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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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石谷家の当主

 迷子の末に着いたのは、江戸時代風の立派なお屋敷だった。東京の街にまるで似合わないそのお屋敷は、良家だと主張せんばかりの大きさで、なにより、時代を間違っているとしか思えないほどの日本屋敷だった。

 「どうしたものか⋯⋯」

 私は、屋敷の前をうろうろと歩き回る。正門と裏門が南北にあり、正門は言うまでもなく、裏門も、間違えれば正門と思えてしまうほどに巨大だった。私の背の2倍はあるであろう塀からこちらを伺う庭木の葉が、程よい雰囲気を放っている。私が延々と続くかのような塀を2周ほどした頃に、「すみません⋯⋯」と、か細い声で女の子が声をかけてきた。

 「はい?」

 私が振り向くと、自分が声をかけたにも関わらず、萎縮したように肩をすくめた。白い肌に茶色い髪、身長はおよそ140かそこらだろう。小さい背丈に一生懸命見繕ったような水色の着物には、観世水が描かれている。東京の中心地で、観光客でもないのに着物を着ているということは、それだけ着物が好きなのだろう。人の好みにとやかくは言うまい。身長から察するに、まだ小学生かそこらだろう。石谷家の方針なのかもしれない。

 「う⋯⋯うちに何か用ですか?」

 うちに、と、女の子は正門を指した。私は、家の関係者なのだろうと、当主はいるのかと聞いた。

 「当主様は今、出張中です」

 出張、という言葉に、私は違和感を覚えた。平の戦闘員ならともかく、当主ともあろう人間が、出張などあり得るのだろうか。

 「出張先は、どこかわかる?」

 女の子は、私の質問に視線を少し泳がせた。

 「えーっと⋯⋯」

 機密なのだろうか。確かに、当主の出張先なんて、バレたら大問題だ。秘密にするのも無理もない。

 「そうじゃなくて!」

 女の子は、声を張り上げた。

 「出張場所が⋯⋯その⋯⋯」

 「その?」

 「部屋、なんです」

 「へや?」

 平野の聞き間違いだろうか。出張先が部屋であれば、それは出張とは言わない。ただのオフィスワークだ。

 「もしかして、どっかの会社に行ってるとかかな?」

 私の問いに、女の子は首を勢いよく横に振った。

 「いえ、この家の部屋です」

 やはり、ただのオフィスワークだったらしい。

 「てことは、普通にお尋ねしたらいいってこと?」

 女の子は、また、首を勢いよく横に振った。

 「違います!」

 どういうことなのか、埒が明かないと思った私は、正門の横に、居心地悪そうに固定されたインターホンに人差し指を近づける。女の子は、慌てたように「待ってください!」と私を止めた。

 「なに?」

 「えーっと⋯⋯」

 女の子は、もじもじとした後に、覚悟を決めたように私を見た。

 「藤樹⋯⋯瑠衣さん――。ですよね?」

 「そうだけど」

 驚いた。私を知っているとは。知らないほうがおかしいらしいのだけど。

 「当主様が、藤樹瑠衣だけは通せとおっしゃっていました。どうぞ、こちらに」

 女の子は、門の右端にある小さな扉を押し開け、私に手招きした。

 「こっちからなんだ」

 私は、自分の身長よりも少し低い扉をくぐるった。決して年季が入っているとは言い難いその門の先には、同じような年代をイメージした江戸時代風の屋敷が建っていた。門の後ろに少しだけ瓦が見えていたが、予想通りの白い壁に木を黒く染色した縁柱が立ち、全体的に時代を間違えているとしか言いようがなかった。何でも、最近建てた家らしいので、やはりそれだけこだわりの強い人なのかもしれない。

 「あの⋯⋯もう少し、奥になるんですけど」

 女の子は、少し気まずそうに左の方をさした。石谷家――もとい、透石家の遺伝子は恐ろしい。女の子がただ気まずそうにしているだけなのに、何か別の感情が芽生えてきそうだ。ここで襲っても、私を止められる人はいないのだろうが、評判が悪い。できれば、もう少し人気のないところで⋯⋯。

 「わかった」

 頷いた私を、黄褐色の瞳が、咎めるように見る。

 「あまり、人の領域で好き勝手できると思わないでください⋯⋯」

 そういえば、石谷家も透石家も、人の心を読めるのだった。ということは、騙りの霊能を、この子も使えるということか。

 「石谷家の人間で、騙りをつかえない人はいません。普通は、騙りプラス何か⋯⋯別の霊能を使えるようにします」

 生来の霊能をそのまま使うことが多いこの霊能界で、大家に張り合うというのは、ここまで大変なのか。狐影さんも、海豚さんも、みんな霊能を2つ使えるのかな。説明しながら歩く女の子の背中を、私は一生懸命に追う。一度はぐれたら、この広い敷地の中でもう一度見つけるのは、かなり難しいだろう。なんせ、霊力の波は血筋で似るのだから。

 「ねえ、まだ?」

 かれこれ10分は歩いたし、角を曲がったのだって4回や5回じゃないはずだ。途中で屋敷に上がるために靴を脱いだし、スリッパに変える暇もないくらいの早足で進んできた。さすがに、そこまでの敷地の広さじゃないはずだ。

 「すみません。外部の人に中を覚えられないように、こうやって中をぐるぐる回ってから案内するのがルールなのです」

 ルールなら仕方ない。もともと、この家は透石家に睨まれているのだ。警戒が強くなるのは、仕方のないことだろう。にしても、10分もぐるぐる回るのは不思議だが。

 「着きました。ここです」

 女の子がそう言って立ち止まったのは、壁しかない廊下だった。

 「障子がいっぱいある廊下なら、もう通り過ぎたよ?」

 私は、暗に間違いじゃないかと聞いてみる。女の子は、心外だと言わんばかりに、頬を膨らませた。

 「間違ってません!ここです」

 女の子は、右手で壁の下の方を指した。何度見ても、そこには壁があるだけだ。

 「結界で隠してる?」

 私は霊視で少しだけ視てみる。確かに、霊力で創った壁の上に、少しだけ細工した壁を置いているようだ。

 「この壁を押してですね」

 女の子が壁を少し押すと、カチッという低い音とともに、壁が手前に出てきた。女の子は、出てきた壁を上にスライドし、結界の壁に何やら文字らしきものを描いた。女の子が描き終えると、結界に穴が開き、彼女が通れるくらいの大きさまで広がった。

 「どうぞ、通ってください」

 女の子は、私には小さすぎる穴を、無邪気に進めてきた。ここで、通れないというのもなんとなく悪いと思い、私は扉をくぐったときよりもさらに屈んで穴に体を押し込んだ。少しお尻が引っかかったが、概ね無難に結界の中に入ることができた。女の子も、私の後を追って中に入ってきた。私よりも小柄な彼女は、突っかかる部位もなく、なにもないかのように結界の壁を通った。

 「この階段を降りた先に、当主様がいます」

 結界の中には、階段が延々と続いていた。好きな漫画のホラー回というもので出てきた階段に似ている。狭い通路に、1人ずつ降りる分のスペースしかない階段が、暗闇の先まで続くのだ。どうやら、私はお化け屋敷にでも来ていたのかもしれない。

 「ひどいですね。この空間は、当主様が好んで造られたものです。お姉様から聞いていないのですか?」

 ()()()?一体誰のことだか。私には、石谷空音という人しか、石谷家には知り合いがいないのだが、。

 「空音お姉様から、聞いていないのですか?」

 空音⋯⋯お姉様?

 「知らなかったのですね。空音お姉様は、私の姉です」

 空音ちゃんの――妹?あの人、一人っ子じゃなかったんだ。不思議だ。

 「もっとも、私が空音様を勝手にお姉様と言っているだけですが」

 なんだ。この子がやばいだけか。女の子は、階段を先んじて下り始めた。なかなかに急な階段は、帰りが大変そうだ。

 「空音お姉様は、最近どんなご様子ですか?}

 一度火がついたら、止まれないタイプの人らしい。オタク気質、というやつなのだろう。確かに、空音ちゃんにはなかなかの中毒性があるが、ここまでハマる人は少ない気がする。心が読まれるというプライバシーの侵害を、素でやる人だからなぁ⋯⋯。

 「どんなご様子って言っても――。特に何か変わったことは⋯⋯」

 私のはっきりしない答えに、彼女はまくし立てた。

 「どんな些細なことでもいいんです。例えば、朝起きたらいい匂いがしたとか、あの日は声が少しだけ高かったとか。足音が重くなったとか、手が柔らかかったとか!」

 そこまでわかったら、もはや変態だろう。私はあの研究所の中では、誰でもない空音ちゃんと一緒にいる時間が長かったけど、そこまでわかるほどの時間じゃない。

 「使えないですねー。1か月同じ空間にいて、いったい何をしていたのですか?」

 他にもすることはあるだろう。逆に、この子は一体何をしているのか。

 「もちろん、空音様の鞄に仕込んだカメラのデータが、空音様と一緒に返ってくる日を楽しみにしておりました」

 ストーカー気質なのだろうか。ここまで来たら、オタクではない。オタクは、この辺のマナーがわかる人たちだ。この子が犯罪に手を染める前に、空音ちゃんから離したほうがいいだろう。いや、離れているのか。

 「ひどいですね。さすがに、犯罪には手を出さないですよ。犯罪の一歩手前まで、です」

 いや、すでに犯罪なのだが。カメラを入れている時点で、すでに犯罪なのだが。

 「着きましたよ」

 「いや、まだ階段の途中じゃない?」

 女の子が立ち止まったのは、まだ続いたいるように見える階段の途中だった。

 「左の扉に、文字を書くんです」

 女の子は、行書の文字を指先ですらすらと書いた。私は行書の文字を読めないが、彼女もいまいち意味はわからないらしい。彼女が書いた文字の中央から、穴が開き、それが一瞬にして大きくなる。

 「あの方が、石谷家の開祖にして当主。石谷偉黎様です」

 女の子が視線を向けた先には、あぐらをかいて鎮座する老人がいた。いや、老人に見えるだけなのかもしれない。40代といわれれば、そう見えないこともない。腰に一振りの刀を差し、ただ座っているだけの男からは、異様なまでの殺気が放たれていた。

 「あれが⋯⋯透石偉黎」

 初対面のはずなのに、なぜか、その姿に見覚えがあった。なぜだろうか。

 「こっちに来い、藤樹瑠衣。話そうじゃないか」

 老人は、私を見ないままに、私にそう言った。

 霊能物語本編第七篇「透石偉黎」第二話「石谷家の当主」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!

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