迷子
透石偉黎という人物は、どうやら霊能界から追放されているようだ。なんでも、透石家当主の殺害を目論んだんだとか。霊能者には、殺害だけは認められていない。認めれば、国家の法を超える超法規的存在をつくることになるからだ。これだけは認められなかった。だから、そういう悪質な人間であっても、霊能界からの追放だけで済まされている。
「透石偉黎、ですか?」
図書室の司書は、私にそう聞き返してきた。私は、頷いて肯定する。まさか、指名手配犯の情報が、資料室にないわけがない。
「うーん⋯⋯。あまり、人のデータはないんですよね。まあ、検索はかけますけど⋯⋯」
司書は、渋い顔をしながらも、蔵書検索をかけてくれた。かなり古いパソコンだ。モニターも分厚い。動きが遅いのか、エンターキーを押した後、少し司書の動きが固まった。数秒して、司書は「あっ」と小さく漏らした。可愛らしい声だ。ヴァーチャルで配信でもしたら、儲かるのではないか。
「ありました?」
「ありましたね。指名手配犯の方らしいです。情報がまとめられているので、印刷しますね」
司書はそう言って、何やら打ち込むと、遠くで印刷機が動く音がした。
「これが、透石偉黎さんの情報になります」
ホッチキスで綴じられた資料を、司書が私に渡してきた。印刷したての資料は、まだかなり温かい。
「その方が、どうかしたんですか?」
司書が、首をかしげて聞いてきた。私は、明言を避けて答える。
「ちょっと、その人に用事がありまして」
「指名手配犯に?」
司書は、かなり食い下がってきた。スパイなのではないかと、疑う人もいるのではないだろうか。
「この人、3番目に強いんですよ。私の代わりに、処理業務をしてほしいなって感じで」
司書は、私の言葉に顔をしかめた。
「そんな事しなくても、瑠衣ちゃんは最強なんでしょう?」
瑠衣ちゃん、というのは、私がこの人に初めて会ったのが12歳の時だったので、ナメられて言われているのだ。
「最強だけど、1人なんですよ」
「村田さんがいるじゃない」
「所長は昨日、死にました。殉職です」
私は、包むことなく言った。事実だからだ。悲しみは、もうだいぶ薄れてきた。これ以上誰かを失う前に、あの場所へ戻らなければ。彼らを、失う前に。
「そんな⋯⋯」
司書は、信じられないとでも言うように、口を抑えた。
「敷地内に、墓を造る予定なので、できたら参拝してあげてください」
司書の目頭が赤くなり、少し潤んでいる。
「そう⋯⋯。教えてくれてありがと」
震える声で、「がんばって」と私に応援してくれるあたり、優しい人だ。
部屋に戻った私は、まとめられた荷物の前で、資料に目を通す。やはり、犯した罪や経歴が書かれているだけで、大した情報は載っていない。霊能なんかは、本人も詳しく知らないらしい。ただ1つ、実力差や経験の差をひっくり返せるだけの強力な霊能の可能性がある、とだけ書かれていた。国内で私を殺せる、ただ唯一の人間ということだろう。
「どこにいるんだろ⋯⋯」
透石家の転覆を企んでいたら、そりゃあ、透石家の近くにいるんだろうが、追われてもいるわけだから、かなり近くにいるわけではないのだろう。そもそも、本家に当主がいるのかもわからないのだ。別邸にいるのかもしれないし。
「どうですか?目処は立ちましたか?」
狐影さんが、顔を近くに寄せて聞いてきた。綺麗な顔立ちに、シャンプーのいい匂いがのって、私の顔が緩む。正座のまま、私の方に乗り出した体は、オフィスガールらしい華奢な体つきをしている。
「いやぁ、難しいですね」
「そうですよね。一部の人間しか、彼の居場所は知らないんですから」
「狐影さん!?」
戸締まりは、割としっかりやる方なのだが。今だって、ドアの鍵も閉めているし。
「私は、どこにでも入れますよ。困ったら呼んでください、所長」
彼女が、優秀な秘書たるゆえんなのかもしれない。呼んだらいつでも来るのだから、そこに能力が備われば、無敵だろう。
「怖いですよ。――それで、知ってるんですか?透石偉黎の居場所」
「知ってますよ。村田さんと偉黎さんは、よく会ってたので」
知っているのなら、教えてほしいものだ。
「教えてくれません?」
「いいですよ。教えても」
「やった!」
私が喜ぶと、狐影さんは「ただし」と釘を刺してきた。
「私が教えるなら、期限を3日間に縮めます」
なるほど、ただでは教えてくれないのか。易い秘書ではないようだ。能力の分はある、ということか。
「教えてください。どこに、透石偉黎はいるんですか?」
それでも、この情報にはそれだけの価値がある。
「透石偉黎は、石谷家本家にいます」
狐影さんは、胸ポケットに挿し込んでいたペンで、地図に石谷と書き込んだ。
「ここに行けば、透石偉黎に会えるんですか?」
「会えます。――彼、暇人なので確実に」
まあ、霊能界から追放されれば、大抵の霊能者は暇人になるだろう。霊能者には、学歴がないわけだから、霊能者というのが、私達にとって、就ける仕事であり、天職なわけだ。一応、霊能者である以上は、霊感商法のようなもので稼ぐことも可能かもしれないが、詐欺扱いを受けて終わりだろう。
「じゃあ、いってきます」
私は、スーツケースを持って、立ち上がる。
「待ってください」
狐影さんは、私のパンツを引いて引き止めた。
「なんですか」
「なんで、そんなに冷静なんですか?仮にも、親代わりでしたよね?」
なぜ冷静か、と問われても、私にもわからない。私の感情器官は、空音ちゃんに創ってもらったわけだから、むしろ彼女に聞いてほしいものだ。なぜ、私がこんなにも落ち着いているのか。
「わかりません。空音ちゃんに聞いて下さい」
「⋯⋯」
「いってきます」
私は、パンツを掴む狐影さんの手を払い、扉を開けた。
「――いってらっしゃい」
狐影さんの声は、扉の向こう側には届かなかった。
「東京都内ではあるようだけど。どの電車に乗ればいいんだろう?」
半ばデパート化した東京駅の案内掲示板の前で、私は構内図と路線図の2つと睨み合っていた。生まれてこの方、車にも最近乗ったばかりの私に、この路線図と構内図は親切ではなかった。出てくる人に話しかけても、無視か会釈がいいところで、中には起こってくる人もいた。地元ではない人も、多いようだ。さすがは東京といったところだろう。
スーツケースを持って走ってもいいのだけれど、さすがに交通事故だろう。この程度のことで、出費をつくりたくない。
「せめて、飛べたらなぁ」
飛んでみるか?
「さすがに無理か」
「面白いこと考えますね」
いつの間に、私の横に立っていたのか、青年が話しかけてきた。背は高く、色白な肌は、彼がインドアな人間であることを物語っていた。
「?」
「空を飛べたら、僕も飛びたいものですね。田舎者には、この駅は広すぎる。あなたは、どこから来たんですか?」
親切心なのだろうが、私はものすごく気まずかった。東京から来ているからだ。
「えっと⋯⋯。東京から」
「え?」
「東京に住んでいるんですけど、電車に乗ったことがなくて」
口に出して言ったら、かなりのお嬢様である。
「へぇ⋯⋯?どこに行きたいんですか?」
彼の頭の中には、宇宙が広がっているようだ。かなり、寛容な人なのかもしれない。
「ここに、親戚の家があるんですけど⋯⋯」
彼に地図を見せると、彼は「ああ」と小さく言った。
「そこなら、僕、さっき通ってきましたよ」
さっき⋯⋯通った?彼が「あっちです」と言って指した方向は、私も歩いてきた方向だった。
「そこを曲がったら、石谷って書かれた表札つけた大きい家がありました。それじゃないですか?」
聞けば、家の特徴も一致している。ますます、私は怪しい人だ。
「ありがとうございます」
私は、恥ずかしさに自分を抑えきれず、早口でお礼を言うと足早に彼の側を離れた。
「待って、今度一緒に食事でも⋯⋯」
彼はそう言ったが、私の耳には届かなかった。
霊能物語本編第七篇「透石偉黎」第一話「迷子」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




