に殺していなくとも、間接的に――人間的に人を殺している。空音ちゃんに会う前の――感情器官を創って貰う前の私みたいな人を、大量に生み出している。確かに、法律で裁けるような罪ではないかもしれない。それでも、意図的にそれをすることは、道徳的に罪だ。
「あなたが思っているような事は、事実としてありませんよ」
この怪異と話している感覚は、所長が――いや、村田終夜が、私を騙そうとしていた時のようだ。ずっと格上の相手に、永遠に真実の周りを走らされているような感覚。およそ、犯人にしかできないことだ。事実としてはない。ならば、真実としてはあるのだろうか。もしくは、史実として。
ふと、愉しそうに怪異の目が細められた。笑美という祝詞の一部がよく似合う、美しい笑い方だ。知らなければ、その容姿も相まって、神とすら祀り上げられるような――。
「気持ち悪い――」
ずっと黙っていた鈴音ちゃんが、ゆらりと立ち上がった。そのまま怪異の前に立ち、右足で怪異の体を力強く蹴った。大太鼓のような低い音が、和室中に響き、そして消えた。肺の上にあたったのだろう。強く蹴られたというのに、怪異は微動出せずに、表情の一つも変えずにそのまま座っていた。
「心外でございますね。私は400年、この笑い方をしてきました。あなたが生まれるよりもはるか昔から、私はこの世にいました。神と呼ばれたことすらもあります。そして、あなたの先祖でもあります」
怪異の言葉は、徐々に妙な響をはらんできた。熱っぽく、そして流暢に。遠巻きな言葉に、鈴音ちゃんは眉をひそめた。
「何が言いたいの?」
怪異は、より一層笑みを深めた。目は三日月になり、僅かに見える瞳は、からかうように光った。
「これは、あなた達が言うところの、神に値するのではありませんか?私は先祖で、神です。この無礼な脚をどかしなさい、鈴音――」
「ふざけるな!」
鈴音ちゃんは、右足を高々と蹴り上げた。そして、勢いよく落とす。怪異はぬるりと動いて鈴音ちゃんの蹴りを避けたが、鈴音ちゃんの脚はそのまま畳を蹴破り、床下へと突き抜けた。
「ちっ」
私の感覚だけれど、鈴音ちゃんの霊能は両方、戦いには向いていない。だから、鈴音ちゃんに戦わせたら、たぶん負ける。そして、鈴音ちゃんは死ぬ。それだけは避けなきゃいけない。
私は怪異を蹴り飛ばして、鈴音ちゃんを強く引っ張りあげた。畳床が割れて、尖った欠片にでも切られたのだろう。鈴音ちゃんの太腿には、川のように大きな血が流れ出ていた。私は鈴音ちゃんの太腿の傷を治して、抱えたまま窓から飛び出した。空中で方向を変えて、屋敷の屋根の上に着地する。
「感情的に動いたらダメだよ、鈴音ちゃん」
「すみません……。あいつが先生にしたことを考えちゃって、つい……」
私を見上げる様子は可愛らしいが、流されてはダメだ。つい、では済まないのが霊能力を使った戦い。一瞬の判断を誤らなくても死ぬ。死んだら何もできやしない。死人は喋れないし、戦えない。
「つい、じゃない。あの怪異は、わざと鈴音ちゃんを攻撃しなかった。鈴音ちゃんは、見逃されたんだよ」
鈴音ちゃんの顔は、一気に青ざめた。攻撃を避けられた上に見逃される。武人――いや、戦いを生業とする者にとって、これほどまでに屈辱的で、恐ろしいことはない。あの怪異は、鈴音ちゃんを数に入れていないし、鈴音ちゃんの攻撃を危険視していない。きっと、最初から私だけを見ていたのだろう。
お前はどうとでもできる。あの怪異は、鈴音ちゃんにそう言っているのだ。
私さえ消せたらいい。そういうことだろう。
「とにかく」
私は仕切り直した。
「交渉は決裂した。実力行使だよ、鈴音ちゃん」
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第八節「決裂」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




