2026年読む日特別編 合話:淀という怪異 語り手:槿花
呪術、という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。科学がまだ今ほど発展していない時代、人類は情報を次の世代に残すため、よくわからない事象に説明をつけるため、様々な理由で神話や呪術、占術で説明をつけた。宗教というのは、科学の前身なのだ。科学が圧倒的客観性をもって、宗教に代頭したのが今からそう遠くない時代だ。科学のデータは、紀元前にも遡る。
だが、宗教というのは、それよりも遥か昔から、その不明な事象に名を与え、物語として教訓を繋いできた。科学には、いずれわからないことがなくなるだろう。しかし、人々の思いは、現在の科学を超えることがある。淀という怪異もまた、そのうちの1つの例として、存在していた――。
「はあ、沖縄に行くんですか?」
「ああ、沖縄に、人工的に造られた怪異がいるらしい。なあに、何も倒せとは言っていない。少し、様子を見てこい。危険でなければ、そのままでいい」
美倉家の人事主、美倉月兎は、私に総命令した。美倉家は、霊能界で最も人が多い集団だ。戦闘員だけでも1500名、医療系は700名、司令系統やデータ管理などのオフィス系も合わせたら、少なくとも3000名は下らないだろう。
「ちなみに、沖縄の、どの島ですか?」
沖縄島とか、石垣、宮古島あたりなら、大当たり、それ以外でも、出張任務先としては、かなりあたりだろう。
「荒波島だ」
私は、聞き覚えのない島の名前に、首をかしげた。
「無理もない。地図にすら、ほとんど載ることがない島だからな。まあ、船と飛行機は手配してある。行って来い」
私は、そう言われて東京を後にした。美倉家の準備は手厚い。これだけ数が膨れ上がれば、霊力を持たない人だって、当然いる。そういう人たちでも、差別に遭うことなく美倉家の一員としていられるのは、組織が巨大化したおかげだろう。私は、すでに詰められたスーツケースを持って、飛行機に乗り込む。さすがに、中学生がビジネスクラスは怪しまれるので、普通の旅行客と同じ、エコノミークラスだ。私は、タブレットに入れられた、今回の旅程や怪異の情報をチェックする。
「淀、ですか……」
あまりいい名前ではないだろう。淀みは滞り、霊的にも、風水でも、あまりいい響きではない。少なくとも、人間に付けていい名前じゃない。まだ、昨今流行りの、キラキラネームの方がマシだ。怪異の調査は、研究員や補佐ではなく、戦闘員が行うのが美倉家のしきたりだ。なぜなら、最低でも自分自身を守れるだけの武力があるからだ。怪異の調査に行くだけで、人が死んでいるようでは、業界で最も人をシェアしている大家には成れない。
「Hey,girl」
背が高く筋肉質な男性客が、私の隣の席を指さして話しかけてきた。表情から察するに、私の隣の席に座るのだろう。綺麗な金髪は、彼が観光客であることを物語っていた。
「Hey,boy」
明らかにboyという年齢ではないが、私は冗談を込めて答えた。
「I want to sit next to you」
「Go ahead!」
外国人とのコミュニケーションは、あまり得意ではない。それでも、最低限の教育は、美倉家なら受けさせてくれる。
「アリガトウ」
彼は、カタコトの日本語で礼を言うと、静かに座った。外国人の隣に座るのが嫌だという人もいるが、私はむしろ、下手な日本人に座られるよりは快適だ。所属柄、下手に会話するわけにはいかないし、タブレットの内容を見られるわけにもいかない。その点、日本語がネイティブほど自由ではない彼らなら、機密がバレないから、安心して作業にあたれる。
飛行機が少しのガソリンの臭いと共に、空に上がると、沈黙に耐えかねたのか、彼が話しかけてきた。
「アナタハ、ドウシテオキナワニイクノデスカ?」
語尾が滑るのは、練習量の差だろうか。
「うーん……。観光、ですかね」
「カンコウ……?ワタシモデス!」
少し大きくなった声に、周囲の目が向いた。彼も気づいたのか、少し肩を萎縮させた。
「オキナワニ、オススメノバショ、アリマスカ?」
お勧めの場所と言われても、私も初めていくので、わからないという旨を彼に伝えた。
「ソウデスカ……」
残念そうな言葉とは反対に、彼はとても嬉しそうだった。たぶん、旅行慣れしているのだろう。この会話の後、彼が話しかけてくることはなかった。
「えっと、次は……」
那覇空港に着くと、陽気な琉球の音楽と共に、方言混じりの歓迎の挨拶が流れてきた。湿気を多分に含んだ空気が、音楽とともに私を歓迎した。荷物を受け取った私は、外の日照りに早くも外に出る気が失せてきたが、タブレットのフォルダを開き、次の場所を確認する。どうやら、次は空港ではなく、民間の漁船に乗るらしい。那覇空港から、糸満市にある漁港まで行くようにと記されていた。だが、具体的な手段は書かれていない。
「ざる参謀め……」
私は面倒くさく思いつつも、タクシーで行こうかバスで行こうか迷ったすえ、タクシーで行くことにした。土地勘もないし、バスで行くのはなかなかにリスキーだ。
「お客さん、どちらまで?」
「糸満漁港まで」
「本当に?」
タクシーの運転手は、中学生が空港から漁港まで行くのに少し違和感があったようだが、深くは聞いてこなかった。当然だ。絶対に面倒なことに巻き込まれる予感しかしないだろうし、空港だから、そういう少し特殊な子供がいても普通だろう。運転手は、私がタブレットを取り出すのを見ると、目を逸らして出発した。
那覇空港から出て、およそ30分ほど経っただろうか。運転手が「お客さん、着いたよ」と声をかけてきた。私はタブレットから目を離し、外を見る。事前に調べたのと同じ景色だ。
「ありがとうございます」
「1500円だね。お支払いは?」
「キャッシュレスで」
私は、スマホでコードを読み込み、決済した。スーツケースをトランクから取り出すと、再度運転手に礼を言って、漁港に入った。
糸満漁港は、簡素な造りをしている。そこそこの広さの漁港には、数隻の漁船が停まっているだけで、あくまで地域に密着した漁港という感じだ。住宅街に隣接したこの漁港には、美倉家の人間が漁師に扮しているらしい。
「お嬢ちゃん、美倉槿花であっているかな?」
1人の青年が、私に声をかけてきた。漁師らしい筋肉質な体は男性にしては小柄で、褐色の肌は男が夏も亜熱帯の海で漁をしていることを物語っている。
「はい。あってますけど……」
私がそう答えると、男は安心したように息を吐いた。そして、男は笑顔をつくり、自己紹介した。
「俺、美倉琉一。美倉家の傍系なんだ!」
傍系、と自分で言うあたり、彼に霊力はほとんどないのだろう。
「沖縄でやる任務の手伝いが、俺の美倉家としての仕事だな」
琉一は、自分の船まで歩く途中で、自分のことをそう評価した。
「そうそう、思い出した。今から行く荒波島だけどな、漁港に一人、不思議な女の子がいるんだよな」
船のエンジン音に負けないように、琉一は声を張り上げている。私も、彼に負けじと声を張り上げた。
「そうなんですか?」
「去年の夏くらいからかな、毎日いるんだぜ。気味が悪いだろ?」
私は、そういう怪異にたくさんあってきたから、あまりそこに嫌悪感を抱くことはないが、普通の人の感覚としては、そうなんだろう。
「だからよ、1週間前くらいに、誰か待ってんのかって、聞いたんだよな」
「そしたら、なんて言ったんですか?」
私から、はっきりとした返事が帰ってきたことに驚いたのか、琉一は少し私の方を振り返り、視線を戻した。
「そしたらよ、宮代っつー高校生を待ってるんだと。また、遊びたいんだとさ」
宮代という高校生を待っている漁港に毎日いる女の子……。私の頭の中で、パズルのようにピースがはまっていく。
「その女の子の名前、もしかして、淀って言いますか?」
私がそう聞くと、琉一が勢いよく振り返った。
「そうそう、そんな名前だった。なんで知ってるんだ?」
関係者になら、言ってもいいだろうと、私は彼の耳元まで近寄って囁いた。
「その子が、今回調査対象だからですよ。教えてくれてありがとうございます」
怪異はカメラに映らない。天狗でもない限り、カメラに映るような存在ではないのだ。――いや、もう一つ、カメラに映る怪異はいるが、そんな存在と関わったら、私は終わりだろう。ともかく、事前資料には、写真がない場合がほとんどで、報告書にも、怪異自身の写真はない。そういう存在なのだから、仕方がないことだ。
「そうか、あいつが……」
彼は、思い当たる節があるように、ハンドルに力が入っていった。彼の霊力量は、一般人にしては、かなり多い部類に入るだろう。だが、霊能力者ほどではない。せいぜい、霊感がある程度だろう。今回、淀を視認できたのも、そのせいかもしれない。
「槿花ちゃんは、淀を殺すのか?」
「いいえ。殺しはしません、極力ですが」
今回の任務は、淀という怪異の討伐ではない。あくまで、調査である。事前資料によれば、荒波島という場所は、あの世とこの世の扉があると言われている。となれば、扉が開いた時に、うっかり凶暴化したり、あの世から出てきた霊と融合する、なんてこともあるかもしれない。それだけは避けたいのだ。
「そうか……。なら、いいんだけど」
彼は、淀に少し傾いているようだ。もし、それが淀の霊能だったなら、淀は討伐対象に切り替わるが。
「着いたよ。ここが、荒波島だ」
レジャー施設があるわけでもないこの島は、どこか寂れた雰囲気があるのかと思っていたが、どうやら、そういうこともないらしい。サーファーたちに荒い波が人気なのか、むしろ活気づいていた。
「あの子……」
一目見ればわかった。絶対に、あの子が淀だ。1人だけ、霊力が違う。
「俺は、ここにいますね」
「ありがとうございます」
私は、船を降りてその子に近づいた。
「君、淀さんであってるかな?」
警察の職質みたいになったが、淀は私の言葉に反応した。
「うむ、間違いないぞ」
淀は私を少し見ると、大きく頷いた。小さい体躯に、ショートの髪、少し欠けている歯並びは、小学生のそれだ。
「淀さんは、自分が何歳かわかる?」
「何歳か、お主らはわかっているのではないか?」
淀は、腹を探るように私を見た。
「儂が何歳かなど、そもそもお主らに関係があるのかの?何歳であろうと、討伐するべき対象なら、儂を殺せばいいじゃろう」
私のことは、丸わかりのようだ。
「全部わかっているみたいだから、言っちゃうけど、私達のデータバンクに、あなたの情報はないんですよ」
私がそう言うと、淀は「データ……ばんく?」と戸惑っていた。
「まあ、資料室みたいな感じです」
「なるほどの。じゃあ、お主は、お主らのデータバンクとやらに、儂の情報を登録しに来たわけじゃ。じゃから、儂に協力してくれ、ということじゃの?」
かなり聡い怪異のようだ。この子を討伐するのは、骨が折れるだろう。どうか、無害な怪異であってくれと、私は祈る。
「そうなりますね」
「ふーむ」
「答えてくれませんか?さっきの質問に」
淀は、少し考えると、もう一度私に視線を合わせた。
「いいじゃろう。答えるわい」
「ありがとうござ……」
「ただし、儂の将来を保証することが条件じゃ」
「将来?」
通常、怪異は成長しない。成長するもしないも、そういう存在なのだから、そうとう強力な怪異でない限り、生まれたその瞬間から、まったく変わらない。だから、登録したら、そのデータを永遠に使えるのだ。
「儂は、他の怪異と違って、成長しておる。身長だって、去年より10センチも伸びた。そのうち、胸も大きくなるじゃろうし、生理だって来るじゃろう。何十年後かには、白髪が生えてるかもの」
「……」
驚いた。怪異が成長するとは。つまり、この子は、それだけ強力な怪異――例えば、鬼とかと同じレベルということだ。私が戦っても、勝ち目はないだろう。例えば、正倉くらいの精鋭たちじゃないと……。
「つまり、儂はアニメの小学生と違って、成長する。じゃから、いつまでも子供じゃいられないわけじゃ。戸籍がないからの。学校に通えるかは怪しいが、そのうち仕事につかねばならなんし、この島の人口も減っておる。大元のふみこが死ねば、この島にもいられなくなるじゃろう」
淀が私に突きつけてきたのは、地方の現実だった。地図にも載らないような、小さな小さな島には、観光客はくれど、移住者はほとんどいないだろう。その島で彼女が生きるのは、厳しいのかもしれない。
「わかった。保証は厳しいけど上には掛け合ってみる」
美倉家は、系列の小学校や中学校、高校まである。通っているのは、美倉家の人間しかいないが、特例で入れてくれるかもしれない。
「いいじゃろう。年齢は、生きてた頃も合わせると、20くらいじゃな」
「に、にじゅう?」
20歳か……。なかなか、見た目詐称だ。
「人を食べたこととかは?」
「ないわい。儂は人間ベースの怪異じゃからの」
「霊能は?」
「知らん」
「人間に危害を加えたことは?」
「ない。人間に殺されたことはあるがの」
淀は、どうやら無害な存在らしい。私は淀に礼を言い、船に戻った。
「どうでした?」
「人畜無害でした。レポートにまとめて、上に報告します」
淀との約束を、私に果たせるのかは疑問だが、最大限の努力をしようと思った。
「いつ帰るんですか?」
「えーっと……」
琉一に聞かれた私は、タブレットの旅程を見る。
「明日」
「あしたぁ!?」
「明日だぁ!」
私は、目が飛び出そうになった。どういう頭をしていたら、こんなハードな日程にできるのだろうか。参謀部には、苦情をいれねば。人事には、胡麻をすっておこう。淀ちゃんのために。
霊能物語2026年読む日特別編合話「淀という怪異」を、語り手:美倉槿花でお送りしました。個人的な話ですが、初めて自分の小説同士を合体させたので、世界観が崩れていないかが心配です。
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