不安を抱えて 語り手︰野田優愛
私には特別な力があるらしい。そのことを知ったのは、最近の事ではなかった。それでも、ごく最近、私の人生は一変した。地味で、できる限り目立たないように生きていた私の人生は、まるで少年漫画の主人公のような、熱い熱い人生になった。今まで通りの人生なら、絶対に関わることがなかった世界に関わり、関わるはずのなかった人たちと関わった。それはまるで、自分じゃない人生を歩んでいるかのようで、私はそれに興奮した。だから、今までの自分なら、絶対にできないようなことにも挑戦できた。
知らない人にも話しかけることができたし。
梨里ちゃんみたいに、親しくできた。
だけど、それは結局、別の誰かの性格で、別の誰かの人生だった。
結局のところ、本当の自分なんてものは存在していなくて、自分だと誰かが認識したものが、この世界にとっての自分なのだろうと、私は思う。だから、誰にも認識されないように生きてきた私にとっての自分は、私にごくごく近い人達が、鬼が、認識していた私なのだろう。私の認識が私であるなら、私はこの霊獣達を、どう表現したらいいのだろうか。
私は、部屋のベッドで横になった。藤樹瑠衣をオカルト同好会に勧誘してから、あまりにも多くのことが、一度に起きすぎているような気がする。私も、いつかは必ず向き合わなければならない問題がある。小学生までの私には、多くの存在がつきまとっていた。私が、彼らに向き合わなくなってから、彼らは1つ……また1つとその存在は私から離れていった。結局、私に最後まで付き合ってくれたのは、ずっと私の方を見ている気味の悪いそいつだけだった。
「やっと、目があったね。優愛」
狐のような霊獣が、私にそう言った。彼のそばにいると、私はすごく安心する。きっと、私よりもよっぽど強いからだろう。強くて、賢いからだろう。
「私は、1人じゃなくなったからね」
私は、私の前に立つ霊獣に、そう答えた。彼の霊力が、私を笑うように揺れた。綺麗な毛並みの白狐は、圧倒的な体を揺らすことはしないし、メッセージも感情も、すべてが私の中に直接入ってくる。その身体自体が、肉体を持っていないらしい。私と関わるときだけ、わかりやすい像として、この体を作っているらしい。動くけど、それだけだ。
「鳥水とかいう、友達に言われたことは、もういいのかい?」
水晶のような瞳が、私の心を覗くように捉えた。
「友達かどうかもわかんないよ。今はもう、連絡先も知らないし」
県内の公立高校では、かなりの進学実績を誇る封鬼高校に進学するには、彼女は成績も実力も足りていなかったようだ。もっとも、彼女のやりたいことが勉強でないなら、仕方がないし、それ以外の要因があるのなら、私に口出しできるはずもない。
「連絡先……?」
白狐は不思議そうに首をかしげた。
「んー……。知らなくても問題ないよ」
「そうか……」
白狐は残念そうに俯いてしまった。その姿を可愛いと思えるくらいには、私は動物好きだと自負している。白狐はかなりの大きさの像を作っている。見えている大きさだけでも、小型のトラックくらいにはなるだろう。背中で寝れるどころか、生活ができそうだ。
「ねえ」
「なんだ?」
白狐は、再び視線を私に戻した。私は、あの時以来、ずっと抱いていた疑問をぶつけた。
「あなた昔、私が特別な存在だって、言ったよね」
「ああ、言ったな」
白狐は、言い淀むことなく肯定した。
「なんで、私が特別なの?白さんとか空音ちゃんとか、私と同じ能力を持っている人って、私が知らなかっただけで、いっぱいいるんでしょう?特別っていうなら、この能力で瑠衣ちゃん以上に特別な人って、存在しないだろうし」
私は、怪異という概念に出会ってから、ずっと思い続けていたことを打ち明けた。白狐は、じっと私を見て、私の思いを受け止めてくれた。
「藤樹瑠衣……か。確かに、彼女は特別だ。その度合で言ったら、総合的には絶対に彼女に勝てないだろうね。それは、石谷空音相手でも、蛇崎白相手でも同じだ。でも、この1つの分野――霊獣に限って言えば、君以上に特別な存在はいない」
「どういうこと?」
私は、遠回しな言い方に少し気分が悪くなった。
「この世界で、霊獣を認識できる人間は、君ともう1人しかいない。――この世界で、真の孤独なんて存在しないんだよ」
霊獣は、私に優しい声でそう言った。私の中で、何かどす黒い感情が湧いてくるのを感じた。特別であることに固執したつもりはなかったのに、なんだかそうじゃないことに違和感というよりも不快感を感じているような気がした。
「もう1人の居場所は?」
「言えないな、それは。だって、君のことを殺したがっているから」
殺したがっている、という言葉に、私は心の中を見透かされたような感覚を覚えた。私が、さっき刹那に覚えた感情は、そういう類ではなかっただろうか。だとしたら、私は殺意を覚えていたのだ。以前の私は、そういう人間ではなかったはずだ。もっと穏便にことを済ませたい人間だったはずだ。悪魔に取り憑かれた私がそうであったように、私の本性というのは、ここまで醜いものであったのだろうか。自分の地位に、そこまでこだわるような人間だったのなら、私のそれは、悪魔と大差ないだろう。
「そっか。じゃあ、なんで霊獣は私達にしか見えないの?」
「それはね、君の霊力回路が、生まれつき傷ついているからだよ」
拍子抜けの回答だった。それと同時に、大きな疑問が生まれた。
「なんで、霊力回路は傷つかないの?」
「それはね、すごく高いレベルの技術を使って、霊力回路は選択的に形成されるからだよ」
「すごく……高いレベル?」
それなら、大家の人たちが持っている技術は、それに相当しないのか。私の中で、疑問がとぐろを巻いた。
「これ以上は教えられないよ」
白狐はそう言って、私のベッドに香箱座りをした。ずっしりとした重みを膝に感じた。
「そっか」
夢を見た。まだ梨里ちゃんが生きていて、オカルト研究会をやっていた頃のことだった。でも、優愛ちゃんの様子は、その頃とは随分と違っていた。制服は来ているが、少し乱れていて、息も上がっている。さらには、額の真ん中に太陽のような紋様が彫られ、それを割るように線が入っている。
「この札はね、霊力で構成されたものを封じ込めることができるんだ」
梨里ちゃんの口から出てくる声は、梨里ちゃんのものとは思えないほど低く、男性的な声がした。
「螢は、ここに1000年間封印されていた。だが、この中にいる間の記憶があるわけではない。お前がこれを認識できるということは、お前には霊獣を視る力があるということだ。霊能力者たちがやる霊視は、お前達がやっている認識を、真似てつくった猿真似に過ぎないんだ」
私は、てっきり話しているのは螢だと思ったが、違うようだ。
「あなたは誰なの?」
「驚いたな。喋れるのか」
梨里ちゃんの姿したそいつは、眉を上げて私を見た。
「では、触れるのか?」
「当たり前でしょう?」
見えるものは、触れるものだ。私は、見えたものでさわれなかったものに出会ったことがない。
「どうやら、我々が考えている以上に、この世界は発展しているようだな」
私は、無視され続けることに痺れを切らして、梨里ちゃんの姿をしたそいつの胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしてよ、私の質問にも答えて。あなたは誰?何の話をしているの?」
「質問が増えてるよ。筋は通さなきゃ」
そいつは、依然として茶化すように私の質問を避けた。
「触れるということは、攻撃できるってことなんだよ」
私は、そいつにわからせようと拳を振り上げた。
「筋は通さなきゃ。主導権を握っているのは、君じゃないんだよ、野田優愛」
そいつは、胸ぐらを掴んだ私の手をとって握りつぶした。それと同時に、振り上げた私の拳も潰れた。
「イッタアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアア!」
私は、とんでもない勘違いをしていたようだ。瑠衣ちゃんの戦い方を見て、てっきり痛みなんて大した事ないと思っていた。とんでもない。藤樹瑠衣が狂っているだけだ。痛いものは痛いし、不快だ。
「質問には答えるとしよう。私は、先代の君だよ。この世界を誰よりも詳しく見れる君のね」
「ふーっ。ふーー!」
私は、痛みを堪えるのに必死で、質問したことを聞いている余裕なんてなかった。だから、聞き逃したんだろう。彼女が何の話をしたかったのか。
「私は君に、べつの世界への行き方を教えに来た」
霊能物語本編第六篇第二話「不安を抱えて」を語り手野田優愛でお送りしました。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




