石谷鈴音
透石家は、日本の霊能力界でもっとも強力な家だ。その歴史は古く、平安時代後期には既に存在していたらしい。人海戦術を得意とするその霊能は、組織化された霊能界ではめっぽう強かったと聞く。でも、僅か400年前、江戸時代にはどこからか湧いた応声虫に、当主の座を奪われてしまった。
「私なら、できますよ。応声虫がどんなに強くても、私なら勝てます」
石谷家は、透石家を追い出された透石偉黎がつくった家系だ。霊能も、組織の仕組みも、透石家と大差ない。ただ、単純な戦闘能力で図るなら、人数分透石家が有利、と言ったところか。
「どんなに⋯⋯か」
狐影さんから聞いた話によると、透石偉黎を指名手配しているのも、罪人として追放したのも、すべては応声虫によるものらしい。その応声虫は、強い上に政治的な駆け引きが得意で、怪異のくせに、怪異を祓う世界に住み着いているようだ。
「⋯⋯なら、いいだろう」
少しの沈黙の末、偉黎は、右手を私の方に差し出した。私は何をしたらいいのかわからず、戸惑う。
「その条件で引き受けよう」
偉黎は差し出した手を少し上下に揺らし、私の右手に視線を送った。私は彼が握手を求めていることに気づき、手を握る。
「じゃあ、今から潰してきますね」
透石家がどこにあるのかはわからないが、もう一度本部に戻る時間くらいは残っているだろう。私は出入り口があった場所に近づく。
「もう行くのか⋯⋯」
偉黎が小さくぼやいた。
「制限時間があるので」
私がそう言うと、偉黎は顎髭を触って少し考える素振りを見せた。
「ふむ。狐影か」
「はい。狐影さんですね」
「そうかそうか。なるほど⋯⋯」
偉黎はそう言うと、目を伏せ、少し沈黙した。彼が開けてくれなければ、私はここから出ることもできないので、私は偉黎に視線を送ってアピールする。
「良し、わかった」
偉黎は覇気のある声でそう言った。
「儂も、お前に手を貸そう」
さっきまで嬉々としてはいたが、生き生きとはしていなかった老人の目に、野望のような光が宿った。
「本当に!?」
「ああ、人材を貸そうじゃないか」
「ああ⋯⋯」
なんだ、このとても強い人がきてくれるわけじゃないのか。私は少し残念だったが、空音ちゃんレベルの人が来てくれるなら、少なからず楽になるだろうと思いなおす。
「空音は貸さんがな。お前も知っている奴を貸そうじゃないか」
偉黎はそう言うと、何やら宙で手を動かした。偉黎の手が止まると、私の後ろの壁が開いて階段が現れる。それが、自分がここに来るまでに下りてきた階段だと気づくまでにそう時間はかからなかった。
「外につながる道だ。それを登っていけば、また上に出られる。もう連絡はしてあるから、あいつが上で待ってるはずだ」
偉黎はそう言うと、手で登っていくようにと、私を促した。私は偉黎に礼をして階段を登る。下りてくるときも思ったが、なかなかに長い階段は、登っているだけで体力が使われていく気がする。偉黎さんは、あの老体でこれを登っているのだから、やはりただ者ではない。10分ほど登り続けると、あの小さな扉の光が見えてきた。どうやら、既に先客がいるらしい。扉の先には、薄っすらと人の影が見える。
「あの影は⋯⋯」
あの人だろうな。私が知っている石谷家の人間なんて、そう多くはないんだから。あの、白くて小さくて茶髪の女の子。水色の着物を着た女の子。名前は確か⋯⋯。
「鈴音ちゃん」
「はい」
白い肌に茶色い髪、小さな体躯の女の子は、静かな声で返事をした。小さくまとまった正座は、育ちの良さを感じる。戦いしか知らない私のがさつな正座とは違って、茶道を思わせる綺麗な正座は、気配を感じづらい。私は、鈴音ちゃんの視線まで、姿勢を下げる。下を向いた彼女の顔は見えないが、表情はあまりないようだ。
「私と一緒に、透石家に行けって言われた?」
「はい。たった今、当主様より連絡がありました」
「支度にどれくらいかかる?」
「既に」
「既に!?」
なんて優秀な子なんだろう。狐影さんが亡くなったら、この子を本部で起用しようかな。私にそういう権利があるかは知らないけど。ついでに、空音ちゃんに対して中毒症状がなかったら、この子を支部にも連れていきたかった。
「連れてってくださいよ」
「心を読まないでよ」
「私は、空音お姉様の情報に飢えてるんです」
できる限り渡さないほうが得策かもしれない。なるべく、別の事を考えていよう。
「無理ですよ。私は勝手にあなたから情報を取り出せるんですから」
これだから、騙りの使い手は厄介だ。敵に回したくない。
「そう思っていただけたら光栄です。私も、空音お姉様の情報を持っている方を、遠ざけたくはないので」
んん⋯⋯。やっぱり断っとこうかな。
「迷子になっても知りませんよ」
「なんでその事を知ってるの?」
私が東京駅で迷子になってたことは、あのお兄さんしか知らないはず。
「家の前でうろうろしてるの見たら、猿でもわかりますよ。もっとも、私は空音お姉様のために、色んな情報を集めていますけど」
私の後でもつけていたのかな。背中に注意しとかないと。私がそんな事を考えていると、鈴音ちゃんが「とにかく!」と仕切り直した。
「私がいたら、迷子になんてなりませんよ。なんでも、この家の人は、赤ん坊からおじいちゃんまで、透石家をいつでも奇襲できるように、透石家の施設までの道をすべて覚えてますから!」
「赤ん坊からおじいちゃんまで!?」
「はい!」
すごい!どうやって赤ん坊に道を教えたんだろう!
「キャプテンって、呼んでもいいですか!?」
「はい!お好きにどうぞ!」
鈴音ちゃんは、どこからともなくスーツケースを取り出して立ち上がった。
「さあ、私のすごさがわかったら、早く出発しましょう!」
「イエッサー!」
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