「霊能物語」1周年記念 祝話「霊能物語短編版―其の一」
ジリリリリ⋯⋯ジリリリリ⋯⋯
朝、都会と違って軽やかな空気の中で、私は目が覚めた。時代に取り残されたような、少し古い目覚まし時計を止め、階段を降りる。パパとママが働いている、怪異を研究する機関の指示で、私は度々転校してきた。親の都合で子供が転校するのは可哀想だという意見もあるが、人付き合いの苦手な私にとっては、とてもありがたかった。家だって、機関が用意してくれるものだから、いろんな家に住めるし、いろんな地域を見れる。決して、マイナスではないはずだ。
「あら。瑠衣、起きたのね。おはよう」
「おはよう、ママ。いただきます!」
3日前に引っ越してきたばかりだが、概ね片付いたリビングで、エプロン姿のママが私の分の朝ごはんを並べてくれていた。パパは、先に仕事に出てしまっていたようで、パパの分の食器はなく、代わりに、ママの朝ごはんが、私の向かい側に置かれていた。
「瑠衣、今日は登校初日ね」
「うん。転ばないようにだけは、頑張る」
前の学校では、登校初日にころんだせいで、泥だらけのまま教室に入るはめになった。
「もっと別のことを気にしなさいよ⋯⋯」
ママは呆れたように言いながら、鮭を一口分口に入れた。私は、時計を見て大急ぎでご飯をかきこむ。その後は、一言も喋ることなく、朝食を大急ぎで終わらせた。食器をシンクに入れ、部屋に戻って制服と下着を取って脱衣所に入る。お風呂で体を軽く洗い、大急ぎで髪を乾かしてセットする。校則を見たところ、化粧は認められていないようなので、ギリギリバレないラインを狙ってメイクする。
「いってきまーす!」
「はーい、いってらっしゃい」
大声で言った挨拶には、大声で返してくれた。
私には、パパとママから受け継いだ、特別な力がある。それは、幽霊や妖怪を視る力と、それを退治する力だ。ママたちの職場では、この力を霊能力と言うらしい。霊能力自体は特別ではなく、一般人でも霊感のある人は、この力がかなり弱いが備わっているのだとか。でも、幽霊や妖怪を祓ったり、それらと会話するためには、かなり強い霊能力がないといけないらしい。私は、家の2階から私を見下ろしている猿の妖怪に霊力をぶつけた。すると、猿の妖怪は変な悲鳴をあげて霧散する。
「全く、なんでこんなに多いのかなぁ」
私は、家の周りをぐるりと一周してみる。周りに田んぼと畑しかないような田舎の、そのさらに外れの場所にあるというのに、妖怪が湧きやすい東京の街よりも、よほど妖怪がいる。さっきの猿以外にも、蜘蛛や蝙蝠の妖怪、果てには兵士のような幽霊までいる。心霊スポットのお墓よりも、ここのほうが肝試しにいいのではないか。
私は、妖怪を祓いながら歩く。もちろん、行き先は学校なのだが、パパいわく、世間には知られていないらしい。なんでも、見えない人からしてみれば、妖怪や幽霊のような存在しないものに税金を使うのはどう映るのか――。と、いうことだそう。見える人からしたら、神社やお寺に頼るよりも、よほど信頼があるのだが。
家から地元の高校まで片道1時間。徒歩で行ける距離にあるだけ、まだマシだろう。東京の時は、電車を含めて20分程度だったが、転勤族をしていれば、これくらいは日常茶飯事だ。文句は言うまい。私だって、パパやママのしている研究が好きだったりする。好きなことを、いろんな環境で探求できるのは、恵まれている証拠だろう。
「転校してきた、藤樹瑠衣さんですか?」
普通の登校時間よりも少し早めに転校生が呼ばれるのは、全国共通なのかもしれない。職員室の前で、持ち前のコミュ症を出していると、明るい職員が「もしかして⋯⋯」と、声をかけてくれた。ありがたい。いつか、コミュ症にも優しい世界になってくれるかもしれない。
「あ⋯⋯はい」
転勤族の子供は、かなり極端に育つと聞く。馴染める人と、馴染めない人。高校生にもなれば、ある程度人が混ぜられるわけだから、たいして馴染めなくても問題はないのかもしれない。それでも、一定以上はクラスという小さな世界に溶け込まないといけないわけだから、氷になりたくなければ、その世界に合わせていくしかない。
「ああ、良かった。ちゃんと来てくれた」
「ちゃんと⋯⋯?」
「ああ⋯⋯うん。こっちの話。前に転校してきた子が、全然時間通りに来てくれなくてさ。いやぁ、あの時は焦ったよ、本当に」
底抜けに明るくて若い、女性の先生だが、彼女なりに苦労をしているのだろう。ホームページを見た所、この学校は伝統はあるが、最近は少子化も相まって、生徒数が激減しているらしい。あと数年では、廃校になるか、大きい学校に併合されてしまうだろう。
「へぇ、そうなんですね。ちなみに、その生徒も同じクラスですか?」
急な態度の変化に驚いたのか、少し私を見て、我にかえったように「ああ、うん」と言った。
「石谷空音っていうんだけどね。少し変わった子で⋯⋯」
彼女は急に黙ってしまった。私の今までの経験上、新クラスについてどれくらい知れるかが、運命の分かれ道だ。少しでも多く、クラスメイトの特徴を掴んでおきたい。
「どんな風に変わっているんですか?」
「どんな風に⋯⋯ねぇ⋯⋯」
そんなに、特徴のない人なのだろうか、イシヤソラネとかいう人は。変わった子、というぐらいなのだから、かなり強力な個性を持っているのかと思ったが。
「変わった――ていうのは、いや⋯⋯瑠衣さんに今言うことではないのかもしれないけれど⋯⋯」
なかなかはっきりしない態度に、私は少し苛立つ。自己紹介もできない私だが、インプットは速いのだ。今の間に、20名分は、好きなものと名前を把握できただろう。
「構いません。教えてほしいです」
私の言葉に、先生の視線が鋭くなる。
「本当に?」
「もちろんです」
即答した私に、先生は少し息を吐き、顔を改めた。
「なんというか⋯⋯。あの子には、何かが見えている気がするんだよね」
「見えている⋯⋯?」
何か、というのは、幽霊や妖怪の類が、ということだろうか。だとしたら、彼女も研究所の関係者なのかもしれない。
「うん、何が見えているのかは、私にもわからないんだけどね。例えば授業中に、ちゃんと私と黒板を見ているはずなのに、目は間違いなくこっちに向いているのに、視線だけが、私でも黒板でもない何かを見ている――。そんなことが、よくあるんだよ」
先生の言葉が、私の頭の片隅にある事情に引っかかった。
「それって、具体性を帯びたのがいつか、わかりますか?」
私の問いに答える前に、先生は左手首に着けた腕時計を見た。
「歩きながら話そっか」
「あ⋯⋯はい」
私の横を歩いている先生からは、洗剤の香りが香ってくる。思わず頭に顔を近づけたくなる匂いだ。
「具体性を帯び始めた時――だっけ?」
「⋯⋯はい。具体的に、いつ頃とかありますか?」
先生は私の質問に、少し気まずそうにして、周りを見た。職員の数も減らされているようで、周囲には誰もいない。
「1週間前の、クラスメイトの失踪からだよ。瑠衣さんも、知っているでしょう?」
「もちろんですよ。あんな事件」
知っているも何も、私がここに来たのは、そのためだ。いったい、どんな怪異が、この封鬼高校の生徒を隠したんだろう?
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