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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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「霊能物語」1周年記念 祝話 「霊能物語短編版―其の二

 1週間前、封鬼高校に通う1人の生徒が失踪した。失踪した生徒の名前は、木野陽。封鬼高校の二年生で、底抜けに明るい、クラスのムードメーカー的な存在だったらしい。そんな彼が失踪した理由も、いつからいなくなったのかも、世間一般には公表されていない。だが、怪異の専門家なら、その理由は明らかだ。

 封鬼高校は、地域の名前を取って名付けられた高校だ。封鬼村にある、封鬼高校。

 封鬼。

 鬼を――封じる。

 ここには昔――遠い遠い昔に、日本の3分の1の民に被害を出したと言われている強力な鬼が封じられている。

 「瑠衣さんにも、空音と同じような雰囲気を感じるよ」

 同じような雰囲気というのは、ソラネという人が私と同じ世界を生きているということだろう。会ってみたいな。いや、会えるのだけれども。

 「そうですか。仲良く慣れるといいですね」

 先生は、私の言葉に笑みをこぼした。

 「ふふっ。なれるよ、きっと。こんな田舎じゃ、仲良くならないほうが難しい」

 そう言いながら、先生は少し遠い目をした。彼女も、仕事でここまで来たのだろう。山に囲まれたこの村じゃ、村の外からの通勤は無理だ。一番近い町からですら、早くても半日はかかる。

 「私も、この村には仕事で引っ越してきたけど、都市部の人なんかよりも、この村の人のほうがよほど温かいよ。ここに来るまでは、すごく不安だったけどね。コンビニもないし」

 コンビニ⋯⋯。そういえば、ここに来てからは見ていないな。東京――特に、23区じゃあ、いたるところにあったのに。まあ、秘境とすら言えるこんな村には、コンビニも出店はしてこないだろう。

 「あっ、着いたよ」

 「結構歩きましたね」

 「無駄に広いよね、この高校」

 「広すぎません?」

 「まあ、周りに捨てられた畑しかないしね。土地も余ってるのかも」

 着いた教室には、2年1組と書かれた札が下げられていた。扉の窓から覗いただけでも、生徒がかなり少ないことがわかった。机も、4っつほどしか置かれていない。私と、ソラネと、陽と。あと1人、誰かいるのだろう。これでは、居眠りもできまい。いや、する気はないのだけれど。

 「さてと。教室まで案内したから、私は職員室に戻るけど、瑠衣さんはどうする?」

 先生は、こんな生徒数でも忙しいらしい。私は少し悩んだが、考えてみれば、やることもないのだ。土地勘のない私が、この無駄に拾い校舎で迷子にでもなったら、それこそ面倒というものだろう。

 「ここで時間つぶしときます」

 「そう。じゃ、みんなクセの強い子達だけど、仲良くしといてね」

 「ありがとうございます」

 「いえいえ」

 先生は、少し機嫌が良さそうに戻っていった。私は、先生の背中を少し見たあと、教室に視線を戻した。教室中、いたるところにこの世ならざる者の影が、クラゲのように浮いている。私がよく知る、怪異たちの影だ。

 「普通は、こんなふうにはならないんだけどなぁ」

 怪異は、異界との歪から迷い込んでくる。この世界でいう、虫たちのような存在だ。歪みはだいたい小さいから、そういう存在しか入ってこれない。しかも、歪は自然に、それも、ほんの一瞬で修復されるから、大体は近くにいる異界の虫が、歪みの発生に巻き込まれてこっちに来ると考えられている。だから、湧いたとしても1平方キロメートルあたり0.8程度で、ほとんどの場合はほぼ0だ。教室という小さな空間に、虫のような妖怪とはいえ、18匹――。これは、かなりの異常だ。

 「なにが?」

 後ろから急に声をかけられた私は、驚いて飛び跳ねてしまった。声の主の方を向くと、そこには私の理想をすべて詰め込んだような女子生徒が、私を面白がるように見ていた。人気のない学校に多い最近のはやりを取り込んだ制服が、彼女のために作られたかのようにすら見える。彼女の可愛らしさに、私は自分が同じ制服を着ているのが恥ずかしくなった。

 「い⋯⋯いや、なにも⋯⋯」

 我に返った私は、秘密を悟られまいと、必死に取り繕った。彼女は腕を後ろで組み、私を下から覗き込んだ。

 「本当に?」

 「う⋯⋯うん!」

 「うっそだぁ」

 「本当だって!」

 私は、絶対にバレたくないので、彼女の勘を必死に否定する。彼女がソラネという人だろう。彼女の目にも、この世界が映っているのかもしれないが、知らないほうがいい事もあるのだ。霊が見えていないければ。

 「いいや、絶対に嘘だね。私、わかるもん」

 「いや。だから――ん?」

 嘘が――わかる?そんなことが、あり得るのか?()()()()()()()()()()()、そういう霊能が存在するとしたら?

 「うん。わかる。わかるよ」

 彼女は、私の思考に相槌を打つように頷いた。いや、打っているのか――。

 「せーかい。私も見えてるよ。藤樹瑠衣ちゃん」

 分かってはいたけれど、なんで⋯⋯。

 「なんでって――いや、私が知りたいんだけど」

 ――急に見えるようになったし。

 ――急に聞こえるようになったし。

 ――急に触れるようになったし。

 「陽くんがあの化物にさらわれて、変な人達がたくさん村に来て。そのタイミングで転校生っていうから、まさかとは思ったけど⋯⋯」

 どうやら、この子は勘がいいらしい。こんな世界、知らずに死んだほうが幸せだろうに。

 「瑠衣ちゃん、この化け物たちって何なの?あいつって、あの化物は⋯⋯」

 いったいなんなの?という質問が、言わんとしている彼女の口から聞こえた気がした。そりゃあそうだろう。私は生まれつき見えるから、何も感じないけれど。この化け物たちは、見えない人からしたら恐怖そのものだ。そんな風になって、初めて見たのが鬼だったら――。考えただけで寒気がする。けれど、私はその質問に⋯⋯。

 「ごめんね。答えたいのはやまやまなんだけど、今は答えられないかな」

 「そっか⋯⋯」

 彼女は、残念そうに俯いた。私は、そんな彼女を見て、素直に可哀想にと思った。急に、世界が化け物だらけに見えるようになったら、一刻も早く答えを知りたいと願うだろう。この村には、化け物たちがいたるところにいる。電柱の横、家の生垣の上。電線、道路、屋根。私ですら、この村に来て初めて見る量だ。とてもじゃないけれど、正直、すごく気持ち悪い。これが、親の転勤じゃなければ、今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。

 「でも、助けてはあげられるかも」

 「どういうこと?」

 「私、最強の霊能力者だから」

 「霊能力者?」

 聞き馴染みのない言葉なのだろう。彼女は首をかしげた。

 「あなたみたいに、こういう存在が見えたうえで、それに対処する技術を持った人のこと。私は、この世界で1番の技術を持ってる」

 「最強なんだ⋯⋯」

 「うん」

 「陽くんも、助けられる?」

 やはり心配だったのだろう。彼女の目には、期待が籠もっている。

 「もちろん。そのために、私はここまで来たんだから」

 私がこう答えられなければ、誰が彼を鬼の下から助けられようか。私には、YESと答える義務がある。

 「ありがと。最強さん」

 「どういたしまして」

 私は、適当な席を選んで座る。机の中に何も入ってない席だ。きっと、この席が私のために用意された席なのだろう。彼女は、私の隣に座った。私は、持ってきた鞄の中から教科書を取り出して名前を書く。ないとは思うが、なくすかもしれない。まあ、研究所の福利厚生で、高校の範囲はほとんど終わっているのだけど。思い出作りが、高校生活の醍醐味だ。学校には通いたい。

 「そういえば、私の名前、まだ言ってないよね?」

 「うん」

 知っているけど、違うかもしれない」

 「私は、石谷空音っていうの。ちなみに、空の音で空音」

 空の音⋯⋯か。空で音と言えば、やっぱり⋯⋯。

 「雷?」

 「違う!」

 「え!?」

 違ったか。空音に全力で否定された。

 「違うの?」

 「いや⋯⋯違わないんだけど、違うじゃん!」

 「いや、でも空からきこえる音って雷しか⋯⋯」

 空音は、私の肩を掴んで自分の顔をぐっと寄せてきた。柑橘系の甘い匂いが、私の鼻をくすぐる。近くで見ても、空音は不思議と見た目が変わらない。きめ細やかな肌は、作り物のように毛穴すら見えず、ニキビ1つない。

 「そうだけど、もっと他にもあるかもしれないでしょう?」

 「あー。なるほど?聞こえない音的な?」

 乙女心に傷をつけたのかもしれない。いや、私だって乙女なんだけれども。

 「雷はダメ。わかった?」

 「はい⋯⋯。すみません」

 「わかったらよろしい」

 空音が私を離したので、私は名前を書いた教科書を裏返した。

 「あ⋯⋯」

 表紙には、藤樹瑠衣と、私の字で書かれていた。私はその字を見て、昨日の夜に自分で全部名前を書いたことを思い出した。

 「あー⋯⋯」

 2重に名前を書いてしまった後悔が出てきたが、私は書く手間を省けたと思うことにして――実際は自分で書いているので、2重に作業をしているだけなのだが――情報を空音から集めることにした。

 「空音さん」

 「はいはい」

 スマホを触っていた空音が、私の方を向いた。

 「陽さんがあなたの言う化け物に攫われたところを、空音さんは見たんですか?」

 「うん。見たよ。ものすごく恐ろしい化け物に、陽くんが攫われていくところに、私はいたから」

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