透石家
イエッサーなんて、威勢のいい返事をしたけれども、サーは男性だった。いやいや、サーが男性なことくらいは常識レベルなのだが、かといって女性の場合どういう返事になるのか、ということは私を含めてあまり知られていない。もちろん、知らなくてどうこうということは、この国ではあまりないのだが、鈴音ちゃんは違ったらしい。
「チッチッチ。ダメダメですね〜」
少女に――いや、見た目から考える年齢的には幼女――に、ダメダメと言われると、なかなかに心にくるものがあるが、鈴音ちゃんは博識なのかもしれない。
「私は女性で、未婚なので、アイアイマム、ですよ。サーのままでは出発できませんね。まあ!海軍ではないのですが!」
「アイアイマム!」
日本語的には、少女(幼女?)にマムは不思議な感覚なのだが、まあ、鈴音ちゃんの勢い的に、間違ってはないのだろう。別に、小説にして出すわけでもないのだから、SNSで叩かれるようなこともあるまい。その場のノリ的なやつだ。
「では、行きましょう!」
「アイアイマム!」
勢いよく、私達は石谷家の本部を後にした。
石谷家の本家が東京の都心にあるだけあって、発言通りに鈴音ちゃんはここらへんに慣れていた。どこぞの小説のようなダンジョンにすら見える東京駅も、迷うことなく進んでいき、私は全く使いこなすことのできないスマホを使いこなしていた。
「まあ、私は東京に住んでますから!日本の中心に住んでますから!東京駅でなんて迷いませんよ!」
「その割には、スマホでずっとマップ開いてる気がするんだけど⋯⋯」
「まあ?念の為、みたいな!」
「スマホって、地図もだせるんだ⋯⋯」
「そっち!?」
やはり私はまだまだ浮き世離れしているらしい。大きな目をさらに大きく開いて、鈴音ちゃんは驚いている。少し前まで、スマホすら持っていなかったのだから、当たり前だと思うのだけど。
「いやいや、スマホを使わずに、どうやって東京で生きていくんですか」
「うーん⋯⋯。東京に来たの自体が初めて⋯⋯」
「本部は東京ですよ?」
「え?」
「だから、怪異研究所の本部があるのは、東京ですよ?」
「そうなの!?」
初耳だ。あんな森しかない場所が、東京なのか⋯⋯。勝手に地方だと思っていた。
「まあ、瑠衣さんは箱入り娘ですからね。スマホという文明の利器も渡されていなかったのでしょう?」
箱入り娘、なのだろうか。私自身は、箱に入っていた感覚はなかったのだけど。34支部のみんなとの感覚の違いはあった。実際、世間と隔絶された場所にいたのだから、多少の感覚の差はあって、見てきた世界の差があるのだろう。埋められるものなのかはわからないけれど、埋めていったほうがいいのかもしれない。先達は世界なのだから。
「そうですね。瑠衣さんは、早く外の世界に慣れたほうが良いと思います。私も、時間はかかりましたが」
「そうだよね。え?」
私も時間はかかりましたが?どういう意味だろう⋯⋯。
「そういえば!」
「はい!」
「スマホは何を使っているんですか?」
「えーっと⋯⋯わからない」
実際、電話とチャット以外であまり使っていないから、何を使っているのかもわからない。ガラケーというものを復活してほしいくらいだ。あわよくば、黒電話の時代に戻ってほしい。
「それはそれで不便そうですけどね!あ、電車来ましたよ」
次々に電車というものが大きな音を発てながらやってくるこの駅で、正確な電車に乗るのは難しそうだが、鈴音ちゃんは不思議といくつか見送ってから乗った。
「そういえば⋯⋯」
「しーっ、です。電車の中での雑談は、マナー違反ですよ」
私は右手を唇の前で動かしてお口チャックをする。そんなに厳しいマナーだったとは⋯⋯。普段の10分の1程度の声量だったのだけど。
「次で降りましょう」
1時間ほど揺られただろうか。鈴音ちゃんはドアを指さして合図した。さすがに1時間も人に揉まれて立っていたら、苦しい。満員電車というほどではないのだろうが、慣れていないとこの距離感はきついものがある。
「田舎から引っ越してきた人みたいな感想ですね」
着いた先の駅で、鈴音ちゃんは私の感想にそうコメントした。夏がもうすぐ過ぎようというのに、照りつける太陽は、まだまだ現役だ。東京の中心地よりは多少涼しいけど、肌感覚的に30度はありそうだ。
「また少し歩きますけど、大丈夫ですよね?」
「少し休憩したいかも⋯⋯」
「じゃあ、しゅっぱ⋯⋯え?」
鈴音ちゃんは前足を出したまま固まって首だけこちらをみた。
「最強が何言ってるんですか?」
「最強だから体力がないんだよ」
私は武道家じゃない。霊力で体力をバクアゲできる戦士だ。基礎筋力は多少一般人よりあっても、持久力はあまりない。
「10キロ走とか、やらないんですか?」
近くの公園のベンチで、私と鈴音ちゃんは自販機で買ったジュースを飲みながら一息ついていた。
「昔はやってたけど⋯⋯」
だんだん戦闘訓練の時間のほうが長くなってたし。基礎体力なんて、いくらでもカバーできるから――と。
「やっといたほうが良いと思いますけど。それで瑠衣さんが最強を張れるのなら、その方法が正しいのでしょうね!」
そう言い切ると、残っていたジュースを一気飲みして、勢いよく立ち上がった。私のジュースはもう既に空で、そこに数滴分残った飲めない量のジュースが、太陽光を反射していた。
「さあ、行きましょう!もうすぐそこですよ!」
私は鈴音ちゃんに急かされて立ち上がる。親切にも、この公園にはゴミ箱が設置されていた。少し溢れかけていたので、私は霊力で圧縮しておいた。
「慈善家ですね〜」
「善意よりも義務感だよ」
「根っからですね〜」
「まあね」
軽口を叩き合いながら、鈴音ちゃんの案内で石谷家と同じような見た目の日本屋敷にたどり着いた。
「これが?」
「そうです。ここが、かの有名な霊能力界の御三家が一つ、詐欺師の館・透石家の本家です!」
私は、歴史的な建造物を見ているかのような気分になった。メジャーな建物であるはずなのに、どこか浮き世離れしていて、隔絶された世界にいるかのような。昼間に星でも見ようとしているみたいだ。
「どうか致しましたか?」
私がぼうっと屋敷を見ていると、そう話しかけられた。その声はとても落ち着いていて、聞いたことがないほどに雅な声だった。
「やだなぁ、鈴音ちゃん。ちょっと気が宙をさまよっていただけ――」
私が後ろを振り返ろうとすると、右に強く引っ張られた。
「違います!私じゃありません!そして、気が宙をさまよっていたら、大変です!」
鈴音ちゃんごしにそこを見ると、水色の着物を着た女性が、刃物で私がいた場所を突き刺していた。
「あらぁ、避けられてしまいましたか。勘のいいガキ――失礼、勘のいい裏切り者の一族ですねぇ」
その女性は、少しふくよかな顔をこちらに向けて、落ち着いた声で私に――いや、鈴音ちゃんに話しかけた。
霊能物語本編第六章「透石偉黎」第五節「透石家」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




