石谷家の教育
透石家当主は、応声虫が体をのっとった。これが400年前の江戸時代初頭。当時の当主の名は透石翠松。その勘の良さで勝ち馬に乗り、透石家を大きく成長させたと記録に残っている。元々は平安時代の犯罪者がつくった一族が、政治に影響力を持つほどの大きさになった。これが400年前。どういうわけか、応声虫がその当主の姿のまま、今でも当主として透石家を導いている。
「つまり、脚を切ってくれってことですか?」
「物騒な……」
「再生くらいできますよね?」
私はそろそろ当主を見失いそうだったので、押さえつけたままの透石桂史に聞いた。さっきの発言から察するに、応声虫の欠片でも入っているのだろう。だが、正直なところ、私レベルの解析力だとただ見ただけでは、どこからがその小さな応声虫の欠片なのかがわからない。
「さすがに、手足の再生はできないな。俺くらい少ない霊力だと……」
確かに、私の霊視に引っかからないくらいだから、かなり少ないのだろう。私を切りつけてきた刀だって、霊力で創ったものではない。その証拠に、奪った刀には重さがある。
「それに、多分俺達は手足とかには入れられてない。たぶん……」
「たぶん?」
確証がないのか。じゃあ、少しでも可能性を排除するために手足を斬り落としておいたほうがいいんじゃないのか。どうせ、本部の治療役たちなら、それくらいは再生できるだろう。私ができるのだから。私がまずい表情でもしていたのだろうか。透石桂史は、焦ったように口を開いた。
「拘束具でいい。どうせ、俺の霊力じゃあ、普通のロープすら切れない。だから、なんでもいい、縛れるもので縛ってくれないか?」
私は鈴音ちゃんに視線を飛ばす。鈴音ちゃんはスーツケースを開けると、中から銀色の手錠を出してきた。
「おもちゃ?」
「本物です」
本物の手錠なるものが売られていることに驚いたが、そういえば、少女漫画にもそういうシーンがあったような気もする。さしずめ、精巧なおもちゃといったところだろうか。
「違いますよ、瑠衣さん。官給品は買えないんですけど、アメリカの警察が使うような手錠は、通販サイトとか、あとは提携さえしたら、一般人でも買うことはできるんですよ。まあ、現役品は難しいですが」
確かに、音に密度があるというか、しっかりとした重さのある音がした。これなら、霊力量が少ない彼は壊せないだろう。私は、念の為彼の刀を踏みつけて折っておいた。どうせ、予備の刀くらい、この屋敷にはいくらでもあるだろう。彼は面食らった顔をしていたが、当然だ。再起できる敵の戦力は、できる限り削いでおいた方がいい。
「瑠衣さん、スーツケース、貸してください」
「ん?どうして?」
「まあ、貸してくれたらわかります」
私は、鈴音ちゃんに言われるがままにスーツケースを渡した。鈴音ちゃんがスーツケースに手をかざすと、スーツケースが跡形もなく消えてしまった。
「!?」
私は、一体どこに消えたのかと、スーツケースがあったあたりを手で探ってみる。鈴音ちゃんは、私の様子を見て、小さく笑った。
「久しぶりにそんな反応見ました。大丈夫ですよ、いつでも取り出せます。異空間的なやつに送っただけですから」
鈴音ちゃんがそう言うのなら、大丈夫なのだろう。ここでは仲間なのだから、疑うのも不適当だ。信じるしかない。
「さあ、行きましょう」
さすがに時間をかけすぎたか、当主はもう見えなくなっていた。
「どこにいるかわかるの?」
「わかりますよ、そりゃあ。だって、石谷家最大の敵ですよ?本家の間取りくらい、全員把握してますよ」
「……」
そんなにガバガバなセキュリティなのか、透石家の情報は。まるで筒抜けだ。
「それに、トラップの位置もわかります。もう、引っかからなくて済みますね!」
知っていたら教えてほしかったのだが。まあいいだろう。この程度の相手なら、いくらかかってこようが、大して霊力も体力も消費しない。
「さ、行きましょう。おおよその目星はついてますから!」
鈴音ちゃんはそう言うと、大きく飛び上がり、2階の屋根に着地した。私も後に続いて鈴音ちゃんの横に着地する。鈴音ちゃんは音をたてないようにそろそろと歩いて裏側に回ると、すると、不用心にも――2階だから、不用心も何もなく、私達が変質的な犯罪者なのだが――大きく開かれた窓があった。その向こうには古風な引き戸があり、その奥には確かに、あの怪異の気配がした。
「入りましょう。瑠衣さん、靴をかしてください」
「ん、わかった」
私は靴を脱いで鈴音ちゃんに渡すと、スーツケースと同じように消した。いつの間にか、鈴音ちゃん自身の靴も消えていた。鈴音ちゃんは窓枠に脚をかけ、中に入っていった。私も後に続いて中に入る。そのまま、まっすぐにある引き戸を叩いて、鈴音ちゃんは中にいる怪異に話しかけた。
「入ってもいいでしょうか?」
「どうぞ」
中から機械的な声がして、私は身震いした。その声は、外で聞いたときよりも鮮明に、その不気味さを増していた。怒り、などという感情が怪異にあるのかは知らないが、明らかに何かが変わっていた。
「失礼します」
「はい」
引き戸を引いて、中に入ると、そこは6畳の畳部屋で、中央より少し奥側に水色の着物を着た怪異が正座で座っていた。まっすぐに伸びた背筋と、横に置かれた青い鞘に納められた刀が、私達に対する姿勢を示していた。
私達が座ったのを見て、無表情な怪異はゆっくりと口を開いた。
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第七節「石谷家の教育」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




