透石偉黎
「近うよれ」
結界に守られた花畑が広がる部屋の中央で胡座をかいていたのは、長い顎髭に紺色の袴を着け、長い刀を腰に一振り差した男だった。顎髭は、ろくに手入れされていないようで、どことなく不潔な見た目をしている。男から放たれる殺気は、気を抜いたら横の女の子の存在を忘れてしまいそうなほどだ。私は、殺気に押されないように、口角を上げて笑う。
「どうした。早く来ないか」
自分が出している殺気をまるで気にしていないような言動に、私は笑顔が引きつるのを感じた。どうやら、彼は無意識でこれをやっているらしい。武人らしいと言えばそうかも知れないが、基本的に引きこもっているようだ。武人としての高みには、辿り着けていないのかもしれない。少なくとも、私が知る最高の武人の村田所長は、こんなに殺気は出していなかった。
「あ⋯⋯はい!」
彼の私を見る目が少し厳しくなったのを感じて、私は少し急いで彼の前まで移動した。
「座らんか」
私がずっと立っているのを見て、偉黎は私にそう言った。相変わらず、私が前に来たというのに、殺気は強いままだ。一体、何をそこまで警戒しているのだろう。ここまで警戒する必要もないだろうに。
「鈴音」
「はい」
入口の前で立ったままの女の子に、彼は「外しなさい」と命令した。女の子――鈴音は、私を一瞬見て静かに礼をし、入口を閉じた。なにもないかのように結界の壁が現れる。まるで、外側に鍵が付けられた部屋のようだ。
「それで、今日は何の用でここまで来た?藤樹瑠衣」
柔らかいが、老人らしいガラガラとした声で、透石偉黎は私に聞いてきた。柔らかい声からは、先程までの殺気が、嘘のように亡くなっている。
「その前に――」
「?」
「村田終夜先生の死は、ご存知ですか?」
私の言葉に、柔らかくなった眼力が、少し強まった。いつでも殺せると言わんばかりの眼力に、私の体に少し力が入る。
「知らんな。あいつが死ぬはずがないだろう。あと100年は生きそうなやつじゃないか」
仲が良いというのは、本当らしい。私も、所長が死ぬまではそう思っていた。この人が死ぬはずはない、と。それでも、死んだのが事実だ。わかってもらうには、どうしたらいいのか。
「それでも、死にました。これが事実です」
偉黎の気迫に、少し勢いが加わった。今にも飛びかからんとする姿勢に、私も警戒を強める。もっと、穏やかに話せると思っていたが、それは間違いだったのかもしれない。
「弟子なら、あいつの生への執着がどれだけ強いか、知っているだろう。自分の目で見たのか?よもや、他人からの言葉を信じているのではあるまいな。弟子なら、確認くら⋯⋯」
偉黎は、私の言葉を信じきれないのだろう。私への疑いに拍車をかけた。私は、偉黎に信じてもらえないという状況に、少し苛立った。
「私が殺したのに、ですか?」
偉黎の目が、大きく開いた。丸々とした瞳が、まっすぐに私を捉えている。私は、その瞬間にまずいと感じた。彼の抜刀速度は知らないが、私が刀を創るよりは速いだろう。後ろに飛ぶか、諦めてヒットポイントだけずらすか⋯⋯。
「お前が、殺したのか⋯⋯」
以外な反応に、私が今度は戸惑う番だった。偉黎は、怒るでも悲しむでもなく、むしろ私を評価しているようだった。感心しているのだろう。右の口角が上がり、左手が髭を撫で始めた。姿勢が前に倒れ、右手が姿勢を支えるように膝についた。
「ふむ」
偉黎はそれだけ言うと、私をにやにやと見た。私は次に何を言われるのかと、気が気ではない。高鳴りする心臓が、口から飛び出るのではないかと思った。
「軟弱娘のままではないようだな」
軟弱娘?世界最強だとか、霊能界最強だとか。色々言われてきたが、弱いとは言われたことがない。生まれながらに、ほとんどの存在よりも強かった。正直、鬼を倒す前の私でも、この男は殺せるだろう。無論、殺したくはないのだが。
「くくっ。なあに、覚えていなくて当然だ。思い出す必要もないのだがな」
何の話だろうか。私は、私の知らない間に、この男に会っていたのだろうか。自分のことを覚えていないというのは、かなり気味の悪いことだ。
「何を言っているんですか?」
「こっちの話でな。藤樹瑠衣が覚えている必要のないことだ」
私の問いを、偉黎は気味の悪い笑みを浮かべたまま切り捨てた。質問を切られたことは不服だが、相手が答える気のない問題に時間をかけるほど、私も暇ではない。なんと言ったって、時間は3日間しかないのだから。
「そうですか」
「ああ」
「では、本題に入りますね」
私の淡白さに、偉黎の目が泳いだ。どうやら、自分のペースを乱されるのに弱いようだ。それもそうだろう。基本的に、引きこもりのようだから、自分のペースを乱されるのに強いはずがない。なら、ペースを乱しに乱して、私の要求を呑んでもらおう。
「私の業務を、一部担ってもらいたいのですが」
「?」
何を言っているのかわからないと、仕草が物語っていた。偉黎は、首をかしげて、私の目を見た。
「何を言っている。霊能界最強の仕事は、それ自体が誉れだ」
代わらない、ということか。
「できない。ということではないのだろう?本部所長の業務は、性別で不利になるような内容ではない。第一、最強にしかできない業務なのだから、性別の優位性で変わるようなものでもない。名誉を投げ出す必要もないだろう」
思考が、根本的に違うようだ。私の会話力では、どうにもならないレベルではないことを祈るしかない。なんとか、会話で解決できたらいいのだが⋯⋯。
「空音ちゃんが、34支部にいることは知ってますよね?」
「ああ。蛇崎白も、美倉紅玉もいるようだな」
ここまでは、大家に張り合おうとする家の当主なら、知っていて当然だろう。ここから、どう広げようか⋯⋯。
「では、私が参加していることも知っていますね?」
「もちろんだ。終夜から聞いている」
所長は、度々本部に偉黎を招いていたようだから、その時に聞いたのかもしれない。知っているなら、話が早い。
「まさか」
偉黎が語気を強めた。圧のある声に、少し萎縮する。
「34支部の仲間といたいから、業務を代わってくれ。なんて、言わないよな?」
さすがに、筋の通らない話だったようだ。偉黎の瞳が、私の出方を伺っている。
「そのまさか、です。代わっていただけないでしょうか」
私は、まっすぐに偉黎の目を見て訴える。真摯に、実直に。語りかけて答えない人ではないだろう。
「できないな。子供に、仲良しごっこのためのおもちゃを買ってやれるような大人ではなくてな。実の娘にも買ってやれないんだ。まさか、娘の友だちに買ってやるなんて、できやしないだろう」
偉黎は、そう言って立ち上がった。私は、少し頭を下げて両手を地面につけ、「そこを何とか」と粘ってみる。これでダメなら、戦うしかなくなる。それは避けたい。
「しつこいぞ、藤樹瑠衣。重罪人として指名手配されているわしが、本部の所長の肩代わり?できるわけないだろう」
――寝言もいい加減にせい。
偉黎は、消えた入口の方へと歩き始めた。私は、顔をあげて偉黎の背中に問いかける。
「もし、あなたの指名手配も、罪も消してあげると言ったら?」
偉黎の歩みが止まった。
「もし、透石家を応声虫から取り返せると言ったら?」
偉黎が私の方を振り返った。期待と、軽蔑の籠もった眼差しで、私に聞いてきた。
「できるのか?そんなことも。お前なら」
霊能物語本編第七篇「透石偉黎」第三話「透石偉黎」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




